表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

14話 カウントダウン


 事態は、悪化の一途を辿っていた。

 ドワーフの戦士たちは数の暴力の前に押され、徐々に後退を余儀なくされている。

 戦闘開始直後、ドワーフ五千に対し、半魔率いる魔物の群れはその数約一万。通常の防衛戦であれば五千の兵力で十分に事足りるのが定石だが、それはあくまで知能と恐怖という感情を持つ者同士の戦いであった場合だ。

 魔物からしたら、他の魔物が死のうがどうでも良い。彼らには死への恐怖というモノが存在しないのだ。

 狂気の士気で押し寄せる魔物たち。一方で、疲弊し下がり始めるドワーフ。

 間もなく、最後の門を突破される直前までやって来た。

 魔法を使いすぎ、めまいを起こすもの、血を吐いて倒れうずくまる彼らを、魔物達が容赦なく蹂躙していく。

 形勢は完全に逆転した。

 港湾都市シーバスの援護まで持ちこたえれば勝ちの目も見えた。が、これは戦闘が開始してから僅か一時間も経たないうちの出来事であった。

 

 「王宮近衛隊長より通電!」

 

 防壁の上で防衛の指揮を執るジーグの元へ、伝令の悲痛な声が飛ぶ。

 

 「なんだ!」

 「ガ、ガルバン王子が、数人の取り巻きだけを連れて「シーバスに遷都する」と言い残し、逃亡したとのことです! 正規の避難誘導もなく、王宮にはまだ多くの近衛や文官たちが取り残されたままで……!」

 「……っ! ………! あのクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!」

 

 突然のサプライズ遷都という名の、あまりにも身勝手な夜逃げ。怒髪天を衝くジーグの怒号が、絶望の戦場に虚しく響き渡った。

 だが、口に出して喚き散らしたのも束の間、ジーグは荒ぶる呼吸を強引に押さえ込み、瞬時に指揮官としての冷徹さを取り戻す。

 

 (あの馬鹿の処遇は、すべてが終わってから考えればいい。今は目の前の戦いだ……!)

 

 己を奮い立たせ、戦況に意識を集中させようとする。

 だが――どれほど足掻こうとも、眼下に広がる光景にはもはや敗北の二文字しか浮かび上がっていなかった。

 視線を横へずらせば、城壁の隅には絶望に完全に心を折られ、「うう、死にたくねえよぉ……」と武器を放り出して震えながら泣き崩れる3人組ハンターの姿が見えた。その顔は、魔物の返り血か自身の血か、真っ赤に染まりきっていた。

 刻一刻と、削り取られていく防衛ライン。

 そして、ついに恐れていた事態が起きた。

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 手薄になった防壁の僅かな隙間を縫い、巨大な体躯を持つ一匹のオーガが、完全に街の内部へと通じる道を突破しようとしたのだ。

 

 「まずい!?」

 

 ジーグが降り、オーガと相対しようとするが、城壁を上り切った魔物が、その行く手を阻む

 それを薙ぎ払うが、既に、まにあわない。


「誰か! あのオーガを止めろォォッ!!」

 

 血を吐くようなジーグの叫びが、混乱する戦場に木霊した。

 

 「ぅおおおおおおッ! ここは通さん!!!」

 

 その絶望を切り裂くように、巨獣の背後から怒号と共に躍り出た影があった。

 

 「バレン!!」

 

 城壁の上からジーグが叫ぶ。

 バレンは己の身の丈ほどもある大剣を力任せに振りかぶり、オーガの分厚い背中へ渾身の一撃を叩き込んだ。

 

 「ゴァァァァッ!?」

 

 肉と骨を断ち切る凄惨な音と共に、オーガの巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。間一髪のところで、市街地への侵入を阻止したのだ。

 

 「――ごふっ」

 

 だが直後。バレンの口から大量の鮮血が吐き出され、彼は大剣を杖代わりにしてガクンと膝をついた。

 見れば、その屈強な肉体は既に大小無数の傷でズタズタに引き裂かれていた。限界など、とうの昔に超えている。回復薬のすべてを、恐怖に震える若い兵士たちに譲り、自身は一滴すら口にしていなかったのだろう。

 最前線で皆を鼓舞し続けていたバレンの痛々しい姿。

 それを見た周囲の兵士やハンターたちの顔に、明確な死の予感が色濃く浮かび上がる。彼らの心を守っていた最後の防波堤が、今まさに崩れ去ろうとしていた。

 

 「……チッ、まずいな」

 

 血塗れの唇を歪め、バレンが絶望的な呟きを漏らした。

 

 ――その時だった。

 狂乱に支配されていたはずの魔物たちが、突如としてピタリと動きを止め、一斉に後方へと視線を向けたのだ。

 兵士たちが呆然と敵陣の奥を見やると、群れの中央から無数の魔物の巨体が宙高く吹き飛ばされているのが見えた。

 

 「魔物が、吹き飛ばされてる……? いったい何が起きて――」

 


 ◇

 


 『――敵陣中央後方部にヘイズ・コレクター確認』

 「了解」

 

 支援機からのデータリンクを受信した瞬間。アイに支配された少年の肉体は、一瞬にして音を置き去りにした。

 

 ズンッ……!!

 

 常軌を逸した跳躍力で一気に宙へ舞い上がり、ドワーフたちが決死の防衛戦を繰り広げる防壁のさらに上空を飛び越える。そして、背中に幾何学的な光のラインで構成された緑の翼をバサリと展開させ、眼下の黒い津波を冷酷に見下ろした。

 そのまま一直線に、群れを統率する半魔の元へと隕石の如く滑空する。

 

 「ヘイズ・コレクター視認。――オーバーライド発動」

 

 ミーヴェルの腰に装着されたアイのレンズが鋭く発光し、眼下の標的へ向けて不可視の干渉波を照射する。

 他種族から半魔と恐れられるヘイズ・コレクター。彼らの肉体は高濃度のナノヘイズそのもので構成されているため、通常の物理攻撃は文字通り空を切るだけでほぼ通用しない。倒すには、膨大な魔法を叩き込んで消滅させるか、流動する体内に隠された核を正確に断ち切るしかない厄介な存在だ。

 だが――アイの放った干渉波は、半魔を構成するナノヘイズの結合を強制的にロックし、一瞬だけただの脆弱な物理的肉体へと固定化させる。

 

 「――刀剣兵装ファントム、起動」

 

 ズドォォォォォォォンッ!!!!

 

 数千、あるいは万に届きそうな魔物がひしめく敵の中心。

 黒い津波のド真ん中に、突如として隕石のような一撃が叩き込まれ、巨大なクレーターが穿たれた。

 もうもうと舞い上がる土煙。

 その中心で、知能を持つヘイズ・コレクターは、脳天から核ごと真っ二つに灼き斬られ、崩れ落ちた。絶命の直前、その顔に浮かんでいたのは、この世界に存在しない圧倒的な物理的質量への明らかな恐怖の色だった。

 土煙を切り裂き、赫い光を帯びた刀身を提げたフードの人影がゆっくりと立ち上がる。

 

 「――排除行動ヲ開始スル」

 

 アイに支配されたミーヴェルが直刀を振るうたび、超高周波の振動が生み出す焔の刃が、空間ごと魔物たちを灼き斬り、両断していく。

 その身のこなしは、まさに死の舞踏だった。一切の無駄を削ぎ落とした機械的な挙動でありながら、宙を舞い、刃を翻すその姿は、背筋が凍るほどに流麗で美しい。

 ステップを踏むように優雅に敵の死角へ滑り込み、焔の円舞を描きながら次々と群れを切り刻む。巨大なオークの胴体が焦臭を放ちながら泣き別れ、群がる狼たちの首が次々と宙を舞う。返り血すらも刀身の圧倒的な熱量によってジュッと蒸発し、少年は一切の淀みもないステップで蹂躙を続けていた。

 だが。

 

 『ギシャァァァァァッ!!』

 『グルルォォォォォッ!!』

 

 華麗に斬り伏せようとも、魔物の波は無限に湧き出し、四方八方から少年を飲み込もうと殺到してくる。

 一振りで十を灰にしようとも、即座に百が押し寄せる絶対的な数の暴力。このまま刀剣兵装のみで戦い続ければ、いずれ肉体の強制駆動の限界が先に訪れ、ジリ貧になることは明白だった。

 カキンッ……!

 殺到する魔物の牙を弾き飛ばした直後、アイは空中で華麗に体勢を反転させ、冷徹な演算結果をシステムへと反映させた。

 

 「個体数過多。刀剣兵装ニヨル近接殲滅ハ非効率ト判断。――コレヨリ、戦術ヲ『広域殲滅』ヘト移行スル」

 

 無機質な音声が響くと同時、少年の網膜ディスプレイに無数の照準データが凄まじい速度で流れていく。

 アイは、遥か上空の雷雲の奥に潜む箱舟へと、直接のデータリンクを繋いだ。

 

 「支援要請。武装コンテナ投下シークエンスへ移行。――携行型重電磁砲(ヘヴィレールガン)ヲ射出セヨ」

 

 直後、周囲を滞空していた支援機の一つから、アークポッドのメインシステムからの電子音声が戦場に響き渡る。

 

 『――要請ヲ受諾。軌道上ヨリ、指定座標ヘ向ケテ携行型重電磁砲(ヘヴィレールガン)ヲパージ』

 『現着マデ、一八〇秒』

 「一八〇、了解」

 

 アイは淡々と応じると、赫く燃える直刀を下段に構え直した。

 インナースーツに刻まれた青いヘックス模様が一際眩く発光し、全身の筋繊維が限界駆動の悲鳴を上げる。

 

 「――現着マデノ一八〇秒間、当防衛ラインヲ死守スル」

 

 それは、空からの絶対的な死神が舞い降りるまでのカウントダウン。

 少年は音を置き去りにした超速で、再び万に届きそうな絶望の波の中へと、優雅な焔の軌跡を残して単身で飛び込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ