三十一話 火蓋
その戦いは、浴びせかけられる雷から始まった。
「魔法兵器が来る!総員構えろ!」
私は声を張り、指示を飛ばす。
辺境軍後衛部隊が一斉に障壁を展開し、降り注ぐ雷を防ぐ。
先手を打ってこちらに壊滅的な打撃を与える手筈だったのだろうが、こちらにはタルトの発明がある。
先ほどの魔法障壁も、それを起動する魔石も彼女の発明が支えている。
……そして敵方のあの兵器は連発できない。
まずは一手、相手の目論見を潰すことに成功した。
「障壁部隊、魔石を交換しろ!警戒を怠るな!」
先制に失敗した敵軍が、遂に歩を進める。
「……来るぞ、全軍前へ!!」
こちらも前進の指示を出し、遂に前線がぶつかった。
……数は相手が圧倒的。だが練度では負けてはいない。
数多の槍が閃き、怒号が飛び交い、血飛沫が舞う。
そしてその最前線において、圧倒的存在感で両刃斧を振るう者がいる。オーウェンだ。
彼が斧を振るうたび、正面の敵がまとめて盾ごと切り伏せられ、吹き飛ばされる。
崩れたところを、彼の率いる兵がさらに押し込む。見事な連携だ。
さりとて、自分の周囲だけ突出することもしない。
冷静に周りの状況を観察している証拠だろう。
私は戦況を見回す。左翼が押され気味だ。
「三番隊は徐々に下がれ!六番隊は前進、予備戦力を半分左翼側へ回せ!!」
伝令の兵が駆け、前線が入れ替わる。
ひとまずは持ち直したようだが、幾らか敵が抜ける。
魔力兵器の二撃目も障壁部隊の働きで凌ぎ切り、交代を繰り返しながら戦線を持ち堪えさせる。
大きく崩れることもないが、あちこちに綻びが見え始める。
「五番隊前に出ろ!右翼、出過ぎるな!!」
数カ所で小さな綻びから敵兵が抜ける。
動きを見るに、前線で戦う兵ではない。
おそらく門を突破するための別動隊だ。
「追うな!戦線を維持しろ!!」
すでに開戦から短くない時間、膠着が続いている。
……味方に消耗の色が濃くなった時、オーウェンが声を張った。
「副官殿!私が出ます!」
「承知した! 中央、一番隊はオーウェンに続け!五番隊はそれに続いて押し込め!!」
オーウェンが取った作戦は、単純な中央突破。
彼が横薙ぎに斧を振り抜くと、正面の敵が大きく崩れる。
ヴォルフほど派手ではないが、その戦いは堅実で、斧の一振りで確実に敵を屠る。
彼に続く一番隊が中央突破を後押しし、それに続く五番隊が敵陣を左右に押しひらく。突出した部分から戦線が崩れることを防ぐ二段構えだ。
「……残りの予備戦力を中央に送れ!」
私は鏡を通じて戦場全体を睥睨する。
オーウェンの進む先に、もつれ合っている前線と少し離れて敵方の集団がある。
「オーウェン、そのまま食い破れ、できるな!」
オーウェンが低く腰を落とし、踏み込んで強く斧を薙ぐ。
正面の戦線が大きく崩れ、そこへ彼に続く部隊が流れ込む。
「……相変わらず、無茶を言う……!」
その声は微かに笑っていた。
オーウェンが斧をかち上げ、振り下ろすたびに敵兵が崩れ落ちる。そして部隊の攻撃の間隙をぬい、大振りの横薙ぎが叩き込まれる。
―――遂に、敵方の隊列に風穴が空いた。
「抜けたぞ!!!」
「隊長に続け!!!!」
正面の集団が、武器を構える。
前線の兵とは装備が少し違う。指揮官の部隊と見て間違いないだろう。
「四番隊、あと少し持ち堪えろ!予備隊は交代して中央を固めろ!!」
戦力差もあり、兵達も流石に疲労の色が強い。
だが、私からの伝達により、兵達は知っている。
兵士長オーウェンが、敵陣深くに打って出たということを。
……彼らには、それだけで十分だ。
前線の兵達に、覇気が戻る。
ほどなく敵の後衛部隊と、オーウェン率いる一番隊がぶつかる。
「ぶち抜きます、あとを頼みますよ!」
オーウェンは声を張り、斧を大きく振り翳した。
重い一撃に、敵兵の前列が盾ごと吹き飛ぶ。
敵の動揺に乗じて、兵達も動く。
辺境領に来た時とは、練度が桁違いだ。もはや別の軍のようにさえ見える。
後衛部隊を抜けた先に、三叉槍を携えた長身の竜人族が泰然と待ち構えている。おそらく、敵将だ。
その竜人はオーウェンをしげしげと見て、口を開いた。
「……ほう。牛鬼族との混血か……なぜ西に居る。」
「生まれが西側だったからですよ。」
「そちらでは肩身も狭いだろう。貴様ほどの戦士、こちらに来るなら重用するぞ」
普通なら、魅力的な誘いだ。だが。
「遠慮しておきます。……今の職場に満足していますので。」
「……そうか。残念だ。」
敵将が槍を構えた。
……睨み合いの末、先に動いたのは敵将だった。
「疾っ!」
三叉槍が風切音を立ててオーウェンに迫る。
「っ!」
オーウェンはすんでのところで避けたが、頬を切り裂かれ鮮血が流れた。
「……ほう、今のを避けるか。」
「ええ、なんとか。」
三叉槍が閃く。二撃、三撃、四撃と猛攻が続いた。
オーウェンはそれを避け、斧でいなし、受け止める。
迅い。そして、間合いも長い。
オーウェンとは相性の悪い相手だ。
「……。」
オーウェンは斧を構えたまま、黙っている。
そこからは、一方的な打ち合いが繰り広げられた。
オーウェンがぎりぎりで弾き、時折弾ききれずに敵将の槍が通る。
既に肩鎧は片方破損し、脇腹も帷子ごと裂けている。
「来ないのか、つまらんな。」
敵将が興醒めしたように言い、槍を構え直す。
「そろそろ死ね。」
一撃。斧でいなす。
二撃。腕が浅く裂ける。
三撃。身を捩り避ける。
四撃。胸に吸い込まれると思われた致命の一刺。
これをオーウェンは腕でもって力一杯弾いた。
確実に入ると思われた槍が大きく弾かれ、敵将が目を見開く。
「なっ………!」
敵将が微かにバランスを崩す。
勝機としては。十分過ぎた。
オーウェンが一瞬のうちに踏み込み、斧を振り抜く。
敵将の胴が、深く切り裂かれた。
「………はぁ、はっ……」
荒く息をきながら、オーウェンが敵将を見下ろす。
「……何故」
「……アンタ、四撃目で決めようとする癖があるみたいですよ。だから、そこに隙を作って待ってたんです。」
「は……は、ははっ、流石だ、辺境の将よ。」
「……あんなバケモノに鍛えられてれば、こうもなりますよ。」
そのまま事切れた敵将を見届け、オーウェンはその首を持って戦線へと戻った。
そしてタルトの発明品である魔導拡声器を通して戦場にこう宣言した。
「東軍の将、討ち取ったり!投降すれば捕虜として扱うと約束しましょう!」
それを聞き、一気に士気の低下した敵軍を、領軍が一気に押し込む。
やがて敵側の戦線は崩壊し、多くが投降した。
「……副官殿。状況は。……どれだけ抜けました。」
「別働隊らしき連中が50ほどだな。」
「結構抜けられたな……師匠に怒られる。」
将討ちを果たした後だというのに、オーウェンはすこぶる胃の痛そうな顔でそう呟いた。




