十五話 休息
「姉さん……具合悪い?」
領地で小さな問題が起き、対応に走り回っていた私に、フランが声をかけた。
「いや……問題ない。」
実際少しふらついていたが、動けないほどではない。
したがって、仕事に支障はない。
……だが、ちょうど側にいたオーウェンがそれを聞き咎めてこう言った。
「副官殿、休みましょう。」
「いや、まだやることがある。」
私はそのまま書庫へと向かい、必要な書類を調えると執務室へ向かった。
「アーノルド、聞きたいことが……」
そこまで言いかけて、手で制された。
「オーウェンから聞いた。今日は休め。」
「だが」
「休め。」
「……引き継ぎだけ済ませる。」
「それごと寄越せ。」
私の持つ紙束を指して、アーノルドが言う。
私は渋々、それを引き渡した。
やる事を取り上げられたので、大人しく執務室を出る。
すぐそこですれ違ったオーウェンに恨み言を言うと、ため息をつかれた。
「副官殿が居なくて立ち行かなくなるのなら、此処はとっくに破綻していますよ。」
正論ではある。反論できない。
「……寝る。」
「そうしてください。」
自室に戻り、寝巻きに着替える。
そして寝床に入ったものの、別に眠くはない。
視界が回っている。
吐く息が妙に熱いから、恐らく熱もあるのだろう。
落ち着かない。やることもないのに妙に気が急く。
もぞもぞと寝返りを打っていると、ノックの音がする。
……来訪者はタルトだった。
「……タルト、どうした。」
「副官さん、これあげる。」
「これは?」
「ひんやりする!首とかほっぺに当てると気持ちいいよ!」
どうやら新たな発明品らしい。
実際、首に当ててみるとひんやりと心地よい。
「……いいな、これ。ありがとう。」
「どういたしまして!」
頭を軽く撫でてやると、タルトは得意げに笑った。
そして、「またね!」と元気よく手をふり、部屋を去った。
部屋に静寂が戻る。
首筋にタルトお手製の「ひんやりする」やつを当てがっていると、ほんの少し不快感が薄まる気がする。
ぼんやり天井を眺めていると、再度扉がノックされた。
「ノーラ殿、私です。」
「ああ、入れ。」
次の来訪者はイアンで、手に書類を何枚か携えていた。
私は体を起こし、話を聞く準備をする。
「……それは?」
「問題ありません。もう片付いています。」
「……そうか、悪いな。」
ひとまずは緊急の案件ではないようで安心する。
イアンは書類を置き、てきぱきと薬湯を作って傍らの机に置いた。
「皆、心配しておりましたよ。」
「すまないな……大した事はない。」
そう言うと、イアンは微笑んだ。
「……早く体調が戻られると良いですね。」
「ああ。」
薬湯を飲み終え、イアンに湯呑を返す。
「どうぞ、お大事に。私たちには貴女が必要なのですから。」
「ああ、ありがとう。」
「……では、これで。」
……イアンは頼りになる。
だがあいつに頼りっぱなしと言うわけにもいかない。
早いところ体調を戻して、復帰しなくては。
再度横になりながら、私はぼんやりとそんなことを考えた。
次に来たのは、ヴォルフだった。
「……よお。」
「お前、仕事はどうした。」
「若い連中がやってるよ。」
「……。」
「嬢ちゃん、休めてねえな。」
「休んでいる。」
ヴォルフが呆れたようにため息をついた。
「お前さん、不安か。」
「……何がだ?」
「昔っからそうだが、嬢ちゃんは自分を役割で測ってんだ。」
「……何が言いたい。」
「あー、案外どうとでもなる、ってこった。」
「……何だ、それは。」
「……とにかく考えてねえで寝ろ。小難しく考えんな。」
「よく分からん。」
「寝ろ。」
じゃあな、とだけ言って、ヴォルフは帰って行った。
一体なんだったんだ。
夕刻に差し掛かる少し前、フランが来た。
どうやら、私のために街まで買い出しに行ってくれたらしい。
フランの手には、温かいパン粥の乗った盆。
ありがたく、作ってもらったパン粥を食べる。
かかっている蜂蜜の甘さが、胃の腑に染み渡る感じがした。
「……悪いな。」
「ううん、いいよ。」
食べ終え、器を置く。
……私はふと思い立ち、先ほどヴォルフに言われたことをフランに話してみた。
フランは静かにそれを聞いて、こう尋ね返した。
「……私が熱を出したら、姉さんはどうする?」
「……。」
―――ああ、そういうことだったのか。
ようやく腑に落ちた。
「……そういうこと、だな。」
「そういうこと。」
「……寝る。」
「うん、おやすみ。」
私は体を横たえ、静かに目を閉じた。
……翌朝には、熱はすっかり下がっていた。
執務室に顔を出す。
「ノーラか。体調は?」
「問題ない。」
「そうか。」
アーノルドはそれだけ言って、いつもの通り仕事の話を始めた。
やる事をいくつか受け取り、執務室を後にする。
そのまま、兵の詰所へ向かう。
「オーウェン、聞きたいことがある。」
「副官殿。……顔色がマシになりましたね。」
「ああ。休んだからな。」
「休めましたか。」
「ああ。」
いくつか仕事の確認をして、その場を後にする。
雑務を片付けてから、うちの連中が使っている一角へ向かう。
「あっ、姐御!」
「心配しました!具合はもう良いんで?」
私の姿を認め、その辺にいた連中が騒ぎ出す。
「ああ、大丈夫だ。」
「本当かァ?」
「無理せんでくださいよ?」
「ああ。」
……普段通りだ。何も変わらない。
「……案外どうとでもなる、か。」
そう呟いた私の耳に、自身を呼ぶ声が飛び込んでくる。外の連中だ。
「……どうした、何があった?」
やれやれとため息をつき、私は騒がしい人の輪へと足を向けた。




