ACT-137『ドラゴントラック』
「な、なんで?」
「こんな異世界に――」
「「「 トラックがあるんだぁぁぁぁ?!?!?! 」」」
大きな地下室、それはまるで現代の整備工場のような造り。
そのど真ん中にあるのは、誰がどう見てもトラックとしか思えない巨大な改造車両が鎮座していた。
全高約四.五メートル、全幅約三.五メートル。
全長は約十四メートル。
ボディの大半が分厚い装甲に覆われ、前方には巨大なシャベルを思わせるバンパーが取り付けられている。
また前方に四輪、後ろに四輪の計八輪にも及ぶ大きなタイヤはボディ幅から飛び出しており、それをこれまた分厚いにも程があるオーバーフェンダーで包んでいる。
フロントグリル周辺には過剰と思わせるカンガルーバンパーのようなものが施され、グリルにまで装甲が設置されている。
これらの装備のおかけで肝心の運転席の位置が異常に高くなってしまっているが、ご丁寧にバンパー横に昇降用のハシゴまで取り付けられている。
よもやまさか、こんな世界設定ぶち壊しなシロモノが出て来るとは思わなかった卓也は、信じられない物を見る様な眼差しでそれを見つめ続けた。
『どうだいみんな? 気に入ってくれたかい?
これが、禁足地まで皆を運ぶ為にこの村総出で完成させた、名付けて“ドラゴントラック”さ!』
得意げな態度で、リっちが説明する。
村長も、その従者達も揃って腕組みをしながら、ウンウン満足そうに頷いている。
「あの、ちょっと聞いていい?」
『あい、何でも聞いて!』
「なんで、この世界にトラックがあるの?
ここ、一応中世風味のファンタジー世界だよね?」
『風味て』
「そうですわ! しかもただのトラックじゃなくって、明らかに近未来メカみたいになっちゃってるじゃないですの!
なんでこんなもんがあるのか、納得の行く説明が欲しいですわ!」
「いや~、つうかさぁ、これそもそも動かせるんか?
燃料とかオイルとか冷却水とか、そういうの大丈夫なのかよ?」
『待ってくれたまえ。ことばの洪水をワッといっきにあびせかけるのは!』
「皆さんが驚きになるのは当然でしょう。
これは私から説明させて戴きましょう」
村長が一歩前に出て、自ら解説役を名乗り出る。
しかしその態度は、仕方なくというよりは「待ってました」といわんがばかりだ。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-137『ドラゴントラック』
「実はこのトラックも、転生でこの世界にやって来たものなんです」
いきなり飛ばした説明に、三人はまたも驚愕する。
「えっ? と、トラックが転生?!」
「ええ、あれは三十年くらい前でしたか――」
村長はゆっくりと説明する。
昔、異世界転生者が同時に二人現れたことがあった。
しかし変わっているのは、その二人は交通事故の加害者と被害者だったという点だ。
被害者を轢いたトラックも、その直後に自損事故を起こしてしまい、結局両方とも亡くなってしまったのだ。
「で、その時乗ってたトラックまで、この世界に来てしまったと?」
「ええ、そうらしいのです。
その後、二人はパーティを組んで冒険に出かけたのですが……」
「戻って来なかったんですのね……」
「いえ、半年程してこの村にやって来ました」
ジャネットは、思わずずっこけた。
「その時置いて行ったのが、これの原型となったトラックなのです」
「な、なんつう無茶苦茶な!」
「なんか、異世界転生って結構え~加減なんですのね」
「こんな調子だとよ、その気になったら電車とか冷蔵庫とか、三輪車でも転生出来そうだよなぁ」
呆れた口調で呟くテツは、運転席を見上げると、素早くジャンプしてフロントフェンダーの上に飛び乗った。
「うへぇ、卓也!
これ、中めっちゃ広いぜ!
なんかよぉ、運転席の奥から荷台の中に入れるみてぇだ!」
「えっ、そうなの?!」
『ああ、乗ってみて乗ってみて。
姉さん、足元に気を付けてね』
リっちに促され、三人はトラックの分厚いドアを開けて中に入り込んだ。
少々開け辛かったが、一旦中に入ると確かにかなりゆとりのあるキャビンに目を奪われる。
運転席に助手席、その間にももう一つ小さな座席があり、その合間から奥へ続く空間に入り込めるようになっている。
テツのいう通り、運転席と荷台は直結しており、荷台の中には――
「えっすごいコレ!」
「これまさか、個室ですの?! しかも四つも?」
「見てくれよ! 奥の方にトイレや風呂場まであるぜ!」
「これ、ちょっとしたキャンピングカーみたいになってるんだな……すっごく豪華!」
驚く三人に、村長は満足そうに微笑む。
「そうでしょうそうでしょう。
キャンピングカーのカスタマイズが出来る職人やリフォーム職人、水回り業者など本職の者達が本気で取り組んだものですからな!」
「え、なんでそんな人達がいるの?」
「まさか、転生者の中にはそんな職業の人達も?!」
ジャネットの言葉に、村長も従者も一斉に頷いた。
「実は私、自動車修理工でして」
「僕は板金加工工場で主任をやってました」
「私は電気技師で」
「俺は光回線の飛び込み営業で」
「なんだか関係ないのも混じってますわね」
「ここに居る者達以外にも、長い時間をかけて大勢の専門技術を持つ者達が力を合わせました。
いつか、本当に魔王を倒してくれる者が現れた時のためにと」
村長の頭にちょこんと乗っかると、リっちも更に補足する。
『実はあーしも協力しててね』
「そうなんだ。リっちは何をしたの?」
『魔法関係の防御システムの搭載だね』
「魔法関係の防御って?」
『ああ、これから禁足地に入るにしても、何の対策もなきゃ猛毒の中に飛び込むようなものだ。
そうならない為に、このドラゴントラックにはたちの悪い魔力を弾くための呪法が永久化されてる。
それを、あーしが組み込んだってわけ』
「へええ!」
リっちによると、このトラックの装甲全体には“絶対魔法防御”を初めとする複数の防御系呪文が封じ込められているという。
つまり、このトラックに乗って移動する分には、禁足地の悪影響を受けることなく奥地まで進行することが可能となる訳だ。
しかも、内部には数日間快適に暮らせる環境も用意されているので、わざわざ外に出て食料や飲料水の確保やキャンプをする必要もないのだ。
当然、こんなものはこの世界の人間では思いつきもしない装備だが、だからこそ転生者達の知恵と技術を寄せ集めることで、完成にこぎつけたのだ。
一通りの説明を受け、卓也は心底感銘を受けた。
「す、すごい……そこまでの情熱を詰め込んだマシンなんだ」
「おぉ……俺も、俺もなんか感動してきたぜ!
すげぇな皆! 本当にスゲェよ!」
「こんなものを貸して戴けるとあっては、もう絶対に任務を果たすしかないですわね」
室内を眺めながら、決意を新たにする三人。
しかし、そこにリっちが少々申し訳なさそうな態度で割り入って来た。
『あ~、だけどね。
二つほど、大きな問題があるんだコレ』
「問題? 二つ?」
「なんだよいったい?」
『まず一つは、このトラックには攻撃用の装備が一切ない点なんだ。
だからもしモンスターに襲われた場合は、誰かが外に出て闘わないとならない』
「そ、そうか!
ミサイルとかバルカン砲とか、そんなもん簡単に付けられるわけないもんな」
『あともう一つ。
むしろ、これが一番重要なんだけどさ――』
「えっ、何?」
妙に溜めるリっちに、卓也は顔を近付けて尋ねる。
『ちなみにさ、これ、運転出来る人はいる?』
「あ~、一応なんとかなると思う」
そう言って、卓也が挙手する。
“誰もいない世界”で沙貴に車の運転を習って以来で久しぶりではあるが、恐らく何とかなるだろうと安易に考える。
だがリっちは、思い切り顔をしかめて卓也を睨んだ。
『これね』
「うん」
『実はね……これ、MTなんだ』
「え、えむてぃー? 何?」
『うああ、やっぱりかぁ! まずいなこりゃあ!』
「え、え? ど、どうしたんですの?!」
「どうしたんだよ急に?!」
突然身悶えし始めるリっちに、ジャネットとテツが不安げに尋ねる。
『MTって、マニュアル車ってことだよ!
つまり、ミッションとクラッチを繋いで自分でギアチェンしなきゃ動かせないってこと!
卓也、ATしか運転したことないだろ?!』
「え、あ、ああ……こういうの、ATっていうの?」
『おお、そこからか。そこからなのかぁ!』
やれやれといった態度で両肩をすくめるリっちと、戸惑いの表情を浮かべる村長&従者達。
だが当の本人だけは、何がなんだかわからず呆然とするだけだ。
そんな卓也の肩を、テツがポンと叩く。
「わかった、卓也。
俺が協力する」
「え、テツが?」
「おめーに、マニュアル車の運転叩っ込んでやんよ!」
「えええええ?!」
「テツ、免許持ってたんですの?!」
ジャネットの問いかけに、テツは、満面の笑顔で首を横に振った。
その頃、イセカスの王城では、新たな波乱が起きようとしていた。
「お待ちください、リヒナ公爵様!」
亡き大臣の代理で王城に入った老魔導士が、慌てた様子で一人の男の後を追う。
高級な衣服をまとい、背筋の伸びた凛とした態度の男性は、そんな彼を疎ましそうに振り返った。
「何故止める?」
「何のご連絡もなく急にお越しになられましても、謁見の準備が、その、まだ」
「黙れ! カバルス様に会わせろ!
王の交代だなんて、こんな事、誰が認めるというのか!」
リヒナ公爵と呼ばれた中年の男性は、肩をいからせながら謁見の間に進んでいく。
兵士や警備の騎士達も、相手が相手なせいか迂闊には動けない。
しかし、謁見の間の入口まで辿り着いた時、複数の親衛騎士団が立ち塞がった。
「公爵様、ここから先へはお通し致しかねます」
騎士の一人が、感情のこもらない言葉で告げる。
しかし怒りに駆られた公爵は、目を剥いてその騎士に詰め寄った。
「ふざけるな!
この王城で何が起きたのかは知らんが、男の妃が王座を奪い取るなど、ありえんことだ!
私は認めない! 澪とかいう男妃に会わせるんだ!」
「ですから、それは」
「貴様ら如きでは話にならん! どけ!
どうしてもどかぬというのなら、お前達の命と引き換えになるぞ!」
「……」
戸惑う騎士を押しのけて入ろうとしたその途端、何処からともなく、美しく響く女性の声が聞こえて来た。
『構いません。お通しして差し上げてください』
「澪様! はっ!」
「この声は……魔法か?!」
「公爵様、お許しが出ましたので、どうぞ……」
「フン!」
仰々しく開かれるドアをくぐり、謁見の間に入ると、高台の上にある玉座に見慣れない姿の人物が座っているのが見える。
だがそれよりも、公爵はむせ返るような薔薇のような香りと、他に誰も居ない事に気付き激しい違和感を覚えた。
『ようこそいらっしゃいました、公爵様。
披露式の時以来ですわね』
玉座に居たのは、白いドレスをまとった黒髪の女性――にしか見えない“澪”だった。
彼の姿をはっきりと見た途端、心臓がドクンと激しく脈打つのを感じる。
気のせいか、身体の芯が熱く火照り出す気がして来た。
「き、貴様!
カバルス様から王位を奪っただと!?
いったいどういうつもりだ?!」
不可思議な感覚に酔いそうになりながらも、公爵は懸命に堪えて大声で怒鳴る。
澪はスッと立ち上がると、ゆっくりと階段を下りて公爵に近付く。
『連絡が不充分で、本当に申し訳ございませんでした。
この度、私がカバルス様より正式に王位を譲渡されましたの』
「そんな訳があるか!
第一、その話は枢密院や議会を通しているのか?!
貴様の話していることは、法定継承より逸脱した馬鹿げたものだ!
私は異議申し立てをさせてもらう!」
『あらあら、そんな』
「カバルス様は何処におられる?!
貴様――男の癖に王を誘惑して正室になったそうだが、いったい何を企んでいるのだ?!」
激昂に駆られて澪に迫る公爵。
だが澪は、そんな彼の態度に全くぶれることなく、妖しくも麗しい微笑みを浮かべ見つめて来る。
その異様な色気に、公爵は思わず言葉を詰まらせた。
「な、なんだ?!」
『公爵様?
異議申し立てなどされては困ります。
貴族院などに訴訟されてしまうと、面倒なことになってしまいますので』
「やはり貴様は、カバルス様の謀殺を――」
『いいえ、あの方を殺したりは致しません。絶対に』
いつしか目が離せなくなっている公爵に抱き着くと、両腕を首に絡ませ密着する。
甘い吐息がかかり、意識が一瞬飛びそうになる。
「な、なんだ……これは?
貴様、私に何を……?」
『ねえ公爵様。
相談したいことがあるのですが』
「相談、だと?」
『ええ、そうです。
どうか、私の味方になって戴けませんか?』
「何を言い出すかと思えば!
貴様の企みに私が協力するとでm――うぉっ?!」
話の途中で、澪の手が公爵の下半身に触れる。
怒張していたそれを弄ぶように、いやらしく指が蠢く。
『ご協力戴けるのでしたら、ボクを――好きにしていいですわよ?』
「な……」
『ね、見て♪』
そう言うと、澪はドレスのスカートをめくり上げ、なまめかしい脚を見せる。
更に引き上げられたその奥からは、何も着けていない下半身が覗く。
それを見た公爵は、心臓が止まりそうになるほど驚き、硬直した。
「な……う、美しい……い、いや! わ、私は何を?!」
『まだ、迷っていらっしゃるの?』
そう呟くと、澪は背伸びをして素早く公爵の唇を奪う。
舌が入り込み、ねっとりと絡みつく。
指は更に巧みに動き回り、いつしか前が開かれていく。
目を白黒させながらも、公爵は抵抗することもなく、澪のなすがままになっている。
『侯爵様も、伯爵様達も、皆ボクの誘いにご承諾くださいましたのよ。
皆様、ボクがこの国の新しい王だと、保証してくださると』
「な、何故……何故、そんなことに……」
『さぁ、あなたも♪』
「おぅっ……!」
棒立ちの公爵の前に跪くと、澪は大きく口を開き、咥え込む。
と同時に襲い掛かる、これまで味わったこともないような強烈な快感。
何も抵抗できず、ただ立ち尽くしている事しか出来ない。
やがて、もうすぐ我慢の限界といった辺りで、急に澪が離れる。
「な? な、何故……?」
思わず出てしまう言葉に、思わず口を手でふさぐ。
そんな公爵の態度に妖艶な含み笑いを投げかけると、澪はスカートをまくりあげ、玉座の背もたれに手を掛けた。
下半身を突き出しながら。
『公爵様……来て♪』
「む、お……」
完全に“支配”されてしまった公爵は、もう抗うことが出来ない。
走るように澪に近付くと、下半身を荒々しく掴んだ。
「――ぬっ……!」
『あっ♪ あああっ!!』
澪の甘い声と、公爵の荒い呼吸が入り混じる。
誰も居ない謁見の間の奥、とてつもなく広い空間には、二人の乱れた声と激しい水音が、いつまでも響き渡った。
イセカス王城の中枢関係者は、全て澪の色香に魅了された。
卓也が忍び込んだあの晩からたった二日程度で、その支配はほぼ完全に行き渡っている。
王城だけではない。
魔導士ギルドも、聖ランファース寺院も、その中枢幹部達は全員澪によって与えられた快楽に溺れてしまい、彼の言いなりとなった。
それだけではない。
彼の口づけを受けた騎士、兵士をはじめ、直接声をかけられた者、同じ空間に長時間居た者すらも、その魅了の魔力から逃れることは出来なかった。
男性は例外なく虜となり、女性さえも、その圧倒的な美しさや気品に当てられ、その多くが瞬時に彼に心を奪われていく。
更に恐ろしいことに、澪と会った事はおろか、ろくに名前も聞いたことがない者ですらも、イセカスという街に居ることで、徐々に魅了の対象となっていった。
たった二日で。
澪という新しい王の存在は、ウルブスに知れ渡った。
そしてそれに反対する者、意義を唱える者も、彼と出会えば瞬時に堕とされてしまう。
貴族達は彼と身体を重ね合わせた事で、もはやその魅力から完全に逃れられなくなっている。
そうして、凄まじいスピードでウルブスという国を支配していく澪。
交わった者達が吐き出した白濁の精は、全て吸い取られ糧となっていく。
――もはや完全なXENO……“吸精鬼”と化してしまった澪の。
卓也、覚えてる?
初めて二人が出会った時、あなたはボクのために
コンビニでお弁当を買って来てくれたわね。
ボクね、あれが初めてだったの。
誰かに、優しくしてもらったのが。
凄く嬉しかった、本当に嬉しくって、あなたが一瞬で大好きになった。
最高のご主人様に出会えたって、心の底から思えたの。
それから色々なことをして来たけど
あの時の記憶は、今でもボクの胸の中に大事にしまってあるのよ。
でもこれは、本当はボクの記憶じゃない。
死んでしまった“澪”の記憶を、勝手に引き継いでいるだけ。
ボクは、人間を食べて成長する、ニセモノの澪。
でもね、卓也。
それでもボクは、あなたに愛してもらった誇りを持ってる。
だから絶対に、人間を殺したり食べたりはしないよ。
でも、大好きなあなたを裏切ってしまって、ごめんなさい。
この報いは、罰は、必ず受けるから――
その頃ケスクポントでは、卓也達による“あること”が行われようとしていた。
「ぎええ! またエンストしたぁ!」
「だからぁ! 一気にクラッチ離すんじゃねぇ!
左足をゆ~っくり離しながら、右足でアクセルをゆ~っくり踏むんだ!」
「そ、そんな器用なこと出来るわきゃないだろぉ!!」
「なんでだよ!
ペダルの踏み込みを交互に入れ替えるだけじゃねぇか」
「だ、だってぇ!」
「あとな、車体が動き出してもいないうちにクラッチ離すんじゃねぁよ!
乗用車じゃねぇんだぞ!」
「ひいい! テツ、スパルタ教育過ぎんだろぉ!」
卓也は、ドラゴントラックのマニュアル運転に四苦八苦していた。
地下室は途中から地下道に通じており、そのまま走り抜ければ地上に出られる。
にも関わらず、トラックはまだピクリとも動かせていなかった。
正式に免許を取ったわけでもなく、ましてや乗用車を少しだけ運転しただけの浅い経験の卓也に、いきなり巨大なトラックを運転させるなんて無茶でしかない。
しかも、運転方法自体が違うのだ。
クラッチという未知の機構の存在に振り回され、卓也はこれまで経験したことのない程の混乱を覚えていた。
「はぁ、これじゃあ禁足地に行けるのは何か月後になってしまうかしらねぇ?」
『あそこまで言うんなら、てっちゃんが運転した方がいいんじゃない?』
「私もそう思いますわ。
でも、仮に運転出来たにしても交代要員がいないと、いざという時困ると思うし」
『姉さんも覚えれば?』
「ええっ?! わ、私が?!
霧島コンツェルンの次期総帥である、このジャネット霧島がトラックを?!
冗談は休み休みYear! ですわ」
『コンツェルンっていうより、ホールディングスじゃないの?』
「おだまらっしゃい!
とにかく、そのようなのはこの私には向かない仕事ですわ」
『そんなこと言わないでやってみたら?
“ベルサイユのトラック姐ちゃん”って呼んであげるから』
「どこからベルサイユ出て来たんですの?」
『あ、いや……ごめん、なんかゴメン』
なんだかんだで楽しそうに練習してはいるものの、ジャネットは少々悩み始めていた。
当初の予定だとこのまま禁足地に向かう予定だったわけだが、運転の練習に時間がかかるのなら、その間に別な事が出来るのではないかと。
それから小一時間程経ち、トラックも全く動かず二人が疲れ切った頃。
ケスクポントに、ちょっとした騒ぎが起こった。
昼食を摂りながら休憩していた卓也達は、妙に騒がしくなった入口辺りが気になり、野次馬根性で見に行った。
どうやら新たな訪問者が来たらしく、女性の冒険者と思しき者達が村人達と話している様子が見える。
「あれ? あの連中って確か」
『うわ! 遂に来たねダークリベンジャー!』
「えっ?! じゃあアレ、レン達のパーティですの?!」
「うっそマジかよ?! こんなとこで鉢合わせかぁ?」
しかし、パーティの中にレンらしき人物は居ない。
戦士風の装備の女性二人と、後は装備から見て僧侶と魔導士が各一名。
いずれもかなり若く、せいぜい十代後半くらいにしか見えない。
卓也は
(こんな女性率高めなメンバー構成だったなんて、レンの奴うらやまけしからん!)
と、内心嫉妬の炎を燃やしていた。
後に村長が話を聞いたところ、やはり彼女達は元・ダークリベンジャーだった。
聞けば、ダークリベンジャーは物見の塔で解散し、リーダーのレン以外がこの村に辿り着いたのだそうだ。
地図もない状態で、おおよその見当を付けながら放浪していたらしい。
そのため、四人とも酷く疲弊しており、すぐに宿が用意されることになった。
『どうやら話を聞いてると、あの四人、レンを見捨てて来たみたいだね』
「見捨てるって……何があったの」
『さぁ、原因まではさすがに』
「明らかにあなたが原因の一端ですけどねぇ」
『い、いや! あーしと闘ってた時は、あいつらそれなりに協力体制出来てたし!
――あ、でも今思うと、殆どレンって奴が一方的に命令してるだけだったような』
「その辺だろうなきっと。
自分勝手な野郎だし、好き勝手やって呆れられたんだろうよ」
「じゃあレンは、いったい何処に行ってしまったんだろう?」
卓也の呟きに、三人はつい沈黙してしまう。
「でも、あの子達は可哀想ですわ。
私達の申告で、彼女達は生きてるのに死んでる扱いになってるわけでしょう?」
ジャネットの言う通り、彼女達はウルブスにとっては死人も同然だ。
だが、そういう人々を受け入れるのも、このケスクポントの役目なのだ。
それもあって、リっちはわざわざここを地図付きで紹介していたのだが……
そんな話をしている途中、突然、ジャネットの頭上に電球が浮き上がりパリンと割れた。
「ねえ卓也、それにテツ。
トラックの運転練習、まだ時間かかりそうですの?」
「え? ああ」
「卓也が思った以上に不器用だからなあ。
まだ数日かかりそうだぜ」
「悪かったな、不器用で。
それより、無免許のお前がどうしてあんなに運転に詳しいんだよ!」
「そんな事知らねぇ~♪」
「ぐぬぬ」
口笛を吹いて誤魔化すテツを見て、ジャネットは少し考える。
「ねえリっち。
あの子達が起きて来たら、話をする場を設けて欲しいですわ」
『いいけど、どうするつもりなの姉さん?』
小首を傾げて尋ねるリっちに、ジャネットは物凄く悪そうな顔つきでニヤリと微笑んだ。
「あ~それと!
卓也、クソバカドブゲロ王から貰った許可証、ちょっと私に預けてくださらない?」
「なんか罵倒語一気に増えた!」
「いいけど、どうすんの?」
「むふふ♪ 大丈夫、悪いようにはしないですわ☆」
ニヤリングと微笑むジャネットの表情に、卓也は言い知れぬ嫌な予感を覚えた。
翌日、卓也とテツは、ジャネットが朝から何処にも居ないことに気付いた。
「なあリっち、ジャネット何処に行ったか知らない?」
『ああ姉さんなら、馬車でブラヴーリに』
「「『 ええっ!? 』」」
『おお、やった! 遂にハモりに参加出来た!』
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!
なんで彼女一人で行かせたんだ?!」
慌ててリっちをふん捕まえるテツに、
『いや待って! 一人じゃないって!』
と、懸命に説明する。
「一人じゃない? じゃあいったい誰と?」
『ダークリベンジャーの方々と』
「「 はいぃぃ?! 」」
『ぐはっ、今度は乗り遅れた!』
話によると、朝早くジャネットは彼女達に何やら声を掛けていたらしい。
そして二人が起きて来るよりも早く、ギルド支給の馬車に乗って旅立ったそうだ。
『ハイ、ここで姉さんからの伝言でーす!
“卓也、私がいない間にトラックを動かせるようになっているですわ!
戻って来るまでに運転出来てなかったら、その時は阿修羅稲綱落としですわよ!”』
「こ、声まで再現するとは……」
「ジャネットって、腕が六本もあったのかよ?!」
何がどうなっているのかまるで状況が掴めないが、とにかくもうかなり前に出て行ってしまったとなれば、今からじゃ追いかける意味はない。
仕方なく、彼女達が無事に戻ってくることを祈って、二人はまたもトラックの練習を始めることにした。
運転席に座り、やたらとぶっといステアリングを握った瞬間、ふと卓也は昨日のことを思い出した。
『卓也、クソバカドブゲロ王から貰った許可証、ちょっと私に預けてくださらない?』
「あ~っ! そういう事かぁ!」
「うわっ?! な、なんだよ卓也! いきなり叫ぶなよびっくりすんだろが!」
「ジャネット、謁見に行ったんだ!」
「え?」
「俺達がこっちで練習してる間に、謁見を済ませるつもりなんだ!
だから越境許可証を俺から借りて行ったんだよ!」
「ああ、そういうことか。
なるほどなぁ~」
なんだかあまり関心がないといった態度で生返事をする。
そんなテツをよそに、卓也はエンジンを掛けることにした。
「ところでこのトラック、何で動いてんだ?
この世界、ガソリンとかないだろ?」
「卓也、トラックは軽油だ。
ガソリンじゃねえぞ」
「だからなんで、そんなにトラックに詳しいんだよお前は?!」
「まぁ何だかわかんねーけど、ど~せ魔法のナンチャラで動いてんだろ?
それより、今日こそ動かすぞ! 気合入れて行けや卓也ぁ!」
バン! と肩を叩かれ、思わずクラッチを外してしまう。
その途端、あっさりとエンストしてしまった。
「またやりやがったなぁ!」
「そんな! お前が悪いんじゃんか!」
それから三日間。
卓也は、テツの超スパルタ特訓をひたすら受け続けた。
常人の一千万倍も持久力がある卓也も、すっかり精神的に疲労してしまった。
一方、検問所を越えたジャネット及び元ダークリベンジャーの一行は、ユルムの首都ブラヴーリに到着すると真っ先に冒険者ギルドに飛び込んだ。
すると、ブラヴーリのギルドマスターはまるで待ってましたとばかりに彼女達を迎え入れた。
「ようこそ、勇者様方!
……あれ、なんだか人数と性別が報告と違うようですが?」
「ホ~ッホッホッホッホッホッ!
私達はしまきは、常に変化するパーティ!
必要に応じて人数も性別も変化するのでしてよ?」
(無理がありすぎる)
(無理矢理過ぎる)
(いくらなんでも無茶です……)
(強引にも程があります)
ジャネットの後ろで、四人の少女達が身を寄せ合ってこそこそ話している。
だが、
「そうでしたか! わかりました!
では早速、王城に連絡して王様への謁見を申し込みましょう」
「どのくらい待つことになりそうですの?」
「そうですね、遅くても今日の夕方までには、恐らく」
「そんなに早いの?!」
どうやら思っていたよりも時間が短縮できそうだ。
ジャネットは振り返ると、後ろで固まっている四人にズイッと近付いた。
「いいですわね? 打ち合わせ通り行きますわよ。
あなたは“神代卓也”、そしてあなたは“テツ”!
あなたは“澪”で、そっちのあなたは……増員なんで本名でいいですわ」
「すっごくザルぅ!」
「そ、そんなんでいいの?!」
「いいんですのよ! 重要なとこは私が応答するので!
あなた達は、黙って一緒についてきて、謁見の時はただ座っていればいいんですのよ!
そうすれば――これは、あなた達のものになるんですのよ?」
そう言いながら、ジャネットは胸の谷間からジェムドラゴンの鱗を取り出し、チラチラと見せびらかす。
その途端、四人の瞳の中に「$(ドル)」マークが浮かび上がった。
「大丈夫です! お任せくださいお嬢様!」
「どんなことがあっても、私達は任務を全うしてみせます!」
「どんな御用でもお申し付けくださいませ!」
「ああお嬢様、今日もとってもお美しく存じますわ♪」
跪いて両手を組み、崇拝の眼差しで見上げる四人に向かって、ジャネットは口許に手を添えながらさらに高笑いした。
「ホ~ッホッホッホッヒ!
そうですわ! どんな事で金! 金! 金の力で全部解決!
これこそが霧島コンツェルンの次期総帥・ジャネット霧島のモットーでしてよ!」
他人の価値観、倫理観、正義感。
それらも力づく……もとい、金づくでねじ伏せる。
周りが何事かと注目する中、ジャネットはいつまでも愉快そうに笑い続けていた。
十五分間も。




