孤月終天11
「法国が吸血鬼を保護するのはそれだけではないでしょう」
何処かで鍛錬をして来たルドルとオリガが借り屋に戻ってきた。
「我々の思想では全ての種の可能性を探すのだ。決して私欲や好奇心だけに囚われてはならない」
シルバはオリガをチラッと見た。
「無論です。それにオリガへの配慮は無用ですよ。あてくしは全て話しあります。オリガはそれでも歩みを止めておりませぇん」
「血を吸い続けた吸血鬼は人の皮を被った怪物となってしまいました。わたくしはそれを全て殺してしまいたいだけです」
オリガは静かにそう言い放った。この丁寧な言葉に全く隠す事のない粗暴さを乗せるのが彼女の特徴だ。というか女子なのかはよく分かっていない。長い赤と白の斑の髪に色白で人形のような顔立ちから、勝手に女子だと思っている。
「吸血鬼は血鬼術の副作用で元の状態に戻れなくなります。血の本来の作用を取り戻す為、人種の生き血を大量に摂取しなければならないですね。ですが吸血による回帰は完全では無いのです。吸血の度に少しずつ変質している。これは種のあり方としては大変興味深いですねぇ」
「法国が吸血鬼の自発的な変化を観測しており、その為の保護をしている。確かにそう言った側面もあるだろう。だが吸血鬼のあり方を決めてしまったのは法国だ。親と子の関係だ。子が生きられるようにするのは親の責であろう」
法国、同じモリビトと言っても一枚岩では無いのだろう。
「あてくしは思うのです。大きな思想や思惑が世界を支配してしまう事は当然であり、人はそれに翻弄されるだけなのかと。だから、見たいと思いませんか? 何事にも負けない究極の個という存在を」
「吸血鬼は肉体と生命樹の分離だ。肉体と精神の完全な合一を理念とするバルナ式とは相反するのではないか?」
「それでもです。オリガの個にはあてくしには到達出来ない可能性がある。当然、殺生は関心しませんが、それ以外の答えを見出す事でしょう。ですから、これからのあてくし達の行動に協力してもらえないですかな?」
「何に協力しろと言うのだ? 我々は一刻も早くこの国を出ねばならないのだぞ」
「あてくし達の目的が達成されたならば、この国を出る事も容易でしょう。何故ならば、あてくし達の目的は吸血鬼の王に会う事なのですから」
――
借り屋を引き払いこの鉱山の町を出る事にした。大した荷物も無いので、町を出る準備は直ぐに整った。
「王都モナクににゃーも行っても問題ないのかにゃ?」
「ここに居ても吸血鬼は攻めて来たりするんだから、置いていく訳にもいかないでしょ」
「まあ、置いていかれても密かについていくつもりだったから丁度いいのにゃ」
吸血鬼自治区を出ればシズキを追ってこの国に入っている武国軍らしきか集団から追手がかかる可能性がある。というか既に居場所はばれているので、街道や関所で待ち伏せされているのは濃厚だろう。
「私の追加装甲の認識阻害を使って移動するのが一番だと思うんだけどなー」
「それについては既に話した通り、文明界に無い技術の使用は控えるのだ」
この方法が手っ取り早いと思って提案したがシルバからNGが出た。
というのも、シルバが法国と転移についてやり取りした中で、文明界人が持たない技術での目立った行為は禁止との忠告があったそうだ。つもり、シズキの追手サイドは私達一団をマークしており、かつ行動を制限する圧力までかけてきているのだ。
相手サイドの目的は、私達をこの月光国内で始末するか、または法国の樹人出動を誘発させて法国から出られなくするのいずれかのようだ。
「つまり、敵軍の包囲を正面から抜いて、月光国の国王に謁見し国外に出る許可を取らないといけないって事ね」
「そうだ。その為には軍での行動は制限される天狼山脈を抜ける道を行くしかない」
まあ、私以外は全員フィジカル強者たがら山越えとか簡単かもだけど、私は特に運動も得意ではない一般人なのだが。
「予知者は死んだかもにゃけど、まだ他にも替えが居ると見たほうがいいのにゃ。にゃー達の行動は知られていると考えるのにゃ」
山越えだけでも不安なのに、戦闘まである可能性はかなりやばい。
「そんな行程、私には無理だと思うんだけど」
「疲れたり危なくなったらにゃーがおぶってやるのにゃ」
このメンバーで1人物理的にお荷物になるのは嫌だな。まあ、追加装甲が完全に駄目な訳ではないので、完全にこの行程が駄目な訳ではない。
「行きたく無いけど仕方ないか」
―――
山に入って直ぐに真っ白な世界が始まった。雪山登山などした事ある訳ないのだが、皆超人的な身体能力でぴょんぴょんと難所を越えて行く。私にそんなムーブは無理なので、シルバの重力制御術によって空飛ぶ荷物として運ばれているのだ。
しかし、とんでもない高さの崖をシームレスでゆっくり運ばれるのは中々に怖い。追加装甲の中でこれより高い高度を飛んでいるのだが、やはり普段は飛行機感覚で怖さも無いが、これはハングライダーをやっている感じで、お腹の下の方がゾワゾワしっぱなしだ。
「ちょ、ちょっと休憩にしない?」
正直疲れてはいないが、精神的にくるものがある。丁度、今は比較的平らな地形のところに居るので、今休めるのはありがたいのだ。
「周りに人はいないのにゃ」
「少し雲が出てきていますねぇ。雪わやり過ごした方がいいでしょう」
ルドルの言葉と同時に雪がはらりと空から落ちてきた。
―
ルドルの持つボール状の布の塊が地面に置かれると、そこから布がどんどんと展開して天幕となった。私がシズキを救出して戻ってきたとき、皆んなが待機していた天幕はこんな便利道具だったようだ。
天幕の布はそこまで分厚くないのに中の温度はかなら暖かい。謎の断熱効果と中央にある暖房器具の力で、かなり快適な空間となっていた。
子窓から見える外は既に新たな雪が積もり始めていて、今外を歩くのはかなり厳しいだろう。
「明日の朝までは身動き出来ないかもしれませんねぇ」
「今のところ追手は無いようだ。このまま明日まで休んでも問題無いだろう」
こうなんと言うか、厳しい自然の中でも備えがあり、知見と対応力のある人達が周りに居ると物凄く安心感がある。
――
安心感と天幕の暖かさからウトウトしていると、シズキが耳を立てて起き上がった。
「誰か近づいてくる奴が居るのにゃ」
途端に天幕内に緊張が走る。私達に接近する者とは、大抵は追手の可能性がある。
「人数は?」
「1人にゃ」
という事は相当の手練がやって来たという事なのだろうか。
「もう攻撃されそう?」
「うーん、それがそんな感じじゃないのにゃ。こいつかなり弱っているのにゃ。あ、今倒れたのにゃ」
「それって、ただの遭難者じゃないの?」
「では、あてくしが様子を見て参りましょう」
そう言ってルドルが風のように素早く出て行ってしまった。そして直ぐに誰かを担いで戻って来た。
雪に塗れたその人物は毛皮の防寒着を着た子供のようだった。
「この辺りに住んでいる子かな?」
「ふむ。この服の紋様から察するに、この者は呪術師の一族やもしれんな」




