ACT-139『異世界を跨ぐ怪異』
『魔王は既に倒されているとは、いったいどういう意味だ?!
魔王は貴様自身だろうが!』
ここは、ジェムドラゴンの意識の世界。
延々と続く暗黒の中、虹色に輝く竜の頭と、濃い紫色のオーラをまとった髑髏が睨み合っていた。
「俺が本当に魔王だと思うんなら、問答無用で消し去ってしまえばいいだけだろう。
なのにアンタは、全然そうしようとしない。
あら不思議不思議」
『……』
ジェムドラゴンの額に血管が浮き出た頃合いを見計らうように、リッチは眼孔の眉にあたる部分を器用に歪ませて語る。
「日中のアレは、つい口が滑っただけだ。
魔王の件は、今はまだ話せない」
『何故だ? 余にも言えない理由があるのか』
「大ありだ」
ズイッと身を屈め、ジェムドラゴンの巨大な顔に接近する。
「アンタに話すと、卓也に伝わる」
『それだけか?』
「それだけだ。アンタは意外に口が軽い」
『そんなこと初めて言われ……いや、いい』
「今はまだ、卓也達に知られるわけにはいかないんだ。
彼らの士気を左右しかねんからな」
『貴様の目論み、余の目を以てしても理解が及ばぬ』
目を伏せるジェムドラゴンに、リッチは更に畳みかけるように語る。
「それにジェムちゃんの目的は、魔王討伐を自分でやることじゃん?
――“ハイアラーク”を昇る為の足がかりにするためにさ」
リッチの言葉に、ジェムドラゴンが珍しく表情を変える。
まるで困惑するような、それでいて怒っているような。
『ジェムちゃんだと?』
「可愛らしくていいだろ?」
『馬鹿にされているようで、気に食わぬ』
大きく見開かれた竜の瞳に、邪悪な笑みを浮かべる髑髏が映る。
『“ハイアラーク”まで知っているとは。
貴様の知識は、どこまで高まっているというのだ』
「幸い、研究する時間は山ほどあったのでね。
古代魔法や禁呪を研究してる最中に、色々と知っちまったのさ。
そういう上位世界にね」
戸惑いの色を見せるジェムドラゴンの額に指を当てると、リッチは顔を伏せながら囁く。
「アンタの本当の目的はおおよそ察しがつく。
“あの人”を追うためなんだろ?」
『黙秘を貫く』
「ああそうか。
だったらこちらも同じだ。
魔王の秘密はナイショ☆」
『ぐぬ』
「だがな、これだけは言っておく。
これで、全て終わりにする――
目的は違えど、それは卓也とアンタ、そして俺の共通の願いだ。
そうだろう?」
『そんな与太話を信じろとでも?』
「信じて貰わなければ困る。
わかるだろう? なんとなくさ」
『返答は控えよう』
「とにかく、今は力を貸してくれ。
俺の考えている通りに事が運べば、アンタにとっても悪い結果にはならない筈だ」
『色々疑念はあるが、やむを得ん。あえて話に乗ってやろう。
だが一つ、条件がある』
「なんだ?」
『前に話しかけていたことを、今度こそしっかり説明しろ。
なんで“ドラゴンといえば車”なんだ?
まったく意味がわからんぞ?』
ジェムドラゴンのその言葉に、リッチは――「ブフォ!!」と吹き出して、腹を抱えて大笑いし始めた。
『何故笑う! 何故だ?!』
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-139『異世界を跨ぐ怪異』
卓也達四人を乗せたドラゴントラックは、南東へ向かって突っ走る。
荒れ野を、砂丘を、そして野原を、八つの巨大なタイヤがしっかりと踏み締め走破する。
卓也の運転技術も徐々に慣れて来ており、行程の半分に届こうという辺りでは、既に時速四十キロ近い巡航速度を維持出来るようになっていた。
ここまでの行程、およそ丸一日。
途中休憩を挟んではいるが、非常に順調な進み具合だ。
今日の運転を終えた卓也は、荷台に設置されている小さな浴室でシャワーを浴び、身体を温めた後、自分に割り当てられた個室に入った。
個室は三畳程度と広くはないものの、天井は高く備え付けのベッドも梯子で昇るロフトベッドタイプで収納もあるため、意外に狭苦しさは感じない。
ご丁寧にテーブルやスツール、一人用のソファー、おまけに大きな氷を用いた小型冷蔵庫まで付いている。
室内の装丁はちょっとしたSF映画の宇宙船を彷彿とさせる、近未来風の造り。
空調まで装備されており、数日間の移動なら充分過ぎるくらいの設備と云える。
(ホント、よくこんなの造れたもんだよなあ。
窓がないのが残念だけど、文句言ったらバチが当たるわ)
先程ジャネットに魔法で出してもらった炭酸水を冷蔵庫から取り出し、ソファーに座りながらゆっくりと飲み干す。
爽やかな炭酸が喉を通り過ぎ、少しだけリラックスする。
(ジャネット達は、もう寝たのかな)
壁に耳を付けてみるも、隣室の音は全く聞こえて来ない。
何やら良くないことをしようかという気持ちに苛まれるが
(澪、あいつ今頃、どうしてるのかな)
ふと、王城の離れで見た澪の姿を思い出す。
二本の大きな角を生やし、背中からは巨大な蝙蝠の羽根が伸び、目は黄金に輝いていた。
あのあどけなくて明るく、そしてどこか儚げなイメージは、今の澪には全くない。
それでいて、もはや性別などを超越したような、あらゆる者を魅了してしまうような妖艶さ。
(澪は、本当にアンナセイヴァーの世界で死んでしまったのか?
今の澪は、澪の死体を捕食して変化したバケモノなのか?
……本当に、元に戻せるのか?)
澪が託したウィッシュリングは、卓也の手の中にある。
大きな石座がひときわ目立つ指輪を眺め、天井の照明に翳してみる。
半透明の石部分からは、鈍い輝きが透過していた。
そもそもこの指輪の力は、何処まで本当なのだろう?
だが今は、とにかく信じるしかない。
卓也は指輪を丁寧に拭いて小袋に片付けると、眠る為にベッドに入り照明を消す。
自分達の世界と同じような壁スイッチに、ちょっとほくそ笑んでしまう。
あまり実感は湧いていなかったが、思いの外疲れていたようだ。
目を閉じると、吸い込まれていくように眠りに入って行く。
どのくらいの時間が経っただろう。
微かに響いてくる音と振動で、目を覚ます。
どうやら誰かがドアをノック……というより、ぶっ叩いているようだ。
(な、なんだぁ?! まだ夜中じゃないか……)
何事かと思いドアを開けようとすると、微かに向こうから声が聞こえてくる。
『駄目だジャネさん、こいつ全然起きねぇ!』
『仕方ないですわね、私のぱぅわでドアを――』
「うわあああ! お、起きてる、起きてるよぉ!!」
慌ててドアを開けると、そこには顔の横に拳を振り上げたまま止まっているジャネットの姿があった。
「か、間一髪……」
「卓也! いつまで惰眠を貪っているつもりですの?!」
「惰眠て。
何があったの?」
「外見てみろ、外を!」
ジャネットの背後に立つテツが、焦り顔で運転席の方を指差す。
二人とも寝巻姿なところを見ると、彼らも起きてからそう時間が経っていないようだ。
運転席に向かうと、ステアリングの上に腰掛けたリっちが、困り顔で窓を指差している。
『おはよう卓ちゃん。
見てよこれ、参っちゃうねぇ』
「いったい何g――うげっ?!」
『ね』
「な、な、な、なんだよこれはぁ?!」
窓に顔をへばりつかせ、外を――というよりは、眼下を見つめる。
ドラゴントラックの周囲が、何か黒っぽいものに取り囲まれている。
それらは気味悪くクネクネと蠢き、ひしめき合っている。
人間ではない、かといって、何かの動物のようにも見えない。
しかも相当な数がいるようで、まるでゾンビのようですらある。
卓也は、青ざめた顔でリっちに尋ねた。
「ねえ、アレ、何?」
『恐らく“トレント”だね』
「トレンド?」
『寝起きなのに飛ばしてるねぃ、卓ちゃん』
「つか、いったい何なんだよそのトレント? って」
『思いっ切り分かりやすく言うと“動く樹木”』
「ぐぇ?!」
『こんだけ一斉に集まって来たってことは、どうやら相当獲物に飢えてるみたいだねぇ』
トレントは、リっちの説明する通り人間を模したような姿の樹木で、根を脚のように使って歩くことが出来る。
幹を腕のように振るい、顔のようなものまである個体が存在する。
深い森の奥に棲み、生物が近付くと接近してくる特徴があるようだが、時には集団で襲い掛かり、仕留めた獲物を腐らせ発酵させることで自分達の養分にするそうだ。
「え、何の超エグい設定。
もうちょっとこの、手加減というか」
『そんな事、あーしに言われても』
「とにかくよぉ! アイツらぶっ倒さなきゃ進めねぇってんだろ!
だったらとっとと外に出てぶっちらばしてやんぜぇ!」
いきり立つテツが、助手席側のドアを開けようとする。
だがそれを、リっちが必死で止めた。
『だだだ、駄目ダメ!
開けちゃ駄目だって!』
「なんでだよ?!」
『アイツら、まだここに人間が居る事に多分気付いてないんだよ。
その証拠に、ここまで上がって来ようとしないし』
「でも、上がって来たら一発アウトじゃないですの?」
『いや、この車は外から中が見えにくい構造だから』
「よくわからんけど、ああいう連中って“目”で見てるのかな。
もっと別な感覚みたいなので察知してんじゃないの?」
卓也の呟きに、リっちが青ざめる。
『あ……そうか……その可能性もあるか』
「だろ? たとえば音とかに敏感そうじゃない?」
過去に、音に反応する植物モンスターに命を狙われた卓也の説得力。
リっちは、目を見開いておののいた。
『そうだよなあ、それはありうるかも』
「もしそうだったら、ここに上がって来た時点でアウトじゃないかなって」
「じゃあ、もうアウトだな」
『アウトだね』
テツとリっちが、顔に縦線引いて肩をすぼめる。
そしてジャネットも、少し遅れて口許に手を当てて短い悲鳴を上げた。
「なんだよ、どうしたって言うんd――」
テツ、リっち、ジャネットが、無言でフロントウィンドウを指差す。
そこには、べったりと貼り付き中を覗いているような、数体のトレントの姿があった。
卓也の悲鳴が轟いたのは、その一秒後だった。
ドラゴントラックを取り囲むトレントの群れ。
その数は知る由もないが、十数体や数十体なんて生易しいものではない。
少なく見積もっても、数百体規模には及ぶだろう。
既にトレントは運転席を包囲しており、完全に外が見えなくなってしまった。
しかし、はしまき一行もただ怯えていたわけではない。
早速、対策が検討されていた。
『相手は動くといっても所詮は樹木だかんね。
炎系の魔法さえあれば“こうかはばつぐんだ!”状態になる筈だよ』
「ポケ〇ンの知識までありやがりますわ、このガイコツ」
「でも、ドアは封じられてるし外に出られないよ? まさかここから魔法を撃つなんてやらないよね?」
卓也の疑問に、リっちは片眉? を歪めてニヤリと笑う。
『フフン、こう見えてもあーしは魔道士なんでね』
三人を集まらせると、リっちはその中に入り、何やらコショコショと囁き始めた。
それから十数分後。
突如、トラックの外で爆発音が鳴り響いた。
物凄い火柱が立ち、赤い光がトレント達の隙間を縫って運転席まで飛び込んで来る。
その轟音に反応したのか、窓に取りついていたトレント達が一斉に後ろを振り返り、ボロボロと落下していく。
「よし、ドアが開くぞ!」
「よっしゃあ! 行くぜぇ!」
「久々に暴れさせていただきますわ!」
「うっわ、二人ともテンションたっか」
まるで蹴破るような勢いで、テツが運転席のドアを開く。
まだフェンダーの上にたむろするトレントを弾き落すと、テツは濛々と立ち込める煙の位置を確認し、ニヤリと微笑む。
「じゃあ、行って来るぜ! でえぇぇぇえええいやぁ!!」
気合のこもった雄たけびを上げ、トレントの群れに飛び込んでいく。
着地するよりも早く、数体のトレントの頭を連続蹴りで破壊する。
その反動で更に跳ね上がると、テツはトレント達の身体を足場に、次々と蹴りの嵐を叩き込む。
その身軽さ、素早さは目で追うのがやっとで、卓也は思わず目をパチクリさせた。
「よくあんなスピードで動けるなぁ」
また遠くで爆発音が鳴り、凄まじい炎が上がる。
その瞬間、炎の向こうにどす黒いオーラが渦巻いているのを確認する。
「リっち、随分派手にやってるね」
「私達も行くですわ!
ほら、何をぐずぐずしてるんですの?!」
「おわっ?!」
後ろから蹴り飛ばされ、卓也は無様に地面に落下する。
性懲りもなく、周りからぞろぞろと集まって来るトレント達だが、そんな彼らは次の瞬間、一斉に粉々になって吹き飛んだ。
一瞬遅れて“ドムッ!”という重い音が響く。
ジャネットが、着地と同時に地面をメイスでぶっ叩いたのだ。
「す、すげぇマップ兵器!
そんなことも出来るの?!」
「ホ~ホホのホホホ!
そうですわ! この私のぱぅわ、日を追うごとにどんどん強まっている気がいたしますのよ。
そぉれぇ! ミナゴロシにしてくれますわあぁぁぁ♪」
「最近、自分がお嬢様だって設定忘れかけてない?」
ジャネットは大声で叫びながら、メイスをブンブン振り回してトレントの群れに飛び込んでいく。
バキッ、メキッ、グシャッ! という、恐らく一本のメイスを振るったのでは鳴らない筈の惨い音が、暗闇に響き渡る。
そして、その中に混じる甲高い笑い声。
「こ、こわっ! 近寄らないどこっと」
ジャネットから距離を取りながら、先程携帯した剣帯と鞘の存在を確かめる。
PDを手に取ると、アプリケーションを起動させて“SHOOTING MODE”に切り替える。
閉じる瞬間、液晶画面上に表示されたバッテリー表示が、残りあと一メモリしかないのが目に留まった。
(さすがにそろそろ充電ヤバイか!
そりゃそうだよなあ、二つ前の世界からずっと使ってるんだし、むしろ長持ちした方か)
トレモロの作ってくれた剣の柄に、PDを差し込む。
ほんの一瞬発射ボタンを押すと、発射口から出たレーザーが刃内に留まり、銀色の光を放つレーザーブレードのようになる。
それを軽く振ってみると、軌道上に残光が後を引いて、なかなかカッコいい。
「おお、これはいいなあ!
よしよし、じゃあ実戦初使用ということで」
卓也は光輝く剣を更に一振りすると、トレントの群れの中に飛び込んで行った。
はしまきの取った行動の内訳はこのような流れだ。
まずリっちがトラック内から移動呪文で脱出し、トレントの群れの背後に回る。
そこでいきなり炎の呪文を放ち、トレント達の中央で爆炎を上げる。
怯んだ隙に呪文を更に連発し、トラックに取りついていた連中が離れた隙を突いて卓也・テツ・ジャネットが外に出る。
後は四人がそれぞれの力を振るい、トレントを駆逐していくという作戦。
ただし、テツとジャネットにはリっちにより“攻撃力増加”の魔法が事前に施されている。
その為、テツはいつも以上に敏捷性とキック力が増加、ジャネットは腕力が倍増化し、加えて武器のメイスも耐久性が上げられている。
夜の闇を切り裂くような青白い閃光の迸りは、テツの回し蹴り。
そして赤い光を放つ爆発的な衝撃は、ジャネットのメイスによる痛撃。
そこに、銀色のラインを引いて通過上の物を全て切断していく、卓也の剣戟。
リっちは思わず詠唱の手を止め、三人の鮮やかな戦いぶりに見とれた。
『なんだぁ、実戦経験あんまりないって言ってたのに、随分カッコよく決めてくれるじゃないのさ』
宙を駆ける光の帯と、暗闇に一瞬華が咲くように拡がる衝撃波の輝き、そしてそれを縁取るように走る銀色のライン。
世辞抜きに、そのコラボレーションは幻想的ですらある。
『こりゃあ、俺も負けてはいられんな!
――take go into the root of Ancient-Evil curse logic.
set “Flame-rondo” Ready.
Scorch the heavens, burn away the atmosphere,
and perform a crimson waltz.』
澪や魔道士ギルドの者達とは、明らかに違う系統の呪文を呟く。
まるで踊るように大きく振り回す両腕に沿って、炎の竜が無数に飛翔し踊り狂う。
その円舞に巻き込まれ、トレントは次々に発火炎上し、一瞬で消し炭になっていく。
炎の赤に照らし出されるリっちの姿は――
「うわ、怖っ」
「下から照らすと、邪悪な魔法使い以外の何者でもないですわね」
「どう見てもラスボスです、本当にありがとうございました」
『みんな、言い方酷くない?!』
トレントからの反撃が届くよりも先に、あらたな攻撃が仕留めて行く。
卓也は、敵を斬っても全く反動を感じない切れ味に、心底恐怖を覚えていた。
(すげぇ……やっぱりキュズィナルツの武器って凄いんだな!
戦闘慣れしてない俺でも、この数を相手に全然負ける気がしない!)
気が付くと、トレントの数はかなり減少し、目測で十分の一程度になった。
トラックの周囲には、もう何も居ない。
「よし、これなら脱出出来そうだ。
みんな! 戻ろう!」
卓也の掛け声で、テツとジャネットがトラックに向かって走る。
そしてリっちはその場から姿を消すと、またいつものマスコット風の姿になってトラックの中に戻った。
『どうするの卓ちゃん、走らせる?』
「そうだな、もう少し離れた所まで進もう」
「うおお、すげぇ無双した気分だぜぇ、戦闘超気持ちイイ~!」
「確かに! 日々のストレスを思い切り発散させた気分ですわ!」
テツとジャネットが、汗だくになりながらも笑顔で感想を述べる。
三人は後で順番にシャワーを使うことにして、まずはトラックを発進させることになった。
全員が席に座り、シートベルトを装着する。
「ところでジャネット、日々のストレスって何?」
「なんですのいきなり?
そうですわねぇ、豪華な食事が出来ないとか、美味しいデザートをたらふく食べられないとか」
「主に食い物系」
「あと、いっつもグズグズしてなかなか先に進まないどこかの誰かさんをぶちのめしたいという欲求が溜ってますわね」
「な、なんだか背後から殺気を感じるぞ?!」
「ハハハ、お前ジャネさんにめっちゃ睨まれてるぜぇ?」
『卓ちゃんナムナム』
「祈らないで! もっと庇って!」
夜中に起こされたにも関わらず、どうやら三人はそこまで不機嫌ではなさそうだ。
安堵した卓也は、ゆっくりとトラックを発進させた。
同じ頃、ここはイセカス王城。
本棟から離れた場所にあり、かなりの距離を移動しないと辿り着けない別棟の一角。
大量の書籍が収められた図書館のような場所に、澪は一人佇んでいた。
先程、探索の魔法で得た結果に従って辿り着いたのは“資料庫”。
ただ資料といっても、いつの時代からあるのかわからないような本が、これまた年代特定すら困難そうな古めかしい本棚に押し込まれており、或いは乱雑に木製のテーブルの上に積み重ねられている。
積み重ねられた羊皮紙、巻物“スクロール”もあれば、ちゃんと装丁された本もある。
かなりの年代物も置かれているようだが、それよりも誰も立ち入ろうとしないのか、何処も埃が凄い。
「仕方ないなあ……久々にやりますか」
澪は、何処から取り出したのかメイド服を用意すると、それを一旦本棚の一部にハンガーごと引っ掛け、着ている白いドレスを脱ぎ捨てる。
ランタンの光に照らされながら、手早くメイド服に着替えると、これまた何処から持ち込んだのか掃除道具を構える。
口元に大きな布を当てて後頭部でがっちり縛ると、両手を前に翳し何やら呪文を唱える。
すると、部屋全体にうっすらと霧のようなものが発生し、数十秒程ですぐに消え去る。
「ふう、今度はちゃんと制御出来た……かな」
次に背後からはたきを取り出すと、それで手近な棚の上の埃を払う。
霧のために水分を含んだ埃は、思ったより舞い上がる事はなく、塊のまま床に落ちた。
「いけるかも! よぉし、やるわよぉ!」
気合の入った表情を浮かべると、澪は全力で資料庫の掃除に取り掛かった。
たった一人で、誰の手も借りず。
――小一時間程掃除を続け、額が汗ばみ始めた頃合いを見計らい、澪は羊皮紙の束や本を取り出して開き始める。
内容をざっと読み、探しているものと無関係と判断したら、すぐに次に切り替える。
スピーディに処理して行かなければ、時間がいくらあっても足りないからだ。
そんな作業を延々と続けていると、突然、入口の大きなドアが開かれる音がする。
慌てて振り返ると、そこには年老いた魔道士が佇んでいた。
以前、澪に奉仕を受けて魅了された男だ。
「澪様! こんな時間に何故このような場所で?
それに、そのお姿は?!」
驚く老魔道士に、澪はちょっとおどけたポーズを取る。
「ちょっと探し物をね」
「探し物ですと? それならわざわざご自身が動かれなくとも、誰かにやらせれば」
「う~ん、そうかもしれないけど、誰かの手を煩わせるのもなぁって」
「あなたは王なのですよ?
それに、そのような使用人の恰好などされては」
「どう、似合う?
ボク、これが本職だから」
「お、お似合いではございますが……」
今まで見て来た姿とは違う、黒のロングドレスタイプのメイド服を着た澪は、老魔道士にとって新鮮な魅力を覚えさせる。
ゴホンと咳払いをすると、澪に近付き尋ねて来る。
「いったい何をお探しなのですか?」
「誰にも言わない?」
「え、ええ」
「過去に王に謁見した、転生者の記録」
「どうしてそんなものを?」
よほど想定外だったのか、老魔道士は目を剥いて驚く。
そんな彼に、澪は目を細めて囁いた。
「ボク達がカバルスに謁見した時、あの人はボク達パーティの情報を冒険者ギルドから受け取っていたわ。
ということは、そういった記録が今までにもあった筈だし、何処かに保管されているんじゃないかなって」
「確かにそういう記録はあると思いますが、澪様はそれの何をお知りになりたいのです?」
「過去の転生者達の謁見した日付と、彼らの顛末」
「顛末、ですか?」
「ええ、そうよ。
カバルスは、勇者達を魔王の“生贄”にしていると言ったわ。
しかも、百年以上も続けられていることだって。
なら、これまで魔王に挑んだ人達がどんな経緯を辿って倒れて行ったのか、そういった情報を知りたいのよ」
真剣な表情に、老魔道士はしばし戸惑うも、やがて観念したような顔つきで小さく頷いた。
「そういう事でしたか。
確かに、それは他の者には任せられませぬな」
「でしょ?
でもねえ、これだけ膨大な未整理書類があるとなると、何処から手を付けていいものか悩ましいのよね」
「それで掃除から、ですか? 王自ら」
「うん、ボク、お掃除得意だから」
両手を小さく上げておどける澪に少し呆れた顔をしながらも、老魔道士はしばし何かを考えるような素振りを見せる。
「それなら、私も少しご協力出来るかもしれませんな」
「え、力を貸してくれるの?」
「ええ、私は貴方に忠誠を誓った身でございますからな。
――ここは“枢軸”を使ってみましょう」
「何それ? 魔法?
ボク、そんなの初めて聞いたけど」
「これは古い時代、北東の極地にある大国が生み出したとされる“古代魔法”の一つですね。
澪様がご存じないのも当然でございましょう」
「何それ、今の魔法大系とは別な系統があるの?!」
「そのお話はいずれまた。
では、早速参りましょう。
――take go into the root of Ancient-Magical spell program.
set “Pivot” Ready.
Extract information from books and documents in this area,
immediately classify them by category, and compile statistics.」
「え――きゃあっ?!」
赤と青、緑の光が部屋中を無数に駆け巡り、やがて空中に巨大な「表」のようなものを作り出す。
そこには、同じく光で記された文字が羅列され、複雑な表記を次々に浮かび上がらせて行く。
しばらくすると、それら無数の情報は集約し、とてもコンパクトなタブレット状にまとまり、澪達の眼前に移動して来た。
「こ、これは?」
「この部屋の中にある書物や書類の情報を抽出し、項目別にまとめたものです。
生憎私の有視界内の物のみに限られますが、これでいちいち本や巻物を開かなくても、内容が閲覧出来ます」
「す、すごい……しかも、項目ごとに分かりやすく編集されてる!
あなた、本当に凄い魔法が使えるのね!」
「お褒めに預かり光栄に存じます」
顔を赤くして俯く老魔道士を見て、澪は何かピンと来た。
「ところであなたは、どうしてここに来たの?
ボクに何か用事?」
「え、あ、はぁ、そ、それは……」
突然しどろもどろになる老魔道士をジト目で見つめる。
澪は、ペロリと舌を出すと、わざと艶っぽい声で話しかけた。
「もしかして――ボクが欲しくなったの?」
「い、いえいえ! あの、わ、私は……」
「そうねぇ、こんな便利な魔法で手伝ってくれたんだし。
――わかった」
「え」
驚く老魔道士を横目に、澪は手近なテーブルに手を着くと、長いスカートを大きくまくり上げた。
何も着けていない下半身が丸出しになる。
「み、澪様……!」
硬直する老魔道士に、澪は手招きをする。
「いいわよ……あなたの好きにしても」
「し、しかしですな」
「男の娘のメイドを犯した経験なんてないでしょう?
ねぇ、試してみて」
「ああ、そんな、そんなつもりではなかったのに……」
「来て♪」
まるで操られるように、老魔道士はふらふらと澪の方へ近付いていく。
柔らかく白い腰をがっしりと掴むと、力を込める。
「ぬ……!」
「あっ、あああああっ!!」
「お、おおお……み、澪様……熱い、とても熱うございます!」
「い、いいわ……そのまま、好きなように動い……ああんっ!」
二人の熱い声と嗚咽、そして肉を打つ音が、広い資料庫に響き渡る。
それは、空が白み始めるまで延々と続けられた。
どのくらい走っただろうか。
トレント達を完全に巻いたことを確認し、一旦停車する。
うっすらと夜が明け始めて来ているようで、空に黒と青のグラデーションが生じ始めている。
そのせいで、南の方角に大きな山脈のシルエットが浮かび上がる。
『あの岩山は巨人族が棲んでると言われている危険地帯だから、近寄らない方が無難だね』
「それってまるで、これから巨人出て来ますってフラグじゃない?」
『そういう事をわざわざ言うから、フラグになっちゃうんだぜ卓ちゃん』
幸い、巨人が攻めて来るような兆しはなかったものの、そういう話が出るとどうしても警戒しながら走らざるを得ない。
それから更に一時間程走り、さすがにそろそろひと眠りした方がいいかもと思い始めた卓也は、トラックを停車させた。
周囲には、これといった異常は見当たらないようだ。
「リっち、そろそろ俺も休むよ」
『あいよ、ごゆっくり。
シャワーも浴びときなよ、汗かいたんだから』
「ああ、ありがとう。
でも、君は本当に眠らなくて大丈夫なの?」
卓也の質問に、リっちは笑顔でサムズアップする……というか、したようだ。
手が小さすぎて、よくわからないが。
『あーしは不死者だからね。
寝る必要はないわけ』
「そっか、じゃあなんか悪いけど、後はよろしく」
『はいはい、おやすみ~』
奥の部屋に引っ込もうとする卓也に声を掛けると、リっちは退屈そうにあくびをして、窓の外を眺めようとする。
だがその時、ラジオから声が響いて来た。
『待て、二人とも』
「えっ?! ジェムドラゴン?」
『ジェムちゃん、どしたん?』
「ジェムちゃんて」
『あーしが考えた愛称よ。かわいいっしょ?』
「いや、てゆーか、やっぱ夢の中じゃなくても喋れるのかよジェムドラゴン?!」
驚いてラジオに迫る卓也に、どこか鬱陶しそうな口調で“声”が返す。
『そんな事はどうでもいい。
それより、外を良く見てみることだ』
「え、外? 何もないでしょ?」
『車を降りて良く見ろ』
『え~、降りるの? めどっ』
「つうか、なんで二人とも自然に会話出来てんの?
リっち、ジェムドラゴンと知り合いだったん?」
『ああうん、実は――』
『いいからとっとと降りて見て来い!
緊急事態なんだぞ!』
怒鳴り声に急かされ、卓也とリっちは渋々トラックを降りる。
周囲に魔物は何も居ないようで、少々肌寒くはあるものの、特に異常は見当たらない。
「ふわぁ~、いったい何が起きてるっていうんだよ? 何もないじゃん」
あくびをしながら背伸びをすると、卓也は無意味に身体を揺さぶってみる。
だがリっちは、南の方角を見つめたまま、何故か動きを止めているようだ。
「リっち、どうした?」
『卓ちゃん、あれ、見える?』
リっちが指差した方向には、大きな山がある。
まだ夜明け前でハッキリは見えないが、相当高い山々が連なっているようで、黒い影のように前方の空を覆っている。
「山の影かな? そのくらいしか見えないけど」
卓也の何気ない一言に、リっちは妙に声のトーンを落して答える。
『あれ、山じゃないよ』
「え?」
『迂闊だった。
あーしもてっきり山だと思ったんだけど、良く見たら違うわ。
あれ、すぐその先に立ってるんだ』
「立ってる?
ど、どういうことだ?!」
『行ってみよう』
ふわふわと宙を漂いながら、リっちがどんどん先に行ってしまう。
慌ててその後を追うが、百メートルも行かないうちに止まってしまった。
目の前には、不自然なくらいに視界を遮る“闇”がある。
だが卓也は、足を止めた途端、なんだか急に嫌な予感に捉われた。
「こ、これ……影、じゃないな!」
『うん、違うね。
これは、すぐそこに突っ立ってる“壁”みたいなもんだ』
「か、壁?!」
『だと思う。
ほら、凄く硬い材質で出来てる――え、た、卓ちゃん?』
リっちが話し終わらないうちに、卓也は走り出して接近する。
そこには、確かに巨大な壁が存在していた。
地面の中から生えて来たようで、根本の土や岩が盛り上がっている。
鋼鉄のような質感で、フラットブラック一色に染まった頑丈な一枚板。
それが、卓也達の進路を妨害するように、横並びでいくつも、天高くそびえ立っているのだ。
卓也の脳裏に、忘れかけていたある記憶が蘇る。
『どうしたんだ、卓ちゃん?』
「これ……渋谷や秋葉原、池袋や四谷に出現した奴と同じじゃないか……」
『え? 何故に東京?』
意味が分からず困惑するリっちをよそに、卓也は、思わず大声で叫んだ。
「なんでこれが、この世界にもあるんだぁ――っ!!」
卓也達が見たもの。
それは、かつて卓也と澪が居たことのある“誰も居ない世界”に突如出現した、あの“黒い壁”だった。




