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女王陛下による密命

 




 強国ひしめく大陸の中でも、特に華やかな栄華を極めているこの国には、二つの公爵家があった。


 ひとつは華々しく表舞台で活躍する、栄光の一族グラディウス公爵家。

 もうひとつはこの国の闇、フィデリス公爵家だ。


 フィデリス公爵家は残忍で冷酷で、この世のあらゆる悪事に手を染めていると囁かれている。その悪事で我が国に莫大な富を齎し、加えて犯罪の尻尾をけして掴ませない狡猾さもあるため、捕らえることもできない。


 下手に踏み込めば命を落とす。そう恐れられている、悪の一家だ。


 そしてわたし――エレノア・フィデリスは、そのフィデリス公爵家にふさわしい、とびきりの悪女と言われている。


 親しい友人や恋人はいない。けれど時折きまぐれに、老若男女や出自を問わず遊び相手を見つけては、遊び半分で籠絡する。細く長く付き合う相手もいるけれど、大抵がすぐに飽きる。


 そして三割程度は、わたしの不興を買って地獄に落ちる――そう言われている。


 間違いではないけれど、正解でもない。確かにわたしに目をつけられた人間は、用済みとして交流をやめるか地獄に落ちるか、『協力者』として末長くお付き合いするかのいずれかだ。


 少しだけ違うのは、『目をつけている』のがわたしではないこと。

 それから社交界の人々が知るよりもはるかに多く、『目をつけなくてはいけない』人間がいることだった。





「先日の仕事も見事だった、エレノア・フィデリス」


 呼び出された、宮殿の一室。

 この国を繁栄に導いた美しき女王、ベアトリス女王陛下が鷹揚に微笑んでそう言った。


「禁止薬物を秘密裏に輸入していた組織の拠点を、あれほど早く特定できるとは思わなかった。自身の身の危険も厭わず働いたお前のおかげで、じきに元締めも捕らえられよう」

「お褒めにあずかり恐縮です、陛下」


 丁寧に礼をすると、陛下は底冷えのするような理知的な目を満足気に細める。


「有能な人間は、大切にしなければならない。――そう思うのに、つい働かせすぎてしまうのは私の不徳だな。…………して、今日はフィデリス公爵も一緒に訪れるよう伝えていたはずだが、彼は?」


「父は、『先日人身売買の疑いあり』と調査を命じられた貿易商と会談をしております。陛下のお呼び出しも大切ですが、陛下からの特命はそれ以上に大切だと」


「あれの仕事中毒は年々酷くなるな。……まあ、末期のあれから今更仕事を取り上げるのも酷だろうが」


 呆れたようにも困ったようにも、満足気にも見えるような苦笑を浮かべて、陛下がわたしに微笑んだ。


「女王の影、フィデリス公爵家よ。汚名を受け入れながらこの国のために働いてくれること、礼を言う」


 深く礼をする。

 そう、フィデリス公爵家の『悪』としての顔は、表向きのものだ。

 その実態は女王陛下より特命を受けて働く、悪人専門の諜報である。


 権力ある悪人の元へは、悪人やその情報が寄ってくるものだ。

 そこから悪事の情報を得て調査をし、然るべき対応をするのがフィデリス公爵家の務めだった。


「陛下と国に仕えることは、フィデリス公爵家の者として当然の責務です」

「フィデリス公爵家の者は皆そう言う」


 感情の読めない笑みを浮かべながら、陛下は両指を合わせて口を開いた。


「エレノア・フィデリス。そんな忠誠心の深いお前に、一つ頼み事がある。とある男と、結婚してもらいたい」


(……結婚)


 顔を引き締める。

 結婚は、間違いなく相手の懐へと入り込める切り札だ。生涯で多くても三度しか使えないだろうそのカードを使うほどに重大な案件ならば、けして失敗はできない。


(相手は他国の王侯貴族? そういえば近頃、近海で活発化している海賊を隣国の王族が支援しているという噂や、この国の工業技術の流出を目論む国の噂がある。その他の心当たりも、ないこともないわ)


 最近の情勢から結婚相手ターゲットを絞り込む。

 しかし陛下が告げた名前は、まったく予想していない相手だった。


「相手は私の甥である、グラディウス公爵だ」

「……ディラン・グラディウス公爵閣下?」


 驚くわたしに、陛下が愉しそうに頷いた。


 ディラン・グラディウス公爵は、現在二十二歳。幼い頃に母親を、数年前に王弟である父を亡くし、若くして公爵位を継いでいる。

 そして生涯独身を宣言している女王の跡を継ぐ、王位継承権第一位の持ち主だ。


「知っての通り、私には子どもがいない。そのため私亡きあと王位を継ぐのは、甥であるディランだ。今のところはね」


 含みのある言い方をしながら、陛下はわたしに真剣な目を向けた。


「この甥は優秀だが、しかし愛を信じていない」

「愛?」

「そうだ。愛情や良心を、幻だと思っている」


 そこまで言った陛下はしばし沈黙をして、また口を開いた。


「――……日々、世の中が変わっていく。今この国には蒸気機関車が走り、手作業だった仕事は革新された技術によって、世界が変わるほどの生産性を身につけた。このめまぐるしい世界に立つ次代の王は、完璧な目を持っていなければならない。覇者の座は、いつまでも君臨できるものではないのだから」


 感情の読めない微笑みを浮かべながら、淡々と陛下が話していく。


「特に人の心ほど、世論ほど、見誤ったら怖いものはない。私の命令は単純なものだ。あの男の側に立ち、愛情や人の良心というものを教えてほしい。愛は人を癒し、奪い、呪い、幸せにし、不合理な行動を取らせる。それを知らないままで、あれがこの王冠を戴くことはないだろう」


 美しく女王が微笑む。

 建国以来最も優れた女王として名を馳せるベアトリス女王に、わたしは深く礼をした。


「……かしこまりました。女王陛下の忠実な臣下、このエレノア・フィデリスがそのご命令、謹んでお受け致します」




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