11話 神経接続
少し時を遡る――
「条件……?」
ミーヴェルは不思議そうに首を傾げ、宙に浮かぶアイのレンズを見つめ返した。
『ハイ。生体スキャンノ結果、ミーヴェル。アナタノ戦闘能力ハ皆無ニ等シイデス。仮ニ今カラ武装シテ戦場ニ降リ立ッテモ、生存確率ハ〇・〇一パーセント未満ト推測サレマス』
「うっ、うん……。それは、自分でも良く分かってるけど……」
あまりにもハッキリと突きつけられた事実に、ミーヴェルはシュンとうつむいてしまった。
『デスガ、悲観スルコトハアリマセン。ミーヴェル、アナタハ四八五年モノ長キ冷凍睡眠ノ歳月ヲ経テ、本来人間ニトッテ致死性ノ毒デアルハズノ『ナノヘイズ』ニ、完全ニ適応シタノデスカラ』
「……適応?」
ミーヴェルは再び顔を上げ、ぱちりと目を瞬かせた。ナノヘイズに適応? それは一体どういうことなのだろうか。
『ハイ。デスガ、アナタノ願イヲ叶エルタメニハ、ココデ詳細ヲ説明シテイル時間ガアリマセン。ソレニツイテハ事態ガ全テ終ワッテカラ、間違ッタ歴史ト共ニ説明シマス。――マズハ、コレヲ』
アイが空間に青い光を照射すると、床の一部が音もなくスライドし、銀色の無機質な柱がせり上がってきた。
中には、見たこともない黒い衣服が収められている。
「これは……?」
『戦術用ノインナースーツデス。直チニ、コレヲ着装シテクダサイ』
「うん、分かった」
ミーヴェルは促されるままにボロボロの服を脱ぎ、そのぴったりとした黒いスーツを上下に着込んだ。
「なんか……肌にピタッと密着して、ちょっと気持ち悪いかも……。それに、変な六角形の模様が光ってるし」
『ソノ上カラ、用意シタ防刃パーカート野戦用ノズボン、ソシテブーツヲ着装シテクダサイ。ソノ六角形ノインナーハ、着ル事デ着用者ノ神経ト接続シ、身体能力ヲ飛躍的ニ向上サセルコトガ出来マス』
アイの言葉に従い、ミーヴェルは指定された服を次々と身に纏っていく。
それは、ドワーフの国では誰も見たことがない、先鋭的で洗練された異色の佇まいだった。
「すごい……なんだか、体がすごく軽く感じるよ!」
『シカシ、ソレダケデハ不十分デス』
アイのレンズが、冷たい青色から警告の赤色へと切り替わった。
『スーツデ身体能力ヲ上ゲタトコロデ、アナタニハ圧倒的ニ戦闘経験ガタリマセン。故ニ、私ガ提示スル【条件】トハ――私ヲミーヴェル、アナタニ接続シ、戦闘中ハ私ガアナタノ肉体ノ制御権ヲ完全ニ奪イ、操作スル事デス』
「えっ……アイさんが、ボクの体を操縦するってこと?」
『肯定シマス。私ガアナタノ肉体ヲ使イ、物理駆動拡張ヲ発動サセテ魔物ヲ殲滅シマス。……シカシ、限界ヲ超エタ強制駆動ハ、アナタノ肉体ニ筋繊維ノ断裂ヤ骨折トイッタ深刻ナダメージヲ与エマス。激痛ヲ伴ウ、極メテ危険ナ行為デス』
「きねてぃっく……?」
アイの容赦のない警告に、ミーヴェルは思わず息を呑んだ。
体を操られ、筋肉が引きちぎれるほどの無茶な動きをさせられる。想像しただけで足がすくみそうになる痛みの代償。
『――ドウシマスカ? アナタハ人間デス。彼ラヲ見捨テテ、ココデ安全ニ過ゴス権利ガアリマス』
「…………」
数秒の沈黙。
だが、ミーヴェルはギュッと力強く拳を握りしめ、真っ直ぐにアイのレンズを見つめ返した。
「やるよ。……それで皆を助けられるなら、ボクの体、いくらでも貸すよ!」
その言葉を聞き届けたアイは、一瞬だけレンズを青く瞬かせた後――カシャリ、とミーヴェルの腰元のバックルへと自らを接続した。
『――条件ヲ受諾。準備ハイイデスカ? ヨロシケレバ、【ニューロジャック承認】ト、音声デ入力シテクダサイ』
「う、うん。えーっと……『にゅーろじゃっく』を、承認!」
ミーヴェルが不慣れな言葉をたどたどしく、けれど力強く口にした、次の瞬間。
『――音声コマンドニューロジャック承認ヲ受諾。コレヨリ、個体ミーヴェルノ意識ヲ一時的ニ遮断。肉体ノ制御権ヲ完全ニ移行シマス』
「えっ? あ――」
ミーヴェルの疑問の声は、最後まで紡がれることはなかった。
インナースーツに刻まれた六角形の幾何学模様が一斉に眩い青白い光を放ち、ミーヴェルの瞳が元の穏やかなブラウンから透き通るようなブルーへと変化し、フッと感情の色が抜け落ちた。
代わりに糸の切れた操り人形のようだった少年の体が、全く別の冷徹な意志を持ったかのように、一切の無駄のない動作でスッと立ち上がった。
「システム・オンライン。――コレヨリ、戦場ヘト降下スル」
ミーヴェルの口から紡がれたのは、彼らしからぬ無機質な言葉。アイに支配された少年の体は、一切の躊躇なく無造作に歩みを進めた。向かった先は、空に浮かぶ島とも呼べるこのアークポッドの外周縁。
眼下には、分厚い雲の隙間から、夥しい数の魔物が一直線に街へと向かっているのが確認できた。
「ぴぃ……」
だがその時。背後から、不安げな小さな鳴き声が引き留めた。
振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべて見上げてくる白い毛玉――ルナの姿があった。
「…………」
アイは一瞬だけ動作を停止し、淡々と分析結果を告げる。
「――当個体ハ、ミーヴェルニトッテ重要ナ存在デアルト判断」
外周縁から歩み戻ると、アイはルナの前に静かに屈み込み、そのフワフワの頭にそっと手を添えた。機械的な支配の中にあっても、ミーヴェルの大切なものを無下にするような真似はしなかった。
「安心シナサイ。必ズ、戻ッテキマス」
「……ぴ」
「ココ、アークポッド内ニハ様々ナ自然植物ガ自生シテイマスガ、イズレモ毒物ハ含マレテイマセン。好キナダケ摂食シ、ミーヴェルノ帰還ヲ待ッテイナサイ」
「ぴぃ!」
ルナが元気よく返事をしたのを確認すると、アイは静かに立ち上がり、再びアークポッドの縁へと向かう。そこには、アークポッドの美しい景観を損ねないよう、周囲の自然環境に溶け込む透明な高柵が設けられていた。
本来であれば、ここから降下ポッドに乗って地表へ降り立つ手順だが、緊急事態の今、ポッドの準備を待っている猶予はないとアイは判断した。
「緊急事態ニツキ、搭乗プロセスヲ省略。コレヨリ直接降下ヲ実行スル。――支援機、同行セヨ」
号令と共に、アイは事も無げに高い柵へと跳び乗ると、遥か上空の夜の底へ向けて、音もなく自然落下で身を投じた。
ヒュオォォォォォッ……!!
凄まじい風切り音と共に急降下していく少年の後を追うように、アークポッドの奥から四機のドローンが滑空して飛び出す。
支援機は一直線に落下する少年にすぐさま追いつき、空中でその四方を完璧な陣形で囲い込んだ。
上昇の時と同じように、ドローン同士が青白い光のラインで結ばれると、落下速度に完全に同調して空間を固定する重力制御フィールドが展開される。
致死の速度と衝撃を相殺する不可視の揺り籠に包まれながら、黒き死神と化した少年は、魔物の大群が待つ凄惨な市街地へと一直線に落ちていく――。




