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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
145/145

ACT-142『貴方を見守る“神”』


(俺のレーザーブレード、あんなのに通用するんかなあ?)


 覚悟を決めたとはいえ、やはり不安が先立ってしょうがない。

 卓也はドラゴントラックから降り立つと、徐にレーザーブレードを鞘から抜く。

 懐には、バックパックから咄嗟に放り込んだジェムドラゴンの鱗が入っている。

 非常に視界が悪く焦点がぶれる気がするものの、それ以外はかろうじて身体に異常は感じない。


(いける……かもしれない?)


 しばらくすると、先程は全く聞こえなかった地響きのような音と振動が伝わって来る。

 それがアンデッドサイクロプスの足音だと気付くのに、若干の時間を要した。


 ぼんやりとした巨大な影に、目だけが気味悪く光り輝く。

 先手必勝! とばかりに、卓也は柄のスイッチを押して斬りかかった。


「だ、だぁ――っ!」


 全然気合の乗ってない、情けない声を上げながら突進する。

 右斜め上へ、まるで野球のバットでも構えるような体勢のまま走り、本当に距離が足りてるのかも分からないまま剣を思い切り振るう。

 紫の霧の中、銀色の閃光が宙を斬った。


 ――そう、宙を、斬ったのだ。


(え? あ、あれぇ?)


 手応えは何もなく、力任せに振るった剣に身体が持って行かれてしまい、倒れそうになる。

 残光が、振るった軌跡を示している。

 そしてアンデッドサイクロプスは、その軌跡とは全然違う位置に居た。


「えぇ?! き、距離感が――」


 先程、リっちが言っていた言葉がリフレインする。



『後退だ! ここでは距離感が狂う! 一気に近付いてくるぞ!!』



(そ、そうだった! 畜生、事前にわかっていたのに!)


 その途端、全身が激しく揺れた。

 生まれて初めて味わうような、凄まじい衝撃を横から食らい、卓也の身体は羽根のように軽やかに吹っ飛ばされた。


(え、今、何が――)


 離れたところで、誰かが自分の名前を叫んでいるのが聞こえる。

 と思った次の瞬間、またも全身を激しい衝撃が貫いた。

 呼吸が、止まる。


「ぐ……ほっ……!!」


 身体の奥から、熱いものがこみ上げる。

 全身が麻痺し、剣を握っているのかも判断出来ない。

 否、それどころか、自分の態勢がどうなっているのかすら、理解が及ばない。


 先程まで立っていた場所から十メートル程離れた場所で、地面へ横向きに叩きつけられたことを知ったのは、それから更に十数秒後の事だった。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-142『貴方を見守る“神”』






『卓ちゃん! 何処だ?! 大丈夫か?!』


 遥か彼方で、リっちが自分を呼んでいるのが聞こえる。

 しかし、身体に残ったダメージが、言葉を紡ぎ出す事を拒む。


 ふと気付くと、左上腕が異常な程熱く、そして全く動かせない。

 剣を置き、右手で触れてみると、どろりとした感触が伝わって来る。


(も、もしかして俺……負傷してる?! しかも、ヤバイくらい?!)


 そう思った途端、耐えがたい激痛が左腕に訪れる。

 思わず叫びそうになるが、それでもまだ声が出ない。


 ここに至ってようやく、卓也はアンデッドサイクロプスの打撃をまともに食らったのだと理解した。

 途端に、身もすくむような恐怖感が身体を支配する。


(お、俺、もしかして今、死んでてもおかしくなかったんじゃないか?!)


 実際に、卓也の思った通りであった。

 彼は高さ四メートル程まで、きりもみ状態で打ち上げられたのだ。

 その上で飛距離は十数メートル、鎧すら身に着けていない状態で地面に激突。

 常人であれば、確実に命を失っていただろう。

 こんなところで、自身の持久力バイタリティの高さを実感するとは思ってもみなかった。


 しかし、いくら生き残ったとしても負傷によるダメージと身体的損傷は避けられない。

 所詮は、戦闘の素人。

 どんなに強力な攻撃手段と異常な耐久性を持ってはいても、隙を見せたら一瞬でこの有様。


 いつしか卓也の手は震え、すぐ傍にある剣のグリップすら掴めなくなってしまった。


(な、何をやってるんだ俺?!

 掴め、早く掴めよ!

 なんで、なんで掴めないんだ!? もう指が触ってるんだぞ?!)


 尻もちをついた態勢のまま、必死で右手を動かすも、意味不明に指が蠢くだけ。

 卓也はまだ、恐怖で身体が動かせなくなるという状況を知らない。


 アンデッドサイクロプスが、徐々に接近してくる。

 非常に鈍重な歩みではあるものの、今の彼からすれば高速に等しい。


「う、うわ……うわあ……」


 ようやく呻き声のようなものが出せるようになった頃、凄まじい腐臭が鼻に飛び込み、むせそうになる。

 紫の霧の向こう、白く濁り瞳孔すら判別出来なくなった“眼”が、卓也を捉えた。


 ボボ……ボォォ……


 ゴボゴボと濁る汚水のような音を立て、サイクロプスの腕が振り上げられる。

 その先端に光る鋭い爪を見た瞬間、ようやく卓也は自分の傷の理由を理解した。


(ああ、そうか。

 あれで左腕をザックリやられたんだ……)


 妙に悟り切ったような瞬間。

 卓也は一瞬、全てを投げ出したくなった。



『――冒涜ハヴィッタ・一撃ルックっっ!!』



 誰かの叫び声と同時に、アンデッドサイクロプスの側頭部が突然爆発した。

 しかもそれは、まるで爆弾でも破裂させたかのような大きさと衝撃。

 耳をつんざくような轟音と、ビリビリと皮膚を揺さぶる振動が襲い掛かる。


(な、なんだ今の――魔法?!)


『卓也! こっちだ!』


「?!」


 誰かが右腕を掴み、引っ張り上げる。

 ふわりと身体が宙に浮かんでいくのがわかる。

 見上げるとそこには――どす黒いオーラをまとった、赤く光る眼を持つ髑髏の魔道士が居た。


「り、リっち……?」


『トラックに戻るぞ!』


「あ、あいつは……」


『自分がどんな状況なのかわからないのか!

 重傷だぞ! このままじゃ死ぬ!』


「え、そ、そんなに酷いの……?」


『生きてるのが不思議なくらいだ!』


 本来なら、身の毛もよだつほど恐ろしい筈の闇道士ダークウィザードの姿が、何故かとても頼もしく思える。

 卓也は彼の顔に“心配と怒り”が入り混じった感情を覚えた。


 本来の姿に戻った闇道士ダークウィザードは、飛翔魔法で無理矢理卓也をドラゴントラックへ連れて行く。

 そこには既にジャネットとテツが待機していたが、卓也を見るなり顔色を変える。


「た、卓也ぁ!!」


「きゃあああ! た、卓也ぁ!! しっかりするですのぉ!!」


(あれ、俺って……そんなに今ヤバい状態なの?)


 荷台の上に降ろされた卓也に、ジャネットが即座に駆け寄って魔法を唱え出す。

 彼女の顔は涙でぐしょぐしょになっており、困惑の色が浮かんでいる。

 だがそれでも、懸命に魔法を詠唱し、必死の形相で祈り出す。

 ぼんやりと温かな光が身体を包み、それに照らされて、ようやくテツの顔も見えた。


 その表情は、困惑と怒り、そして衝撃が入り混じっている。


「くっそぉ、あの野郎!

 よくもこんなにしやがったな! 許せねぇ!!」


『焦るなテツ! 今飛び出したらあいつの思うつぼだ!』


「うおおおおおお!」


 リっちの制止も耳に届かず、トラックの荷台から飛び降りて行く。

 一瞬心配そうな表情でこちらを見た後、リっちも続いて飛び降りた。


 しばらく後、遠くから爆発音と打撃音、サイクロプスのおぞましい呻き声が聞こえてくる。

 必死で魔法を唱え続けるジャネットの泣き顔を見ているうちに、徐々に意識が正常に戻って行くような感覚に捉われる。


「ジャネット……」


「卓也! 喋っちゃ駄目ですわ!

 ああ、魔法が……最高の回復呪文を、こんなに唱えてるのに!!」


「あ、ああ、そうか」


 卓也は思い出した。

 魔力を吸収してしまう体質の影響で、ジャネットが唱えてくれている呪文の効果が発揮されないのだ。

 それなのに、彼女は懸命になって助けようとしてくれている。


 ジャネットが、こんなにも仲間想いだったなんて、と卓也は感慨に浸る。


「ジャネット、俺がどんな状態なのか教えてくれないか……」


「お腹は破れてるし、背中はズダズダだし!

 左腕なんか、千切れかけてるですわ!

 顔だって死人みたいに真っ青だし! 傷口が紫色で……これ、毒……う、ううっ」


「よ、良く生きてたな俺……」


「ホントですわ! ホントですわよ! もう!

 あぁ~~ん! 卓也ぁ~! うわぁ~~ん!!」


「じゃ、ジャネット……?」


 まるで子供のように大声で泣きじゃくるジャネットを見て、卓也も困惑する。

 見ると、彼女の両手も血で真っ赤に染まっている。

 申し訳なさとふがいなさ、そして


(ジャネットって、こんな風に泣くんだ。

 ちょっとカワイイな)


 という想いが重なる。

 同時に、徐々に意識が薄まって行くのも感じる。

 卓也は、消えゆく意識を必死で繋ぎ止めながら、ジャネットに頼んだ。


「ジャネット……もし俺が死んだら、悪いけど生き返らせて……」


 と、そこまで言って思い出す。

 そうだ、自分には魔法が効かないのだ、と。


 しかし、涙をボロボロ流しながらジャネットが告げた言葉は、そこに更に追い打ちをかけてきた。



「この世界に、生き返りの呪文なんて存在しないですわ!

 死んじゃったら……もう、そこで終わりなんですわよ!!」



(え……マジで?)


 卓也の中で、何かがプツンと切れた。

 決定的な何かが。



「た、卓也ぁ!

 嘘でしょ、ねえ、嘘だと言って?!

 ――ちょっとぉ! 冗談でもそういうの止めてよぉ!」



 ジャネットが、叫ぶ。

 彼女の腕の中で、卓也の身体から力が抜けた。









 ――あれ?


 ここ、何処だ?









 気が付くと、卓也は一人ぼっちで暗闇の中に寝転がっていた。


 不思議なことに身体に傷はなく、普段と変わらない感じがする。

 どこか夢心地のような、身体がフワフワするような感覚を覚える。


(なんなんだこれ?

 おいおいおい、死後の世界とか言わないよなぁ?!)


 あの紫色の霧のような瘴気も、アンデッドサイクロプスもなく、ドラゴントラックや仲間達の姿も気配もない。

 しかも、この空間も何処までが床で、どこからがそれ以外なのか、今一つ区別がつかない。


 ジェムドラゴンとの会話の時に居る夢空間を、数倍気味悪くさせたような居心地の良くない所。

 戸惑っていると、やがて遥か彼方から、何か形容しがたいものが接近してくることに気付いた。


(な、なんだありゃ? うずまき?)


 暗い空間の中、真っ黒な渦巻きのような物体が音もなく近付いてくる。

 卓也より大きいのか、それとも小さいのか、それすらもよくわからない。

 だが、不吉な雰囲気や嫌な気配は感じなかった。


 しばらく呆然と眺めていると、黒い渦巻きは静止した。

 


“神代卓也”


(うげっ?!

 俺の名前を知ってる?)


 どこからともなく、声が聞こえてくる。

 大人の女性のような、或いはまだ声変わりしてない少年のような、なんとも判断し難い声質だ。


“誠に残念ですが、貴方は死んでしまいました”


「――は?」


 突然の、死の宣告。

 あまりに唐突過ぎて、何の感想も浮かんで来ない。


“魔物の攻撃を受け、致命傷を受けたのです。

 あなたは治療も効果が及ばず、息絶えたのです”


 不思議な声は、冷静かつ起伏に乏しい口調で告げる。

 呆気に取られながらも、卓也はつい頭の片隅で考えてしまう。


(何これ、まさか今更、異世界転生のパターンじゃないよな?)


 あまりにも型に嵌り過ぎた展開に、驚きよりも先に呆れが先立つ。

 だが、確認はしっかりしなくてはならない。


「俺、マジで死んだの?

 モンスターに一発食らっただけで?」


“その通りです”


 不思議な声がそういうと、渦巻きの周囲に光の粒が漂い始めた。

 どこか温かな雰囲気が漂い始める。


「ちょっと待った!」


 そんな空気にどこか怪しさを覚えた卓也は、立ち上がって掌を突き出す。


「俺は常人の一千万倍の持久力バイタリティを持ってるんだ!

 そんな俺が、幾らなんでもたった一撃でなんて――」


“毒です”


「え?」


“あなたの直接の死因は、毒によるショック死です。

 魔物の体液に含まれている腐敗毒を、体内に取り入れてしまったために”


「え……ええっ?!」


“もっとも、常人であれば即死していた程の大きなダメージを受けていたのですから、毒がなくとも結末は同じことだったでしょう”


「そ、そんなあっさり死んじまうもんなのかよ!

 何なんだよ、一千万倍の持久力バイタリティなんて、何の意味もなかったじゃん!」


 さすがの卓也も、徐々に焦りと苛立ちの気持ちが湧き立ってくる。


 本当に、自分は死んでしまったのか?

 もう仲間とも、澪とも逢えないのか?

 魔王に会うどころか、禁足地に踏み込んで早々に死亡とか、さすがにマヌケ過ぎないか?

 

 様々な想いが行き交う中、不思議な声は、囁くように更にこう告げて来た。



“ですが、そんなあなたにもう一度だけチャンスを与えましょう”



 思わず、耳を疑う。


「おい、まさかそれって」


“あなたに、新たな力を授けます。

 そしてもう一度、かの地に降り立つのです。

 そして――”


「魔王を倒せ、って言うのか?」


 声を遮るように、呟く。

 こちらの反応が意外だったのか、それとも言葉を遮られたからなのか、不思議の声は言葉を止めてしまった。


「残念だけど、俺はもう既に魔王を倒す為に禁足地に向かってたんだ。

 生憎こんな結果になったけど、そんな俺に、また蘇って魔王を倒せって言うのか?」


“あなたは勇者として、異世界で――”


「行先はイスティーリアだろ?

 んで、アングスの町に降りてイセカスに行って謁見して。

 結局、それって振り出しに戻るだけじゃんか」


“……”


「そんな話をしてくるアンタはいったい何者なんだ?

 まさかとは思うけど……あんた、女神アムージュなのか?」


 卓也は、渦巻きへにじり寄るように歩み出す。

 声はもう、何も言って来ない。


「それに、どうして俺だけ二回も挑戦権があるんだ?

 俺以前に転生した連中は、一回きりのチャンスだったんだろ?

 それとも、実は何度も転生して魔王に挑んだ奴らが居たの?」


 卓也の質問に、何の反応も返さない。

 やがて温かな光の粒も消えてしまう。


 なんだか空気が変わって来たと思ったその瞬間、突然、足元が激しく揺れ始めた。


「んな?!」


 立っていられない程の振動に弄ばれ、卓也は無様にスッ転んだ。

 良く見ると、空間のあちこちに白いひび割れが出来ている。

 巨大な黒い鏡が割れて行き、その隙間からスポットライトのような閃光が漏れている。


 事態を把握できない卓也は、掴みどころのない床に必死でしがみつこうとした。


「じ、地震?!」




『はしたない真似はおやめなさい』



 何処からともなく、美しい女性の声が響く。

 それは先程の不思議な声とは違う、凛とした耳に心地よいものだ。


 温かみのある、どこか懐かしさすら感じさせるその声は、更に続ける。



『このお方は、私が戴いて行きます』



「へ? お、俺のこと?」



“何故、貴方が私の領域エリアに?”



 不思議な声が、震える様に囁く。

 気のせいか、何処か悔しがっているような印象を受けた。



『それはこちらの台詞です。

 あなたはもう Imotalization すらも放棄して、下天までされた身ではありませんか。

 まだ、この地に未練があるのですか?』



 口調こそ冷静で穏やかだが、どこかピリピリした緊張感を覚える。

 卓也は、声はすれども姿の見えないその存在に、呼びかけてみることにした。


「お~い、どこの誰かは知らないけど。

 俺をどうするつもりだ~?」


 気の抜けた声で呼びかけると、卓也の背後の空間が突然歪み、裂け目が現れた。

 だがその空間の裂け目には、見覚えがある。


(これは! トレモロの地下室の?!)


 驚きの声を上げるよりも早く、卓也はその中に吸い込まれてしまった。

 入れ替わるように、暗闇の世界が崩壊する。



『ごきげんよう、アムージュ』



 優しい謎の声は、最後にハッキリと、そう囁いた。






 再び別な空間で意識を取り戻した卓也は、あまりにも様変わりした周囲の様相に思わず言葉を失った。


「し、神殿?!」


 鏡のようにぴかぴかに磨かれた床、いったい何千坪あるのか計り知れない程の広さを誇る空間、十数メートルはあろうかという高い天井、そして直径二メートルはあるだろう太い柱の数々。


 それらは染み一つない純白の石材で造られており、途切れ目すらも見当たらない。


(これ、大理石かな?)


 背の高い巨大な柱が並ぶ路は、何処が入口で何処まで続いているのか、全くわからない。

 おろおろしながらも、卓也はひとまず今向いている方角に向かって歩いてみることにした。


「お~い、誰かいませんかぁ?」



「こちらです」



「え?」


 いきなり背後から声を掛けられ、びっくりする。

 振り返ってみると、そこには十四~五歳くらいの少女が立っていた。

 まるで神話にでも出て来るような、肩から足首の辺りまで覆う白い衣服と、所々に光る金の留め具。

 足にはサンダルのような物を履き、銀色の髪には金の飾りを着けている。


「き、君……誰?」


「付いて来てください」


 質問には応えず、踵を返してどんどん歩いて行く。

 なんだかよくわからないまま、卓也は少女の後を追いかけることにした。


 神聖な雰囲気漂う、物音一つしない廊下をただひたすら歩く。

 向かう先は薄もやに包まれており、よく見えない。

 感覚で十数分程歩いたところで、卓也は少女に尋ねてみた。


「俺は、なんでここに来たの?

 というより、どうやってここに?」


「それは、我が主神よりご説明がなされるかと」


「え、主神?」


「はい」


 女神アムージュの次は、また別な神? と困惑する。

 記憶を遡るも、この世界に来てから女神アムージュ以外の神様の事など聞いた覚えがない。

 

 それから更に五分程歩き、さすがに同じような景色に飽きて来た頃、進行方向にようやく変化が現れた。


 天井から差し込む陽光に浮かび上がる、白で統一された大きな部屋。

 その一番奥の壁は少しくぼんでおり、その中にこれまた純白の石材で出来た立派な玉座がある。


 否、良く見るとそれは、巨大な一枚の石材の壁を丁寧に削り出して造り出されたもののようだ。

 複雑な装飾、柱や壁、桟や天井の梁に刻まれた紋様、そして玉座とその背後の祭壇までも。


 その奇跡にも思える壮絶で芸術的な造形に、卓也は思わず目を奪われる。


 だがその直後、彼は、もっと別なものに目を奪われることになった。



『ようこそ、時と光の神殿へ』



 聞き覚えのある、優しく温かな女性の声。

 それは、先程女神アムージュの空間で聞いた、あの声に間違いない。


「ど、どこだ? 何処に居る?」


「あちらにいらっしゃいます」


「え? あ」


 少女に促され、ようやく気が付く。

 いつの間にか、純白の玉座には一人の女性が座っていた。


 椅子から零れ落ちるほど長い亜麻色の髪、深い碧の瞳、吸い込まれそうな程美しい顔。

 透き通るような肌に、見事な宝飾が施された法衣ガーヴをまとったその姿は、正に女神というイメージそのものだ。


 その女性は優しく微笑むと、目を細めて卓也をじっと見つめて来た。


(な、なんだ? 誰だいったい?

 ここに来て初登場キャラか? おいおい、第七章だけでどんだけ新キャラ増えるんだよ?!)


 メタいことを考えていると、女性は頬を赤らめ、頬杖をつきながら話しかけて来た。



『本当にお久しぶりですね、神代卓也』



 久しぶり?

 はて?


 どうやら先方は、こちらの事を既に知っているような態度だ。

 意味が分からずキョトンとしていると、少女がコホンと咳払いして静かに嗜めて来る。


「時空神イルヴァナ様の御前です。お控えください」


「え、時空……神?! イルヴァナ?!」


 思わず呼び捨てにしてしまう卓也を、少女がジロリと無言で睨む。

 反射的に頭を下げて詫びると、思い切って時空神とされる女性に向き合った。


「えっと、あなたが俺を助けてくれたの……ですか?」


『そうです。

 貴方はアムージュの世界に捕らわれてしまいました。

 あのままでは、強制的に転生させられていたことでしょう』


「て、転生していたら、どうなってたの?」


『恐らくですが、今貴方が持っていた能力は全てリセットされ、想定外の性能にされた肉体を得ていたかもしれませんね』


 時空神イルヴァナは、静かでよく通る美しい声で、結構えげつない事を言う。


「うげっ、それは嫌だなあ!」


『ですので、私がお助けしたのです』


「ありがとうございます! いやぁ、マジで助かりました!

 でも……何故、あなたのような凄い神様が、俺なんかを助けてくれるんです?」


 そう、一番の疑問はそれだ。

 これまで自分が辿って来た出来事を遡っても、ナントカ神などというとんでもない存在にお近づきになった記憶なんかない。

 というより、そもそもそんな事から最も縁遠い生き方をして来た気すらする。


 戸惑っていると、時空神イルヴァナは、またあの意味深な眼差しを向けて来る。

 それはまるで、自分のことを愛おしんでいるかのようだが……


『私が貴方を助けるのは、当然のことです』


「へ? な、なんでです?」


『何故なら私は、貴方に永遠の忠誠を誓っているからです』


「ち、忠誠? 神様が? 人間の俺に? な、なんで?」


「イルヴァナ様! どういう事でしょうか?

 人間に忠誠を誓うなどと――」


 憤る少女に手を向けて制すると、イルヴァナは玉座から立ち上がり、階段を降りて来た。

 迷うことなく、卓也に近付いていく。

 花のような、とても爽やかで心地よい香りが鼻孔をくすぐる。


 あまりにも美しいその顔を真正面から眺めているうちに、卓也の記憶の端で何かが感応した。


 見覚えが、ある……


「え? ま、まさか?!」


 イルヴァナが、卓也の頬に両手を添える。

 まるで口づけでもするかのように顔を近付け、更に目を細める。

 背後で、少女が短く嗚咽を漏らすのが聞こえた。


『こうして、また逢える日が来るなんて、夢のようです。

 卓也――逢いたかった、ずっと、貴方に』


 そうだ。

 どうして忘れていたのだろう。

 卓也は、自分のいい加減な記憶力に心底呆れ果てた。



 俺の家族は、澪だけじゃない。


 もう一人、大切な家族がいたじゃないか。


 自分の意志で新たな道を見つけ、固い決意で離れ離れになることを選んだ家族が。


 そして自分はそれを許し、認めて送り出したじゃないか。




 状況が掴めず戸惑いの気持ちが抜けないが、それはともかく。

 卓也は、目の前で起こった信じ難い出来事に、心の底から打ちのめされていた。


「本当に……本当に、君なのか?」


『はい、そうです。

 貴方の永遠の奴隷……いえ、家族です』


「えっと、ごめん。

 唐突過ぎて、理解が出来てないんだ。

 後でじっくり聞かせてもらってもいい?」


『勿論です。

 どんなことでもお命じください。

 私の――永遠の“ご主人様”』


 あの時の微笑みが、目の前で蘇る。

 卓也は、こみ上げてくる涙をこらえることが出来なかった。


 自然に、彼の両肩に手を置く。

 懐かしい感触と温かさが、伝わって来た。



『ただいま戻りました――卓也』


 うっすらと涙を浮かべる、美しい眼。

 卓也は、イルヴァナの身体をしっかりと抱き締めた。



「お帰り――沙貴さき



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