上出来の初夜
「――不本意な結婚はお互い様だろうが、まさか結婚式に黒いウエディングドレスで臨む花嫁とは」
結婚式を終えて、初めての夜。
先ほど神様の前で温度のない口づけを交わした美しい男が、薄く笑って冷えた目をベッドに座るわたしに向けた。
目の前のこの男は、今日わたしの夫となったディラン・グラディウス公爵だ。
「さすがは我が国の闇、フィデリス公爵家の一人娘だな。エレノア・フィデリス」
(美しい方だわ)
濃灰色の髪に、黒曜石のような黒い瞳。
形の良い切れ長の目元にある泣きぼくろが、彼の冷ややかな美貌にほんの少しの艶やかさを出している。
そしてその美しさは、彼から放たれる殺気や威圧感を、さらに鋭いものに変えているようだ。
けれど生憎、わたしはこういった殺気や威圧感には家庭の事情で慣れている。
自分が一番美しく見える笑みを浮かべて、小首を傾げた。
「先ほど愛を誓ったことをお忘れですか、旦那さま? すでにわたしにフィデリスの姓はなく、我が国の栄光、グラディウス公爵家の姓をいただいたのですが」
「はっ」
鼻で笑う男の長い指が、わたしのあごを持ちあげる。
わたしを見下ろす黒い瞳を見上げると、彼は一瞬沈黙して、静かに口を開いた。
「……せいぜい色仕掛けが得意な、小賢しい毒婦だろうと思っていたが、これはさすがに予想が外れた。……女王に、俺の首を取るようにでも命じられたか?」
そう手を離す彼の目は、わたしの手や耳、黒い夜着に隠された太ももに向けられている。
仕込んだ暗器に気づかれたのだろう。想定通りの展開だけれど、あまりに鋭い観察眼に内心で舌をまく。
にっこりと微笑みながら、わたしは小さく両手を広げ、敵意がないことを示した。
「まさか。嫁いで早々未亡人になっては、わたしも困ってしまいます。――それに旦那さまにはわたしの攻撃など、きっと通じないでしょう?」
そう言いながら、隠して身につけていた痺れ針や小刀や、拳銃などをベッド脇のサイドチェストにドサドサっと乗せていく。
さすがにこの量は見抜けていなかったのか、彼はちょっと不本意そうに片眉をあげた。
「こちらはただの護身用です。自分の身は自分で守るというのが、フィデリス公爵家の家訓でしたので」
「立派なことだ。これから初夜を行う予定の人間には必要な、大切な心がけだな」
「行うつもりなどなかったくせに」
ストレートな皮肉にわたしが肩を竦めると、彼は眉根を寄せ、わたしを観察するかのように目を細めた。
「…………わざと俺に警戒心を抱かせているようだが、一体何が目的だ」
その言葉に、内心で安堵する。
(掴みは成功だわ。今日一番難しかったのは、この人の関心を惹きつけることだから)
警戒している彼に微笑みながら、わたしは唇に人差し指を当てた。
「秘密です」
彼の目が剣呑な、冷たい色を帯びる。
(本当に、この人に愛というものを伝えられるのかしら)
けれど半年前に女王陛下から下されたこの密命を、必ずこなさなければならない。
だってわたしは女王の忠臣、フィデリス公爵家の人間なのだから。




