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十四話 出自(挿絵あり)

ある天気の良い昼下がり。傭兵団の詰所。

食糧庫の在庫をまとめた紙束をまとめ、私は大きく伸びをした。


「……茶でも入れるか。」


私は炊事場へ足を運ぶと、棚から豆茶の袋を取り出し、中身を適当にミルへと流し込んでゴリゴリと挽いた。

香ばしい香りがたちのぼり、鼻をくすぐる。


陶製のポットに挽きたての豆と湯を入れて、抽出されるのをじっと待つ。


……穏やかだ。

昔では、到底考えられなかった。


……物心ついた時から、気を張って生きて来た。


父は中央の貴族だった。

気難しい男で、幼少期こそそうでもなかったが、後年にはしょっちゅう娘である私たちに手を上げた。


母は精霊で……よく分からない人だった。

愛は、多分あった。……少なくとも幼い私には、そう見えた。

だが、父が横暴に振る舞っても、介入はしなかった。


母は、私が齢十歳になる前に死んだ。

……そもそも精霊だ。

死んだというよりも、元いた場所に還ったのかもしれない。


母を失い、父はだんだんと狂っていった。


……私達姉妹に、逃げる場所はなかった。

血統主義の社会で、混血児は最も忌むべき存在だ。

まして、相手は精霊。

私たちは得体の知れないものとして、存在に蓋をされた。


例外は食客のヴォルフぐらいだった。

あいつは私たちに気安く話しかけたし。何かと構ってきた。

だが、保護者というわけではなかった。


……私は姉だ。妹を守るのが姉の役割だ。

昔も今も、私はそう思っている。

父がフランに矛先を向けぬよう、私はしょっちゅう父に楯突いた。


そして齢十七の時、それは起こった。

私が目を離した間に、父がフランに手を上げた。


戻った時には、フランは床の血溜まりに横たわっていた。


挿絵(By みてみん)


……私はその時、躊躇わず父を殺した。


そして、瀕死のフランを抱えて、私は家を出た。

医者を訪れるが、半精霊など診れないと拒否された。

家から持ち出した金貨を積み上げると、ようやく医者は首を縦に振った。


「……姉さん。」


ようやく意識の戻ったフランが私を呼んだ時、私は泣いた。

そういえば後にも先にも、それ以外に泣いた記憶がない。


医者を数日で追い出され、私たちはあてどなく彷徨った。

どこに行っても気味悪がられた。


傭兵の真似事もした。殺しもやった。

報酬を拒まれれば力尽くで払わせた。


……そして辿り着いたのが、以前いた空白地帯だ。


西側と東側の緩衝地帯であり、一帯では随一の無法地帯。


ついて早々に、ごろつきに絡まれる。

問答無用でたたき伏せる。


……そこで帰ってきた反応は、想像していたものとは違っていた。


「姉ちゃん、強いな!」


賞賛。

怒りでも、忌避でも、無関心でもない。


強ければ、力があれば、ここでは認められた。


此処でなら、私は生きていける。

用心棒稼業をして、私たちは日々糊口を凌いだ。


治安が治安だ。ごろつきに絡まれることもしょっちゅうだったが、不思議なことに私が返り討ちにするとむしろ好意的な反応が返ってきた。


喧嘩をするたびに知己が増えた。

仕事が舞い込んだ。

食えるようになった。


それだけではない。


荒くれどもから仕事に誘われるようになった。

馴染みの顔が増えた。

そのうち自分を「姐御」と呼ぶやつが出た。


そのうちに誰かが言った。

「ノーラの姐御が頭になったらいい。」


冗談じゃない。

厄介事はごめんだと言おうとしたが、そこにいた全員が乗り気な返事をした。


「お頭!」

「姐御!」


こいつらは、こうなったら断っても聞かない。

なんなら勝手についてくる。

付き合いを続けて分かってきたが、そういう連中だ。


「姉さんがそうするなら、私はついて行くよ。」


フランもそう言って微笑んだ。

……私は腹を括った。


私はしょっちゅう怒鳴ったし、話の分からないものには鉄拳制裁で分からせた。

誉められた頭でもなかったろうに、奴らはなぜかついてきた。何なら今も居る。


初めは小規模だった集団は、徐々に大きくなった。

フランや後に加入したイアンの助けを借りながら、私は組織を切り盛りした。


しょっちゅう衝突した。

食うものに困る日もあった。

それなりに必死だった。


だが気づけば、荒くれの寄合は空白地帯では名の知れた傭兵団になっていた。

私達は、自分たちで改造した廃墟群を根城にさまざまな仕事を請け負った。


……そして訪れたのが、アーノルドだった。

悪名高い辺境の領主がくるというから随分身構えたが、つまるところは初めから私を勧誘に来ていたのだという。

もっと分かりやすい誘い方をしろ、と今でも思う。


そして後で分かったことだが、あの時はヴォルフがアーノルドを焚き付けていたらしい。

しかも、わたしが自身の知る「ノーラ」である事を分かった上で、である。

勧誘するにしてももう少しマシなやり方がなかったのかと後日苦言を呈したら、「ま、何とかなっただろ。」と返ってきた。当然喧嘩になった。


……あの時は決死の覚悟でうちの連中を逃したのに、領城に辿り着いたら全員待っていたときは流石に言葉を失った。

あんなに馬鹿だとは思わなかった。……大馬鹿共だった。


結局、全員命を取られなかったどころか、働き口まで与えられて今日に至るなど、当時は想像もしていなかった。


「―――全く、今も昔も困った連中だな。」


私は独りごちて、ポットを手に取った。

抽出の終わった豆茶をカップに注いで、一口啜る。


……穏やかなひと時を過ごす私の耳に、誰かの騒ぐ声が聞こえてくる。どうやら喧嘩らしい。


「まったく、静かに茶を飲む暇すらない。」


私はカップを調理台に置き、小さく笑って声のする方へ向かった。


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