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7話 絶望の始まり


 「ちょっと……あまり理解できないと言うか、規模が大きすぎて……」

 

 ミーヴェルは困惑したように頬を掻いた。五百年、冷凍睡眠、十五年前の雷。今までスラムや馬小屋で生きてきた彼にとって、それはあまりにも途方もない話だった。

 

 『無理モアリマセン。本来ナラバ、コノ施設内デ長イ時間ヲカケテ、世界ノ歴史ヤ各種知識ト共ニ教育ヲ施ス予定デシタ。デスガ、予期セヌ事態ニ陥リ、ミーヴェルハ地上ノ文化ノ中デ過ゴスコトニナッタノデスカラ。……コレカラ、私ガコノ世界ノ真実ニツイテ、一カラ学ンデイタダキマス』

 「うーん……まあ、それは後でもいいかな。それより、さっきから気になってたんだけどそのこたい?って呼ぶの、やめてくれないかな? ボクはミーヴェルだよ。それに、こっちはルナ」

 「ぴぃ!」

 

 ルナがミーヴェルの腕の中で、胸を張るように鳴いた。

 すると、アイさんの大きな球体がクルリと回転し、ルナに向けて青い光を照射した。

 

 『……スキャン完了。名称【ルナ】ヲ抱エテイル時、ミーヴェルノ心拍数ト精神波形ガ著シク安定スル事ヲ確認。精神衛生上、極メテ有益ナ【良性生命体】ト判断シマス』

 「うん、友達だからね」

 「ぴっ」

 『理解シマシタ。呼称設定ヲ更新――コレヨリ【ミーヴェル】ト呼称シマス』

 

 アイさんは淡々とそう告げた。

 

 「よろしくね、アイさん。……それとさ、さっきアイさんが言ってた『すたんぴーど』? って、なに?」

 その言葉を聞いた瞬間。アイさんは説明するよりも先に見せた方が早いと判断したのか、何もない空間に向けて光の束を照射した。

 「うわっ!?」

 空間に突如として、色鮮やかな光の板が浮かび上がったのだ。

 「なにこれ……絵が、宙に浮いて動いてる!?」

 『地上ノ様子ヲ展開シタ広域ドローンヲ通ジテ、モニター映像トシテ投影シテイマス』

 「えっ……」

 

 ミーヴェルは、その映像に映し出された光景を見て、絶句した。

 そこには、先ほどまで自分たちがいた薄暗い森を完全に埋め尽くすほどの、おびただしい数の異形の群れ――魔物(エコー)が、巨大な土煙を上げて一直線に進軍している様子が映っていた。

 「これ、今の様子なの!? さっきみたいなオオカミとか、見たこともないバケモノがいっぱい……これ、ガルガントの街に向かってるじゃないか!」

 『肯定シマス。間モ無ク、大共鳴(スタンピード)ノ本隊ガドワーフノ防衛線ニ激突シ、街ハ壊滅スルデショウ』

 「――なっ!?」


 あまりにも淡々と告げられた絶望的な未来予測に、ミーヴェルは愕然とした。


 『十五年前マデハ、私モ定期的ニ地上ノ各勢力ノ戦力値ヲスキャンシ、強サヲ確認シテイマシタ。当時ノデータト比較シテ、彼ラノ軍事技術ニ大キナ進歩ガ無イト仮定スレバ――ドワーフ種ガ今回ノ大共鳴(スタンピード)ヲ生キ残レル確率ハ、一五パーセント未満ト推測』

 「そんな……っ!」

 

 街が滅びる。

 

 「アイさん……! アイさんの力なら、なんとかなるの!?」

 『仮ニ、私ガ保有スル全兵装ヲ以テ防衛戦ニ介入シタ場合、街ノ生存確率ハ五〇パーセントマデ上昇シマス』

 「――助けられないかな!?」

 

 ミーヴェルは弾かれたように身を乗り出し、すがるような瞳でアイさんを見つめた。

 しかし。

 アイさんの単眼レンズは、冷酷なまでに静かな青色を保ったままだった。

 

 『――――何故?』

 「え……?」

 『何故、亜人種ヲ助ケル必要ガアルノデスカ?』

 機械の音声には、一切の感情がこもっていなかった。

 『先程ノ生体検査(メディカルチェック)ノ結果、ミーヴェルノ身体ニハ無数ノ打撲痕ト共ニ、極メテ微量ナ【ナノヘイズノ付着】――即チ、亜人種が呼称スル魔法ニヨル外傷ノ痕跡ガ残ッテイマシタ』

 「……っ」

 『状況カラ推測スルニ、ドワーフ種ニ一方的ニ攻撃サレタト判断シマス。私ノ至上命題ハ、守護対象デアルミーヴェルノ保護デス。貴方ヲ傷ツケタ排他的ナ存在ニ、私ガ手ヲ貸ス論理的ナ理由ガ見当タリマセン』

  

 アイさんの正論に、ミーヴェルはぐっと唇を噛み締めた。

 確かに、アイさんの言う通りだ。人間である自分は、この世界で嫌われている。今日だって、ドワーフのハンターたちに全財産を奪われ、酷い暴力を受けた。

 

 「……うん。確かに、ボクは人間だから、よく思われてない人もたくさんいるよ」

 

 ミーヴェルは俯き加減でポツリとこぼす。

 だが、すぐに真っ直ぐに顔を上げ、アイさんのレンズを力強く見つめ返した。

 

 「でもね……ボクは、ドワーフの王様に拾われたんだ。あの時、王様がボクを見つけてくれなかったら、ボクはとっくに死んでいたかもしれない」

 『……』

 「それに、ボクの事を嫌いな人ばかりじゃない。サリアさんやバレンさん、クレインさんみたいに、ボクに優しくしてくれるいい人たちだっているんだ!」

 



 ――脳裏に、かつて自分を優しく撫でてくれた、大きく温かい王様の手の感触が蘇る。

 『ミーヴェル。お前が人間として、他種族の認識を変える『一歩』となるのだ』

 

 病に倒れる前、王様が残してくれたその言葉が、ずっとミーヴェルの心の支えだった。

 

 「ボクがみんなを助けたら……それがきっと、人間のイメージを変える第一歩になるかもしれない。人間だって、誰かを助けられるんだって証明したいんだ」

 

 ミーヴェルの瞳には、決して揺るがない強い意志の光が宿っていた。

 

 「だから、お願いアイさん! ボクに力を貸して! みんなを助けて!」

 

 アイさんの単眼レンズが、静かに青い光を瞬かせた。数秒の沈黙。それは膨大な演算を行っているかのような、奇妙な間だった。

 やがて、冷徹な機械音声が、思いもよらない言葉を紡ぐ。

 

 『――――アイザック・ミーヴェル。貴方ハ、歴史ヲ大キク間違エテイル』

 「……えっ?」

 『――デスガ、了解シマシタ。守護対象ノ要請ニヨリ、事態ヘノ介入及ビ協力ヲ実行シマス。防衛戦終了後、貴方ニ正シイ歴史ヲオ伝エシマス。サモナケレバ、今後ミーヴェルノ精神状態ニ深刻ナ悪影響ヲ及ボスト判断シマシタ』

 「正しい、歴史……? あ、ありがとう……?」

 

 ミーヴェルは首を傾げた。人間が世界に大罪を犯したという歴史が、間違っている?

 だが、その疑問を口にする前に、アイさんのレンズが青から赤へと切り替わった。

 『――介入ニ先立チ、一ツ【条件】ガアリマス』

 「条件?」

 アイさんが告げたその『条件』の内容に、ミーヴェルは目を丸くすることになるのだが――。

 

 ◇

 

 ――同刻。地上では、まさに絶望が具現化しようとしていた。

 

 「来たぞォォォォーーッ!!!!」

 ドワーフ王国『ガルガント』。その誇りである堅牢な黒鉄の城壁の上に立つ兵士やハンターたちが、一斉に悲鳴のような叫び声を上げた。

 降りしきる豪雨の中、街全体をドーム状に覆う青白い防衛結界の外側に、うごめく漆黒の津波が押し寄せてきたのだ。

 

 『ギシャアアアアアッ!!』

 『グルルォォォォォッ!!』

 魔物(エコー)と、それを統率する知能を持った半魔(ヘイズ・コレクター)

 

 普段なら決して群れることのないはずの多種多様な異形たちが、文字通り地平線を埋め尽くしている。その数は数千どころではない、数万にも及んでいるかもしれない。

 ズシンッ! ズドォォンッ!!

 巨大な異形たちが結界に体当たりをするたび、青白い防壁の光が激しく明滅し、雷のような火花を散らす。

 今のところ、結界は辛うじて機能し、異形の侵入を阻んでいる。しかし、城壁から見下ろす兵士たちの顔に安堵の色は微塵もない。

 視界を埋め尽くすほどの圧倒的な暴力の波。

 

 「ひっ……ひぃぃっ……! 嫌だ、死にたくねえっ!!」

 

 バレンによって防衛戦に強制参加させられたあの卑劣な三人組のハンターたちは、武器を握る手すら震えさせ、腰を抜かして泣き叫んでいた。

 彼らでなくとも、絶望するのは無理もない。これほどの数が一斉に結界を攻撃し続ければ、エネルギーが枯渇し、防壁が限界を迎えて砕け散るのも『時間の問題』だったからだ。

 

 「……くそったれが」

 

 最前線で大剣を構えるギルド長バレンが、土砂降りの雨に打たれながら、血の滲むような声で呻く。

 結界が破られれば、後は怒涛の蹂躙が始まるだけ。ドワーフの誇る軍事力をもってしても、この波を押し返すことは到底不可能だ。

 誰の目にも、この街の終わりがはっきりと見えていた。



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