三十二話 老兵
城壁、東門上。
「伝令!!敵方の兵が50ほどこちらに抜けたとのことです。」
「ハハッ、結構抜かれたな。」
ヴォルフが愉快そうに笑う。
伝令の兵が強張った表情で問う。
「いかがいたしますか。」
「どうもこうもねえよ。俺が出る。」
そう言うと、ヴォルフは城壁を飛び降りた。
私はペンダントを通じて、短く通信を入れる。
「ヴォルフ、頼むぞ。」
「おうよ。任された。」
……前線を抜けて迫りくる、数多の人影。
騎竜を駆るその動きはまさしく精鋭のそれだ。
無駄のない軽装。手には片刃のブレード。
戦線の突破ではなく、人を殺すことに特化した集団であることが窺える。
対するヴォルフは、体の正面に突き立てたバスターソードに寄りかかるようにして、泰然と佇んでいる。
敵が迫って来たところで、ヴォルフは得物を中段に緩く構える。その姿は、一見隙だらけにも見えるが、その実隙がない。
一人立つヴォルフを取り囲むように、敵が一斉に飛びかかる。
鋭い太刀筋で振るわれる刃が、全方位から襲いかかる。
「遅えな。」
思い切り姿勢を低くして、一閃。
まずは五人。
そのままかえす刀で三人。そして、勢いのまま回し蹴りを見舞う。
決して整った戦いではない。だが無駄がない。
敵とヴォルフの間に横たわるのは、圧倒的な経験値の差。
拳が飛び、軽々と振り回されるバスターソードが、敵の刃を易々といなす。
敵の攻撃は鋭い。だが、この男を崩すには重さが足りない。
ヴォルフが圧倒的な暴力でもって敵を制圧するまでに、そう長くはかからなかった。
だが、まだ終わりではない。
敵の将らしき人物が、まだ一人残っている。
その将の本来の役割は、おそらく門の突破だ。
「…………。」
騎竜を降り、ヴォルフに相対したのは、身の丈7尺ほどの大男。
恐らくは、鬼人族。その手に携えるは、巨大な金棒。
決して小さくはないヴォルフが、やけに小さく見える。
敵将が、口を開いた。
「……貴様がヴォルフだな。西の猛将と聞き及んでいる。」
「あ?……俺ァただの門番だ。」
「……貴様ほどの男が、どうして辺境などにいる。」
それを聞いて、ヴォルフは鼻で笑った。
「……此処ァ悪くねえ。三食昼寝付きのいい犬小屋だ。それに……」
ヴォルフの金色の瞳が、ギラリと好戦的に光った。
「オモチャもたんとある。」
「どうしても、引かんか。」
「愚問だな。お前らに、うちの嬢ちゃんは勿体ねえ。」
―――刹那。
得物がかち合う重い金属音が響きわたった。
ヴォルフは獰猛に笑った。
「ッハ、悪くねえ!」
「……貴様もな!!」
二度、そして三度、得物がぶつかり合う。
巨大な金棒の打撃にも、ヴォルフは揺らがない。
とんでもない膂力と体幹である。
だが。
―――ガキンッ……ビシッ
打ち合いの最中、ヴォルフのバスターソードに大きな罅がはいった。
咄嗟の判断で相手の金棒をかち上げて、ヴォルフが距離を取る。
「……勝負あったな。」
「……。」
ヴォルフは答えない。
「……こいつも流石に歳か。」
そして、そのままバスターソードを地面に打ち付けた。
刀身が砕ける。
ヴォルフは短くなった己の得物を見て、独りごちる。
「もうちっとばかし、付き合ってもらうぜ?」
敵将が顔を顰める。
「……血迷ったか。」
「さてな。」
ヴォルフは折れた得物を握ったまま低く構え、そのまままっすぐに突進する。
敵将は迎え撃とうと金棒を振り下ろすが、ヴォルフは短くなった得物を振り上げ、金棒を力任せに弾く。
狙いの逸れた金棒が、一瞬宙を泳ぐ。
決定的な隙。
折れたバスターソードの柄が、敵将の鳩尾に強かに叩き込まれた。
「……がっ……!」
相手が一瞬息を詰め、また隙ができる。
ヴォルフはそのまま拳を振り上げ、相手の顎を打つ。
脳が揺れ、敵将がバランスを崩す。
そこに足払いをかけて押し倒すと、ヴォルフは即座に相手に馬乗りになった。
「……遺言は。」
「……見事だ。」
「そうかい。」
折れたバスターソードが閃き、敵将の命を絶つ。
「だから言ったろ?……お前らに、嬢ちゃんの相手は勿体ねえ。」




