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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
139/145

ACT-136『新たなる新兵器登場です!』


 卓也達が国境に向かってイセカスを旅立った直後。

 王城内では、大変な事態が発生していた。


「これはいったい、どうしたことだ?!」


 真紅の寝室に戻って来たカバルスは、滅茶苦茶に破壊された室内を見て大声を上げる。

 ズダズダに引き裂かれたカーテン、粉々に砕け散ったショーケース、天蓋を支える柱の折れたベッド、そして乱雑に引っ張られ床にまで伸びているシーツ。

 赤い天鵞絨ビロウドの壁も、大きな刃物で斬られたような傷が各所に見える。

 まるで武装した者達が複数入り込んで暴れ回ったようなその様子に、怒りに染まったカバルスの顔色が徐々に青ざめて行く。


「澪! いったい何を――」


 視線が澪にロックされたその瞬間、彼は唖然として凍り付いた。


 まるで悪魔のように、大きな黒い翼と長い角を生やした姿。

 不気味に輝く金色の瞳に、ペロリと唇を舐め回す紫の舌。

 異様に伸びた赤い爪、足首どころか床にまで伸びている長い髪。


 それはもう、彼の知る澪ではなくなってしまっていた。

 部屋の空気もどこか甘ったるく、それでいて香水のような華やかな香りが漂っている事に気付く。


 ハッとして粉々に砕かれたショーケースを一瞥する。


「澪、ウィッシュリングはどうした?!」


『呑み込みました』


「の、呑み込んだだと?! 何故そんなことを?!」


『だってもう、あれはボクの物ですから。

 どうしようと勝手でしょう?』


 僅かに微笑みながら、上目遣いで見つめて来る。

 そんな澪の様子に、カバルスは怒りと同時に、例えようもない高揚感がこみ上げてくるのを感じていた。


「な、なんという馬鹿げたことを!!

 お、おい! 誰か!!」


 カバルスの声を聞きつけ、入口から大勢の男達が入り込む。

 そしてその全員が、澪の姿を見て、瞬時に激しい興奮を覚えて動きを止める。


「お、おお……な、なんと美しい!」

「す、素晴らしい……この世に、これ程まで完成された美があるとは!!」

「だ、駄目だ……み、見てるだけで……っ!」

「うっ! ……ふぅ」


 若い兵士達は、全員例外なく前屈みになり、へなへなとみっともなく跪いていく。

 年老いた魔導士達も、自身の肉体が意思に反して固くなって行くのを感じ、激しい戸惑いを覚える。


「ど、どうしたことだ……よ、齢七十五のワシが」

「こ、これは強力な魅了チャーム! き、危険だ! だ、だが……」

「ああ、み、澪殿……」


 何もせず、ただその姿を晒すだけで、それを見た男達が絶頂を迎えて息を吐く。

 事前に何度も事に及んでいたためか、カバルスだけがその呪縛からかろうじて逃れている。

 だが、それも――


「お前、皆にいったい何をした?!」


『うふふ♪ カバルス様。

 一つ、確認させて戴いてもよろしくて?』


 つい先程までとは打って変わり、妙な色気を湛えた大人びた口調に、ドキリとさせられる。

 カバルスの顎に指を這わせながら、澪はまるでキスするかのように顔を近付け、囁く。

 それを見ている男達が、情けない声を上げる。


『ボクは、あなたの正妻。

 それは、あらゆる願い事を叶えられるということ。

 そう仰られましたよね?』


「あ、ああ。確かに言った」


『この国のあらゆるものを手にすることが出来る、とも。

 それは、本当ですか?』


「ほ、本当だ……っ!」


 カバルスに口づけをすると、澪は愛しそうに彼の顔を手で包みながら、まるで飼い犬に言い聞かせるように呟く。


『それでしたら、今すぐに欲しいものがあるのです。

 ボクに、ください』


「な、何をだ?」



『王位』



「なぁっ?!」


『今、あなたは認めましたよね?

 ボクはこの国のあらゆるものを手にすることが出来ると。

 なら、今この瞬間から、ボクがあなたに代わってこの国の王になります』


「ば、馬鹿なことを言うな!

 お、おい誰か! こいつを捕まえろ!」


 跪いた姿勢のまま、兵士達に向かって怒鳴る。

 だが、誰一人として動き出そうとはしない。


『また、ボクを騙すんですか?』


 すえた匂いが漂い始める中、ぼうっとした眼の老魔導士達が、ゆっくりと近付いて来た。


 そして澪の前に跪くと、深々とこうべを垂れた。


「おお、澪様……」

「新たなウルブスの王よ」

「この世で最も美しい、気高き王の誕生にございます」


「お前達、気でも狂ったのか?!

 この国の王は、この私だぞ?!」


 突然豹変する彼らに戸惑いながら、カバルスは澪と交互に睨む。


 跪いた最も高齢の魔導士の顔を手で包み、ゆっくり立ち上がらせると、澪は彼の下半身に手を添える。


「ぬぁ?! み、澪様! ……い、いけませぬ! 御戯れを!!」


『ありがとう。

 ご褒美を、あげるわね♪』


「お、おおお……!」


「や、止めろ、止めるんだ!!」


 なんと澪は、仮にも夫であるカバルスの目の前で跪き、老魔導士に奉仕し始めた。

 激しく前後する頭と、連動して乱れる長い髪、そして鳴り響く水音。

 老魔導士の膝はがくがくと震え、幾度も熱い吐息を漏らす。

 そしてそれを見る他の男達も、いつしか己れの股間をまさぐり出す。


「いい加減にしろ、澪っ!!」


 思わず立ち上がり止めさせようとするが、突然横から強い力が加わり吹っ飛ばされる。

 何が起きたのか把握するよりも先に、カバルスは頭を壁に打ち付けて一瞬意識が朦朧とした。


「ぬ……ぅっ!」


 呻き声を上げてカバルスが上体を起こしたのとほぼ同時に、


「うう……っ! は、はぁ……」


 老魔導士は限界に達し、口の中に白濁の欲望を流し込んでしまう。

 ものの一分もしないうちに。


「も、申し訳ありません! つ、つい……その!」


『んふふっ♪』


 ゴクリ、と喉を鳴らすと、澪はより妖艶さを増した微笑みを浮かべ、老魔導士に抱き着いた。


『とっても濃かったわ♪』


「おお、女神アムージュよ……私はなんてことをしてしまったのでしょう……」


「もうやめてくれ、澪! お前は仮にも、私の妻なんだぞ!

 夫の目の前で不貞を働くとは、いったい何を考えているのだ?!」


「あら、ご主人様の目の前でボクを辱しめた人のお言葉とは思えませんわね」


「そ、それとこれとは違う!」


 何故か身体が云う事を聞かず、上手く身動きが取れない。

 身悶えするカバルスを横目に、澪は老魔導士の耳元で甘く囁く。

 

『ねえ、あんな事言ってるけど、あなたはどうする?

 どっちに従うの?

 元・王様? それとも……ボ・ク・?』


「――私は、貴方に服従します!」


「き、貴様ぁ!!」


 老魔導士の一言が決め手となった。

 まるで操られるように、澪のジェスチュア一つで兵士達が立ち上がり、カバルスを包囲する。

 彼らの目は、もはや正常なそれではない。

 今更ながら、カバルスは気付いてしまった。


 澪の翼と角の存在が目に入り、嫌が上にも現実を知らされる。

 先程、自分を吹き飛ばしたものが何だったのか、ここに至ってようやく理解した。


「ま、まさか……き、貴様はぁっ?!」


 異形の姿となった妻。

 しかし彼を恐れさせたのは、それだけではない。

 これほど人間からかけ離れた姿にも関わらず、誰一人として違和感を抱かず、それどころか心酔し切っているのだ。


 身近に置いてはいけない存在を置いてしまったことを、カバルスはここに来てようやく後悔し始めた。


『その人、牢屋にでも閉じ込めておいて。

 どんなに叫んでも聞こえないような、誰も来ないところにね』


「「「「 はっ!! 」」」」


 顔を赤らめた若い兵士達は、澪に向かって敬すると、即座にカバルスを捕縛した。

 問答無用で、寝室から引っ張り出す。

 必死に暴れるも、カバルスの身体が逃れる術はない。


「き、貴様らぁ! 王に向かってこのような狼藉!

 け、決して許されると思うなぁ~~!!

 全員! 全員処刑してやるぅ!

 澪、お前もだぁ!!」


『精力増進の魔法まで使って、ボクを好き勝手に弄んだツケが回ったようね。

 反撃する力も残ってないじゃないの』


「ぐぅ……!!」


『さよなら、カバルス様。

 もう二度と、あなたに身体を舐め回されなくて済むかと思うと、せいせいしますわ』


「く、くそぉぉぉぉ! おのれぇぇぇ!!

 親衛隊、し、親衛隊ぃぃぃ!!」


 無様な叫び声を上げながら、ずるずると引きずられていく。

 そんなカバルスの姿を、目を細めて眺めていると、入れ替わるようにまたも新たな男達が現れた。

 彼らは武装しており、鎧と槍を装備している。

 その鎧や兜には見た事もない文様が刻まれているが、恐らくは魔除けの処理か何かだろう。


「やはり正体を表したか! この魔物め!」


「カバルス様の命により、貴様を殺す!」


「覚悟しろっ!!」


 どうやらカバルスは、有事の際を考慮して対策を講じてはいたようだ。

 しかし、矛先を向けられても、澪は微動だにしない。

 それどころか、うすら笑いすら浮かべている。


「成敗っ!!」


 男達が叫び、槍を構えたまま一斉に踏み出す。

 前に出ようとする魔導士達を手で制すると、澪は大きく目を見開いた。


 その途端――


「ぬぐっ?!」

「うわぁっ!!」

「ひ、ひぃっ?!」


 男達は槍を取り落とし、急に顔を紅潮させて跪いた。

 そんな彼らに、ゆっくりと近付く澪。


『んふ♪ 悪い子』


 そう囁き、男達にキスをしていく。

 その途端、全員の身体がビクンビクンと震え、更に顔が赤らんでいく。


「は、はあぁ~♪」

「い、イグ……っ!!」

「あ、あううう……」


『うふ、みんなカワイイ♪』


 澪の微笑みを、間近で見る。

 武装した男達に、もはや抵抗する術はなかった。


(こんなに簡単に堕とせるなら、もっと早くやれば良かった)


 すっと立ち上がると、澪は渡り廊下から僅かに見える空を眺め、静かに目を閉じる。



(卓也――

 ボクはもう、あなたの奴隷である資格すら失ってしまったけど。

 それでも、心は永遠に……あなたのものだからね)



 澪の頬に、一筋の涙がつたう。



 ――鮮血の、涙が。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

    ACT-136『新たなる新兵器登場です!』






 夢二村長によると、隣国ユルムは非常に厳格な性質な国家で、入国にはとても厳しい審査が必要とされる。

 ウルブスで越境許可が下りても、それがユルム入国に繋がるとは限らず、入国審査を行っている検問所を必ず通過しなくてはならない。

 ただし、冒険者ギルドに所属していれば、ギルド経由での承認が下りやすく、またそこにウルブスの越境許可証が加われば、審査はかなり緩和出来るそうだ。


「てことは、俺達はギルドのSSS級だから」


『許可証もあるし、ほぼ確で通過OKだね』


「おお、じゃあ無理してあのクソバカ王から許可証もらっといた甲斐があったってことだな!」


 村長の説明と自分達の状況を照らし合わせ、盛り上がる男共。

 しかし、ジャネットだけはうかない顔だ。


「ねえ村長さん?

 肝心の魔王の本拠地なんですけど、そこへは真っ直ぐいけるんですの?

 というか、そもそも何処にあるんですの?」


 彼女の質問は、確かに卓也達が今一番知りたいところだ。

 村長はジャネットのまっすぐな視線を受けると、少しだけ困り顔になった。


「それがですね。

 ――わからないのです」


「は?」

「わからない? なんで?」

「おいおいおい村長さん、そりゃあねぇだろ!

 だってここ、勇者の子孫の村だろ?

 だったら魔王の居場所くらい――」


「魔王の本拠地があるとされているエリアは“禁足地”と呼ばれておりまして。

 その影響で、エリア内の状況は非常に判り難くなっているのです。

 果たしてそこが本当に本拠地なのか、或いは偽物なのか、その判断すら付かないのです」


「そ、そういうことかぁ~!」


『ユルムとしては、一般人が危険地帯に紛れ込むのを防ぎたいという意向なんだろね。

 禁足地の結界ゲートを越える為に、いちいちユルムの王に逢いに行って許可を取らなきゃならないんだが』


 横からリっちが割り込む。

 テツの手の上にちょこんと乗ると、顔を見上げて来る。

 不覚にも、テツはその仕草がカワイイと思ってしまった。


「リっち、結界の向こうって、本当にどうなってるかわからないのか?」


 卓也の質問に、リっちは村長同様困り顔になる。


『全くわからなくは、ない。

 ただ、地形的な意味では“もうわからなくなった”と言った方が正しいかな』


「もう、わからなくなった?」

「それって、どういう意味ですの?」


 卓也とジャネットの質問に、今度は村長が答える。


「これは、あくまで最後にゲートの向こう側に立ち入った者達による情報なのですが」


「おう、どうなってんだ?」


 テーブルに肘を載せたテツの追求に、村長は髭を撫でながら静かな口調で呟いた。


「どうやら、地形が変化するようなのです」


「「「 地形が変化?! 」」」


『あっ、いいなあ』


 思わず立ち上がる三人と、ハモりを羨ましがるリっちをよそに、村長は更に続けた。


 過去、幾度も禁足地に踏み込んだ勇者達がおり、その中の一部は緻密なマップを作成して持ち帰った。

 しかし、それらを照らし合わせると全く噛み合わず、それどころか共通点すらほぼ見つからないのでという。


「そんなことってあるのかよ?!」


「これに加え、禁足地は非常に濃い瘴気と魔力が充満しておりましてな。

 その濃度は、視界が歪んでしまう程なのだそうです」


「し、視界が歪む程の瘴気?!」

「ど、どんなんだよそれって……」

「魔王って、そんな恐ろしいものを巻き散らすレベルなんですの?!」


 驚愕する三人に、リっちが更に補足する。


『戻った彼らが、その影響で地形を見誤ったのか、それとも本当に地形が変化しているのかは、断定できない。

 けれど、結果的にそれに等しい影響を受けてしまうんだな、迂闊に侵入すると』


「な、なんか、思ってた以上に難易度高くない?」


 まだ魔王の姿はおろか、その本拠地すらも見ていない状況にも関わらず、卓也達は怖気付き始める。

 だが、それでも実際に入り込んだ者達がいるということは、絶対に何か攻略法があるということだ。

 卓也は、その可能性に賭けることにした。

 そのヒントが、この村のどこかにあると。


「そういえば、卓也の体質で魔力を吸収すればいいのでは?

 それなら、いくらか楽に――」


『姉さん、瘴気も渦巻いてることをお忘れなく。

 それに、いくら卓也が膨大な魔力を吸い込めるとしても、吐き出す場がなきゃ無理ってもんよ』


「な、ならよぉ、あのナントカリングって奴にその魔力を吸収させれば?」


 テツの苦し紛れの提案に、リっちは小さく首を振る。


『実はそれも考えたんだけど、それをやる為には充満してる魔力が足りないんだよ。

 もっと魔力の濃度の濃いところで、出来るだけ短時間でやらなくちゃならない』


「それで魔王の所まで行かなきゃって話になるわけか」


『そゆ事。

 それに、禁足地で出来るなら、わざわざ国境越えなくてもイセカス城で出来ちゃうしね』


 リっちが言っているのが、澪の漏らした魔力を指しているのはわかる。

 だが今、王城に長時間こもることは非常に危険だし、第一どれだけ多くの時間がかかるか予測が付かない。

 それなら確かに、魔王から直接魔力を吸収するのが一番手っ取り早いということになってしまう。


『それに、禁足地に漂ってるのは魔力だけじゃなくて、濃度の濃い瘴気もなんだ。

 猛毒が噴霧されている状態と考えていいよ。

 それを吸い込んだ卓也が、果たしてどれだけ耐えられるかって話になるね』


「もし、仮に俺がそれをやった場合、どういうことが考えられる?」


『まあ……ゾンビになっちゃうか、或いはもっとたちの悪いアンデッドモンスターになっちゃうか』


「絶対に、やりたくなくなりました!」


 両腕でバツを作り、思い切り首を振る。

 そこに、今度はジャネットが突っ込みを入れて来る。


「そんな中を突っ切って、魔王の所に行くメリットが見えませんわ!

 第一、魔王の魔力を吸収するなんて、そんなに上手く行くものですの?

 それこそ、瘴気も吸い込んで卓也ゾンビがワラワラ出て来たらどうするつもりですのよ?」


「待ってジャネット、俺、増えるの?」


「ゾンビっつったら、やっぱ数で攻めないとな」


「テツ、お前人事だと思って適当こいてるだろ?」


「おっ、卓也チッス」


「久々に出たな、それ」


 三人の疑問も尤もな話と、リっちと村長は共に頷く。

 だが村長は、顔を上げて少し明るい表情を浮かべた。


「確かに、普段ならジャネットさんが仰る通りの問題が悩みどころなのですが。

 実はそういった状況を克服するための“あるもの”が、完成しているのです」


「「「 あるもの? 」」」


 村長の発言に、またも三人がハモる。

 

『そうさ、それがあるから、わざわざ君らをこの村に来させたんだ。

 ねえ村長、早速見せちゃう?』


「本日はまずゆっくりお休み戴いて、明日の朝にでも」


 村長との会話は、一旦ここでお開きとなった。

 その後、はしまき一行は粗末な造りではあるが居心地のとても良い小さな宿屋を貸して貰い、そこで一晩過ごすことになった。

 “あるもの”を借り、国境を越えたら、次に目指すのはユルムの首都・ブラヴーリというところ。

 そこでまた、冒険者ギルドを通じて謁見を申し込んで……というプロセスを踏むことになる。


「なあジャネット、テツ。

 相談があるんだけどさ」


 リっちがいない事を確認した上で、卓也は二人を呼ぶ。


「あら、あなたから相談なんて珍しいですのね?」

「なんだ~? 俺疲れてんだけどぉ」


「時間はかからないよ。

 あのさ、明日のことなんだけど……王様への謁見、ブッチしない?」


「「 ええっ?! 」」


 思わぬ提案に、さすがの二人も驚く。

 卓也は「やっぱりそういう反応だよなぁ」という顔つきで、説明を始める。


「なんかさ、カバルスの時みたいな面倒なプロセス踏まされたら嫌だしさ。

 下手に何日も待たされるのも困るし」


「気持ちはわからなくはないですけど、それって大丈夫なんですの?」


「そうだぜ、後から面倒なことになるんじゃねぇの?」


「でもさ、考えてみてくれよ。

 ウルブスからユルムに渡るのに越境の許可証が要るのに、その後また検問所と王城に行かなきゃならないってことはさ。

 ウルブスとユルムの間には、そういう事に関する取り決めが特にないって考えられないか?」


「あ、あれ?」


「あ、そうか!

 取り決めがあるなら、許可が下りた時点で検問もへったくれもないもんな!」


 これまでの話をまとめると、かつては敵国同士だったウルブスとユルムは、今もそれほど親密な関係ではなさそうだ。

 ウルブスは出て行く許可は出すが、ユルムへの入国を許可出来ない。

 ユルムは入国の許可は出せても、当然ウルブスからの出国を認める事は出来ない。

 別な国同士だから本来当たり前の事の筈だが、そもそも魔王討伐は国家間を跨ぐ必要のある行動であり、百年以上前から続けられてきたものだ。

 それなら、勇者達のみ特例的な処置があっても良さそうなものだが、それが全くなさそうだとなると――


「だから、俺思うんだ。

 検問所を越えたら、そのまま真っ直ぐ禁足地まで向かわない?」


 これが、卓也の考え。

 少しだけ難しい顔をするが、


「でも確かに、その方がかなりショートカットが図れますわね」


「そうだろ? それに魔王討伐を成功させちまえば、後からいくらでも言いくるめられると思うし」


「そりゃそうだよな!

 んで俺達は、絶対に成功させなきゃならねぇ立場にあるわけだしな」


「そういうことなんだ。

 んで、禁足地の入り方なんだけどさ――」


 そう言いながら、卓也は空中に人差し指で、簡素なガイコツの絵を描いてみせる。


「ああ! あのワープ穴!」


「そっか! あれを使ってもらやぁ、ゲートとか関係ねぇもんな!

 やるじゃねぇか卓也!」


「リっちが席を外した時を狙ったのは、そういう事だったんですのね?

 わかりましたわ、私は卓也の提案、乗りますわよ♪」


 ウィンクしながら、ジャネットが親指を立てる。

 それを見て、テツも焦ったように親指を立てた。


「ここまで来たら一蓮卓上だ!

 どこまでも付き合ってやんぜ!」


「一蓮“托生”ですわよ、このパープリンヤンキー」


「え? ち、違うの?」


「こいつ、玉石混淆ぎょくせきこんこうも玉石混“同”だと思ってそう」


「えぇっ?! な、何ですの?! 混同じゃなかったんですの?!

 うそぉぉぉぉぉ!!」


「それは俺知ってた」


「ひええええ!」


「意外な大物が吊れてしまった……」


 その後、くだらない雑談で盛り上がる。

 ふと卓也は、この世界に来る前……“学園”の世界での彼らとの関係を振り返る。


 あの世界では、卓也の味方と呼べる存在は澪しかいなかった。

 麗亜やリントなど、親しく話せる人物も居たにはいたが、テツやジャネットも含め、他の者達とはどこか壁のようなものがあると感じていた。


 だが今、この二人との間に、それは感じない。


(そうか、こういうのが本当の仲間ってもんなのかな……)


 その時ふと、“学園”の図書室にいた老人パイニアヴィアの事を思い出した。



『お前の世界移動には、あの小僧の協力が必要じゃ。

 何故なら、あの小僧の能力は――』



 小僧というのは、澪のことだ。

 あの時、老人パイニアヴィアは何と言った?

 半分聞き流してしまったのか、それとも真剣に頭に入れていなかったのか、よく思い出せない。


(そうだ、澪だって大事な仲間なんだ。

 早くウィッシュリングで元の人間に戻してやって、それでこの世界を脱出しないと!)


 澪が要るなら、彼の“何か”の能力の恩恵も必然的に受けることになる。

 ならば、やはり絶対に彼を助け出してまた四人で旅をするしかないのだ。


(それにしても、あのじいさん何て言ったんだっけなぁ?

 ど~しても思い出せないや。

 なんかすっごく重要なことを言ってた気がするんだけど……)


 考えてもわからないので、思い出すのをやめる。

 ひとしきり楽しく話して何となく疲れた三人は、それぞれの部屋に戻って寝ることにした。

 結局その晩、リっちが戻って来ることはなかった。




『――面妖な。

 何故、卓也がおらぬ?』


「それは、俺が呼んだからさ」


『貴様……卓也の夢に干渉しなくても、余の魂にアクセス出来るというのか?』


「まあ、それなりに経験は積んでるのでね。

 それにあの時、アンタとも色々話してた縁もあるからな」


『過去のことなど、どうでもいい。

 何の用だ? 直接干渉してくる以上、あやつには話せぬ事があるのだろう』


「わかってるじゃないか、さすがだねぇ」


『用件を簡潔に言え』


「――アンタには、依り代を移って欲しい」


『それはどういう意味だ?』


「俺達が用意している“あるもの”があるんだが。

 明日からは、そっちをアンタのボディにして貰いたい」


『それをすることで、どのようなメリットがあるというのか』


「卓也達が、規則地の中を移動しやすくなる」


『……なるほど、余が乗り移ることで“あるもの”に付与効果を――』

「いや、そんなややこしいことじゃないんだ」


『?』


「俺達の元居た世界ではな。

 ドラゴンといえば、“あるもの”と深い関わりがあるんだ」


『お前達の世界の常識など知らぬが』


「そうか? 何も知らないってことはあるまい。

 なんせ、アンタの主は――」


『それ以上言うな! 焼き尽くすぞ!』


「おお怖っ!

 まあそれはいいとして、アンタがより大胆に活動出来るようになる、うってつけの物なんだ。

 頑丈だし、そう簡単に壊れるようなもんじゃない。

 それとアンタが組み合わされば、もう無敵無双って感じだ」


『本当だろうな?

 貴様の目には、何か邪悪な企みを感じる』


「酷いなあ、昔はお互い腹を割って話してた仲じゃないか」


『あの時はあの時だ』


「この先、アンタの力があるとないとじゃ、卓也達の運命は雲泥の差だ。

 俺も勿論協力するから、改めて手を組もうぜ。

 ――百年前の、あの時のようにさ」


『……随分と古い証文を持ち出しおって』


「男の仕事の八割は決断だ。そっから先はおまけみてぇなもんだ」


『突然、何の話だ?』


「とっとと決めて応えを出してくれってことだ」


『――いいだろう。

 ならば卓也に、余の憑依した鱗を提出させるのだな』


「よっしゃ!

 さぁ、振り切るぜ」


『昔から気になるのだが。

 貴様は時々訳のわからない言い回しをするが、何なのだ?』


「歌は気にするな」


『歌など誰も唄っておらぬ』





 翌朝、ぐっすり眠ってすっかり元気になった三人は、朝食を摂った後すぐに村長宅へ向かった。

 そこでは、一足早くリっちが待っていた。


『おはよーみんな!

 早速来たね』


「おはようございます」

「うぃーっす」

「とても素敵な朝ですわね皆様、ごきげんよう」


 それぞれの挨拶を交わす中、何人かの従者を連れて村長がやって来た。


「おはようございます、皆様。

 さぁ、それでは早速向かいましょう」


「おっ、いよいよ“あるもの”の場所に行くのか」


「どんなもんがあるんだろうなあ、楽しみだぜぇ♪」


「きっと、ビックリするようなものがあるに決まってますわ!」


 実は三人は、夕べの雑談で“あるもの”が何であるかを予想し合っていた。

 まず卓也は、オーソドックスに新しい剣やそれ以外の武器、または防具関係のアイテムと予想した。


 そしてテツは、


『きっと鎖鎌だぜ鎖鎌! アレをよぉ、ブンブン振り回して敵にブン投げたらよぉ、きっとすげぇ破壊力だぜ?!』


 その直後、ジャネットから「それがそのまま自分のとこに戻って来るんですけど?」と突っ込まれ、言葉を失ってしまったが。


 そしてジャネットの予想は……


『ホ~ッホッホッホッ! それはもう“銃”ですわ!

 このファンタジー丸出しの世界に、銃弾が飛び散りまくるんですのよ!

 目の前に立つモンスターなんか、一瞬で粉々ですわよ?!』


 卓也が「それ、銃っていうよりショットガンとかマグナムとかじゃない?」と突っ込むと、


『あんなチンケなもんじゃないですわ!

 銃弾が飛び散ると言ったでしょう?

 こういうものですわよ! いけぇシリンダー大回転ぎゃああああああ!!』


 ジャネットが銃を持つ構えと称するポーズは、どう見てもゲームで見るような“携帯式ガトリングガン”だ。


 そんなアホみたいな会話に花を咲かせていたわけだが、いよいよその実態が判明する。

 三人は、何故かすごくドキドキし始めていた。


 村長と従者達の後に続き、はしまき一行は家を出て村外れにある石造りの小屋に辿り着く。

 そこは小屋というよりは納屋というレベルのもので、二人も入ったら窮屈そうな広さだ。


「え、こ、この中にあるの?」


『そうそう! さ、皆入ってよ』


 リっちがニヤニヤしながら手招きをする。

 意味がわからず戸惑っていると、村長や従者達はどんどん中に入り込んでいく。

 二人、三人、四人……


「あれ? 中は意外に広いの?」


 不思議に思って中を覗き込むと、そこには地下へと続く階段があった。


「なんだぁ、地下室があるのか」

「行ってみましょ」


 階段はかなり長く、地下室は意外と深いところにあることが分かる。

 やがて薄暗がりがぼんやりと明るくなり、徐々に地下室の位置が見えるようになっていく。

 階段を降り切った三人に向かって、村長は満面の笑みで話しかけて来た。


「さぁ、ご覧ください。

 こちらです! これが私達の用意していたものですよ!」


 両手を拡げ「さぁどうだ!」と言わんがばかりのポーズを取る。

 良く見ると、何故か従者達まで笑顔で同じポーズだ。

 そして村長の肩に乗るリっちまでも。


「ええっと……えっ?」


 彼らの肩越しに地下室の奥を覗き込んだ卓也は、目を大きく剥いてあんぐりと口を開いた。


「んなっ?!」

「はぁっ?!」


 続けて覗き込むテツとジャネットも、おかしな声を立てる。

 三人の唖然とする表情を見て、村長とリっちは揃ってニヤリと微笑んだ。


 そこにあったものは。

 高さはおおよそ四.五メートル、全幅は約三.五メートル程。

 全長はなんと、約十四メートル。

 全体は鈍い銀色の装甲で覆われ、前部には巨大なシャベルを思わせるバンパーが装着されている。


 そして本体からはみ出すほど分厚いタイヤは、前四輪・後ろ四輪の計八輪。

 

 そのあまりにも武骨で巨大な物体のもたらすインパクトは、三人の度肝を抜くのに充分過ぎた。



「な、なんで?」


「こんな異世界に――」



「「「 トラックがあるんだぁぁぁぁ?!?!?! 」」」



 大きな地下室、それはまるで現代の整備工場のような造り。

 そのど真ん中にあるのは、誰がどう見てもトラックとしか思えない巨大な改造車両が鎮座していた。



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