十七話 異端
17話 異端
……中央からの視察が来た。
監査官は片眼鏡の神経質そうな男である。
男は馬車を降り、私を見るなり目を細めた。
「話は聞いています。貴女が副官の「半精霊」殿ですか。」
「いかにも。」
そして門で腰掛けているヴォルフを見て一言。
「人手不足とは聞いていましたが、門兵がこのような老人で大丈夫なのですか。」
「実力は確かだ。」
「……信用なりませんな。」
私の返答に、監査官は片眉を上げてそう応じた。
手始めに、軽く領城を案内してやる。
「なぜ領城に子供が。」
「技術顧問……開発担当だ。」
「……理解に苦しみます。」
「兵士長が東方系の混血?……兵はついてくるのですか。」
「人望は厚いようだな。」
「…………。」
「……そこかしこにいるごろつきのような連中は何だ。」
「……何だろうな。」
私は肩をすくめる。
……最後に、やや疲れた顔の監査官を連れて、私は応接間へと足を運んだ。
「領主殿、中央から客だ。」
「通してくれ。」
扉を開けて、監査官を通す。
監査官は椅子に掛けるアーノルドを見るなり、眉を顰めた。
敵意ではない。忌避。
久々に見る、正常な反応とも言える。
……アーノルドは異常だ。
捻くれた大きな角。鮫のような鋭い歯。竜人のような太い尾。その姿はもはや種族の坩堝と言っていい。
……私たちは慣れ切ってしまっているが、そもそも混血は本来、西の貴族社会では強い禁忌である。
アーノルドの血族は、何代もの永きに渡りそれを繰り返した異端中の異端だ。
だから、監査官のこの反応は至極自然なものであった。
「遠路はるばる、ご足労痛みいる。」
「ええ、本当に。」
監査官は片眼鏡をクイと上げ、鞄から書類の束を取り出した。
「……実務の話を済ませましょう。」
ややうんざりとそう言ったところを見るに、彼もさっさと帰りたいのだろう。我々としてもその方がありがたいが。
「……まずは中央へ収める税ですが……提出された帳簿との齟齬はありません。額が増えているのは……ああ、魔鋼窟ですか。」
監査官が書類を繰る手がふと止まる。
「…………、崩落事故があった?」
「そうだ。」
「中央への応援依頼は来ていないようですが。」
「ああ。こちらで対処した。」
「………ああ、これか。人員に記載漏れがありますね。」
「いや、それで全てだ。」
監査官が再度固まる。
「副官、その補佐二名、兵士長、門番、技術顧問、……それに分隊一つとあるが。」
「そうだ。その記載で正しい。」
アーノルドが答えると、監査官が顔を引き攣らせた。なおも紙を捲る。
「救助は分わかります。だがクラーケンの発生とは何だ。討伐に足る人材では到底無いだろう。……撤退して、魔鋼窟は結局放棄したのか?」
「現地で討伐した。魔鋼窟は今も運用している。」
「…………。」
長い沈黙。
紙を捲る音。
記録、帳簿、採掘記録。
監査官は報告書を黙って脇へ寄せた。
「………。領地経営の確認に移ります。」
「……辺境の割に収穫量が安定していますね……農業技術由来か?設備面は悪くないようだ。」
「ああ。」
「交易路の保守も問題はない。」
「人口は微増。領民の流出はほぼない。」
「備蓄の量も適正。」
「兵の練度も悪くはなかった……。」
「軍備は……、少なすぎるな。」
独り言のようにつらつらと話していた監察官が、小さく唸る。
「では、人を寄越してくれるのか。」
「難しいでしょう。」
私の問いに、監査官は小さく首を振った。
にべもないが、事実だろう。
此処は中央からかなり距離がある。出世も見込めない。
領主は得体がしれない化け物。
好んで志願するものはまずいない。
「……現状あまりに属人化が過ぎますが……やむを得ないでしょうな。」
監査官は疲れ切ったように呟いた。もはや独り言に近い。
そしてそのまま、なおも帳簿を捲る。
「……結構。書面と聞き取りに説明不能な乖離はありません。」
それを聞いて、場の空気がほんの少し緩む。
どうやら及第点のようだ。
「……そういえば、いやに設備修繕費が嵩んでいるようですが。」
「ああ、工房の修繕費ですか。」
「爆発した!」
「…………。」
オーウェンがこともなげに言い、それまで静かに聞いていたタルトが、元気よく答えた。
……もう聞きたくない、と言った面持ちで、監察官が眉間を押さえた。




