孤月終天12
「呪術師?」
聞き慣れない単語に思わず質問してしまった。呪いをかけるような事がこの世界にもあるのだろうか。術はシステマチックで道具のように使う事が一般的だが、そんなオカルトチックな使い方もあるのだろうか。
「呪術師を知らないのは無理も無い。ここでの呪術とは精神操作術の事だ。精神に関与して人を自在に操る、それが呪術だ」
精神操作系の術がある事は知っている。私が追加装甲使用時に使っている認識阻害もその一つなのだ。認識阻害は光学迷彩のような光の操作と同時に、人の注意を惹かないという催眠作用の複合なのだそうだ。
また、精神操作系と言えば、現在の欲王はその塊のような存在だ。論理迷宮とか言う、決して真実に到達出来ない障壁に覆われている謎な人物だ。アダマスというAIを使って無理矢理認識するという手段を使って直接対決に持ち込んだが、それでも男性で頭髪は無しのスキンヘッドという事くらいしか分からなかった。
「呪術師の仕事はもっと人がいっぱい居る場所だと思ったけど、なんでこんな山奥に?」
表に出る職業では無いだろうが、こんな人気の無いところに住んでいる理由は何かありそうだ。
「ユズカさん! それはですね、呪術師と吸血鬼には深い関係があるのですよぉ!」
ルドルはどうやら事情に詳しいようだ。
「吸血鬼と呪術師が同じ国に住む理由があるという事ですね」
「そうです! 文明界の既存文化圏と吸血鬼をある程度距離を空ける為に月光国はこの場所にあるのですが、呪術師もまた国を追われてこの場所に流れ着いたのです!」
「呪術師は何故国を追われたのですか?」
人の精神を操る仕事をする事が好まれ無いのは分かるが、為政者からは重宝されるのではないだろうか。
「人の精神を操る事が出来るのだ。どれ程有益な存在であっても、最後には皆こう考える。自分も操られているのでは、とな」
シルバは眠る呪術師の少女を見ながらそう語った。
「そうなると吸血鬼が呪術師を受け入れはのは、もしかして吸血鬼は操れないって事?」
「そうですねぇ。吸血鬼の精神を操作する事自体は可能かもしれないですが、吸血鬼にはもう一つの呪術が効かない。これが大きいですねぇ」
「もう一つの呪術?」
「そうです。精神操作術を使用すればその痕跡から操作の有無は分かるのです。しかし、呪術師は操作の判別が出来ない術を作り上げたのです。それは暗示という、薬物や刺激、環境を使って人の精神を時間を掛けて彫刻するかの業なのでぇす」
「操られているかどうか判別出来ないのは確かに怖いですね。それが吸血鬼には効果が無かったと?」
「吸血鬼は生命樹と血液が深く結びついていますからね。呪術師にも血の操り方は分からなかったようですし、血に混じる薬物の使用も簡単に知られてしまうので、吸血鬼の精神操作は不可能。その性質が皮肉にも呪術師と吸血鬼の間に信頼を生んだのですよ」
呪術師がこの国に居る理由はなんとなく理解した。
「呪術師の子供がこんな山奥で見つかるという事は、この月光国でも呪術師の存在は秘匿されてるって事なのかな?」
「この国には吸血鬼と呪術師以外の存在の方が多いのだ。人より忌み嫌われる呪術師の存在は公には出来まい」
「それにですねぇ。呪術師の使う薬物には特殊な野草や菌類が必要なのです。この娘はそういった一族に属しているのかもしれませんねぇ」
「という事は、私達がこの娘の存在を知ったという事自体が不味いよね」
「集落の外で外部の者と接触した時点で自死するという暗示を自身に施してある可能性すらあるな」
それはかなり不味いな。この娘の存在にも集落の場所についても私達知れていないという状況にしなければならない。
「この娘をどうやって集落まで戻せばいいの?」
この娘自身も含めて誰にも気付かれる事無く、まだ場所も分かっていない集落に戻すのか。
「それについてはにゃーに任せるのにゃ。こいつからは変わった草の匂いがするなにゃ。同じ匂いが強い場所が村だからにゃーには探せるのにゃ」
シズキは天幕の真ん中にある暖房器具にへばり付きながら頭だけ上げてこちらを見ていた。
―――
シズキの作戦は見事にはまった。夜が明けて吹雪が止んでから、まず集落の位置を探る為に私の追加装甲の触手パーツを管にして伸ばし、遠隔地の空気をシズキの元に送った。
場所はこの娘が発見された場所から放射状に展開して直ぐに集落の場所は特定出来た。後は触手パーツの中にこの娘を入れて、集落付近まで運べば村人が発見してくれる訳だ。
村人が娘を救助した事を確認してから私達はこの場所を離れる事にした。私達の存在が村人に知れば、恐らく大変な事になる。
新雪が降り積もり白く輝く尾根に沿って私達は移動を開始した。
――――
3日間をかけて天狼山脈を北に抜けた私達は、その進む先に悩んでいた。
「山を抜けても街道に入って見つかったら意味ねーのにゃ」
「しかし、この先に険路はもう無いぞ」
王都モナクに向かう為には平地を行くしか無いのだが、そうなれば戦闘回避は難しくなる。
これまで軍隊と遭遇してはいないが、という事はあちらもこっちを見失っている訳で、そうなると天狼山脈の出口を見張っているのは当然なのだ。
一度発見されて戦闘となってしまえば、数の多いあちらが有利なので包囲され逃げる事が出来なくなってしまう。
新たな道が無いか探す為に出してもらった地図をぼんやりと見ながら道筋を考える。
「この森林地帯を抜けるのはどうなの? 天狼山脈の裾から広がっているし、抜ければモナクに繋がる湿地に出るから軍の足も遅いんじゃないかな」
「これは、地図に抜けがありましたねぇ」
そうルドルが言って地図に触ると森林地帯の大半が赤く塗り潰された。
「この赤いところは何なの?」
「危険地帯ですよ! この森は人喰いの森と呼ばれていて、特に人を狙って行動する生物が多数棲息しているのでぇす!」
危険地帯は何度か入った事がある。聖王国の地下迷宮や、転移ど飛ばされた雪山がそうだった。練国から流国に入った時も近くを通ったが、あの時はシズキがなんとかしたのだった。
確かに生物の危険性は尋常では無い。怪物と呼んでも差し支え無い生物がウヨウヨ居るので、出来れば行きたくない場所ではある。
「ここを安全に抜けられればいいんだけど」
「無くは無いのにゃ」
「あるの?」
「有りはするのにゃ。大体、そんな危険な場所なのに、人を狙った生き物が出るなんて事が知れてる時点で妙なのにゃ。生存者が居て分かる事にゃし、この森に入る利がある証拠なのにゃ」
「でも、道があるなら軍隊が森の出口を見張っている可能性はあるよね」
「それは問題ねーのにゃ。出口が湿地ってのもあるし、出口が何処になるのか分からないって性質もあるのにゃ」
「まさか危険地帯を行くつもりでは無いだろうな?」
「何も案がなければ、にゃーが言うつもりだったのにゃ」
シルバは渋い顔をしている。
「とりあえずシズキの話を聞いてみない?その道ってやつがどういう物なのか知っておけば選択肢になるし」




