第一三話 家族旅行 ミア
ミアはお父さんとお母さんとエリーゼの四人で旅行へ行けると聞かされて、楽しみで仕方がなかった。もちろんお父さんもお母さんも仕事があるから、ずっと一緒に行動する訳ではないが、お父さんの仕事のいくつかは私たちも一緒に連れて行ってくれると約束してくれた。代わりというように、お母さんの仕事にも同行しなければならなくなったけど。
実は私とエリーゼはお父さんに聖剣をもらってから、何度も魔物を討伐しに外へ出ている。お父さんにもお母さんにも秘密でエリーゼと二人きり、はちょっと難しかったので、エリーゼと一緒にお父さんにお願いしたのだ。「お父さんと家族三人で部屋で遊ぶ」と言えば、使用人も護衛も私たちの私室までは入って来ない。あとはお父さんに空間転移の魔術を使ってもらえれば、やりたい放題だった。
魔物を討伐する度に、聖剣から大きな力が私の中へ流れ込んでくる。それが大きくなれば大きくなるほど、私は強くなっていった。この旅行でも私とエリーゼとお父さんで、たくさんの魔物を討伐できる。これを楽しみにするな、というほうが無理だ。
そんな旅行の最初の目的地は、ツェルウェン伯爵領。ここではコカトリスの巣の駆除をする。コカトリスは魔物の中でもかなり危険な部類であり、もし何の準備もなしに出会ってしまえば、ゴールドランク冒険者パーティーでも瞬く間に壊滅してしまう。私の知識では、石化凝視を防ぐために鏡のような盾、石化ブレスを防ぐために風魔術などの準備が必要だった。
でもお父さんは、石化無効の魔剣という名のペンダントを用意してくれた。これを首から掛けていれば、コカトリスは討伐し放題だ。
冒険者の仕事であれば、すぐにコカトリスの巣へ向かって行って討伐してしまえば良い。しかしお父さんの仕事はプトレマイオス星皇からの皇命のため、現地の領主に必要書類を渡して手続きを行い、討伐完了後も勝手に帰るのではなく挨拶や行事だの懇親会だのがある。
特にここツェルウェン伯爵領の領主は、何か色々な難癖を付けてお父さんを帰さないかも知れない。
「ねぇ、エリーゼ、ツェルウェン伯爵がお父さんが帰って来たって知ったら、大変じゃない?」
「ん。そうね。まあ、今までよりも、露骨なあの手この手を使って来るかも」
「そうだよね。ツェルウェン伯爵、皇都に滞在すると私たちを毎日尋ねて来るし。私の髪とか見る目がちょっと怖いし」
ツェルウェン伯爵は若くして伯爵位を継いだ女性で、その領地経営などの仕事ぶりは尊敬できるのだが、私はどうにも苦手な人物だった。
ツェルウェン伯爵はお父さんの熱烈な信奉者だ。
十年と少し前のツェルウェン伯爵領は、魔物の大量発生や悪魔たちの暗躍により荒れに荒れてしまったらしい。そんな時にツェルウェン伯爵家が悪魔に乗っ取られそうになり、かつてまだ少女だった現ツェルウェン伯爵自身も命を落とす寸前だった。それを救い出したのは、誰であろうお父さんだ。
そんな救世の英雄ナギが現ツェルウェン伯爵を救った話は、今では脚本や演者を変えて幾つもの演劇が公開される王道物語だった。私たちも劇場でいくつか観劇したことがある。ついでに本人から当時の話を熱く語られたりもした。
そのツェルウェン伯爵の元へお父さんが帰って来たら、どうなるか。
「お母さんのが絶対美人だけど、ツェルウェン伯爵のが若いから、お父さんが目移りしないように私たちが止めよう」
「んーそうね。側妃であれば何人でも構わないけど、正妃はお母様でないと」
エリーゼは余り気乗りはしていないようだったが、私の作戦に賛同してくれる。そんな私たちの心配はまったく的外れではなかったけれど、杞憂ではあった。
「ナギ様! ナギ様がいらっしゃるなんて! これは夢!? 昨日の夢に出て来られたから、まだ夢を見ているの!?」
「落ち着きなさい、ロザリー、凪も困ってるでしょ」
ツェルウェン伯爵の屋敷を訪れた私たちの前で、ツェルウェン伯爵はお父さんへ向かい膝を突いて、両手を組んで祈るような仕草をした。お母さんの口調も友達にするようなものへ変わっている。お母さんが私たちの前で、ツェルウェン伯爵を「ロザリー」なんて呼んだことは一度もない。
「ロザリーは見違えるくらい大人になったね。一瞬、分からなかったよ」
「いいえ! いいえ! 私など、ああ、ナギ様に気が付かなかったなんてっ、死んでお詫びを!」
「お願いだから止めて」
私は思わずエリーゼを見た。エリーゼはお茶会や大人相手にはまず見せない苦笑を浮かべている。
私の知るツェルウェン伯爵は、私たちにとても甘いのと同時にお母さんには冷たかった。犬猿の仲と言っても良くて、お母さんはプトレマイオス星皇国で最も裕福な貴族であるツェルウェン伯爵との関係に苦労していると、私は思っていた。しかし目の前のお父さん、お母さん、ツェルウェン伯爵のやりとりは、三人共が自然な笑顔であり険悪とは程遠いと一目で分かる。
「そんな! ナギ様のお手を煩わせる訳には参りません!」
大人たちの話は、お父さんがこれからコカトリスの巣を駆除するという話へ進んでいく。
「カイに頼まれたし、ミアとエリーゼも戦いたいみたいだから、できれば俺に任せて欲しいんだが」
「ああっ、ナギ様に頼まれたら嫌などとは。この御礼は私の身体でよろしいでしょうか? ベッドの準備をしておきます」
「よろしくないわよ。ロザリーは兄さんの書類にサインだけして、あとは凪たちに任せておきなさい。凪がいるんだから、心配ないでしょ」
それから大人たちの話が済んだ後、ツェルウェン伯爵は私たちの視線まで腰を下ろした。彼女は他の貴族とは違い、上から私たちを見下ろしてしゃべることをしない。
「ミアちゃん、エリーゼちゃん、ご挨拶が遅れてごめんなさい。久しぶりね」
「「ごきげんよう、ツェルウェン伯爵」」
「ナギ様が戻って来られるなんて、本当に、本当に良かった。これで正式に、ミアちゃんとエリーゼちゃんが、私をお母さんと呼んでくれれば、すべて解決ね」
「「申し訳ありません、遠慮させてください」」
本気なのか冗談なのか、ツェルウェン伯爵は笑って私たち二人を両腕で力一杯抱き締めた。私はツェルウェン伯爵のこういう温かい所が最も苦手だ。




