孤月終天10
「未来を殺すってどういう事?」
シズキはこの月光国で剣星と戦闘していた。私はそれを中断したのだが、それまでに何があったのか特に聞いていなかった。
「気になるのにゃ?」
シズキは口角を上げてニヤッと笑いながらこちらを見ていた。
「別に言いたくなければ言わなくていいけど」
「ユズカはにゃーの族長になったから教えてやるのにゃ」
「私は族長になった覚えはないよ」
「まあまあ、にゃーが勝手に言ってるだけだから気にしなくていいのにゃ。それより剣星の事を話してやるのにゃ」
シズキはそう言うとテーブルを挟んで向かいに座った。
「まあ、今後の私達の同行に関わるから聞くけど」
私の言葉に答えてシズキは人差し指を立てた。
「ユズカにはこれが見えるのにゃ?」
何だろうか。裏ハンター試験でも始まったのか。ただ人差し指が一本立っているようにしか見えない。シズキの指は甲側には赤い毛がびっしりと生えていて爪は分厚く鋭い。
「指の事? 何を意味しているのか分からないけど」
そう言うとシズキは指を私の顔に向けた。すると微かに何かが頬に触る感じがした。
「これがにゃーがビシムから貰った術具なのにゃ」
「毛の形をした術具って後? それはタイタスとの闘技でも使ってたから知っているよ」
「そうにゃ。だけど、この術具は見えないほど細く小さくする事が出来るのにゃ」
「つまり、見えないほど小さな術具で剣星を攻撃したって事?」
シズキはこちらに向けていた指を引っ込めて、手のひらをこちらに見せた。
「考え方はそういう事にゃ。ただし、まだ攻撃にもなってにゃいけどにゃ」
シズキの言う未来を殺すという事は、かなりの遅効性攻撃なのだろうか。
「物凄くゆっくり効く毒でも盛った感じなんだ」
「まあそんな感じにゃ。ユズカは強い奴が弱くなってしまうのはいつだと思うにゃ?」
「さあ、恒久的に弱くなるって言うなら、年老いたらじゃない」
「それも正しいにゃ。でも老人でも強い奴もいるのにゃ。本当は老いや何かの理由で体の中が修復不能に壊れたら弱くなるのにゃ」
「じゃあ、剣星は近い将来、体を壊したり病気になって戦えなくなるって事?」
「そうにゃ。戦士は体を使うから肺が壊れるとお終いにゃ。にゃーは剣星に目に見えない術具を吸気させたのにゃ。急に肺を壊す術具にしたら、剣星には気付かれて対策されるのにゃ。予知者も居るから近い未来なら読まれてしまうのにゃ。だから、後1年か2年で肺を壊す術具にしたのにゃ」
「予知者も死んだから先読みで対策する事は出来ないしね」
私の言葉にシズキは顎を掻く。何か懸念があるのだろうか。
「予知者はあまりにも簡単に始末されたのにゃ。貴重な存在ならなんとしても守るはずにゃ。にゃーの読みでは予知者は複数居るのにゃ」
「じゃあ、シズキの作戦も剣星に知られてしまうんじゃない?」
「それは多分平気にゃ。剣星は戦うのが好きな奴にゃ。それは実際に戦ったにゃーには分かるのにゃ。そんな奴が未来の自分の体を案じるような予知を頼んだりしないのにゃ。これは感にゃけど多分当たっているのにゃ」
シズキは剣星対策にこんな事を考えついたのか。正直少し狂気を感じる。自身の生命が終わるかもという戦いの中で、どうしたら確実に相手を倒せるか、それを数年後にまで延長して考えているあたり、通常の感覚では無い気がする。
「とりあえず、弱体化前の剣星と出会わなければいいって事ね」
「そういう事にゃ。それに剣星はもう来ないと思うのにゃ」
「なんで?」
シズキは私の目を見てから視線を逸らした。
「強さに拘りのある奴は考えるのが好きなのにゃ。奴には考え無いといけない事が出来たのにゃ」
よく分からないが剣星はもうこないのか。来たとしてもシズキ、シルバの警戒網があるので察知出来ないという事は無いだろう。
後は国外転移が可能になれば何の問題も無い。
――
「転移が許可されないってどういう事?」
シルバに転移手続きの進捗を確認したら、状況は最悪になっていた。
「現在、月光国は外部からの出入りを全て禁止しているようだ。転移に限らず人は出る事も入る事も出来ない。足で出ようとすれば月光国軍の追手がかかるだろう」
「じゃあ、私の追加装甲で飛んで出るのは?」
「文明界に収まらない力で出ようとすれば、法国が文明種族保護を目的に樹人を放つだろう。そうなれば月光国からは出られるが、法国内に無期限で拘束される事になる」
法国内拘束はまずい。まだ例の闇を防ぐ予知が見れていないのだ。拘束されてしまっては、何も対応する事が出来なくなり、時間切れを迎えてしまう。
しかし、それにしても法国は何故に月光国の言いなりなのだろうか。他の国との扱いが違い過ぎる気がする。過干渉というか過保護な気さえする。
「法国は何故月光国の要求に従うの? 確か法国は極度の文化崩壊か一方的な虐殺行為以外には不干渉のはずでしょ?」
シルバは思案顔で一瞬考えたが、直ぐにこちらを向いた。
「今はオリガもいない。法国の事情を少し話しておく」
「オリガの事を気にしているという事は、法国と吸血鬼の関係って事だね」
「そうだ。完結に言えば吸血鬼は法国が意図を持って創り出した種だ」
「それは何となく聞いていたけど、法国は長い年月の中で色んな種に干渉していたんじゃなかったっけ?」
「それは種の多様性を維持する為、絶滅を防ぐ干渉していただけであり、直接的に種の設計をするようや事は無かったのだ。しかし、吸血鬼と屍鬼は違う。法国が外界で意図的に創った種なのだ」
種の創造これは神の技であり、私の知る人の世界では様々な理由から忌避され、実現していない。
しかし、法国の進んだ世界を見れば、もしかしたらそういう事もあるのかと思う。それに人はいつかその方法を確立したならば、実行に移してしまう気はする。理想の存在を作り上げる、そんな欲を我慢出来るほど人の理性は強く無いのだ。
「創ると言っても、一体どうやって?」
「死という現象を使うのだ。肉体の死と生命樹の喪失には僅かな時差があるのだ。肉体が死亡しても生命樹はまだ消失しない。その僅かな時間を利用して生命樹を別の物と接続する。そうする事で新たな生命を創造しようとしたのだ」
所謂、魂の移し替えという奴だろうか。しかし、そんな事をしても魂は同じなのだから、種として新しいのかと言われば微妙な気がする。
「肉体が別の物になったとして、それが新しい種と言えるの? 生命樹は生前と同じ何でしょ?」
シルバは顔を拭うように撫でてから、言葉を選ぶように話し始めた。
「生命樹と肉体は互いに影響され変化するのだ。生命樹の枝が伸びれば、人は術の発現が可能になったりする。ならば、急激な肉体の変化が何をもたらすのか想像するのは容易だろう。生命の形、生物が生きる為の機能、そんな物を逸脱した変化が生命樹に起きればどうなるか。そんな簡単な事が予測出来ない程に、当時のモリビトは行き詰まっていたのだ」
恐らくかなりの数の失敗があったはずだ。被験者は二度死ぬ事になる。いや、二度目で死なないとしても、それは生と呼べる状態だったのか分からない。狂気の実験だったのだろう。
「かなりの犠牲が出て、そして吸血鬼とその屍鬼という種が出来た訳ね」
「一部のモリビトの暴走があったとは言え、法国は生み出した種への責任を果たさねばならない。それが法国が月光国を庇護する理由だ」




