二十五話 余燼(挿絵あり)
刺客による、領城への侵入と暗殺未遂。
各人のその後の対応は早かった。
まずオーウェンが兵を集め、まだ隠れている者がいないか、城中の捜索を行った。
結果として、隠れている刺客は見つからなかった。
侵入経路は正門。門兵は二人とも殺されていた。
争った形跡がなかったところを見るに、抵抗する間もない一方的な殺害であったらしい。
私相手では勝負にならなかったが、それでもかなりの手練だったことが窺える。
イアンは、刺客の死体を検分した。
背後の集団の特定に繋がる情報を期待した、が……
「……申し訳ございません、ノーラ殿。」
「いや、御苦労だった。」
刺客の胸には、彼の予想通り口封じの呪印が刻まれていた。
しかし、その方面に明るいイアンでさえ、この印がどこで使われているものなのか、特定には至らなかった。
私とフランも城の書庫で関連資料をひっくり返してみたが、載っている中に類似のものは見つけられなかった。
少なくとも、この近辺で用いられる術式ではないらしい。
ヴォルフは、城の兵の訓練を自ら買って出た。
個々の戦闘力の底上げを図るという。
うちの荒くれどもも、この訓練には参加する予定だ。
今回、私が襲われたということもあり、皆やる気は十分に見える。
「……あー……気を強く持ってくださいね。」
オーウェンが、遠い目をして呟いた。
アーノルドはというと、普段通り執務室で仕事をしている。
自分にも調べられることはあるかと問われたが、基本的には他の者に任せれば回ることだ。
なので礼だけ言って、普段通り仕事をしてくれと伝えた。
私が調べ物を一通り終え、執務室に向かった時には、アーノルドが結構な量の書類を捌き終えた後だった。相変わらずとんでもない処理能力である。
私も記入済みのものを振り分けようと、書類を一山、傍の机に移した。
……作業を始めて、私はあることに気がつく。
「……貴様、機嫌でも悪いのか。」
「何故だ。」
「……いや、字が荒れている気がしただけだ。」
大した変化ではない。
普段見る書類たちの端正な筆致と比べて、少しばかり力の入った字だと思っただけだ。
アーノルドが一瞬手を止める。
すぐにまた、ペンの走る音が静かな部屋に響く。
「……そうかもしれんな。」
「珍しいな。」
……自身の領城で被害が出たのだ。アーノルドが怒るのは何ら不思議なことではない。
ただこの男の場合、それが表に出ることがかなり珍しいというだけで。
それ以降は特に会話もなく、黙々と書類を捌き、詰所に飯をとりに行って執務室で食い、また書類を捌いた。
……ひと段落ついた頃には、すでに日が傾き始めていた。
私は暇を告げて、執務室を後にする。
詰所での雑務がまだ少し残っているが、深夜帯に襲撃されたこともあり、正直今日は寝不足だ。
目覚ましの豆茶を淹れるべく、私はそのまま詰所の炊事場へ向かった。
ポットに湯を注ぎ、抽出が終わるのをぼんやり待っていると、足音が聞こえてきた。この音はおそらく……
「……姉さん、此処にいたんだ。」
「ああ。……フランも飲むか?」
「うん。」
豆茶をもう一杯注ぎ、カップを渡す。
それを受け取ったフランの表情は固い。顔色も良くないようだ。
……朝方からどこか上の空で、気には掛かっていた。
「夜のことがまだ気にかかるか?」
「うん……」
「大丈夫だよ。何度来ても私は死なん。」
私は手を伸ばして、フランの鴇色の髪を撫でてやる。
フランは持っていたカップを傍に置き、そのまま私に抱きついた。
「フラン……。心配をかけたな。」
「……ううん……生きてて、良かった。」
顔は見えないがその声はか細く、今にも泣きそうに震えている。
私はフランの背をあやすように叩きながら、大丈夫だと繰り返し呟いた。
……それでもフランは私を強く抱きしめたまま、長いことそのまま動かなかった。




