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13話 遊戯盤のイレギュラー


 本来、魔物という存在が手を取り合うことなどあり得ない。

 同種であれば、辛うじて縄張りを争わずに殺し合いを避ける程度。それが異種族の魔物となれば、顔を合わせた瞬間に血で血を洗う殺し合いに発展するのが、この世界の絶対的な摂理である。

 

 だが今、眼前に広がる光景はその常識を根底から覆していた。

 

 絶対的な天敵同士であるはずの異形の獣たちが、まるで単一の巨大な意志に操られているかのように、ただ一つの黒鉄の扉を破壊せんと同じ歩調で特攻を繰り返しているのだ。

 

 既に何十、何百という魔物が扉に激突し、自らの肉体を潰して屍となっている。だが、後続の魔物たちは同胞の死骸すらも無機質な足場として踏みつけ、全身から夥しい血を吹き出しながらも、まるで痛覚を持たないゾンビのように次々と扉へ体当たりを見舞っていく。

 

 その狂気的な共同作業が、ついに実を結ぶ時が来た。

 

 メキッ……メキメキィィッ……!!

 

 防壁を支える巨大な蝶番が悲鳴を上げ、無数の亀裂が走る。

 そして――。

 

 バコォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 限界を超えた黒鉄の正門が内側へとひしゃげ、凄まじい破壊音と共に吹き飛んだ。

 もうもうと舞い上がる土煙。ついに開かれた絶望の入り口から、真っ赤に血走った無数の眼球と、飢えた狂乱の咆哮が一気に雪崩れ込んでくる。

 だが。

 その扉の先で彼らを待ち受けていたのは、決して怯え震える獲物などではなかった。

 

 「ウォォォォォォォッ!!!!」

 

 土煙を切り裂いて響き渡ったのは、魔物すらも戦慄させるようなドワーフたちの怒号。

 最前線に立つバレンを筆頭に、烈火の如き怒りをその身に宿した戦士たちが、怒涛の勢いで雪崩れ込んできた魔物の波へと真っ向から斬りかかったのだ。

 

 ズガァァァァァンッ!!!

 

 バレンの巨大な大剣が、先頭に飛び込んできた巨大な獣の頭蓋を脳天から粉砕する。

 肉と肉、鉄と牙が正面からぶつかり合う凄惨な音が響き渡り、両者はついに血みどろの死闘へと交錯した。

 

 「一歩も退くなァッ!!」

 

 魔物の返り血を頭から浴びながら、バレンが獅子のように吠える。

 

 「ここで死体を積み上げて、奴らの足場を塞げェェッ!! 俺たちの意地を見せてやれ!!」

 「「「おおおおおおおっ!!!」」」

 

 


 ◆



 

 無垢なる黎明と、静寂なる永夜。

 両肩に宿したその異色の翼を、豪奢な背もたれに預けるようにして彼女は座っていた。

 肩まで流れる艶やかな黒髪と、冷徹なまでに整った顔立ち。そして、見る者を射抜くような銀と金のオッドアイ。その瞳に見つめられれば、意識ごと吸い込まれるような錯覚に陥るだろう。

 

 静謐な威容を誇る迎賓の間。床一面に敷き詰められた深紅の絨毯と、水晶のシャンデリアが放つ光彩。贅を尽くした空間において、彼女の肌の白さは何よりも鮮烈だった。

 纏っているのは、滑らかな絹が身体のラインに沿って流れる薄衣。細い腰元だけは硬質な帯で強く引き締められ、その対比が彼女のしなやかな曲線を残酷なまでに強調している。

 膝まで露わになった陶器のような生足を組み替え、彼女は静かに、音一つ立てることなく真っ白なカップを口に運び――空中に投影された眼下の惨劇を、ひどく冷ややかに眺めていた。

 

 「おーっ! 頑張るなー、亜人のクズ共は!!」

 

 巨大な円卓には、彼女の他にも二人の姿があった。

 自身には大きすぎる豪奢な椅子に座り、足をプラプラと揺らしている銀髪の少女が、嗜虐的な笑声を上げる。彼女は卓上の菓子を無邪気に頬張りながら、モニター越しに散っていくドワーフたちの命の灯を、まるで喜劇でも観賞するかのようにニコニコと見つめていた。

 

 「ええ、今回の奇襲は上手くいきそうですね」

 

 さらにその対面。ティーカップを優雅に傾けながら、まだあどけなさが多少残る金髪の青年が静かな声で同調する。

 地上の凄惨な地獄とは無縁の、あまりにも優雅で、そして残酷な茶会がそこにはあった。

 ――が。

 

 「でもそう上手く行くか? 今回は1万弱ってところだろ?少ねえな!!」 

 「奴らはまだ時間的猶予があると思っていたはずです。それに、あの馬鹿な王子が上手い具合に踊ってくれているはずですから――そうでしょう?」


 金髪の男が、虚空に向けて視線を流す。


 「――はっ」


 直後、空間が陽炎のように揺らぎ、一人の人物が円卓の傍らへ恭しく跪いた。

 それはつい先程まで、ガルバン王子の寝室で甘い声を上げていたあの女だった。ブラウンの髪と艶やかなドレスの姿は、まるでノイズが走るように崩れ落ち、やがて真っ赤に染まった髪と、隠密行動に特化した漆黒の装束を纏う女へと変貌を遂げる。


 「すべて順調です。王子は完全に私の言葉を信じ切っており、もはや我らの傀儡と言っても良いでしょう」

 「なるほどなー! なるほどほどほどっ!!!! ――おっ、あれはなんだ?」

 

 不意に、プラプラと揺れていた銀髪の少女の足がピタリと止まり、一つのモニターを指差した。

 彼女の視線の先。空中に投影された複数のモニターの一つ――市街地の広場を映し出していた映像に、あり得ない異物が介入したのだ。

 そこに映し出されたのは、分厚い雲の彼方から一直線に落下してくる小柄な人影。このまま墜落するかと思えば――。

 人影は突如として背中から輝く翼を生やし、空中で鋭く軌道修正を図ったのだ。

 そして次の瞬間、鈍く光る直刀を抜いたかと思うと、獲物を弄んでいたクライムバードの太い首を、落下エネルギーごと真っ二つに両断して着地した。

 映像の中で凄まじい土煙が吹き飛び、周囲のパニックが一瞬にして静まり返るほどの、圧倒的で無駄のない一撃。

 

 「――は?」

 

 優雅にティーカップを傾けていた金髪の男の動きが完全に固まり、その整った顔から間抜けな声が漏れた。ポタリ、と口に運ぶはずだった紅茶の滴がソーサーへと落ちる。

 魔物をいとも容易く沈めた謎の存在。しかも、あの一撃にはこの世界の常識である、魔法を発動する際におけるヘイズの揺らぎがいっさい見受けられなかった。

 

 「なんだあいつ!?」

 

 先程までの嗜虐的な笑みはどこへやら、銀髪の少女が身を乗り出して叫ぶ。

 この場で唯一、沈黙を貫いていた黒髪の女性の銀と金のオッドアイが、モニターに映る青白い光を帯びたフードの少年を鋭く見据えて細められた。


 彼らの遊戯盤に突如として現れた、完全に規格外のイレギュラー。

 先程までの和気あいあいとした茶会の空気が、ほんの僅かに、だが確実に凍りつき始めていた。


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