妻の進撃
――そんな女王陛下のご命令を受けてから、半年後の今日。
結婚式とあの初夜を終えた翌日、わたしは朝の光の中で一人身支度を整えていた。
朝に世話をしにきた侍女には、軽い朝食だけを用意してもらい、身支度は一人で整えると言って下がってもらっている。
(怯えていて可哀想だったのもあるけれど、わたしは一人でいる方が好きだし、色々と仕込めるもの)
鏡の中の自分を見る。
今日はいつもより少し、露出は控えめの黒いドレスだ。
サイドでゆるく編み下ろしをした金色の髪には、小さな真珠を模した暗器をいくつかつけた。これは中に即効性の痺れ薬が入っている。
その他にも、体のあちこちに拳銃や短剣や、様々なものを仕込んでいく。服に響かず取り出しやすく、擦れて音が鳴ったりしないように暗器を仕込むのは、わたしの密かな取り柄だった。
(だけど、ディランさまは気づいていらした)
わたしは事前に頭の中に入れておいたディランさまの情報を、心の中でゆっくりと復唱した。
(――ディラン・グラディウスさま。剣や射撃は、この国でも指折りの実力者。十五歳になって初めて参戦した戦争では、彼が考案した戦術のおかげで死傷者が想定の半分以下ですんだ。……けれどその作戦はあまりに冷酷で、彼の名は怯えと共に語られている)
情報を思い返しつつ、自然な表情を作れるように口を開けたり閉じたりして、表情筋のストレッチを行う。
(だけど彼が優れているのは、戦いの場だけじゃない。領地経営や公務を行う傍らで、投資家としても成功している。現在は三百を超える団体や研究者の後見を行なっているけれど、その一つ一つの業績や研究内容を、自身の目で確認している)
それに、とちいさく息を吐く。
(なんだかとても勘が良さそう。今までで一番難しい相手だわ)
わたしは自分の身支度の最終チェックをしたあと、麻酔銃を仕込んだ改造日傘を手に持って、よし、と呟いた。
次の目標は、ディランさまの懐に入ること。
「まずは、旦那さまとのデートに出かけましょう」
◇
「おはようございます、旦那さま。今日は良いお天気ですね。ウィンダミアの街も晴れでしょうか」
玄関ホールに降りて行くと、ちょうど出かけようとしていたディランさまと目があった。
笑顔でそう挨拶をすると、ディランさまが眉根を寄せて冷ややかに口を開く。
「……お前に、俺の予定を伝えたつもりはないが」
「ふふ、そうですね。ですがわたし、こう見えて物知りなんです」
「そのようだな」
にっこり笑うわたしに、彼は鬱陶しそうにため息を吐いた。
「知っているのなら話が早い。帰りは明日だ。常識の範囲内で好きに過ごしていろ」
「まあ、ありがとうございます。好きに過ごさせていただきますね」
そう言いながら彼の腕を組むと、彼は「は?」と眉根を寄せる。
「ウィンダミアに視察に行くのでしょう? それから昨日結婚式に参列してくださった、あなたの叔父さまにお会いするとも聞きました。ご挨拶しなければ」
「そこまで知っているのなら、俺がお前を連れて行くつもりはないということも知っているな」
「では現地で合流しましょうか? もしも万が一旦那さまと合流できなかった場合、いろんな方にいろんな方法で、旦那さまと会わせていただくようお願いすることになりそうですが……」
連れていかなければ大迷惑をかける。
暗にそう仄めかすと、ディランさまは小さく舌打ちをしたあとに、何かを測るようにわたしを見つめた。
数秒考えたあと、小さくため息を吐く。
「……ついてくるのなら、大人しくしておけ」
「もちろんです。三歩下がってついていきます」
「……」
胡散臭そうな顔をわたしに向けながら、ディランさまはわたしの手を振り解き、背を向けてツカツカと歩き出す。
「お見送りありがとうございます。それでは行って参ります」
わたしは呆気に取られて固まっている使用人たちに笑顔を向け、ディランさまの後をついて歩いた。




