十一話 崩落
ある日の昼前。
「坊ちゃん、仕事中悪ぃが緊急の客だ。」
執務室に入ってきたのは、珍しいことにヴォルフだった。
いつになく険しい顔をしている。
「……分かった、直ぐに行く。応接間に通しておいてくれ。」
「おう。」
身なりを軽く整えて立ち上がったアーノルドに呼ばれ、私も応接間へと向かった。面倒ごとの予感がする。
応接間では、作業員風の男が二人、縮こまって立っていた。おそらくは領民たちであり、鉱夫のように見える。
その服はところどころ破れ、煤や泥で汚れていた。
「……そちらに掛けてくれ。」
アーノルドが来客用の椅子を指すも、男たちは首を縦には振らない。
「とっ、とんでもねぇです!こんななりだもんで……」
その声はか細く、ひどく震えていた。
アーノルドが、随分わかりやすく恐れられている。
忘れていたが、こいつはそういう血統の男だった。
「まあどちらでもいい。用向きを聞こう。」
アーノルドが促すと、男たちは恐る恐る話し出した。
曰く、最近見つかった魔鋼窟で作業中に崩壊があり、領民が中にとり残されているとのことだった。
「あの中には息子もいるのです、お助けください、どうか、どうか……!」
決死の表情で、男たちは嘆願する。
対するアーノルドが間をおかず応える。
「事情はわかった。直ぐに救助の者を向かわせよう。」
「……!……!!」
それを聞いた男たちの顔は、恐怖から驚愕、そして安堵へと移り変わっていった。
「あっ、ありがとうございます……!!ありがとうございます領主様……!!」
平身低頭礼を述べる男達。
「そう畏まらなくていい。……爺、この者達を医務室へ。」
「かしこまりました。」
家令に伴われ、男達が部屋を後にすると同時、ヴォルフが入ってきた。
「……坊ちゃん。とりあえず話のわかりそうなのを執務室に集めといた。」
「分かった、すぐ戻る。」
「誰がいる。」
「オーウェン、あとフランとイアンには声をかけた。」
「さすが、早いな。」
……執務室に戻ると、ヴォルフに呼ばれた三人と、なぜかタルトもそこに居た。
「あ、副官さん!」
「副官はやめろ。……なんで居る?」
「タルト殿も行くと言って聞かないんですよ。」
私の疑問に、オーウェンが困り顔で答えてくれた。
「……タルト。今回は遊びじゃない。危険だ。」
「ん。」
突っぱねる私の前に、タルトが見たことのない魔道具を差し出した。
「これは?」
「魔力探知機!人探しするなら必要でしょ?」
タルトの研究は、私達にもよく分からないものが多い。
全く未知のものを作ったりするからだ。
今回も例の如く、さっぱり使い方がわからない魔道具が出てきた。
「タルト、お前も来い。」
「そのつもり!」
ヴォルフが、タルトの同行を認めた。
……私がここで反発するのは時間の無駄だ。
「途中で危険だと判断したら置いていく。」
「分かった!」
……今回現場へと赴くのは、まず先ほどの会議の面子。
そこにオーウェンの率いる分隊が一つ加わる。彼らには魔鋼窟前の拠点の展開と、救援の補佐をしてもらう予定だ。
あまり大所帯だと動きづらくなるので、イアンとフランを除き、うちの連中は連れて行かない。
最低限の支度を整え、私たちはヴォルフが手配させた馬車へと乗り込んだ。
御者はヴォルフ。もう一台の方はオーウェン隊の分隊長だ。
魔鋼窟までは、ここから半日弱程度。今からなら、夕刻には着くだろう。
「……タルト。随分大荷物だが何が入っているんだ?」
「んー?探索機とか灯りとか、色々!」
「爆発物は?」
「ないよ、多分!!」
「そう言ってこの間も工房を爆破していましたね。」
イアンがやれやれと肩をすくめる。……不安だ。
そうこうしているうちに、魔鋼窟へと到着した。
陽が傾き始めているが、まだ夜までは間がある。
「半数はここに残って、夜までに拠点を作っておいてください。残りは救助活動の補助を。」
「はっ。」
オーウェンの指示で、兵達が動き出す。
馬車を降り、洞窟へと入る支度を進めていると、遠巻きにこちらを伺っている鉱夫達の姿が目に入った。
「おい、あれ……」
「辺境伯家の紋か?」
「救援……?まさか本当に……」
私はまっすぐに鉱夫達の元へ向かい、端的に告げた。
「領主アーノルドの名代だ。救援に来た……状況を報告してくれ。」
鉱夫たちから聞いたところによると、崩れたのは最も広い坑道で、急な揺れに襲われたのだということだ。
そして現在、中に取り残されているのは十数名。
「……まだ、親父が中にいるんです……どうかお願いします……!」
「確約は出来ん。だが手は尽くそう。」
「では隊列は打ち合わせた通りに……タルト、何をしてる?」
目を離している間に、炭鉱の入り口あたりでタルトが魔力探知機をいじくり回している。
「あっちの方に三人、あっちに五人、もうちょっと奥に四人いる。」
「……!そこまでわかるものなのか、凄いぞタルト!」
これなら救助活動の成功率は格段に上がるだろう。
私はタルトを褒めるが、彼女は難しい顔で探知機をためつすがめつしている。
「どうした、故障か?」
「ううん……なんかね、変な反応がある。」
「変な反応?」
「探知できないぐらい、おっきい反応……多分人とは違う。」
その言葉を聞いて、私は思わず眉を顰めた。
「……おい。時間がねえ、行くぞ。」
「ああ。」
嫌な予感はするが、止まっている暇はない。
この中で最も感覚の鋭いヴォルフを先頭に、私たちは崩落した坑道へと足を踏み入れた。
崩落した岩で塞がれたエリアに差し掛かったところで、タルトが口を開いた。
「……反応、近い。」
「んー、じゃあちょっと見てくるね。」
そう言ってフランは羽根を広げ、落石の山の向こうに消えていった。
程なくして、首にかけていたペンダントに通信が入る。
「姉さん、生存者を確認したよ。退避させたから、あとはよろしく。」
「分かった。」
さすがはフラン。こちらのしてほしい仕事をよく理解している。次はこちらの番だ。
「ヴォルフ、聞いたな。」
「おう。」
ヴォルフが前に出る。
そして道を塞いでいる一番大きな岩の前で、愛用のバスターソードを構えた。
振りかぶって、全力で振り下ろす。
そのシンプルな一撃だけで、大岩はバラバラに砕け散る。
普段アーノルドを見ていると忘れがちだが、この男も大概である。
オーウェンが呆れたような声を出した。
「やっぱバケモンですね、アンタ。」
「お前の鍛え方が足んねえんだろ。」
さて、此処からは私とイアン、オーウェンも作業に加わる。
ヴォルフが砕き割った岩を、風魔法で除け、あるいは単に蹴り飛ばし、放り投げながら道を作っていく。
程なくして、人が通れる程度の道幅を確保することができた。
領民の数は、タルトの探知機が示す通り三人だった。
とんでもない精度だ。
「ああ、ありがとうございます……!!」
「礼なら助けを呼びに来た連中と領主に言うといい。私たちは奥へ進むから、兵と一緒に先に出ていてくれ。」
それを聞いた領民たちの顔が、さっと青ざめる。
「その様子だと、奥で何かあったな?」
「奥は、駄目です……アイツが、化け物が居るんだ……!」
「見たのは影だけだが、確かにいたんだ……!」
「……情報提供感謝する。だが、まだ奥に救助対象がいる。」
「さっき言った通り、アンタらは先に出てろ。」
「しかし、」
「問題ない。此処にいるのは精鋭だ。」
鉱夫達は目を見合わせ……隊列に混ざっているタルトを見てまた目を見合わせた。自然な反応だ。
「ごっ、ご武運を……!」
「ああ。」
一組目の鉱夫達と別れ、先へと進む。
二度目の救助は先ほどほど難航しなかった。
メインの坑道から伸びる細いわき道。
その入り口が崩れ、中に五人閉じ込められていた格好だ。
巨岩を砕いて道を作ることを考えれば、圧倒的に楽な仕事だったといえる。
「ありがとう……!まさか助けが来るとは……!」
「無事で何よりだ。」
「だがこれより奥の連中は……」
沈鬱な顔をする鉱夫達を、努めて威圧的にならないよう問いただす。
「それについて聞きたいことがある。化け物が居る、と言う話だったな。」
「あ、ああ……。この奥に地底湖があるんだが……。」
「見たんだ、腕だけだったが……とんでもなくデカい化け物が居る……!」
「腕?」
「昔図鑑で見た、蛸?の腕に似てたような……。」
それならば一つ、心当たりがある。
魔鋼窟内の地底湖であれば、居着いていてもおかしくはないだろう。
「……クラーケン、か。」
「だろうな。」
入る前から嫌な予感はしていたが……
「……なかなか、骨の折れる仕事になりそうだ。」




