ACT-141『禁足地でエンカウント!』
翌日早々、議会は大いに荒れていた。
イセカスの新しい王を名乗る澪が、各所に強力な根回しを行っており、それによって魔道士ギルドの総本山である元老院すらも頼れなくなった事が判明。
こんな短時間で、いったいどうやって彼ら重鎮を味方に付けたのか皆が不思議がったが、ともあれ議会は、これで澪を王座から引きずり下ろす為に必要な後ろ盾を失ってしまった。
議会の上院・貴族階級の者達は全て澪に魅了され、役に立たない。
彼の対応力の素早さは、議会の想定を遥かに上回るものだ。
よって民間から選出された下院議員達は、過去に例のない独自の手段で行動に出なければならなくなった。
「もはや王族も貴族も頼りにならない! 我々で摂政法改正を行わなければ」
「それもあるが、民間にも事態の詳細を伝え、国ぐるみで新王の批判体制を作るべきだ」
「上院議員達がよからぬ動きをしないか、監視する必要もあろう」
様々な案が挙げられるも、どれも決め手に欠ける。
というよりも、澪の暗躍が下院議員達の認知範囲を超越しており、常に先手を取られている状態なため、口に出さずとも皆「どうせやるだけ無駄になるのでは」という思いに捉われているのだ。
だがそんな中、脇に控えていた男が声を上げた。
「先程、城内より密告がありました。
――新王は、どうやら勇者の魔王討伐承認を取り止める方針を固めているようです!」
その報告に、議員達は一斉に青ざめた。
「な、なんだと?! どういう意味だ!」
「どうやら、転生者を送り出すこれまでの伝統ある儀式を中止し、一般民衆として国に住まわせるという働きかけのようです」
その説明に、会場内のざわめきは更にエスカレートする。
「し、正気なのか、王は?!」
「勇者が魔王の許に行かなければ、いずれこの国は、大陸は、世界は滅んでしまうのだぞ?!」
「新王はこの平和を壊すつもりなのか?!」
「そんなことをしたら、魔王の怒りに触れ、イスティーリアは占領されてしまうじゃないか!」
「それだけはならん、断じてならん! 伝統ある儀式は、未来永劫続けなければならぬ!」
議員達……否、国民にとって、勇者を送り出す儀式を絶やすことは平和をおびやかす最悪の選択のようだ。
皮肉にも、澪が取ろうとしていた行動は、逆に議員達の反発心を煽り士気を高める結果となった。
「報告主は、亡くなられた大臣の代わりに派遣されている、彼か?」
「そうです、魔道士ギルドの――」
「セガドの報告に、心より感謝する。
師には、今後も澪の動向を伝えて戴くよう、よろしく伝えてくれたまえ」
議会を取り仕切る議長は、そう言って報告者に手を挙げた。
「しかし、新王がそこまでの凶行を断行しようとしているとあらば、もはや一刻の猶予もありませんな」
議員の一人が、議長にそう耳打ちする。
議長は深く頷くと、細い形の眼鏡を指で直しつつ呟く。
「確かに、早急に対策を取らねばならないな。
国の、いやさ大陸全土の危機に繋がりかねん」
「では、これより緊急議題として?」
「いや、ここで議論を重ねても、時間の無駄でしかない。
向こうが無茶苦茶な手段に出るというのなら、こちらもそれなりの対応を取るべきではないか」
「具体的には?」
怪訝な顔つきの議員に、議長は口元を吊り上げて囁いた。
「――手練れの暗殺者を用意するのだ。
それも、複数な」
酷く冷酷な光が、彼の眼鏡に宿った。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-141『禁足地でエンカウント!』
「どういう状況なのか、そろそろちゃんと説明して欲しいですわ」
「そうだぜ、なんでトラックが話したり勝手に動いたり出来るんだ?」
ジャネットとテツが、グィッと顔を近付けてリっちに迫る。
『あうう、そ、それはぁ~』
「卓也! あなたも全部知ってるんでしょう?!
隠さないで全部ゲロっちまいやがれなさい!」
「だぁってぇ、俺が喋ると喰われちまうんだもん」
『誰も食うとは言っておらん』
ふてくされるような態度でジト目になる卓也に反応して、またもラジオから声が聞こえる。
謎の声は、どこか諦めたような雰囲気で、静かに語り始めた。
『皆の者、聞くが良い。
我が名はジェムドラゴン。
お前達が所持する鱗に宿りし、神域に至らんとする古代竜である』
「ええっ?! ジェムドラゴン?!」
「ひえっ?! ジェムドラゴンって、あの町で骨になって転がってるアレ?!」
『てっちゃん、言い方』
『これまでお前達の旅を見届けて来たが、禁足地に挑むとあり、力を貸す決断に至った。
今やこのような体躯となってしまったが、やむを得ぬ。
こうなった以上、共に力を合わせ魔王に立ち向かおうぞ』
静かだが力強さを感じさせる、重く響く声。
ジャネットもテツも、何か言いたげではあるものの、思わず言葉を止めてしまう程。
卓也は、二人の反応を見てニヤリと微笑んだ。
「ま、まあ、あなたがジェムドラゴンなのは納得するとして。
でもどうして、私達に近付いたの?
それに、そもそもあなたは何者なの?」
ジャネットの質問の連続攻撃に、リっちは
『姉さん、それはあーしから後で説明するからね』
と補足する。
その間に、卓也がボーッとした表情で無感情に告げる。
「ところでジェムドラゴン、自分から暴露したんだから、もうあの物騒な約束は反故な」
『仕方あるまい』
「んで、なんで卓也は事前に知ってんだよ?」
「そうですわ! 第一、なんで卓也に殺されたジェムドラゴンが私達に協力するんですの?!
復讐するとか、祟るとか、呪いをかけるならまだわかるけど」
『そうした方が良いのか?』
「ああっ、嘘ウソたんまタンマ!」
『姉さんて、パニくったり興奮するとすぐ地金が出るよねぇ』
必要な事以外語ろうとしないジェムドラゴンは、正体こそ明かしたものの、卓也やリっちとの関係については沈黙を続ける。
だが、一つだけわかったことは――
『先程の攻撃は“強酸”だ。
モノリスは酸に弱い』
「酸だったのか……強酸砲?」
『竜には息攻撃があってな。
他にも炎や冷気なども使いこなせる』
「すっげぇんだな、竜って!」
驚くテツの横で、リっちが腕組みをしながら首を傾ける。
『もちろん、あんな大砲なんてこのトラックに搭載されてませんです、ハイ』
「じゃあなんだ、ジェムドラゴンが憑依して勝手に生み出されたのか。
まったく、でたらめ生物なんだなぁドラゴンて」
『手助けしてやったのに、その言いぐさか』
「ああっ、ウソだって! 機嫌直してジェムちゃん!」
『益々機嫌が悪くなるわ!』
「まったく、なんでいつの間にか仲良くなってるんですの?
意味わからんですわ」
突然の五人目? の参入に、良くも悪くもはしまき一行のテンションは上がる。
ドラゴントラックの攻撃で活路を見出せたのを幸いに、皆はこのままどんどん先へ進むことにした。
――それから、丸一日。
ドラゴントラックの前に、様々な魔物が立ち塞がり、そして散って行った。
ヒポグリフ
キャリオンクローラー
ストーンジャイアント
ワーム
水精霊
そんなものがひっきりなしに飛び出して来たが、全て――
『ふん、くだらぬ!』
ゴキグシャバリ
ドラゴントラックが、問答無用で全部踏み潰して行った。
無論、彼らの攻撃は分厚い装甲と魔法防御によって全て弾かれる。
完全に無傷な状態を維持したまま、モンスター殺戮マシンは南東を目指して進む。
「あの、ジェムちゃん?」
『もうちょっとその、なんというか……手加減というか』
あまりの強引極まりない展開に、卓也とリっちが申し訳なさそうに呟くが、
『先を急いでいるのではないのか?
だったら四の五の言っている場合ではあるまい』
と、一蹴される。
「『 仰る通りにございます…… 』」
そんな感じで、ドラゴントラックはあらゆるものを蹴散らして禁足地へ突っ走って行く。
「ファンタジー世界で、こんな展開ありなんでっしゃろか、ですわ」
「ありなんじゃねぇっすか?
良くわかんねぇけど」
『幻想世界をトラックで駆け抜けて、モンスターは全部踏み潰して行きました!
なんて言ったら、本格ファンタジーが好きな人にどつき回されそうだよね』
「でも意外とソシャゲにしたら受けるかも」
「まあ、楽ちんだから良いですわ~」
そう言いながら、ジャネットは自分の魔法で取り出したカントリーマァムをモシャモシャ食べる。
『破片が零れておる。後で掃除するように』
ラジオから、イケボイスによる注意が促された。
その日の夕刻、遂に、到着した。
左手に、海のように巨大な河川。
右手には、見上げんばかりの巨大で壮大な山脈。
そんな景色の中、不自然に建っている巨大な「扉」を、はしまき一行は見上げた。
「うっわ……なんだこりゃ?」
「これが、禁足地の入口ですの?」
その扉は、高さ六メートルはあると思われる黒い鋼鉄のような材質で、厚みは一メートル弱程もあり、見た目は殆ど「壁」だ。
しかし正面は観音開きの二枚扉であることがはっきり分かり、表面にはびっしりと見た事もないような文字が刻み込まれている。
更に良く見ると、僅かな隙間から紫色の禍々しい瘴気が漏れているようで、更に僅かながら放電のような青い閃光も見て取れる。
そして、ドアノブの類は、ない。
その周囲は何の変哲もない自然な景色なだけに、益々この扉の異様さが際立っている。
「おいおい、これ扉が立ってるだけじゃねぇか。
裏側回り込めば入れるんじゃね?」
そう言って、テツが扉の反対側に入り込もうとする。
だが、見えない壁のようなものに阻まれてどうしても進めないようだ。
「あんれ? どうなってんだ?」
『この扉は、強力な魔法結界のいわば“結び目”なんだよ。
実際は、ここから先延々と結界の壁が続いてるんだ』
「結び目ってことは、これ実際には扉じゃないってこと?
そういうイメージが見えてるだけとか?」
卓也の呟きに、りっちはパン! と手を打ち合わせた。
『すごいな卓ちゃん! そう、その考えでだいたい合ってる!』
「もしかして、ここでコレをなんとかすればいいんですの?」
そう言うと、ジャネットは胸の谷間から“ユルム王より拝領した護符”を取り出す。
三人の男達は、その一部始終を目に焼きつけた。
『姉さんの胸、もう殆ど四次元ポケットやないの』
「手を突っ込んだら何でも出て来る感じかな」
「ジャ、ジャネさん! お、俺も手を」
「いいですわよ♪
ただし、手を突っ込んだその瞬間に、その細腕を粉々に粉砕してご覧に入れますけど☆」
口元だけで無理矢理作った笑顔を向けられ、男共は心底震え上がった。
魔物達がまたやって来ないうちに、とっとと先に進むことにする。
『姉さん、アレの出番だ』
「わかりましたわ。
えっと、これを……どうすれば?」
『そのまま、扉に押し当てればいいよ』
リっちの言う通りに護符を扉にあてると、ゴゴゴ……と鈍い音が鳴り響き、少しずつ開き始めた。
『乗り込め!』
ドラゴントラックが大きな声で呼びかける。
すかさず四人は、運転席へと飛び込んだ。
間一髪、開いた扉から真っ黒なガスを思わせる瘴気が溢れ出し、たちまち周囲を包み込んでいく。
「あわわ、もう少し遅かったら巻き込まれてたな!」
「うっわぁ、まるで毒ガス!
ホントにこの中に突っ込むんですの?!」
『そうしなきゃ、魔王城まで辿り着けないものね』
『そういうことだ。
ここまで来たなら、諦めて覚悟を決めろ』
「ああ……うん。
確かにそうだな」
気がつくと、あれだけ大きくそびえ立っていた扉が、いつの間にか消え失せている。
と同時に、周囲の景色が先程までとは一変している事にも気付く。
それはまるで、赤紫色のフィルタを通して見たような景色。
先程と同じような自然な景色ではあるものの、生えている木々はどこか禍々しく、大地の色もどこか黒ずんでいるように見える。
逆に、岩はまるで巨大な白骨の一部のように、不自然に白ばんでいるように映る。
奥に行けば行くほど赤紫の濃度は濃くなり、深い霧でも立ち込めているかのように先の道を覆い隠している。
先程までは全く感じることのなかった、おどろおどろしい雰囲気に呑まれ、卓也とジャネット、テツは思わずゴクリと喉を鳴らした。
「おいおい、急に恐ろしい景色になったぞ」
『ああ、そりゃあそうさ。
ここはもう、禁足地の中だからね』
「え?!
でも、さっきから一歩も動いてないですわよ?!」
『封印を解放した為に、これまで抑えられていた力が噴出したのだ。
これで、禁足地はまた少し拡がったことになる』
ジェムドラゴン――ドラゴントラックの解説に、卓也は無言で頷く。
これまで多くの転生者が、この中に突入して行き、そして……
そう思うと、身が引き締まるような思いに駆られる。
「禁足地は、同じところにずっと固定というわけじゃないんですのね……」
「こりゃあ、生半可な気持ちじゃ進めないな」
「おう……卓也、気合入れて行こうぜ」
「そうだな、とにかく先に進んでみよう」
ハンドルを握り、クラッチとアクセルに足を乗せる。
ギアを入れ、卓也は表情を引き締めながらトラックを発進させた。
自然にライトが灯り、少しだけ視界が拡がる。
しかし、まるで真夜中の山道を進んでいるかのように、見通しは暗い。
「テツとジャネットは、出来るだけ休んでおいてくれ。
何かあった時の為に」
「わかりましたわ」
「卓也、何かあったらすぐ起こせよ」
二人が退室してしばらく後、リっちが沈黙を破る。
『思ってた以上に瘴気が濃くなってる。
こりゃあもう、迂闊に外に出るのは難しいかもしれないぞ』
「どうする?
いつまでもトラックで踏み潰せる相手ばかりとは限らないだろうし」
『余の鱗を携帯せよ。
さすれば、しばらくの間は持つであろう』
ジェムドラゴンの声に、二人はハッとする。
『ジェムちゃんの見立てで、どのくらい持ちそう?』
『卓也は例外として、恐らくは三十分が限度であろうな』
「俺だけ例外なの」
『卓也は魔力吸収しちゃうからね、もう少しは持つと思う』
「どのみち外に出るとなったら、うかうかしてはいられないということかぁ」
禁足地に入ったと言っても、以前リっちが言っていたように“地形が変化”する以上、目的地までどのくらいかかるのかはわからない。
だからこそ、ドラゴントラックが必要なのだ。
もし、徒歩でこの領域に足を踏み入れたとなると、旅路の困難さは想像を絶するだろう。
「なあリっち。
君も、魔王討伐にここへ立ち入ったことがあるんだよね?」
『ああ、そうだよ』
「聞いてもいいかな、その時のこと」
『言わなきゃ、駄目?』
「駄目ってことはないけど、何か役立つ情報があればと思って」
『……わかった、いいよ』
「ありがとう。
でも、言いたくないことがあったら、そこはすっ飛ばして」
『卓ちゃんは本当に優しいねえ』
運転を続けながら、卓也はリっちの話に耳を傾ける。
今からおおよそ百年前。
リっちと彼の幼馴染の少年は、遊園地で発生した事故に巻き込まれてしまい、気が付くと暗黒の空間で女神アムージュを名乗る存在と対面した。
“与えられし力を用い、勇者となって大陸イスティーリアを救い賜え”
その言葉を得た二人は、卓也達と同じように閉鎖区域の新宿に現れた。
苦労して閉鎖区域を降り、アングスの町に辿り着いた彼らは、やはり同じように厚待遇を受け、流れるようにイセカスまで生かされた。
後の流れは、他の転生者が辿るパターンと同じだった。
『あーしらは、別なタイミングで転生して来た連中と冒険者ギルドで知り合ってね。
パーティを組んでユルムに行ったわけさ』
「ちなみにパーティネームは?」
『い、言わなきゃダメ? 笑わない?』
「笑わないから言ってみ?」
『……え、SOS隊』
「は?」
『S:世界を
O:俺達で
S:救う
隊……という意味』
「おいおい、どっかで聞いたことあるようなパチ臭い名前だな」
『だからぁ! 俺は最後まで反対したんだあ!
ZECTとかスマートブレインとか、BOARDとか猛士とか、もっと良い名前の候補をいっぱい挙げたのに!
アイツら全部却下しやがったんだぁ!』
「どっちもどっちだと先生思うの」
『これだからアニオタは』
「無駄に敵作るような発言はおやめなさい」
最終的に五人パーティとなった彼らは、何の躊躇いもなく禁足地まで旅立った。
彼らに備わった能力はかなり優れたもので、立ち塞がる脅威・障害も難なく乗り越えられた。
強力な攻撃を放て、様々な剣技で圧倒的な物理戦力を誇る戦士達。
一目見ただけで罠を見抜き、ひと撫でするだけでそれを除去し、戦闘時には奇襲を得意とする盗賊。
先読みの能力に優れ、常に最良のエンチャントを施し仲間を補助する僧侶。
そして膨大な魔力を持ち、様々なジャンル・カテゴリの魔法を使いこなし戦況を瞬時に一変させる魔道士。
パーティネームに難はあったものの、彼らの総合戦闘力と団結力は本物だった。
快進撃の連続、正に敵なし、魔王討伐は確定的……と思われ、また信じ込んでいた彼らだったが。
禁足地に踏み込んだ途端、それはただの増長・傲慢に過ぎなかったことを思い知らされた。
「ど、どうなったんだ?」
『出て来る魔物は、それまでとは比較にならない凶悪なものばかり。
見通しの効かない空間に、歩く度に疲弊する環境、食料もすぐ腐敗するし、水もまともに飲めない。
かといって、短時間で駆け抜けるにはあまりにも広すぎる。
こんな状況で何のヒントもなく魔王の本拠地を見つけ出せって言うんだから、そりゃもう詰みですわな』
「え……食べ物や水まで影響受けるの?!」
『それだけたち込めている瘴気が濃厚なのだ。
食料や水のような、魔法的保護を受けていない物体は、真っ先に悪影響を受ける』
ラジオから、ジェムドラゴンの声が補足する。
それに深く頷きながら、リっちは更に続けた。
『それでも俺達は、必死で頑張った。
だが俺の魔力を以てしても、限界はあっさりやって来た。
結局、そこから逃げ帰る形になってしまったんだ……』
声のトーンが、いつもの軽いものではなく、どこか重苦しいものに変わる。
「そりゃあ、そんなことになれば撤退もやむなしだよなあ」
『ああ……だが、全員無事に逃げれたわけじゃない。
俺ともう一人だけしか、禁足地から抜け出せなかったんだ』
「え?! じゃあ、残りの仲間は」
『……』
それ以上、リっちは語らない。
意図を察し、卓也はこれ以上何も言わずに、そっと彼の頭を指先で優しく撫でた。
彼らは、禁足地から逃げ帰ったことで、ようやく辿り着いた物見の塔で捕らわれ、そこで断罪された。
それは、卓也にも容易に想像することが出来る。
「リっち、ありがとう」
『突然なに?』
「君にとってそんな嫌な想い出がある場所なのに、一緒について来てくれるなんて。
どれだけ感謝すればいいのか」
『よ、よせやい、照れるじゃんか!』
「君が仲間になってくれて、本当に良かった」
『卓也、そいつは――』
「リっちは、俺達の大事な仲間だ。
それは間違いないことだ」
『……』
『あーしがカワイイ女の子だったら、間違いなく惚れてたね。
この前“女運がない”って愚痴ってたけどさ、絶対そんな事ないと思うんよ』
リっちの慰めの言葉に、思わず顔をしかめる卓也。
そこに、またもラジオから声が聞こえた。
『呪いがかかっているからな』
「は?」
『え?!』
『気が付かなかったのか?
神代卓也、お前には戯れに掛けられた微弱な呪いが作用している。
その影響で、異性との縁が保たれないのだ』
意外な発言に、卓也は思わず大声を上げた。
「は、はぁぁぁぁぁあああ?!?!
お、俺の女縁のなさ、呪いだったのかぁ?!
誰だ、誰がそんな呪い掛けたんだ?! てか、そもそもなんで掛けたんだよ!」
『それはだな――むぅ?』
ドラゴントラックが、突然急停止する。
思わず前のめりになるが、意図を察して窓の外を凝視する。
『来たな』
『ああ、そうみたいだ』
「えぇ……なんか見えるか?」
目を凝らしていると、やがて一つの影がこちらに接近してくるのが見えて来た。
それは人型だが、異常な大きさ。
しかも、まるで負傷しているように動きがぎこちなく、身体のあちこちが妙にアンバランスに細く感じられる。
『不死者か。
女僧侶の出番かもしれんな』
「え、ちょ、なんでそこまで分かるの?!」
『後退だ! ここでは距離感が狂う! 一気に近付いてくるぞ!!』
リっちの叫びに反応し、ドラゴントラックは自動的にバックし始めた。
荷台前面に設置されたサーチライトが光り出し、卓也の視界にもようやくはっきりと姿が見えてくる。
「うわ……! な、なんだこいつ?!」
窓の外に居たのは、巨人のゾンビだった。
しかし、ただのゾンビではない。
頭部には巨大な眼球が一つだけ、しかも鼻筋が全くない。
そして両手からは、鎌を思わせる鋭い爪が伸びている。
青と白、濁った灰色と黒が入り混じった退色、長い白髪を湛えた頭部、そして激しく腐敗し皮膚が裂け、内蔵が零れ落ちそうになっている腹部。
見ただけで激しい嫌悪感を催すそれは――単眼巨人の“死体”だ。
「うっげ……!!」
思わず口元を抑える卓也。
そして今回は、何故かドラゴントラックが踏み潰そうと突進しない。
『ジェムちゃん、なんで突進しないの?』
『あんなものと接触したくない』
どうやらトラックにも、選択権があるようだ。
『ええ?! じゃあどうすんのよ!』
『こうするとしよう!』
再び運転席が振動し、浮上する。
ドラゴントラックの前面部が浮き上がり、あの巨大な砲塔が露出した。
赤い閃光がチャージされ、アンデッドサイクロプスの姿が歪んで見える。
『ぬんっ!』
短い気合と共に、砲塔から激しい炎が噴き出した。
それは緩慢な動きの巨人を真正面から捉えた。
じわじわと、室内の温度が上昇する。
「うわああ! あ、あちぃ!!
なんだよこれ! 運転席まで熱くなるなんて聞いてないぞ!」
『ちょ、ジェムちゃんストップ、すとっぷぅ!』
リっちの声が届いたか、炎の噴出は思いの外早く止められた。
だが――
「え、えええっ?!」
『うっそだろ……?』
『よもや、こうなるとはな』
三人は、予想外の事態に驚く。
なんとアンデッドサイクロプスは、全くの無傷だった。
身体の一部が焼けているどころか、髪すらも燃えていない。
まるで業火などはじめからなかったといわんがばかりの態度で、けろっとしている。
『炎のブレスが無効とは、想定外だった』
妙に落ち着いた声で話すジェムドラゴンに、二人はパニくりながら噛みつく。
『どどど、どうすんのよ!
じゃあ別なブレスは? まだ在庫あるんでしょ?!』
「在庫て」
『無駄だ。
あやつは恐らく何かしらの障壁を持っている。
これ以上ブレスを使っても、通じることはなかろう』
「じゃあどうする?!」
『こういう時こそ、お前達の出番ではないのか?』
「あ」
卓也は荷台へ通じる出入口を一瞥した後、溜息をついた。
『しゃあない、行きますか大将』
「やっぱ行くしかないのかぁ、トホホ……」
卓也は
(俺のレーザーブレード、あんなのに通用するんかなあ?)
と、不安に苛まれていた。
「――さて、どう出る?」
「あたし達のエンチャントと加護を受けたゾンビに、何処まで対抗できるかな~♪
楽しみぃ☆」
「そんな回りくどい真似しないで、一気に叩き伏せればいいでしょうに」
「それじゃあ、俺の気が済まねぇんだよ!
まずは絶望の淵を覗かせてやらねえとなぁ!!」
「フン、くだらぬ」
ドラゴントラックから数十メートル程離れた場所にある、高い岩場。
その上に立つ五人の影。
彼らは、含み笑いを浮かべながら状況を窺っていた。
まるで、これから始まるショーでも愉しむかのように。
同じ頃、イセカス城。
その晩、珍しく澪はたった一人、メイド服を着たまま資料庫にこもっていた。
今日は、いつもの老魔道士もいない。
掃除道具を部屋の壁に立てかけると、フゥと息を吐き、背の高い本棚に向けて両手を翳す。
そこは時間をかけて整理した資料が詰め込まれた場所。
僅かに光を帯び始める。
「Take go into the root of Ancient-Chaotic increasing system.
set “Pivot” Ready.
Extract information from books and documents in this area,
immediately classify them by category, and compile statistics.」
澪が呪文を詠唱すると、彼の目前に光の線で描かれたリストが浮かび上がった。
Evil Busters.
永遠の紅
メタルアニヒレーター
デンジャラスバリケード
久遠の輪唱
遥かなる青空
エクスターミネーターズ
西成区冒険者組合
† MAD HUNTER †
SOS隊
グレートハリケーン
西新発田エロゲ愛好会1999
グランダッシャー
ボルトヘヴィタンク
トランザー&トライパー
泪橋丹下拳闘倶楽部
ゴッドホーク・ブラザーズ
七将軍と三巨頭
スターグレディネイター
勇者特急隊
etc...
羅列する多数の名称を眺め、澪は悲し気に目を細める。
これらは全て、過去このイセカス王城を訪れ、時の王に謁見した転生者パーティの名前だ。
この半分以上が、国家反逆罪や王家侮辱罪など適当な罪状を付けられ、無意味に処刑されていった。
残りの半分も、何処へ行って何処で朽ち果てたのか、もはや知る由もない。
この世界の住人より遥かに優れた能力と、現代世界の知識と経験という希少な宝物を持ちながら、彼らは“信仰”というものによって、全て潰されてしまったのだ。
(こんな事を続けさせていては、今後やって来る転生者達も、卓也達も危ない。
ボクがこの国の王で居られる僅かな間に、なんとしてもこの悪習を止めなければ!)
卓也達が無事戻って来たとしても、それは必ずしも彼らが祝福でもてなされる事を意味するとは限らない。
否、それまでの因習に則り、むしろ抹殺されてしまう可能性の方が高いだろう。
澪は唇を噛みしめ、空中に浮かぶ魔法板を見つめる。
(ボクはもう、卓也達と一緒に居る事は叶わない。
だけど、それでもあの人達の為に出来る限りのことはしたい。
だってボクは――)
その時、不意に背後から強烈な殺気を覚え、澪は思い切り前方に飛び出した。
次の瞬間、先程自分が居た位置に、見覚えのない者が立ち尽くしていた。
その手には大型のナイフを持ち、先程首があっただろう辺りにあてがっている。
黒装束で身を包んだその存在は、
「チッ」
と短く舌打ちをすると、尋常ではない速度で走り寄って来た。
「!!」
声を出す間もなく、黒装束の刺客はナイフを振りかざしてくる。
素早い身のこなしでギリギリで攻撃をかわすものの、メイド服の端々が切り裂かれていく。
(な、何者なの?!
ボクを殺しに? 誰が差し向けたの?!)
呪文を口内で唱えながら、懸命に刺客の攻撃を交わし続ける。
しかし澪は、途中で奇妙な事に気付いた。
(さっき、ボクを闇討ちしようとしたのに、今度はどうして真正面から?!)
ハッと顔を上げると、澪は全身に力を込める。
次の瞬間、メイド服を突き破って巨大な翼が背中から生えて来た。
一瞬、呆気に取られ動きを止める刺客。
そして更に次の瞬間、澪の背後で、女性の短い悲鳴が聞こえた。
(陽動作戦!)
澪の斜め上から攻撃を仕掛けようとした“もう一人の黒装束”は、肥大化する翼に叩き伏せられていた。
フッ、と短く息を吐くと同時に、両手をそれぞれの刺客に向ける。
すると、澪の掌から白く煌めく糸のようなものが伸び、一瞬で二人を絡めとった。
「ぬぐっ?!」
「うぐ……っ!!」
「あなた達は何者?
誰に頼まれて、ボクを殺しに来たの?」
「……っ!!」
「言わないつもり?
わかった、じゃあ勝手に頭の中を覗かせてもらうわね」
「?!」
煌めく糸の一部がまるで生き物のように蠢き、二人の額に触れる。
それを通じ、まるで何かが流れて来るように、糸が脈動する。
「あ……あ……ああ……!」
「だ、駄目……! あ、あああ……!!」
「――議会……そういうこと」
澪はしばらく黙り込むと、悲し気な表情を浮かべた。
彼女達の脳内より情報を吸収すると、煌めく糸を解除する。
あえて、武装解除は行わない。
僅かに身体を震わせている状態の刺客達に向かって、澪はそっとしゃがみ込む。
「くっ!」
「こ、殺せ!」
「あなた達を殺したりなんてしません。
ですが、帰って依頼主に伝えてくださいね」
そう呟くと、澪はまた何か呪文を呟き、両手の人差し指に口づけをする。
ぼんやりと光を放ち始めた手を彼女達の衣服に滑り込ませると、優しく指を差し込んだ。
指の腹で、特に柔らかい部分をキュッと押してやると、刺客達は顔を紅潮させ、熱い息を漏らした。
「ああっ?!」
「あ、ああ~~っ!!」
「女性のあなた達に、ボクの魅了は効かないから。
悪いけど、その特性を利用させてもらうわね」
「あ……ああ……ああ~♪」
「あ…あん……」
「――絶対命令」
刺客達の顔が紅潮し、やがて恥ずかしそうに身悶えし始める。
その様子を窺いながら、澪の黄金の瞳はいつも以上に光り輝き出した。
その翌日。
下院議長とその側近達が突如行方を眩ませてしまった事で、議会はまたも麻痺状態に陥ることになる。
そして数日後、彼らは街外れで偶然発見され保護を受けるが、その頃にはすっかり新王崇拝者になり果てていたという。




