15話 携行型重電磁砲
真っ白で無機質な空間。
突如、堅牢な扉がプシュゥッと音を立ててスライドする。
滑り込むように侵入してきたのは、一つの銀色の球体だった。そこには地上では決して見る事のない、先鋭的なフォルムを持つ無数の物体が並べられていた。
レンズから光を照射して空間全体をスキャンし、やがて特定の座標で『ピピ』と短い電子音を鳴らす。
一つの重厚な箱に照準を合わせて降下すると、球体の底から機械の足のようなものを展開し、それをガッチリと掴み上げた。
そして自らの体積より遥かに大きなそれを軽々と持ち上げ、部屋から出て行く。
無機質な通路を抜け、舞い上がった先。
そこは木々が生い茂り、澄み切った川が流れる場所だった。だが、豊かな自然の中に地上では見る事のない滑らかな未来的な建物が建ち並び、未知のテクノロジーと自然が奇妙なほど完璧な調和を見せている。
球体がそこを抜け、遥か下界へと向かおうとした時。
眼下の豊かな緑の中から、小さな白い生き物がこちらを見上げていた。
両手で色鮮やかな果物を抱え、もぐもぐと口を動かしている真っ白な毛玉。果物をかじりながら、空を横切っていく無機質な機械を不思議そうに見上げ、こてんと首を傾げていた。
その愛らしい姿を尻目に、コンテナを抱えたドローンは目標地点へと到達する。
眼下に広がる分厚い雲海と、その下で繰り広げられている凄惨な戦場へ向けて、機械音声が淡々と秒読みを開始した。
『目標座標ヘノ到達ヲ確認。スタンバイ完了。―――投下マデ、三、二、一。―――投下』
ズオンッ!
重厚なコンテナが大気を切り裂きながら一直線に地上へと落下していく。
◇
辺りは無数の魔物たちの亡骸が折り重なり、獣たちの赤黒い血の海と化していた。
狂気に支配されていた魔物たちの群れにも、僅かながら変化が生じ始めている。依然として高い戦意で殺到してくる者が大半だが、理不尽極まりない死神の凶行を前に、本能的な恐怖を呼び覚まされて逃げ惑う個体もちらほらと見受けられた。
だが、万に届こうかという大軍の前では、その程度の離脱など誤差でしかない。
「――ハァッ……ガァッ……!」
絶え間なく押し寄せる波を、赫い焔の剣舞で次々と切り刻んでいく青白い影。
だが、アイに完全支配されたミーヴェルの肉体は、とっくに限界を超えきっていた。
『警告。個体ミーヴェルノ心拍数、五〇〇%ヲ超過――』
アイのディスプレイに、深刻なレッドアラートが明滅する。
ナノポーションは、千切れた筋繊維や物理的な外傷を瞬時に修復する圧倒的な効能を持つ。だが、疲労物質の蓄積や限界を超えた心拍数といった生命活動の負荷そのものを無かったことにはできない。
強引な肉体駆動をこれ以上続ければ、遠からず少年の心臓は破裂する。
『――目標地点到着マデ、残リ三〇秒』
「了解――支援機、サークル・ディフェンス展開」
アイが無機質なコマンドを発した直後。
敵陣の中央で孤軍奮闘するミーヴェルの周囲に、散開していた四機の球体ドローンが急速接近した。それらはミーヴェルを中心とした円陣を組むと、目にも留まらぬ超高速回転を始める。
ドゴォォォォンッ!!
「ギャインッ!?」
少年を喰い殺そうと飛びかかってきた魔物たちは、ドローンが形成した遠心力の見えない防壁に激突し、凄まじい殴打を受けたかのように次々と弾き飛ばされていく。
強力な絶対防壁。だが、純粋な物理的質量による激突は、ドローン自身の球体装甲にも深い傷とへこみを刻み、その飛行性能を確実に削り落としていく諸刃の手段であった。
稼ぎ出したその三十秒の猶予の間。
アイは直刀を地に突き立ててミーヴェルを片膝立ちにさせ、肉体の制御を僅かに緩めて、呼吸を整える事に尽力する。
「はぁっ……はぁっ……! はぁっ……!」
意識の底で、限界を迎えた少年の肺が酸素を貪り、激しく上下に波打つ。
――その時だった。
ヒュオォォォォォォンッ……!!
上空の分厚い雷雲を突き破り、支援ドローンに先導された巨大な漆黒のコンテナが、凄まじい風切り音を立てて落下してくる。
それは地表へ激突する直前、青白い重力制御フィールドを逆噴射するように展開し、フワリと急減速した。
ズシンッ……!
重々しい地響きと共に、コンテナがミーヴェルの眼前に着地する。
プシュゥゥゥッ……!
白煙を吐き出しながら、コンテナの装甲が自動で展開される。
その中から姿を現したのは、極限まで無駄を削ぎ落とした特殊な流線型のフォルムと、長大で分厚い砲身を持つ異形の重火器だった。
アイに支配されたミーヴェルが手を伸ばし、それを持ち上げる。
全長一・五メートルはあろうかという、本来の少年の体格には到底見合わない巨大な規格外兵器。
「――携行型重電磁砲、接続。システム・起動」
ガシャッ、キィィィィィン……!!
インナースーツとの物理接続が完了した瞬間、長大な砲身に青白い電光が走り、甲高いチャージ音が戦場に響き渡った。
「――――散開」
アイの指令と共に、ミーヴェルを護っていた四機のドローンが一気に上空へと離脱し、射線を空ける。
カチッ――。
アイに支配された指が、無造作に引き金を引いた瞬間。
轟音すらも置き去りにする、圧倒的な白の閃光が一直線に迸った。
それは、莫大なエネルギーによって超極超音速で撃ち出された破壊の光芒。その光の直線上にいた魔物たちにとって、網膜を灼き尽くすほどのその純白が、生涯最後の記憶となった。
悲鳴を上げる間も、死の痛みを感じる暇すらも与えられない。
さらにアイは、凄まじい発射の反動をインナースーツの強制駆動でねじ伏せながら、長大な砲身を構えたまま独楽のように横薙ぎに回転する。
ズゴォォォォォォォォォォッ!!!!
地平を薙ぎ払う極太の白き閃光。
それに触れた万に届こうかという魔物の波は、血を流すことすら許されず、文字通り一瞬にして分子レベルで蒸発し消滅していく。
数秒後。
閃光が収まった戦場に残されたのは、嘘のような静寂だった。
つい先程まで周囲一帯を埋め尽くしていた、数千はいたであろう漆黒の津波は、あっという間に跡形もなく塵と化し、抉り取られた大地には、ドロドロに赤熱しガラス化した巨大な円形の焦土だけが広がっていた。
「――残存敵対勢力、確認」
アイの冷徹な呼びかけに、上空へ退避していた支援機から即座にデータリンクが返される。
『――着弾点ヨリ周囲五〇〇メートル以内ノ生体反応、完全ニ消失。残存エコーノ大多数ガ恐慌状態ニ陥リ撤退中。残敵予測数、五〇〇未満』
「了解。――射撃ノ反動ニヨリ、個体ミーヴェルノ肉体損傷率五〇%ヲ超過。戦闘継続ハ非効率ト判断。コノママ、アークポッドヘ帰還スル。支援セヨ」
『――要請ヲ受諾』
「任務完了ト判断。神経接続解除」
その無機質な通信が終わると同時。
アイによる肉体の強制駆動がフッと解かれ、糸が切れた操り人形のように、ミーヴェルの身体が横へと力なく倒れ込んだ。
規格外の反動を生身の肉体で強引にねじ伏せた代償は、あまりにも大きかった。両腕をはじめとする全身の骨と筋繊維はズタズタに引き裂かれ、インナースーツの隙間から夥しい血が滲み出している。たった一発撃つだけで、自身の身体が半分壊れてしまった。
血の海に倒れ伏す少年の周囲に、四機の球体ドローンが再び集結する。
機体同士を繋ぐ青白い光のラインが結ばれ、柔らかな重力制御フィールドが展開された。血に染まり意識を失ったミーヴェルの身体はフワリと宙に浮き上がり、ドローンたちに護衛されながら、遥か上空の分厚い雷雲の奥――元の静寂なるアークポッドへと向かってゆっくりと上昇していく。




