十九話 辺境
少しの期間、領城を離れる用事ができた。
「……では、しばらく出てくる。何かあれば連絡する。」
「ああ。」
執務室のアーノルドにそれだけ言うと、私は部屋を後にした。
詰所にも顔を出し、出立を知らせる。
「いってらっしゃい、姉さん。」
「ああ。……お前ら、私がいない間節操なく飲むなよ。」
「へい姉御。」
「……イアン。見張っておけ。」
「御意に。」
訓練所にも顔を出す。
「ああ、副官殿。もう行かれるのですね。」
「副官殿は止めろと……。まあいい。とりあえず、留守を頼む。」
「ええ、了解です。」
工房に顔を出す。
「お土産楽しみにしてるね!」
「期待はするなよ。」
最後に、門のところに腰掛けているヴォルフに声をかける。
「行ってくる。」
「おう、気ぃつけて行けよ。」
馬に跨り、領城の門を出る。
眼下に広がるのは、見慣れた街の景色だ。
気のせいだろうか。来たばかりの頃より、少しばかり賑やかになったような気がする。
城壁に沿って、東側へ向かう。
私は門兵に声をかけ、城壁に設えられた小さな門から外に出た。
「いってらっしゃいませ。」
「ああ。」
背後で門扉の閉まる音がした。
今回向かう先は、東西間の緩衝地帯。
人呼んで空白地帯。
辺境領に辿り着く前に、私たちが根城にしていた一帯だ。
空白地帯には、東西の権力も法も及ばない。
ただ力だけが支配する土地だ。
私にとっては、よく知る土地でもある。
私は馬の腹を軽く蹴り、進み出す。
来た時のことを考えると、2日はかからずにたどり着けるだろう。
……東へ向かう街道は、あまり手入れが行き届いていない。
何故か。東側へ行く者が、ほとんどいないからだ。
辺境領へ向かう行商人とすれ違うことはあるが、もう半日もすればそれすらいなくなるだろう。
私は馬を急がせる。
この先、途中に一つ小さな村がある以外、空白地帯まで何もないのだ。
そして夕刻には、目的の村へ辿り着くことができた。
村で安宿に泊まり、干し肉を齧る。
……少し懐かしい感じもする。
翌朝、村の農夫から野菜をいくらか仕入れた。
土地も痩せているのか、ウリには艶がなく、芋も小ぶりだ。
この辺境のはずれでは、野菜も割高だ。
収穫量も安定しないのだろう。
農夫に礼を言い、村を後にする。
何事もなければ、夕刻前に空白地帯まで辿り着けるはずだ。
……空白地帯に近づくにつれ、野盗が増える。獣が増える。
あちこちで草が伸び放題になり、打ち捨てられた畑では作物が立ち枯れている。
空白地帯に差し掛かる。
土地も空気も、随分乾いている。
随分と久々の感覚だ。
……道端で酒を飲んでいた男が、まじまじと此方を見ている。
「……なんだ?」
「アンタ……、まさかノーラか!?」
男は信じられないものを見た顔をした。
「生きてたのか!?」
「……?……ああ。」
「今までどこに居たんだ?」
「辺境伯領だ。」
「アンタの傭兵団は?」
「あいつらも辺境伯領にいる。」
「……アンタ、辺境伯に喧嘩売ったって聞いたが。」
「ああ。」
「負けた、んだよな。」
「ああ。強かった。」
「…………。……アンタ、なんで生きてる。」
「……さあな。」
沈黙が流れる。
「……ま、いいや。今は何してんだ。」
「領城で働いている。」
「…………、は?」
再び長い沈黙が流れた。
「…………で、この後どうすんだ。」
「酒場に行く。会いたい奴がいる。」
「おっ、そりゃいいね。奢ってくれや。」
「一杯だけだ。」
酒場に着く。がやがやと騒がしいのは相変わらずだ。
扉を押して中に入った私を見て、誰かが叫んだ。
「……あ?……おい、あいつノーラじゃねえか!?」
酒場内の視線が一斉に私に注がれる。
……面倒な予感がする。
雪崩よせて一斉に喚いている酔っ払いどもを、私は一喝した。
「喧しい、せめて順番に話せ!!」
「……………。おう。」
その後は質問攻めにされた。
お前は何をしたんだ、今は何をしているんだ、仲間はどうしているんだ、酒を奢れ、といった具合だ。
それに一つずつ応える。
「辺境伯と戦った。」
「辺境伯領で働いてる。」
「あいつらも一緒だ。」
「酒は一杯までだ。」
ケチ!とヤジが飛んできた。
睨みつけておいた。
静かになった。
「……あの辺境伯と戦ったんだよな。お前、なんで生きてる。」
「知らん。」
「なんで、喧嘩売った領主のところで働いてるんだ。」
「だから知らん。」
「腕を買われたってことか?」
「多分な。」
ここで、誰かが思い出したように言った。
「最近、辺境伯領に新しい副官が就任したって聞いたぞ。」
「ああ。」
「なんでも女だって話で。」
「……。」
「恐ろしく強くて。」
「……。」
「半精霊だとか。」
「……。」
「………。………は?」
酒場の連中がまた一斉に此方を見た。
「おい、お前領主の副官なのか。」
「不本意ながらそうらしいな。」
「いや、なんなんだお前。」
「……さあな。」
この後酔っ払いどもが「出世したなら酒を奢れ」と大合唱し出したので、仕方なくもう一杯だけ奢ってやった。全くやかましくて敵わない。
「そもそも何でこっちに来たんだ。生活にゃ困ってねえんだろ。」
「仕事でな。運び屋を探しに来た。」
「ああ、なら此処で正解だ。夜まで居りゃ会えるぜ。」
私は適当な酒を煽りながら、目的の人物が来るのを待った。
常連どもの予想通り、夜になるとその運び屋は酒場へとやってきた。
手招きすると、男は目を丸くした。
「おっ、ノーラじゃん。生きてたのか。」
「まあな。……仕事の話をしにきた。こっちにきて飲んでけ。」
「いいのか、悪ィね。」
私の近くの席に腰掛けて、男は出てきた酒をうまそうに煽った。
「……で、仕事の話ってのは?」
「辺境領から中央へ荷物を運んでほしい。」
「定期的にか?」
「ああ。」
「護衛は?」
「無論つける。」
「報酬は。」
「こんなもんでどうだ。」
「ま、こんなもんだな。いいよ。」
「……え、というかお前辺境伯領にいるのか?領主に喧嘩売ったって聞いたけど?」
「……あっちの連中に聞け。」
「えぇ……。」
とりあえず、これで運び屋問題は解決した。
あとは細かい話を詰めて、土産を見繕って戻るだけだ。




