二十九話 狼煙
イアンからの定期連絡に気になる情報が混ざり始めた。
潜入先の都市が、兵の実践訓練を繰り返しているのだという。
武器の貯蔵も、平時のものとは考えづらいらしい。
こちらへの侵攻か、はたまた内乱か。
「分かった。……あまり深追いはするなよ。」
「御意に。」
通信が切れ、束の間の静寂が戻る。
東側もいやな感じがするが、領内でも何かと慌ただしい日が続いている。
イアンが過去に指摘した、東の人口流出に伴い、流民の対応が大幅に増えた。
それだけではない。
「……副官殿、戻りました。」
「オーウェン、またネズミか。」
「ええ、近頃いやに多いですね。」
地下水道に出た大岩鼠の掃討を終えたオーウェンが、やや疲れた様子で答えた。
魔物の被害は、一件一件は大したことがないが、例になく多い。増え続けていると言ってもいい。
「大岩鼠はもともとこの辺りではあまり見ないのですが……。」
……そこへ、一人の兵士が息せき切って駆け込んできた。何かの布包みを持っている。
「兵士長!!見ていただきたいものが……!」
「何があったんです。」
「これを……!城壁付近で討伐した、大蝙蝠から回収したものなのですが……。」
オーウェンが包みを解き、中を見て顔を顰めた。
私も横からそれを眺め、目を細めた。
我々はこれに似たものを、過去にも見たことがある。
火蜥蜴討伐の時に回収した、楔形の魔道具だ。
「ご苦労さまです。貴方は持ち場へ戻ってください。……副官殿、すぐにタルト殿に見てもらいましょう。」
「ああ。」
タルトの工房に、魔道具を持ち込む。
タルトはそれをためつすがめつし、細かく分解して回路を分析した。
「うーん、これ、この間の回路とすごく似てる。……ねえ副官さん、この印、何だろ?」
タルトが、首を傾げて私を呼ぶ。
ルーペ越しにタルトの指したものを見て、私は目を細めた。
「………これは……どこかの工房印か?」
「でしょうね。見慣れない印ですが……。」
我々はタルトに礼をいい、証拠品を持って工房を後にした。
向かう先は無論、執務室だ。
「……と、いうわけだ。」
「……そうか。」
アーノルドにルーペとともに証拠品を渡す。
しばらく考え込み、アーノルドは書庫へと入っていって、暫くののちに戻ってきた。
「元々中央に拠点を構えていた、軍事工房の工房印だ。……今は東に流れたようだが……。」
……胸元に下げていたペンダント型の魔道具に、イアンからの通信が入る。
「ノーラ殿、ご報告が。……東ですが、出征の支度が進んでいます。」
「……標的は辺境領だな。」
「ええ。引き続き監視を続けます。」
「ああ、頼む。」
通信が切れる。
アーノルドがいつになく険しい表情になり、椅子から立ち上がった。
「緊急の狼煙を上げろ。砦にも伝令を飛ばせ。」
「はっ!」
オーウェンが即座に踵を返し、執務室を飛び出す。
「……アーノルド。」
「ああ、来る。」
私は小さく頷くと、早足に執務室を後にした。
住民の避難準備、防衛の指揮、他にも喫緊の仕事が山のようにあった。




