三十三話 砦
ヴォルフにより門の防衛が為されたことを確認し、私は遠見の鏡を砦へと繋いだ。
「タルト、聞こえるか。」
「あっ、副官さん!聞こえてるよ!」
タルトの背後には、領民たちの姿も見える。
手に手に椀を持っているところを見るに、食事が振る舞われたのだろう。
「そちらは大事ないか?」
「うん!危ない人は副官さんのとこの傭兵さんが追い払ってくれてるよ!」
「そうか。結界も問題ないか?」
「大丈夫!後六日はもつ!」
「なら良かった。一度切るぞ。」
「はあーい!」
私は鏡の座標を微調整し、砦内を見回す。
調理場ではうちの連中が鍋をかき回している。
中身は野菜と燻製肉のスープだ。側には蒸した芋も置いてある。
「はいはい、並んでくれなー」
「子供が先でいいよな?ほら、お前ら前に来な。」
「これで足りるか?」
疵面の男が手際よく椀にスープをよそい分け、並べている。
髭面の男が芋とスープを渡すと、子供達は笑顔で礼を言って受け取り、親の元へ戻っていく。
……なんだか不思議な光景だ。
来たばかりの頃はよそ者であった彼らも、今は領民たちとすっかり馴染んでいる。
初めは心配もあったが、思ったよりもずっと上手くやっているようだ。
……私は厨房の調理台を見て、転がっているペンダントへ通信を入れた。
「……私だ。お前ら、問題はないか。」
「あっ、姐御!問題ないですぜ!」
「何回か東の連中が攻めて来やしたが、追っ払いました!」
「タルトちゃんの発明も、大活躍です!」
聞く所によると、手練の襲撃が何度かあったものの、死者なく退けたという。
ヴォルフの地獄の訓練の成果だと、彼らは笑って話してくれた。
タルトの護身用魔道具や警報器、魔力探知機も存分にその力を発揮したそうだ。
「あんな訓練受けりゃ、あの程度追い返せますぜ。」
「ハハ、違ぇねえや。」
「そうだな……引き続き頼むぞ。」
うちの連中の威勢の良い返事を聞き届け、私は通信を切ると小さく息をついた。
鏡を通じて砦周辺を見回す。怪しい影はない。
おそらく、元々は後方で撹乱してこちらの戦力を分散させる目論見だったのだろう。
こちらに兵を割くのは利が薄いと判断したのか、今のところ襲撃の気配はない。
私はもう一度、砦内部を見渡す。
うちの連中は炊事に守衛にと忙しく立ち働いている。
大酒飲みで喧しい連中だが、もとより面倒見は悪くない。
そもそもが、逃げろと言ったにも関わらず、はるばる辺境領まで私を追って来た連中なのだ。
砦内を行き交う領民達に目を向ける。その中には、見知った顔も多くある。
中庭では男達が薪を割り、水を運ぶ。
女達は生活に必要な品を運び、寝床を整えている。
憩っている者達は食事をとり、各々語らっている。
子供達は、親の手伝いをし、あるいは思い思いに遊び回っている。
皆がそれぞれに、己にできることをしている。
その顔には、疲れの色はあっても絶望の色はない。
そして、語らう彼らの口の端には、たびたび領主の名が上がる。
「此処には領主様がいらっしゃる。」
「領主様なら大丈夫だろう。」
「私たちもできることをしなくっちゃ。」
来たばかりの頃には、考えられなかったことだ。
……ついでに自分の名も頻繁に上がるので、私はなんだかむず痒い気持ちになった。
そして、タルトを探す。
彼女は生活用魔道具の調整に、資材の在庫確認にと忙しく動き回っていた。
長持ちする魔道式カンテラ。
結界への魔力供給に魔石を利用する仕組み。
記憶した以外の魔力に反応する警報器。
敵を無力化するための雷の魔道具。
これらは全てタルトの手によるものだ。
魔鋼窟の時といい今回といい、彼女には本当に助けられている。
……これならば、しばらくは問題なく回るだろう。
城にフランを呼び戻しても問題ない。
私はフランへ通信を繋ぐ。
応答はない。
再度、通信を繋ぐ。
やはり応答はない。
「フラン……?」




