4.錯惑
座った姿勢で、陸と向かい合って居る
場所は俺の部屋
真っ暗な畳張りの上に、二人とも胡坐の姿勢
やる事はいつもと変わらない
拳を握ると、陸の頬を打つ
二人とも酩酊して居るせいか、俺も陸も笑いが絶えない
打たれた陸は顔を仰け反らせるが、直ぐに元の姿勢に戻ってへらへらする
だから、また打つ
中々の娯楽だった
「なあ陸」
「楽しいな」
陸は何も答えない
恐らく頭を打たれ過ぎて、脳震盪で言葉を話せない状態になって居る
だから、特別俺も怒りはしない
気付けば床はビールの缶でいっぱいになって居て、中身の入った缶は一つも無かった
「なあ」
「………陸!!」
なんとなくで、思い切りこめかみを殴ってしまった
どんなに打たれてもふらふらするだけだった陸が、畳に大の字に倒れて痙攣を起こす
俺は隣の台所へ駆け込むと、流しでコップに水を注ぎ、部屋へと急ぎ戻って陸の口に水を総て流し込んだ
陸が、ごほごほと水を吐き出しながら、意識を回復する
「驚かせやがってよ……」と、頬に拳を強く押し付けるも、いつものように陸は一切の反応を視せ無い
───濡れて前髪を顔に張り付かせた、陸の顔を上から覗き込んで居る内に、俺は自分が変な気持ちになり始めて居る事に気が付いた
昔の女
陸を産んだ、あの女
あいつと交わった時も、場所はこういう暗い部屋で、時間も今みたいに白昼だった
酒が回って居るせいか気付かなかったが、俺はいつの間にか陸のTシャツの襟を、手に血管が浮く程の強い力で固く握り締めて居た
───俺は、何をしようとして居た?
だが、「無意識に自分は、陸の服を破ろうとして居たのではないか」という疑念を、自分に対して感じる
そして、同じくらい強く「そんな訳が無い、有り得ない」とも
「あ……」
「あ………っ!!」
こうした時、陸は声を出さない筈だ
しかし陸が不意に怯えた様な声を上げた為、俺は弾かれたように陸を視た
自らの心の内を視透かされ、罪を糾弾されたような気分だった
「お前は」
仰向けのまま後ずさろうとした陸の胸に肘を突いて、そのまま全身を載せて躰重を掛ける
「………俺を拒むのか」
陸が泣きながら眼を視開き、顔を左右に振って否定の意思を示す
その表情が『助けて』と言っている様に視えた為、俺は陸の鼻に自分の額を打ち付けた
陸が、ぎゃっ、と叫んだ後に鼻を両手で押さえる
その指の隙間からは湿った血が、はらはらと流れ落ちて居る
初めて聞く陸の悲鳴に、家族達が動揺して廊下を走り回る音が聞こえた




