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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
141/145

ACT-138『いざ、禁足地へ』


「わしゃ王じゃ」


「は」


「王であるぞ? 控えおろう」


「は、ははぁ~!」


「ふむ、そなた達がウルブスからやって来た勇者パーティじゃな?

 “はしまき”とは、変わった名前じゃのう」


「恐れ入ります」


「よし、お前達にこれを授けるぞ?

 受け取るが良い」


「あ、ありがとうございます!」


「わしゃ王じゃ。

 王に感謝せよ」


「ははぁ~っ!!」


「うむ、王との謁見はこれで終わりじゃ。

 王に感謝しつつ退室するが良いぞ」


「あ、はい」



 ここは、ユルム首都・ブラヴーリ王城。

 時刻は、昼を少し回った頃。

 思っていたよりもかなり早く、王への謁見が叶ったのだ。


 だが、肝心の謁見はあっという間に終わってしまった。

 一分すら経ったかどうか怪しい。

 ジャネットは、ユルム王・ムレットより“護符アミュレット”を授かった。

 これが、禁足地に侵入するために必要になるキーアイテムだという。


「……の割に、なんだか安っぽいですわねこれ」


「なんか、適当な板金に穴開けて短冊吊るしただけのような」


「一応、微弱な魔力は感じるのですが……」


「まあ、返却不要だっていうし、貰っとけばいいじゃん、ジャネットさん」


 王城を出て、イセカスよりも牧歌的な街並みを歩きつつ冒険者ギルドへ向かう。

 そこでは、カインに比べてどこか胡散臭さ漂うギルドマスターが待っていた。


「お帰りなさい、早かったでしょ、謁見」


「ええ、まさかあんなにすぐに済むなんて思いませんでしたわ」


「あのムレット九世という方は、とても変わったお方でしてな。

 合理的というか無駄を省くというか、必要最低限の段取りでなんでも終わらせようとするお方なんですよ」


「そ、そうなんですのね」


「だから、配布される護符も最低限のローコスト品で……ああ、そうそう、それそれ。

 それ、王様の手作りらしいんですよ」


 それを聞いて、五人は思わず驚きの声を上げる。


「えっ?! これ、王様自ら?!」


「噂では、禁足地に向かう勇者達が無事に帰って来ますようにという、王様の願いが込められていると云われてますな」


「……」


 安っぽい、なんて言ってしまって申し訳ないという気持ちが、ジャネットの心中に渦巻く。


「えっと、じゃあ護符を貰って来たということで、禁足地への行き方と護符の使い方をお伝えしますね。

 まず、この地図を見て下さい――」


 冒険者ギルドの最上階の会議室、五人はギルドマスターが拡げた大きな地図を覗き込んだ。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-138『いざ、禁足地へ』






 イセカス王城は、混沌を極めようとしていた。


 澪の支配は城内の全員に行き渡り、誰もが彼を真の王と認め服従を近い、そして崇拝し始めた。

 彼の王位に意を唱えていた公爵、侯爵、伯爵、子爵、そしてあろうことか首相までも、澪に会った途端その態度をコロリと変えてしまい、また強烈な誘惑の罠に嵌って行った。


 たった数日で、カバルスの周囲を固めている貴族達は、全員澪に肩入れするようになった。


 無論、このような状況は枢密院も異常事態と捉え、即座に正統な王位継承者を選定しようとした。

 しかし、最も王位に近い公爵自身が澪の王位を認めてしまっている為、非常にややこしい事態となってもいる。


 更にウルブス議会も、同様に本件を国家始まって以来の大問題と捉えて対策を検討し始めた。

 だが首相の提言により、その活動は突然待ったを掛けられる。

 無論、首相も澪の誘惑に溺れ精を搾り取られた者である。

 内部の、それもトップに澪側の人間が居るということで政府機能は事実上麻痺してしまい、結果的に議会は下院の今後の判断に委ねられる形となったが、それもいつまで持つかは時間の問題だ。


 事実上、ウルブスの政府機能は、これにより麻痺した状態に陥ったと言える。


 これらを踏まえ、枢密院は緊急事態として最高裁判所に判断を委ねる事を決定。

 また魔導士ギルドの総本山である元老院も、この件を深刻に受け止め活動を開始した。


 彼ら“新王の魅了に屈していない者達”は、もはや法を冒した存在として、澪を裁き妃の座から引きずり落とすしか手段がない状態。


 ――たった数日で、ウルブスという国の中枢は、真っ二つに分断されてしまったのだ。




「なあおっちゃん、この先この街はどうなってしまうん?」


 ここは、グルドマック邸。

 日々強まって行く王城からの漏洩魔力に戦々恐々としながら、グルドマックはトレモロと話し合っていた。


「そうだなぁ。

 時間が経つにつれて、澪さん側に付く連中が増えて行っているようだ」


「あの澪さんって、本当は悪い人なん?

 そんな人を、卓也は好きになってたんか?」


 彼女の質問に、グルドマックは上手く答える事が出来ない。

 自分が直接逢って話し、共に料理を分け合った時には、こんな事をする人物だとは到底思えなかったからだ。


「あの人が何を考えているのかはわからんよ。

 だがこのまま行ったら、我々も何かまずい事に巻き込まれてしまうかもしれん」


 彼の言葉に、トレモロは表情を曇らせる。

 実はドラゴンゾンビが襲撃して来た後も、ワイバーンやジャイアントワームなどがやって来ており、城塞に大きな損害を与えたのだ。

 グルドマックは、その原因に気付いていたが、ギルドにも王城にも申告することが出来ずにいた。


「トレモロよ、いざとなったらこの街から逃げよう」


「何言うてんねんおっちゃん!

 うちに親父の工房を捨てて行けっつうんか?

 そんなん無理やわ!

 それにうち、卓也とまた逢う約束もしてんねん!」


「そ、そうなのか。

 だけどな……」


「おっちゃん一人だけで逃げてぇな。

 うちは約束がある以上、何があっても動かへんで」


「トレモロ、私を困らせないでおくれ」


 戸惑うグルドマックに、トレモロは表情をキッと引き締め顔を向けた。


「卓也はな、澪さんを助けるって約束したんやで?

 その為に、危険な場所に飛び込んで行ったんや。

 今はどこにおるのかわからんけど、きっと澪さんを救うために頑張ってるんや」


「トレモロ……」


 いつしか、彼女の目に涙が溢れ出す。


「うちは、卓也の背中を押してしもたんや。

 だから、その責任を取らなあかんねん。

 卓也が戻って来るまで……待ってなあかんのや」


「気持ちはわかるが、トレモロよ。

 卓也さんが澪さんを助けることが出来たら、お前はもう――」

「そんな事、わかっとんねん!」


 グルドマックの言葉を打ち消して、叫ぶ。

 もう、その頬は涙でぐしょぐしょになってしまっている。


「うちは、それでも待ってんねん。

 わかってや、おっちゃん……」


「……お前は、不器用な娘だな。

 そんなところまで、あいつに似なくても良かったのに」


「ほんまやわ。

 血なんか繋がっとらんのに、なんで似てしもたんやろね」


 返す言葉を失い、グルドマックは窓の外に広がる濁った曇り空を見上げた。





 四日後。

 ジャネットがケスクポントに辿り着くと、そこでは――村人達が歓声を上げていた。

 そして村中に轟くエキゾーストも聞こえて来る。


 村の外の野原を駆け巡る、巨大な鉄の塊。

 それを見たジャネットと四人の少女は、唖然とした。


「ジャネットさん! あ、アレはなんですか?!」


「え、あ、ああ、アレはトラックと言ってですね」


「ま、魔物でしょうか?!

 この前のジャガーノートのような」


「い、いえいえ、違いますわ!

 あれは卓也達が運転してr……んでいいんですわよね?」


 耳障りな音を鳴らしながら疾走する巨大な鉄の塊を見て、少女達は怯え警戒する。

 そりゃあそうなるよなぁと思いつつ、ジャネットは野次馬達の中に入り込んでいった。


「よっしゃよっしゃ! いい感じだぞ卓也!

 ギアがどこに入ってるか忘れるなよ! あと排気ブレーキも忘れんな!

 足だけで制御しようとすると危ねぇからな!」


「だからさぁ、なんでそんなにトラックの運転に詳しいんだよお前!」


「それは聞かねぇ約束だろう!

 よし、次はギアをどんどん上げて加速の練習だ!」


「ひぃぃ、左足が疲れるぅ~!」


「お前一千万倍の持久力あんだろが! 根を上げるな!」


「それとこれとは違う~!!」


 運転席では、卓也とテツが激しく、そして楽しそうに声を上げている。

 その様子を窺うことは出来なかったが、とにかくまともに動かすことが出来るようになったのを見て、ジャネットは心底ホッとした。




 テツの超スパルタ特訓は卓也をへろへろにする程の負荷をかけたものの、なんとか通常運行には支障がないくらいまでに至った。

 これではしまき一行は、ドラゴントラックに乗って禁足地へ向かうことが出来るようになる。

 ジャネットの連携のおかげもあって、何の後ろめたさもなく堂々と進めるのだ。


 後は、出発の準備である。

 村人達も手伝い、様々な物資が積み込まれていく。

 荷台の個室もメンバーに割り当てられ、それぞれの簡易なカスタマイズも進行する。


 普段装備品をストックしておくスペースの確保と、それらの固定具の設置。

 生活用水の汲み上げ。

 衣料品や寝具の積み込み。

 その他、細かな調整や準備が必要となり、思っていた以上の時間が費やされる。

 卓也達は内心焦りを感じてはいたものの、村人達と共に出発の準備を進めることに楽しさを感じてもいた。


 そんなある晩。

 久々に、卓也の夢の中にジェムドラゴンが現れた。


「おぅ! 随分久しぶりだな!」


『無沙汰をしていたな』


「もう分かってると思うけど、明日には禁足地に出かけられそうだよ」


『分かっている。

 そこでだ、お前に伝えたいことがあってやって来た』


 そう言うと、ジェムドラゴンは頭だけを浮かび上がらせた。

 今まではほぼシルエットだけだったので、その迫力に卓也はビビる。


『余の本体の鱗をだな。

 その……ドラゴントラックの“だっしゅぼぉど”? とかいう物の中に収めろ』


 ジェムドラゴンは、どことなく不本意そうな雰囲気だ。

 何となく違和感があるものの、あえて触れないようにする。


「ああ、ダッシュボードね。

 って、なんで?」


『細かい話はいい。

 起きたらすぐにでも行え。

 それからもう一つ』


 いつもと違い、妙に歯切れの悪い話し方に困惑するも、とりあえず彼の意思は汲むことにする。

 ジェムドラゴンは、少し言い淀むような口調で、囁くように尋ねて来た。


「え、なんだ?」


『ドラゴンといえばくるm――いや、やっぱり良い』


「なんだよ、もったいぶって」


『そんなつもりはない。

 それより、もっと言わなければならぬ事を思い出した。

 禁足地についてだが』


「おお、重要な話だな。

 詳しく教えてくれよ」


『それは無理だ』


「へ? な、なんで?」


 肩透かしを食らい呆ける卓也に、ジェムドラゴンは神妙な態度で語り始める。


『禁足地は、余の力でも見透かす事が出来ない。

 すなわち、余にとっても未知の領域と言える』


「な、なんだって?!」


『無論、魔王が現れる前後はそうではなかった。

 しかし現状は、もう無理なのだ。

 よって道案内をはじめ特別なアドバイスは行えぬ。

 そこを、予め理解しておくことだ』


「そ、そうなんだ……それだけ、魔王の魔力や瘴気が濃厚ってことなんだな」


『そうなのだが――もう一つある』


「え、何?」


 しばらく考え込むような態度を取った後、ジェムドラゴンはやや自信なさそうな声で呟く。


『何者かに、見られているような気がしてならん』


「誰かに?」


『うむ。

 その場には居ないのだが、常に何者かの視線を感じる気がするのだ』


 その言葉に、卓也は思い当たることがあった。 


 あの黒いドレスの影――


 いつもはいないのに、突然現れては意味深な態度を取る。

 その真意は不明だが、不気味な存在には違いなく、妙に気になってしまう。

 だが、その事はここでは言わない方がいいような気がして、卓也は口を紡いだ。


『余の力でも正体を見定められないとなると、相当に特殊な存在であることは疑いようがない。

 卓也よ、お前もせいぜい気を付けることだ。

 そやつらが、いつ何を仕掛けてくるかわからぬからな』


「ああ、ああ……うん」


『何か思い当たることでもあるのか?』


 いきなり核心を突かれドキッとするが、かろうじて首を振って否定する。


『それよりも、ここから先はなにがあるのか全くわからぬ地。

 くれぐれも油断するでないぞ』


「ああ、わかってる」


『まだ誰も成し遂げていないことを、お前達は成し遂げに行くのだ。

 それをゆめゆめ忘れるな』


「そ、そうだな……」


 確かに、魔王はまだ誰にも倒されていないのだ。


 約二百年にも渡り君臨してきたような敵――これまで数多の勇者を退けて来た存在に、果たして問題なく対峙することが出来るのか。

 卓也は、改めて大きな不安を覚えた。




 翌日の昼前、全ての準備が整った。

 ケスクポントの村人達、そして村長、更には元ダークリベンジャーの四人までもが、見送りに立ち会ってくれている。

 はしまき一行は皆に深々と頭を下げると、意気揚々とトラックに乗り込んだ。


「それでは、行って参ります!

 皆さん、本当にありがとうございました!」


「本当にお気をつけて!

 無理はなされませんように!」


 村を代表して、村長が言葉を伝える。

 会釈をすると、卓也は早速エンジンを掛け――ようとして


「あっ、そうだ忘れてた」


 そう言いながら、ポケットから取り出したジェムドラゴンの鱗をダッシュボードの中に収めようとする。

 そこには、まるで最初から分かっていたかのように、丁度良い大きさのケースが設置されていた。


「何してるんですの卓也?」

「なんだよ、お守り代わりってか?」


「まあそんなとこ。あんま気にしないで。

 あ、これは絶対に取り外さないでくれよな」


「え、なんで?」


「なんでもいいから」


『魔力のチャージャーだよ。

 このトラックに幾ら魔法防御の呪文が永久化パーマネンスされているからって、卓也がいる以上魔力がどんどん吸収されちゃうからね!』


「なるほど、つまり卓也が全て悪いんですのね」


「悪いやっちゃなぁ、卓也」


「何故そうなる?!」


 ダッシュボードを閉じてエンジンを掛けると、振動が伝わりトラックが稼働する。

 気を引き締めてハンドルを握り、シフトレバーに手を掛ける。

 

『いよいよだね卓ちゃん! 運転頑張って』


「おうよ! 道案内頼むね」


 卓也の肩にチョコンと乗ったリっちが、ノリノリで身体を揺らす。

 ギアをセカンドに入れ、重いクラッチに載せた左足に徐々に力を込める。

 同時にアクセルを踏み込んて行くと、若干のタイムラグを置いて車体が徐々に動き始める。

 いよいよ、出発だ。


 窓から見送りの人々に手を振りながら、ドラゴントラックは一路、検問所へと走り出した。




 さすがトラックという文明の利器。

 馬車で数時間を要した検問所には、たった十分程度で到着した。

 大きな木製の門の両端に佇んている兵士達は、突如現れた巨大な鉄の塊に恐れおののいた。


「うわぁ! ま、魔物だぁ!!」


「た、助けてくれぇ!!」


 怯えて逃走しようとする兵士達に、窓から身を乗り出したジャネットが話しかける。


「検問所の方々ぁ! 私ですわぁ!

 ほら、この前お世話になったばかりの!」


「わああ! あの巨乳が魔物に喰われている!」


「ナマンダブナマンダブ、迷わず成仏してくれよ!」


「早とちりにも程がありますわねぇ」


 腰を抜かした兵士達は、その場で跪くと両手を組んで祈り出す。

 呆れたジャネットはトラックから降りると、許可証を兵士達に提示しに行った。


「なあ卓也」


「うん、言いたい事、だいたいわかる」


「この世界、仏教あんのか?」


「あれきっと、極楽に行けますようにっていう呪文なんだろ、この世界のさ」


『卓ちゃん、わかってて言ってるだろ?』


 しばらくすると、どうやら一応許可は取れたようで、問題なく出発出来るようになった。

 ただ、相変わらず兵士達は腰が抜けたままだが。


 検問所のゲートは、多少の誘導が必要だったものの、なんとかギリギリ通過出来そうだった。

 

『さて、じゃあいよいよユルムに入国して禁足地に向かうわけだけど。

 まずは地図を確認しようか』


 そう言って、リっちはギルドが用意した地図を拡げてもらうようにテツに頼むと、イスティーリアについて説明を始めた。

挿絵(By みてみん)

 この大陸は、中心よりやや北東にずれた位置に閉鎖区域があり、その東側にライスクス、南にユルム、そして西側にウルブスという区分になっている。

 現在位置は大陸中心からやや南西寄りの国境で、地図によるとこのまま真っ直ぐ南東へ進んでいくと禁足地へと辿り着けるという。



 ここまでは、ケスクポントで見た地図とも合致しているので、皆折り込み済みだ。


 問題は禁足地までの距離が遠く、また山岳地帯と大きな河川に挟まれたエリアを進行する必要があるという点。

 果たしてどこまでトラックで進めるのかわからない為、状況によっては道を戻って遠回りする必要性が生じる可能性もある。


 その距離は、アングスからイセカスまでの距離のおおよそ二倍。

 もし、これを今まで通り徒歩で移動していた場合、必要になる時間は二週間を越える筈だ。


 今回、そこを大型トラックで走破する訳で、相当な時間の短縮が図れることは間違いない。

 そうなると、移動速度をどれだけ確保出来るかという点と、どこまでまともに走行出来るかが鍵となる。

 少なくとも、禁足地までは確実にトラックで走り抜けなければならないのだ。


『恐らく、禁足地までは問題なくいけると思うよ』


 卓也達の心配を、リっちが払拭する。


「う~ん、道がでこぼこしてて三十キロも出せないぞ」


「高速道路が欲しいところですわねぇ」


 慣れない運転に四苦八苦しながらぼやく卓也に、助手席のジャネットが同調する。

 テツは、夜の有事に備えて先に個室に引っ込んだ。


『あとは、モンスターが出来るだけ出ないことを祈るしかないね』


 リっちのさりげない言葉に、二人は背筋をぞくりとさせる。


「や、やっぱ出るの?!」


『うん、禁足地に近付けば近づく程、ヤバいモンスターがぞろぞろ出て来るよ』


「ラスボスに近付くわけですものねえ、そりゃあ強力なモンスターも出るってもんでしょうか」


「こういうところも、ゲームそのまんまじゃねぇか!」


 卓也の言葉に、二人は腕組みをしながらウンウン頷く。


 しばらく道を進んでいるうちに、速度は三十キロを越えるくらいまで出せるようになって来た。

 ふと、卓也は疑問を唱える。


「ねえリっち、そういえばこのトラックの燃料ってどうなってるの?」


「あ、そうそう! そこ私も気になってたんですの!

 まさか、片道分しかないなんてことはないですわよね?!」


 不安そうに囁くジャネットに、リっちは顔に変な影を付けて答える。


『ふふふ、遂に気付いてしまったようだね……』


「ええっ?! まさか本当に片道?!」


「ちょ、そんなの冗談じゃないですわ!」


『ウソウソ♪ 大丈夫だよ。

 そこが、このトラックの特殊能力でさ』


「「 トラックの特殊能力? 」」


『あ、このタイミングでハモるんだ?』


 リっちによると、このトラックは異世界転生した際に“超低燃費”と“魔力を燃料代わりにして走行できる能力”を得たのだという。

 その為にも、ジェムドラゴンの鱗が必要になるのだそうだ。


「つまりあの鱗を設置したことで、燃料はもう問題ないの?」


『うんそう。

 鱗から直接トラック本体に供給されるから、卓也に横取りされる割合も少なくて済むわけさ』


「お、俺は別に魔力吸収したいわけじゃないんだけど……」


 とにかく、このまま走り続けても問題はないようだ。

 ジェムドラゴンの鱗は、一つだけでイセカスの四分の一をほぼ恒久的に魔法結界で護れるくらいの膨大な魔力を持っている。

 であれば、相当大量な燃料タンクを持っているのに等しい。


「前にも話したけど、異世界を移動すると“補正”っていうのが働いて、その世界に適した身体に自動調整されるんだ。

 けど、その時の副作用で一部の能力がとんでもなく跳ね上がるらしい。

 たぶんだけど、このトラックにもそれが起こったんじゃないかな」


 ハンドルを操作しながら、卓也が二人に説明する。

 まだ視線がシフトレバーに行きがちだが、どうやらかろうじて運転はまともになってきたようだ。


『その“補正”の話、実はこっちの世界でも知ってる人がいくらかいるんだよね。

 いったい誰から聞いたのかわからないけど』


 リっちが不思議そうな表情を浮かべながら返す。

 二人のやりとりを聞いているうちに、ジャネットはふと、あることを思いついた。


「ねえ二人とも、確認していいですの?」


「何?」

『はいな、姉さん?』


 ハモり損なって悔しがるリっちと、前を向いたままの卓也が反応する。


「異世界転生でイスティーリアにやって来た勇者達も、特殊な能力を持ってるんですわよね?

 確か……女神アムージュ? とかいう存在に与えられたってことで」


『ああ、そうだよ。

 あーしも逢ったことあるしね』


「「 ええっ? そうなの?! 」」


『くうう、ハモるタイミングが読めん』


「ちょっと興味あるな。

 その女神アムージュって、どんな人なの?」


『人っていうか神様だけどね。

 女神アムージュってのは、この世界で崇拝されている代表神らしくて――』


 この世界に来たばかりの頃から、たまに耳にする謎の存在“女神アムージュ”。

 リっちも、まだ人間だった頃に一度だけ逢ったことがあるという。


 彼が現実世界で命を失った直後、真っ暗闇の空間で意識が戻った。

 そこに現れたのが、眩い光を放つ、かろうじて人型であると判別出来る存在だったという。


『今でもハッキリ覚えてる。

 あなたは死にました、新しい世界に転生できます、あなたに新たな力を授けましょう……っていう、例のアレでお定まりのパターンの説明をされたよ』


「じゃあ、本当に女神なのかどうかはわからないのですわね?」


『いんや、自称だけど女神とは名乗ってたからね。

 ただ確かに、顔やはっきりとした姿はわからなかった。

 んであーしは、てっきりそこで、自分の好きな能力を選べるのかと思ったんだけどさ――違ったんだ』


「え、選べなかったの?」


『うん、そうなんだ。

 女神アムージュは質問する前に、あーしに高い魔力とそれを操る能力を授けましょうって一方的に言っちゃってさ』


「あらら」


「ちなみにリっちは、どんな能力が欲しかったんですの?」


『カメンライド出来る能力』


「なんだよそりゃ」


『それは冗談で、アイテムボックスと、ネットスーパーでいつでも買い物出来る力とか欲しかったなあって。

 まあ、それは“クリエイトフード&ウォーター”である程度補えたからいいんだけど』


 どこか残念そうな顔で、窓から外を眺めながら話す。

 

「でもそれじゃあ、私達転移者も、あなた方のような転生者も“補正”で特殊能力を手に入れているようなものですわよね?」


 ジャネットのその言葉に、リっちの身体がビクッと反応する。

 一瞬、彼から初めて会った時のような瘴気交じりのオーラを感じたような気がする。


『――そうか、言われてみれば』


「え、どうしたのリっち?」


『いや、そうか……なんで今まで、疑問に思わなかったんだろう?』


「だから、いったい何がどうしたんですの?」


『俺達転生者の力さ。

 てっきり女神アムージュに与えられたものだって思ったけど、君達の言うように、実は特殊な力なんて全然貰えてなかった可能性もあるんだなって……思ってさ』


 いつもの“あーし”が“俺”になっているのも気付かず、リっちは窓の外を見つめたまま、独り言のように呟く。


『だとしたら、女神アムージュっていったい何なんだ?

 何故、俺達をこの世界に転生させる必要があったんだ?

 何人も……いや、何百人、下手したら何千人も』


「そう、そこが気になってたんだ。

 優れた能力を持った勇者達が沢山現れたのに、どうして今まで誰も魔王を倒せなかったんだろうって。

 かなり不自然だと思うんだけど」


 卓也の質問は、確かに的を射ている。

 ジャネットも深く頷き、表情も真剣になる。

 だがリっちは、振り返らずに更に続けた。



『いや、魔王はね――もう、とっくに倒されているんだ』



「えっ?!」


「ちょ、そ、それってどういうことなんですの?!」


 思わぬ言葉にギョッとする二人。

 だがそこに、何処からともなくもう一人の声が加わった。



“それはいったいどういうことだ?! 聞いていないぞ!!”



「えっ?! い、今の誰?!」


(今の声! ジェムドラゴンじゃねぇか!

 いったい何処から喋ってんだ?!)


 卓也の目が、ふとコンソールパネルにあるラジオの方に向く。

 良く見ると、インジケーターのようなものが少し動いた様な気がした。


「た、卓也?! ねえ、このトラックの中にまだ誰か居るんですの?!」


「え? 何か聞こえた?」


「聞こえなかったんですの?!

 あの、速水奨さんにちょっと似た感じの声が」


「イケボな幻聴だなぁ」


『ん~? てっちゃんじゃないの?』


「アイツならもう向こうでいびきかいて寝てますわ!

 ああ怖い! 私も部屋にこもりますわ!」


 そう言うと、ジャネットは後部座席の更に後ろの出入口を通って、荷台の方へ行ってしまう。

 何となく、それ以上この話題を続ける雰囲気ではなくなり、卓也は魔王の件は後で改めて聞こうと考えた。


 二人は、しばらく無言で外の景色を眺めていた。


 ランドクルーザーよりも遥かに高い位置から見下ろす光景は、殺風景なものだった。

 ひたすら広がる荒野と、遥か彼方に見える山脈。

 左手の方には、まるでギアナ高地のような形状の台地が見える。

 かなり巨大なそれに目を奪われていると、そっとリっちが囁きかけてきた。


『あれが、閉鎖区域だよ』


「えっ、あそこが?」


『うん、正確にはここからじゃ見えないけどね。

 あの台地の北の方に位置するんだ。

 卓ちゃんも、あそこから降りて来たの?』


「ああ、そうなんだ。

 俺達は――」


 卓也は、これまでの異世界の旅の経過を、彼に話して聞かせた。


 深夜に澪が突然尋ねて来たこと。


 初めて異世界に行った時の驚きと発見。


 澪の居た世界に行った時の波乱万丈な展開。


 誰も居ない世界で、一年以上に渡って拘束されてしまったこと。


 恐ろしいバケモノが跋扈するアンナセイヴァーの世界と、そこで経験したこと。


 そして、“学園”と呼ばれる思念力の大小で全てが決まってしまう世界のこと。


 振り返ってみれば、そこにはずっと傍らに澪が居てくれた。

 それ以外にも、途中まで一緒だった沙貴の事や、自分以外の“神代卓也”達との関わり。

 また、自分達に力を貸してくれた人々や、関わり合った人との想い出。

 まるでこれまでの経験を総ざらいするかのように、卓也はしばし一方的に話し続けた。


 そしてリっちは、いつしかコンパネに腰掛けると頬杖を付きつつ、興味深そうに耳を傾けていた。


『随分、色んな世界を巡って来たんだねぇ』


「うん、そうなんだよ。

 でも、この世界が一番風変りだったけどね」


『そんな話を聞いていると、なんだかあーしも、卓ちゃんの旅について行きたくなっちゃうなぁ』


 器用に頬を赤らめつつ、少し恥ずかしそうに呟く。

 そんなリっちに、卓也は優しく微笑みかけた。


「来るか?」


『え?』


「俺達とさ、異世界の旅に」


『え、いいの?』


「勿論さ。

 まあ、本当の姿だとさすがにまずいけど」


『あはは、そりゃあそうだ♪』


「リっちは、もう俺達の大事な仲間だもんな。

 俺は、むしろ是非一緒に来て欲しいと思うんだ」


『本気でそんなことを?』


「ああ、本気さ。

 出会いなんてそんなもんだろう?

 後ろの二人だって、そんな感じで今一緒に旅してるんだぜ?」


『そうか……だいたいわかった』


「え、何が?」


『卓ちゃんの、本当の力ってやつがさ』


「なんだいそれ?」


『ははは、ここは笑ゴマしとくさ』


「おいおい」


 ふわふわと宙を漂い、卓也の頭の上に乗っかる。

 卓也には見えなかったが、リっちはどこか遠くを見る様な目をした。


『もし願いが叶うなら、そうしたいものだ』


「え、何だって?」


『いや、何でもない。

 でもさ、卓ちゃんの想いはわかった』 


「なんだよぉ、それ?」


『卓ちゃんが、仲間をとても大事にしているってことが伝わったってことさ。

 澪ちゃん、必ず助けような。

 あーしも、全力で力を貸すから』


「ありがとう、リっち」


 嬉しい言葉を聞き、口許をほころばせる。

 卓也は、ふと思い立ち、とある質問を繰り出す。


「ところでさ、リっち」


『あいな?』


「君の、現実世界での名前って、どんななの?」


『え――』


「ああ、教えたくないなら、別にいいんだ。ごめんよ」


『いや、そうじゃないんだ。

 ただね――覚えてないんだ』


「え?」


 リっちの声のトーンが下がる。


『あーしはさ、百年以上も不死者アンデッドの身体でこの地に縛られているんだ。

 ソシャゲの話とか、好きなものの話とかは、割とハッキリ覚えているんだけどね。

 不思議と、色んな事がランダムに記憶から抜け落ちてる感じでね』


「長く生きるって、そういう風になっちゃうってことなの?」


『それはわからないよ。

 ただ、名前とか……元住んでいた家とか、家族とか。

 そういう、一番覚えていなきゃならない事は、もう頭から消え失せてるんだ。

 もし、長く生きるってことがそういう結果に繋がるんだとしたら、なんか……寂しいよね』


 顔は見えないが、リっちの口調から、とても悲しい気持ちが伝わって来る。


 彼はいったい、どれだけの間、あの塔で来訪者を待ち続けていたのだろう?

 仲間を失い、自分のような犠牲者をこれ以上出さない為、歯止めとして悪役を演じていた。

 卓也と話が合った途端、堰を切ったように溢れ出した会話。


 それが、長い間彼の中で溜っていた想いの一端だということに、卓也は気付いていた。


(リっち。

 君がどういう人間で、どういう人生を生きてここにやって来たのか、俺は知る由もないけど。

 でも、俺達と関わったことで、これからでも明るく楽しい人生を過ごせる可能性があるなら。

 俺は、これからも君と一緒に居たいと思うよ)


『ねえ、卓ちゃん』


「あいよ」


『禁足地に行くまでさ。

 いっぱい喋ろうよ』


「ああ、わかった。

 とことん付き合うよ」


『うほほ♪ 卓ちゃんはホントに優しいねぇ!』


「禁足地に行くまでなんて言わないでさ。

 これからもずっと、色んな話をしようや。

 色んな世界でさ」


『ああ……ありがとう』


 それから、リっちはしばらく無言になった。

 何故か、それ以上声を掛けるのが躊躇われる。



 ドラゴントラックは、ひたすら荒れ地を突き進んでいく。

 禁足地は、まだまだ見えない――






 イセカス王城・地下水道。


 そこに併設されている、長年使われていない牢獄の一番奥に、何者かの呻き声が響いていた。


「だ……誰……か……」


 そこに居たのは、粗末な衣服をまとっただけの、みすぼらしい姿の男。

 大部分が白髪に替わり、頬も痩せこけ、筋力も衰えている。

 

 それはイセカス国王・カバルス。


 澪の命令により、兵士達に投獄されて以来、ずっとここに閉じ込められていた。

 食料こそ運ばれては来るものの、それも一日にたった一度だけ、それもごく僅かな量のみ。

 かろうじて寒さだけは凌げており、地下水道の悪臭にも慣れて来たが、それでもやはりこの環境は彼に取って受け入れがたいものがある。


「おのれぇ……澪ぉ~!

 絶対に許さぬぞ……必ず生きてここから脱出して、この手で復讐してやる……」


 今日何度目になるかわからない、怨念のこもった呟き。

 しかしそれも、誰の耳に届くことはないのだ。


 ――本来ならば。




「でしたら、ここから出ましょう」




 幻聴だろうか。

 何処からともなく、女性の声が聞こえた気がした。

 しかし、改めて耳を澄ませても、聞こえるのは遠くから響く水のしたたる音のみ。

 カバルスは、とうとうそこまで追い詰められたのかと、苦笑いを浮かべて壁にもたれかかった。


 だが、そこに。

 鉄格子の向こうから、二つの影が近付いて来た。

 一人は女性のようなシルエット、もう一人はよくわからない。


 遥か彼方に設置された松明の弱い光が、おぼろに女性の影を浮かび上がらせる。


「カバルス様。

 あなたがまだ生きたいなら、復讐したいなら。

 さぁ、ここから出ましょう」


 幻聴ではない。

 女性はこちらに手を伸ばし、はっきりとそう言っている。

 カバルスは、信じられないものを見る様な顔つきで、鉄格子の方に顔を向けた。


「誰だ……お前は?

 澪の手の者か?」


「いいえ、違います。

 私達は、とある方のご意思に従い活動している者です」


「とある……方?」


「ええ、その通りです。

 そのお方は、あなたの存在を大変気に入っておられます」


「……」


 訝し気な顔で見つめる。

 しかしそれを察してるのか、女性は優しい口調を崩さずに尚も呼びかける。

 ふと、壁の向こうで誰かが舌打ちするのが聞こえた気がした。


「余のことを気に入っている、だと?

 その者は、いったい何様なのだ?

 お前達は、いったい何が目的なのだ?」


「私達の目的は――あのお方を“愉しませること”にあります」


「愉しませる?」


「ええ、そうです。

 それが、私の――そして、私の呼びかけに応じて下さる方々の使命」


「使……命……?」


 ようやく、目が慣れて来る。

 カバルスの視界に移ったのは、とても美しい、そして大きな尖った耳が特徴的な女性の顔だった。

 


「ええ、そうです。

 私達は“大賢者”の使途。

 さぁ、共に参りましょう――あなたも、私達と同じ存在になるために」


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