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孤月終天13

 シズキの説明を聞いて危険地帯である人喰いの森を行くと決めたのはシルバだった。山を降りて街道に入るルートを検討するにあたり周辺の調査をしたら、軍と思われる集団が居る事が分かった。

 軍という規模の集団と交戦したり逃げたりする中では、文明界に無いオーバーテクノロジーを駆使する事が確実であり、それは法国に強制送還される事を意味している。

 これに対して危険地帯での自衛に関する実力行使は許容されるので、私達の能力を発揮して状況を打開するには、人喰いの森を行くしか無いと判断したのだ。


 山から見下ろす風景は一面が森に覆われていた。シズキは人喰いの森に入った事がある訳では無いそうだが、この森の情報は複数人の人から聞いて知っており、裏社会では有名なのだとか。

 人喰いの森は特殊な危険地帯で、無数の危険地帯が集まっており、その為森の中には危険地帯ではない道と呼ばれる隙間が網の目のように存在しているそうだ。

 道を外さなければ森は比較的安全に通る事が出来るので、昔から犯罪者の隠れ蓑に使われる事が多いという事だ。

 森に犯罪者が居る、危険地帯に凶暴な生物が居る、この二つについてシズキは問題無いと言っている。ただし、森の出口が状況によって変わる、人を好んで襲う生物が居るというのは警戒するべきなのだそうだ。シズキがどんなに調べてもこの森の謎は分からなかったのだ。唯一分かったのは森の謎は森に入らなければ分からないという事だった。


 森林地帯に入って直ぐに異質な森の存在を感じた。明らかに樹木のサイズが大きい森がある。巨大な針葉樹が柱のように立ち、森の中は異様に暗い。樹木の葉が密集して森の中に光が殆ど届いていないのだ。


「この感じの危険地帯は象が住んでいるのにゃ」


 象と聞いてパオーンな可愛いイメージが湧いてしまうが、こっちの象は悪獣と呼ばれる性質の悪い存在なのだそうだ。

 毛の殆ど生えていない石のような硬い肌に巨大な体躯、嗅覚に優れていて、かなり知能が高く集団で行動するなど、私の知る象と類似点も多い。


「いきなり襲ってこないよね?」


「奴らは植物も動物もなんでも食べるのにゃ。人は食べ物だと思っているから、隙を見せたら殺られるのにゃ。まあ、でも危険地帯からは出てこないから、道を間違えなければ問題無いにゃ」


 そんな恐ろしい話を聞きながら巨大な森へとはいる。危険地帯で発生した植物は通常地帯にも伝播する事が多いので、まだ危険地帯との境界では無いらしい。


「シズキは道を知っているの?」


「にゃーは知らにゃいけど、人の匂いのする道は分かるのにゃ」


「我々モリビトは地脈の有無を探知出来る。危険地帯かどうかは接近すれば分かるので、我かルドルからは離れないようにな」


 道は知らないが調べる方法があると言うのは心強い。木の根ででこぼこな道無き道を進むと、木漏れ日の差す小さな広場のような場所が見えて来た。長い木の棒に布を巻き付けた物が地面に突き立てられている。だが、シルバもシズキもそちらに進路を取らない。


「あれは何?」


「あれは多分罠にゃ。あの旗の少し奥を見るのにゃ」


 そう言われてシズキが差す方向を見ると、巨大な岩しかない。暫くそれを凝視していると動いている事が分かった。巨大な生物が20mほど先に居る。


「あの生き物が象?」


「そうにゃ。多分、斥候か何かにゃ。人が明かりに寄ってこないか観察しているのにゃ」


 その巨大な灰色の生物は、ゴリラのようなフォルムで体高は5mはある。頭は、いや頭らしい部位には指を組んだようなジグザグの切れ込みが縦に走っている。まるで食虫植物のハエトリ草が閉じたような、巨大な開口部が閉じている感じだ。目や耳や鼻と思われる器官は何も無い。一見すると頭の無い動物という感じで、非常に不気味だ。


「襲って来る事は無い、よね?」


「恐らく来ないのにゃ。でも奴はにゃー達の匂いを覚えたのにゃ。森の中に居る限り、どこまでも追って来そうなのにゃ」


 あの象の姿を見て背筋がゾクっとした。


「森の中心に続きそうな地脈の流れがあるぞ」


「途中でこの森に住んでいる奴も探すのにゃ。森の謎を解くには情報が必要にゃ」


 ただただ暗くて不気味なだけの森を奥へと進む事になった。


 ――


 全く景色の変わらない森をただ歩く。進んでいるのか戻っているのかすら分からない。同じところをぐるぐる回っている可能性すらある。


「人が住んでそうな匂いがするのにゃ」


 シズキは上を指差してそう言った。上は樹木の柱が支える黒い天井のようだ。微かに光が差す場所があり、それがこの森の唯一の光源なのだが、周りに何があるのかなど私の視力では分からない。


「木の上に住んでいるって事?」


「隠れて住むには有りなのにゃ。それに暗闇ばっかりだと頭がおかしくなるのにゃ。光のある樹上に住むのは必然でもあるのにゃ」


 確かに、こんな場所ならば住むにも工夫が必要そうだ。樹上というのは確かにと思ったが、あんなに高い木の上にどうやって物資を運んだりしているのかは謎だ。


「止まれ!」


 突然、大きな声が上からした。樹上に住んでいる人からのコンタクトという事だろうか。


「誰ですか?」


 私が喋ると時間がゆっくりになった。これはなんらかの攻撃が来るのだろう。防具の自動防御行動に体を委ねていると、直ぐに矢が飛んできているのが分かった。威嚇ではなく私に当たるように放たれた矢が上から飛んで来る。矢を放ったであろう人物の姿は確認出来ない。樹上からこちらを狙う事の出来る仕組みが何かあるのだろう。

 矢の軌道から体を逸らし、通り抜けた後に時間が元に戻った。どうやら第二射は来ないらしい。

 そうして様子を見ていると、ドスンという音と共に何かが上から落ちて来た。暗くて一瞬何か分からなかったが、どうやらシズキが誰かを捕まえて、飛び降りてきたようだった。


「捕らえたのにゃ。こいつに話を聞くのにゃ」


「なんだ!お前らは!」


「黙るのにゃ。お前はにゃー達に聞かれた事だけ話せばいいのにゃ」


 シズキは私達を矢で攻撃してきた人物の首を掴んで吊り上げた。喉元に指が食い込んでいる。


「うががっ!!」


「シズキ、やり過ぎだよ」


「この手の輩に話させるのはにゃーの得意技にゃ。ちょっと体に聞けば一発にゃ。それにこいつは先に攻撃して来たのにゃ。反撃されて当然の奴なのにゃ」


 シズキは相手を吊り上げたまま、空いた手で耳をつまんで引っ張った。


「ぎゃあああぁぁぁ!!」


「だめ!だめ!拷問禁止!」


 私の言葉にシズキは相手を地面に下ろし、そのまま樹木の壁に縫い止めるように押さえつけた。


「この森について知っている事を話すのにゃ。話している間は攻撃しないのにゃ。でも無言になったらお前の耳は体から千切れるのにゃ。人間は体の端っこが多少千切れても死にはしないのにゃ。耳の次が何処になるのか楽しみにしておくのにゃ」


 シズキは言う通り、本当に体に聞くという情報収集が得意なようだ。凄まじいスピード感で相手を掌握しているように見える。恐怖に歪む相手の表情がそれを物語っている。

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