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16話 完璧な秘匿性?


 「一体、何が起きたんだ……」


 防壁の上に立つ兵士が、呆然と呟く。

 それは、あまりにも唐突な出来事だった。

 遥か遠く、魔物の群れがひしめく敵陣の奥深く。

 突如として無数の魔物が宙へ吹き飛んだかと思えば、次の瞬間――視界の全てを真っ白に染め上げる極太の光芒が、独楽のように荒れ狂いながら地平を薙ぎ払った。

 遅れて届いた轟音と凄まじい突風に、兵士たちは思わず腕で顔を覆う。

 

 だが、この城壁自体に被害は無く。ただ、あれほど黒々と大地を埋め尽くしていた魔物の大軍だけが、光と共に文字通り一瞬にして消滅したのである。

 

 光の軌跡が消え去った後には、赤熱してドロドロに溶けた巨大なガラス状の焦土だけが広がっていた。

 閃光の範囲外にいて辛うじて生き残った付近の魔物たちも、本能に刻み込まれるほどの絶対的な恐怖に完全に狂乱している。先程までの獰猛な牙を隠し、蜘蛛の子を散らすように背を向けて逃げ出していく者すらいた。

 

 「……っ! 半魔が死んだ!」

 

 いち早く戦況を悟った指揮官のジーグが、防壁の上からハッと声を張り上げた。

 

 「間違いない、魔物を統率していた半魔が討ち取られたぞ!!」

 

 その言葉に、絶望に沈んでいた兵士たちの目に微かな光が宿る。

 ジーグは腹の底から、裂帛の気合いを戦場に響かせた。

 

 「統率が乱れ、敵が怯え切っている今こそが最大の好機だ! 逃げ遅れた残党を駆逐しろ! 最後の力を振り絞れェェェッ!!」

 

 一瞬の静寂。

 何故?一体何が?だが。少なくとも、今この状況は、ドワーフにとっては一途の望みをかけた絶好機であるのは疑いようがない事実

 目の前で起きた奇跡が確かな勝利への道筋だと理解した瞬間、防壁から、割れんばかりの歓声と怒号が天を突いた。

 

 「「「おおおおおおおおおおおっ!!!!」」」

 

 ◇


 「……うっ、ん……」


 まぶたの裏に微かな光を感じ、ミーヴェルはゆっくりと重い目を開けた。

 ぼやけた視界が徐々に焦点を結び、そこに映し出されたのは、真っ白で無機質な光沢を放つ見慣れない天井だった。


 「ぴー!」

 

 不意に、胸の辺りに温かく柔らかな重みを感じる。

 そちらへ視線を落とすと、そこには心配そうにこちらを見つめる、真っ白でモコモコとした毛玉の姿があった。

 

 「ルナ……? っ、つつ……」

 

 身を起こそうとした瞬間、全身の骨と筋肉の奥からズキリと鈍い痛みが走った。

 

 「ぴぃっ、ぴい!」

 

 ルナはミーヴェルが目を覚ましたのがよほど嬉しかったのか、彼の胸の上に飛び乗ると、そのまま顔にすり寄り、鼻先や頬を必死にぺろぺろと舐め回し始めた。

 

 「わわっ! ちょ、くすぐったいってば、ルナ」

 

 痛みを堪えながらも、その愛らしい歓迎にミーヴェルの口から自然と柔らかな笑みがこぼれる。

 地獄のような戦場から生還したことを実感する、確かな温もりだった。

 

 『――目ガ覚メマシタカ。ミーヴェル』

 

 その時。じゃれ合う一人と一匹を見下ろすように、静謐な空間に聞き慣れた無機質な電子音声が響き渡った。

 

 「っと、ここは……? それに、ボクはどうなったの?」

 

ミーヴェルは上半身だけを起こし、ルナをお腹の上に乗せて優しく撫でながら尋ねた。ふと見下ろすと、いつの間にかあの窮屈な恰好から、真新しいゆったりとしたシャツに着替えさせられている。

 あの絶望的な戦場に飛び込んでからここへ帰ってくるまでの間、自分がどうやって戦ったのか、ミーヴェルの記憶はやんわりとしか残っていなかったのだ。

 

 「なんだか……深い夢の中にいたような気がするんだけど」

 

 ぽつりとこぼしたその感想に、アイの単眼レンズが青く瞬いた。

 

 『ソノ認識デ恐ラク合ッテイマス。――ソシテココハ、アークポッドノ医療施設デス』

 

 アイは淡々と、彼の体に何が起きたのかを説明し始めた。

 規格外の兵器の反動を、生身の肉体で無理やりねじ伏せた代償。アイの治療ポッドとナノポーションによる修復を受けたとはいえ、神経接続(ニューロジャック)による強制駆動で限界を超えた肉体の疲労感そのものまでは、まだ完全に抜け切れていないのだという。

 

 「そ、そうなんだ……。って、そうだ! 街はどうなったの!?」

 

 ハッとして身を乗り出す少年に、アイは機械音声を僅かに和らげるように告げた。

 

 『安心シテクダサイ。無事ニエコーノ群レヲ討伐シ、現在ドワーフ達ハ街ノ修復作業ニ入ッテイマス』

 「そうなんだ……! よかったぁ……っ」

 

 心の底からの安堵の息を吐き出すと、ルナを撫でる手がさらに優しくなる。

 

 「ぴぃ……」

 

 ルナも気持ちよさそうに、彼のお腹の上でとろんと目を細めていた。

 

 『損傷ノ修復ハ完了シテイマスガ、今ハマダユックリト静養ニ努メテクダサイ。食事ヲ用意シマス』

 

 ――グゥゥゥゥゥッ。

 

 アイが「食事」という単語を出した瞬間、ミーヴェルのお腹から間抜けな音が響き渡った。

 

 「あはは……。どうやら、すっごくお腹が空いてたみたいだ」

 

 照れくさそうに頬を掻く少年に、アイの球体がクルリと回転した。

 

 『ミーヴェルハ短時間デ猛烈ナ運動ヲシマシタカラ。カロリーノ激シイ消費ハ当然ノ生理現象デス』

 「……覚えてないんだけどね」


 医療施設の扉が音もなく開き、銀色の流線型で作られた見慣れない人型の機械が、ワゴンに乗せた湯気を立てる食事を運んできた。

 

 「うわっ!? 人……じゃない?」

 『アークポッド内ノ雑務ヲ担当スル、汎用型人造ドロイドデス』

 

 ミーヴェルは驚きつつも、出された温かい食事――見た目はシチューのような未知の料理だが、とてつもなくいい匂いがする――を、猛烈な飢餓感に従って夢中で胃袋に流し込んだ。

 しかし、その平穏で幸福な食事の時間は、アイが戦闘データノフィードバックとして空中に展開したモニター映像によって、あっけなく打ち砕かれることとなる。

 

 「えっ……これ、ボク!?」

 

 モニターに映し出されていたのは、支援機が一連の戦闘を上空から記録していた映像だった。

 数百メートル上空からのダイブ。炎を纏った直刀で、万の軍勢のど真ん中にクレーターを作りながら降り立ち、瞬きする間もなく巨大な魔物を次々と肉片に変えていく圧倒的で冷酷な殺戮劇。

 自分が意識を失っている間に他者の手で行われていたその常軌を逸した光景に、ミーヴェルは唖然とし、やがて愕然と顔を引きつらせた。

 だが、彼にとっての最大の精神的ダメージは、その後にやって来た。

 

 映像が市街地の広場へと切り替わる。

 空から舞い降り、着地の土煙が晴れた後、冷たく鋭い瞳をした自分が立ち上がり、サリアの目の前で淡々とこう言い放った。

 

 『――クライムバード沈黙―――了解。コレヨリ移動スル』

 「っっっっっっっっっっっっっっっ!?」

 

 その瞬間、ミーヴェルの顔は首の根元まで、一気に茹でダコのように真っ赤に染め上がった。

 

 「あ、あ、アイさんっ!? なにこれ!? なんでこんな、こんな……っ!!」

 『? 何カ問題デモ? 敵性個体ノ沈黙ヲ確認シ、次ノ目標ヘ移動スル旨ヲ、システム音声トシテ発話シタダケデスガ』

 「ボクはこんなこと言ったつもりないのに!! サリアさんの前で、こんな……こんな……カッコつけた恥ずかしいセリフ……うわああああああああっ!!」

 

 大罪人の人間として普段は縮こまっていた自分が、いつも優しくしてくれた受付嬢の目の前で、まるで物語の冷酷な暗殺者のようなセリフを真顔でキメてしまったという事実。

 戦場の絶望よりも遥かに深刻な羞恥心という名のダメージに、少年の心が完膚なきまでにへし折られかけた、その時。

 

 『深刻ニ悩ム必要ハアリマセン、ミーヴェル』

 「えっ……?」

 『当時、ミーヴェルノ頭部ハ深クフードデ覆ワレテイマシタ。対象【サリア】ニヨル視覚的ナ顔面ノ個体識別ハ物理的ニ不可能デス。従ッテ、アナタノ正体ガ露見シタ確率ハ〇パーセントト推測サレマス』

 「……ホントに?」

 『肯定シマス。完璧ナ秘匿性デシタ』

 

 その無機質で自信満々なアイの補足に、ミーヴェルはピタリと奇声を止め、真っ赤な顔のままホッと安堵の息を吐いた。

 「そ、そっか……。よかったぁ……。サリアさんに、ボクだってバレてないなら……」

 


 アイは一つだけ間違いを犯した。人の感情と直感という非論理的な要素を計算に入れ損ねていた事に。 フードで顔は隠れていても、サリアにはその聞き覚えのある声でバッチリと正体がバレてしまっていることを。

 

 「……でも、やっぱり自分がこんな風に動いてたのを見るのは恥ずかしいから消してくれるかな?疲れたからもう寝る」

 「ぴぃ?」

 

 真っ赤になった顔を両手で覆い隠したまま、ミーヴェルは逃げるようにベッドのシーツを頭から被り、そのまま現実逃避の就寝へと落ちていくのだった。


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