三十話 策動
それからの辺境領の動きは早かった。
アーノルドが、中央への正式な連絡を行った。
オーウェンは兵を取りまとめ、出撃に備えた支度をした。
ヴォルフは、城壁東の門へと持ち場を移った。
タルトは砦に配備する魔道具の用意とその整備をした。
兵たちが領民に有事の避難経路を通達した。
フランとうちの連中は、避難所の守備をすることに決まった。
私はというと、全体の監督指示だ。
ここで、砦制圧戦の際に使った遠見の鏡が役に立ってくれた。
実際、これを使えるのは私とフランぐらいのものだ。
注ぎ込む魔力の要求量も多い上、調整が難しすぎる。
魔力量が膨大なアーノルドはかえって調整が効かず、器用なイアンでも長時間運用では魔力量が足りずに持て余す代物だ。
……準備を進める間に、警邏の働きにより地下水道を探りまわっていた不審者を捕まえた。
残念ながらこちらは自害されてしまったが、東のものと同系統の回路をもつ通信魔道具を押収した。
前回は口封じだったが、今回は自害だ。
……末端まで統制が行き届いた組織は手強い。
私は東側の脅威度を頭の中で上方修正した。
私は鏡の前に座り、試運転を始めた。
各所に順番に繋いで、様子の確認を行う。
まずは城壁外の臨時詰所。オーウェンと兵たちが詰めている。
私は通信用魔道具を握り込み、オーウェンに繋ぐ。
「オーウェン、状況を報告してくれ。」
「ああ、副官殿。こちらはいつでも出られる状態です。」
「食事は取れているか。」
「ええ、買い付けていただいた携行食も役立っています。」
応答するオーウェンの後ろで、兵たちが武具の手入れをしたり、携行食を齧っている。
携行食は、私が運び屋の伝手で大量に買い付けたものだ。
飽きると士気に響くので、種類も豊富に用意した。
次に城壁東門。
「……ヴォルフ、調子はどうだ。」
「おお、嬢ちゃんか。まあ、悪くはねえ。」
「そうか。頼むぞ。」
「おうよ。」
ヴォルフ達は領域の境界を守る最後の砦だ。
門前にヴォルフ、城壁の上には、既に兵を配置してある。
ここまで来るのは、オーウェンの担う前線を抜けてきた者達だ。
人数的にはかなり厳しいが、乱戦はヴォルフの独擅場だ。大人数は却って足を引っ張る。
続いて工房。
「タルト、聞こえるか。」
「あっ、副官さん!聞こえてるよ!」
「準備はどうだ。」
「領主さまが手伝ってくれたから、魔石はいっぱいある!砦で使えそうな道具も色々作ったよ!」
タルトの説明を聞き、それぞれ運用を指示する。
今回の発明は生活を維持するもの、快適性を向上するもの、侵入者があった時の護身用のものなど多岐にわたった。
「重いものもあるな。あとでうちの連中に運ばせるから、用意ができたらまた声をかけてくれ。」
「はあーい!」
そして砦。
「フラン、そっちはどうだ。」
「姉さん。こっちは問題ないよ。まだ寝床の設置が終わってないけど。」
「ああ、無理のないように進めてくれ。あと、工房に荷運びができる連中をよこしてくれるか。」
「了解。」
フランの背後では、うちの連中と領民達が砦内の環境を整えている。
領民達の顔には不安もあるが、大きな混乱は起きていないようだ。
最後に執務室。
「……アーノルド。私だ。」
「ああ。状況は。」
「各々準備は滞りない。あとは相手の出方次第だ。」
「そうか。中央からの増援は間に合わんだろうな。」
「はなから期待もしていないだろう。」
アーノルドは、執務室から動かない。
何せ、集団戦に最も不向きな男だからだ。
敵の城を一つ落とすのならば造作もないだろうが、細かい仕事は任せない方がいい。
無論、アーノルドが待機していることには大きな意義がある。
戦場を一変させる戦力は、最後まで温存しておくということだ。
ここで、オーウェンから通信が入った。
「副官殿。緊急です。」
「来たか。」
「ええ。出撃します。」
「頼むぞ。」
通信が切れる。
執務室と繋ぎっぱなしのペンダントに、語りかける。
「来たな。」
「ああ。」
遠見の鏡で、東の地平を映す。
進軍する敵軍の影は、見積もってざっと一万程度。
私は深く息を吐き、鏡へと向き直り、魔道具を握りしめた。
「……敵影!!総員、配置につけ!!」




