二十二話 収穫祭(挿絵あり)
「此度の収穫祭には、領主様はいらっしゃるのですか。」
街に降りた際、だしぬけに領民から尋ねられ、私はしばし考え込んだ。
「……戻ったら本人に聞いてみよう。」
「ええ、是非お願いします。」
嬉しそうにそう答えられ、私は少し意外な気持ちになった。
思っていた以上に、近頃のアーノルドは領民に好かれているらしい。
……城に戻り、今日の夕餉を持って執務室の扉を叩く。
「入るぞ。」
「ああ。」
食事を終えたアーノルドに対し、私は単刀直入にこう切り出した。
「収穫祭には顔を出すのか。」
「……何故だ。」
「領民から聞かれた。」
「……参加してもいいものなのか。」
「知らんが、期待している風ではあった。」
「そうか……。」
「行きたくないのか。」
「分からん。そもそも参加したことがないからな。」
「……。」
ここへ来た頃であれば、確かにアーノルドは歓迎されなかっただろう。
だが、ここ最近の街の様子を見ていれば、心配もいらないと見える。
「なら参加してみれば良いだろう。」
「……そうか。……そうだな。」
「……ちょうど半月後だそうだ。」
「……承知した。」
領城の面々は祭りの参加者であると同時に、運営の手助けもする手筈となっている。
具体的には設営の手伝いや当日の治安維持である。
祭りの前夜。
街は当日のための準備で賑わっていた。
うちの連中も、あちこちで屋台の設営を手伝っている。
舞台の設営では、街の男達が数名で柱を立てようとしているが……見ていていささか危なっかしい。
見かねたのか、アーノルドが歩み寄っていって柱を軽々と持ち上げた。
「領主様!?」
「……ここで良いのか?」
「は、はい!」
「これは?」
「こ、こちらです!」
柱の設置は、ものの数分で片付いた。
「あっ、ありがとうございます、領主様!」
「ああ。何かあったら呼べ。」
アーノルドが去ると、領民達はしげしげと顔を見合わせた。
「……なんというか、もっとおっかないお方かと……。」
「ああ……そうだな……。」
その一部始終を見て、オーウェンと私は小さく笑う。
「……領主殿らしいですね。」
「だな。」
もっとも、領民達が戸惑うのも分からないではない。
あの巨躯を見て抱くであろう印象と、その実態がかけ離れているからだ。
それに、アーノルドという男は、良くも悪くも貴族らしくない。
自ら祭りの設営をする貴族など、あいつ以外に居ないだろう。
その後もアーノルドはあちらこちらで力仕事を引き受けて回り、祭りの支度は、予定より随分早く片付いた。
領民達の方もだんだんと遠慮がなくなり、最後にはあちこちでアーノルドを呼ぶ声がしていたのは少しばかり面白かった。
夜が明け、収穫祭当日。
祭りの衣装を見にまとった領民達が思い思いに祭りを楽しむ中を、私とアーノルドは連れ立って歩いていた。
不要なのは分かっているが、領主に護衛がいないというのも締まりが悪いので、私がついているというわけだ。
「やあ、ノーラ!こっちも寄ってってよ!」
「残念だが仕事中だ。」
「領主様、ごきげんよう!」
「……ああ。」
方々から声がかかり、アーノルドはどこかぎこちなく答える。
「お代は結構です、召し上がってくださいな。」
「いや、しかし……」
「領主、受け取っておけ。」
「……感謝する。」
串焼きを受け取り、再び歩き出す。
領主に歩き食いをさせるのも行儀が悪いかと思い、私は広場のベンチへ向かう。
背後で先ほどの屋台の店主が、「領主様の食べた串焼き」を売り文句に呼び込みをしているのが聞こえた。実にしたたかだ。
広場に辿り着き、三人がけのベンチにアーノルドを座らせる。
こいつが座ると、ベンチがいやに小さく見える。
……アーノルドが、不慣れな様子で串焼きに齧り付いた。
「うまいか。」
「……悪くない。」
……まあ、屋台の串焼きなどおよそ貴族の食べるものではないが、アーノルドはそのあたりにあまり頓着しない。
そもそも料理人ですらない私の作った食事を日夜口にしているぐらいである。
串焼きは、数秒後には串だけになった。
どうやらお気に召したらしい。
……不意に、背後から声をかけられた。
「居た居た。姉さん、お疲れ様。」
振り返ると、フランが立っていた。随分大荷物だ。
「フラン、祭りはどうだ。」
「うん、楽しんでるよ。……はい、これ姉さん達の分。」
フランが屋台の軽食を差し出す。……量が多い。
礼を言って、それを受け取る。
「随分多いな。」
「ふふ、目移りしちゃって。」
フランはそう言ってはにかんだように笑った。
そしてもう少し屋台を見てくると言って、再び人ごみの中へと消えていった。
「食うか。」
「ああ。」
我々が食べている間にも、なにくれと周りから声がかかる。
「領主様、祭りはどうですか。」
「ああ、悪くない。」
「ノーラ、また今度店に寄っておくれよ。」
「ああ、明日にでも。」
相槌を打ちながら、食べる手は止めない。
飯が冷めるからだ。
アーノルドも、ぎこちないながらそれに倣う。
「アーノルド様、楽しんでいってくださいね!」
「……、ああ。」
食っていた揚げパンを飲み下し、アーノルドが軽く手を上げて応じる。
そうこうしている間に、差し入れを食べ終える。
「行くか。」
広場を離れ、再び人ごみの中へ分け入る。
大道芸や射的、屋台の店頭に並ぶ飴細工などを、アーノルドは興味深そうに見回していた。
そして結局、店主に勧められるまま飴細工を一つ買わされていた。
「足りるか。」
「こ、こんなにいただけません!!」
「はぁ……ほら、これでいいな。」
「ああ、ノーラ殿、ありがとうございます!」
自分で食うのかと尋ねたら、タルトへの土産だという。
買った飴を眺めて、アーノルドが呟いた。
「……繊細な細工だな。」
「ああ、器用なものだ。」
途中、屋台で飯を買って兵の詰所へ持ち込む。
アーノルドが持つというので荷物を任せていたら、奥の方からなにやら囁き合う声がした。
「副官殿、領主殿に荷物持ちさせてるぞ……命知らずな……。」
「副官殿だからな…….」
全部聞こえている。
私はそれを無視し、カウンターで書類をまとめているイアンに声をかけた。
「……ノーラ殿。」
「受付ご苦労さん。皆で食べてくれ。」
「ああ、ありがとうございます。」
奥で休憩しているオーウェンにも声をかける。
「変わりないか。」
「ええ、酔っ払いが殴り合っていたりはしますが平和なものです。」
「……うちの連中じゃないだろうな?」
「いえ、それは大丈夫です。」
オーウェンが苦笑する。
「ヴォルフはどうした。」
「あっちで飲み比べしてます。」
「あいつらしいな……何人潰した。」
「十人抜きまでは聞きましたね。」
「まだ昼過ぎなんだが……。」
「ええ。」
気苦労の絶えない兵士長殿の胃を案じつつ、私たちは詰所を出た。
広い会場の中で、タルトを探す。
……夜の催しに使う花火の倉庫からどよめく声が聞こえる。
向かってみると、花火の玉を改造しているタルトを見つけた。
「ここにいたか。……何をしてる?」
「花火改造してる!もっと派手にできると思って!」
「……安全なのか。」
「わかんない!」
私はタルトの手からそっと花火を取り上げた。
「ここではダメだ。」
「……持ち帰って城で試せば良い。」
「いいの?やったあ!」
そういえば、タルトに土産を渡しにきたのだった。
アーノルドに目で促す。
「……これを。」
「わ、領主さまありがとう!!綺麗!!」
年相応にはしゃぐタルトを見て、私は目を細めた。
「……ノーラ、そろそろ城に戻る。」
「そうか。同行する。」
アーノルドに続き、その場を後にする。
帰る道すがら、私は尋ねた。
「どうだった。祭りは。」
「……。」
アーノルドがしばし口籠る。
「楽しかったか。」
「……ああ。」
そう答えたアーノルドの様子は、どことなく上機嫌だった。
夜には執務室からも、会場で上がる花火が見られるだろう。




