第二三話 双子の戦い ミア
ミアたちのお父さんが帰還してから三ヶ月。お父さんは本当に、どんな伝説よりもすごい人だった。私たちに聖剣を授けてくれただけでなく、その使い方を事細かに教えてくれた。
私とエリーゼとお父様、三人で『部屋でお父さんと遊ぶ時間』は本当に楽しくて、エルフの国や魔大陸など滅多に行けない場所で様々な魔物と戦い、聖剣の力、聖力を溜めた。私は学院なんて通うよりも『部屋でお父さんと遊ぶ時間』を優先したほうが、レベルも上がるし、この国のためにもなるし、何よりも私が楽しいと思っていた。
だから学院の休暇が終わるのは残念で仕方がなかった。私は学院が好きだったから、いつもは休みが終わると嘆く友人たちを理解できなかったが、今なら彼らの気持ちがよく分かる。
そんなお父さんが学院の臨時講師を引き受けたのは、おかしさと嬉しさと驚きなど色々な感情が交じっていた。でもお父さんは知っていたのかも知れない。私たちにとっての脅威が迫っている。このスキルを無効化する魔物は、これまでみんなが戦ってきた魔物や悪魔とは、まるで意味の違う敵だ。
お父さんはこれを倒すために、神の世界の帰還せずに残ってくれたのかも知れない。お父さんは初代魔王も二代目魔王も討伐したのに神の世界へ帰らず、この世界に留まっていたから、たぶん間違いない。
私たちに聖剣を打ってくれたのも、同じ理由だ。お父さんの娘として、私たちはこの脅威を倒す。
「ツェルウェン伯爵! 私とミアの聖剣であれば、この魔物を容易に倒せます! 戦術を練り直してください!」
「あなたたちにお母さんと呼んで欲しい私は、こんなことしたくないですわねっ」
エリーゼとツェルウェン伯爵が話している間にも、私は廊下からやって来た魔物を切り裂いた。スキル無効化が脅威なだけで個々の強さはそれほどではない。
ここでお父さんみたいに【剣の英雄】を使って、ツェルウェン伯爵領に召喚された魔物を一掃できたら格好良かったのだけれど、あんな桁外れのスキル行使は私にはできない。精々、光の剣を一本産み出すくらいだ。それだって戦闘では大きなアドバンテージになり、弓矢のように使い捨てたり、折れず刃こぼれしない剣として使ったり、周囲に浮遊させて盾のように扱うなど使い道は数多い。
ツェルウェン伯爵は私とエリーゼが魔法陣から召喚された魔物を討伐できると理解して、棍棒や投擲石ではなく私たちを主軸とした防衛戦術に切り替える。ツェルウェン伯爵はお父さんの信奉者で、お父さんの娘の私とエリーゼが少しでも危険になる作戦を採用するとは考えてなかったため、私は少しの驚きと共にツェルウェン伯爵を見直していた。
ツェルウェン伯爵領に現れた魔法陣は皇都上空の超巨大魔法陣とは違って一過性のものだったようで、最初に召喚された魔物たちを討伐し終えたら、お替わりを召喚されることはなかった。
ツェルウェン伯爵の領軍は私とエリーゼを口々に褒め称える。救世の英雄ナギの娘として扱われるのは、あんまり好きではなかったけれど、今はお父さんの娘として褒められるのがどこかむず痒くて、色々と落ち着いたらお父さんに話して褒めてもらえるかと思うと、なんだかとても嬉しかった。
「エリーゼ、疲れたでしょ? 私が見張っておくから、一旦休んで……!?」
ツェルウェン伯爵領の街、その中央にある大きな広場。魔法陣から召喚された魔物討伐が完了したことで、伯爵領軍や冒険者たちが集まり、報告や治療が行われている中で、そいつが現れた。
第一印象では、影を纏っていた。影の間から見える輪郭から大人の男性だとは思ったけれど、種族までは分からない。
ただ私の直感が全力で危険を伝えていた。
「来る!」
影を纏った男の身体が消えたかと思うと、私の目の前で剣を振り上げていた。私は直感だけで【剣の英雄】を発動しており、光の剣で影を纏った男の剣を受け切る。
「ほう?」
防げたのはほとんど奇跡だ。お父さんのファストトラベルを何度も体験していたから、もしこれが戦闘中に使えたらと想像していたことも理由にある。
私は受け身に回ったら危険だと悟り、影を纏った男へ斬り合いを挑む。私の金色の星を象った聖剣と流転の聖剣がぶつかり合って火花を散らした。
状況がまったく分からない。どうして影を纏った男は、プトレマイオス星皇国の国宝である流転の聖剣を持っているのか。そして、それを使えるのか。聖剣は私とエリーゼ、お父さん以外には使えないのではなかったのか。
けれど、それらを確かめたり考えている暇もない。影を纏った男の強さは、お父さんと一緒にレベル上げをした私を上回っている。戦いはレベルだけで決まるものではないが、この影を纏った男はレベル以外の点でも一流だ。剣術、魔術、強化術、足運びや読み、あらゆる点で私を上回っている。
私が打ち合えている理由はエリーゼと二対一だからだ。剣術を始めたばかりのエリーゼだけれど、私の呼吸は誰よりも分かっているから、的確なタイミングで黒薔薇の聖剣や魔術によるフォローをしてくれた。しかしそれも長く保たない。
「エリーゼ!」
「違うわ、ミア!」
私の聖剣が空を斬った瞬間、私は後衛のミアへ警戒を促した。瞬間移動で背後から斬り付けられたら、エリーゼの身体能力で回避しようがないと思ったからだ。だが逆にエリーゼの叫びが聞こえてくる。
流転の聖剣は、瞬間移動を発動する。お父さんのファストトラベルには様々な制約があるらしいが、流転の聖剣にはそれがない。暗殺し放題という危険な性能ではあるものの、お父さん以外に使える者もいないため、それほど問題視されなかったが、敵が使用するなら話はまったく変わって来る。
私の肩口に何か熱いものを触ったかのような痛みが走った。目の前に真っ赤な液体が飛び散っている。
斬られた。致命傷。この痛み。私は助からない。エリーゼだけでも。エリーゼの悲鳴。何とかしないと。どうしたら。助けを。周囲を見れば騎士や兵士たちが倒れている。二対一どころではなかった。このままじゃあ。
私は必死に叫んだ。
「助けて、お父さん!」
◇
凪はミアとエリーゼのデータを確認した瞬間、何も迷わずに彼女たちの元へファストトラベルした。ボスエイリアンを討伐したお陰で、ファストトラベルが解禁されたのは不幸中の幸いだっただろう。
そして凪は傷付き血を流すミアとエリーゼを見て、かつてないほどの憤りを感じる。それは初代魔王討伐の旅で、多くの味方を失い、その度に憤怒と責任を感じていたのとはまったく別種の感情だった。仲間、戦友、恩師、世話になった人、守るべき人々、愛する人、それらは確かに凪が十年の魔王討伐の旅をさせる動機になった。
だが娘は違う。質が違う。意味が違う。次元が違う。
己の血を分けた娘が血塗れで倒れている。
娘を傷付けられた父親は、神をも殺せるだろう。
「久しいな、救世の英雄ナギ! 我を覚えているか!? あの日の屈辱。忘れたとは言わせんぞ!」
凪は何か叫んでいる男の言葉には答えず、ミアとエリーゼに近付き、アイテムボックスから神の霊薬を二本取り出す。そして丁寧にミアとエリーゼそれぞれに飲ませた。二人の傷が瞬時に塞がり、顔色が良くなる。
「遅れて、ごめんな。こんなに傷付いて。俺は本当に駄目な奴だ。とても父親なんて言えない。けど、俺にミアとエリーゼを守らせてくれ」
「何言ってんの、お父さん。私たちはお父さんの子供だよ。お父さんが来るまで、時間稼ぎくらいできるよ」
「ミアの言う通りです。お母様と皇都はどうなりましたか? 私たちの頑張りはいかがでしょう?」
ミアとエリーゼが目尻に涙を浮かべながらも、揃って笑みを浮かべたことで、凪は掛けるべき言葉を間違えたのだと気が付いた。
「リカルナは無事で、皇都の空に現れた魔物は倒してきた。よくやった。二人が親玉を引き付けてくれたお陰だ。だから」
だから言葉はこれだ。
「あとはお父さんに任せろ」




