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10話 空からの死神


 「ご報告します、ガルバン王子! 既に第一次防壁が突破されたとのことです!」

 「な、ななななななんでだァ!? 結界はどうした!? 兵士は!? ハンターは!? この街には絶対無敵の結界があるだろうがァッ!?」

 

 ベッドの上で厚い毛布にくるまりながら、ガルバン王子は顔面を蒼白にさせて叫んだ。恐怖と混乱で、もはや言葉のていをなしていない。

 

 「はっ! 結界は魔物の大群の猛攻により既に砕け散りました! 修復には最低でも丸一日を要します。現在、兵士並びにハンターたちが第二次防壁へと後退し、決死の防衛戦を展開しておりますが……戦況は極めて絶望的かと!」

 「ふざけるな! 偉大なるドワーフの国だぞ!? 俺は次期国王だぞ!? 応援はどうした!?」

 「隣国シーバスに要請を出しておりますが、到着まで早くとも三時間は掛かるとのことです!」

 「遅い遅い遅い遅い遅いッ!! 間に合うわけがないだろうが!! ……あ、そうだ。夢だ。これは夢?一度寝よう、寝て起きたら全部終わってるはずだ……!」

 「…………」


 現実逃避を始め、ガタガタと震えながら毛布を頭から被る愚かな次期王の姿に、報告に上がった兵士は呆れ果てて言葉を失った。


 前線では今この瞬間にも、血を流して戦っている同胞たちがいるというのに。

 ――だが、その時。

 遥か遠くの城壁での激戦の音は、ここまでは届かない。しかし、王宮のすぐ外――防壁を越えられた市街地の方角から、かすかではあるが、悲痛な女性の絶叫が風に乗って響いてきたのだ。

 

 「ひぃっ!? な、なんだ今の声は!? まさか街に魔物が!? け、結界は!? この王宮の結界だけは絶対に安全なんだろうなァァァ――――ッ……」

 

 ドサッ。

 あまりの恐怖に耐えきれず、ガルバン王子は白目を剥いて泡を吹き、そのまま糸の切れた操り人形のようにベッドの上へと崩れ落ちた。

 気絶したのだ。

 

 「…………」

 

 (こんな男が、この国の次期国王だと……?)

 連絡係の中年兵士は、泡を吹いて気を失ったガルバンの無様な姿を、ただひどく冷ややかに見下ろしていた。

 今まさに国が滅びようとしている絶望の淵。最前線で命を懸けて泥と血に塗れる誇り高き戦士たちとのあまりの落差に、兵士は心底「世も末だ」と天を仰がずにはいられなかった。

 

 ◇

 

 「おい……なんだ、あれ?」

 

 避難の列にいた一人の少年が、ふと足を止めて鉛色の空を指差した。

 

 「えっ? 鳥……? にしては、大き……」

 『ピギィィィィィッ!!』

 

 その疑問の声を掻き消すように、空から耳をつんざくような怪鳥の咆哮が降り注いだ。

 

 「ひっ!?」

 「ま、魔物だァーーッ!!」

 「えっ、なんで!? 結界はどうなったの!?」

 

 絶対安全なはずの結界の内側。しかも、見上げる空から現れた異形の姿に、避難中だった市民たちは一瞬にしてパニックに陥った。

 悲鳴が上がり、我先にと逃げ惑う人々で街の広場は混沌と化す。

 

 「落ち着いて! 走らないで、落ち着いてください!!」

 

 ギルドの受付嬢サリアが必死に声を張り上げ、暴動寸前の群衆を宥めようとする。

 だが、その必死の誘導すらも、直後に起きた惨劇によってかき消された。

 

 ズダンッ!

 

 少し離れた広場に、一羽の巨大な飛行型魔物が猛スピードで舞い降りた。

 そして、逃げ遅れた市民の一人に襲い掛かり、その鋭利な鉤爪でガッチリと掴み上げたのだ。

 

 「嘘っ……!?」

 

 サリアは息を呑んだ。

 怪鳥の爪に捕らえられていたのは、ドワーフの男性だった。身をよじって必死に抵抗しているが、肉に深く食い込んだ爪からは、ボタボタと赤黒い血が石畳へ無残に滴り落ちている。

 怪鳥は獲物を掴んだまま、嘲笑うかのように力強い羽ばたきで再び上空へと舞い上がった。

 そして――遥か数十メートルの高空で、弄ぶかのようにその鉤爪を離した。

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!?」

 

 絶望の叫び声と共に、同族の体が空中から真っ逆さまに落下していく。

 グシャッという凄惨な音が響き、石畳の上に赤い血溜まりが広がった。魔物にとって彼らの命など、ただの玩具に過ぎないのだ。

 

 「なっ、なんて事を……ッ!?」

 

 サリアは真っ青な顔で口元を覆い、ガクガクと膝を震わせた。

 空からの無慈悲な殺戮。王国の誇る防衛線は意味を成さず、今、本当の地獄がガルガントの街に舞い降りた。

 

 『ピギィィィィィィィッ!!』

 

 そして――血に濡れた怪鳥の凶悪な眼球が、ギロリとサリアたちの方へ向けられた。

 

 「い、嫌よ! 死にたくないわ!!」

 「わあああああっ!!」

 「助けてえぇぇっ!!」

 

 次なる獲物を見定めた魔物の急降下に、市民たちは完全な恐慌状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 だがそのパニックの中、逃げ遅れた一人の幼い少女が、恐怖で腰を抜かしてその場にぼーっとへたり込んでしまっていた。

 

 (まずいっ!?)

 

 サリアは一切の躊躇なく一直線に駆け出し、少女の小さな体を両腕で抱きかかえる。しかし、既に狙いを定めていた怪鳥の鋭利な鉤爪が、二人の体を捕らえようと真上から迫っていた。

 サリアはギュッと目を瞑り、必死に少女を掴みながら背中を丸める。

 

 ――だが。


 予期していた引き裂かれるような衝撃は、いつまで経っても訪れなかった。


 ズドォォォォンッ……!!!

 

 代わりに聞こえたのは、巨大な何かが地面へ激しく叩きつけられて沈黙する重い音。

 ゆっくりと目を開けたサリアは、言葉を失った。逃げ惑っていた周囲の市民たちの視線が、驚愕と共に一人の人物へと一斉に注がれていたのだ。

 

 怪鳥は、首を真っ二つに斬り落とされ、夥しい血を流して絶命していた。

 その亡骸の前に立つのは、フードを目深に被った小柄な人影。

 その出立ちは、ドワーフたちが好む重厚な鉄の鎧とは明らかに異なっていた。

 野戦用のズボンに、見たこともない滑らかな素材で編み上げられた頑丈なブーツ。誰も見た事の無い、どこか先鋭的で異色の佇まい。

 

 その手には、微かなブレもなく握られた研ぎ澄まされた直刀が、冷たく鋭い光を帯びていた。

 ゆったりとした上着の前が開いており、その下には、身体のラインにぴったりと密着した黒い衣服が覗いていた。

 

 「――クライムバード沈黙―――了解。コレヨリ移動スル」

 

 ドンッ……!!

 

 次の瞬間。石畳の地面がクレーターのように陥没するほどの凄まじい威力で、その人影はあっという間に去ってしまった。

 

 だが、無機質でありながらも、サリアは、彼女だけはその聞き覚えのある声の色にハッと息を呑む。

 

 「えっ……ミーヴェル君……?」

 

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