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第1部 (14)
恵みによって〈汝〉は私に出会う。探し求めることを通じては〈汝〉が見出されることはない。しかし私が〈汝〉に根源語を語ることは、私の本性による行為、私の本質行為である。
〈汝〉が私に出会う。しかし私は〈汝〉と直接の関係に入っていく。このように関係とは選ばれることであって同時に選ぶことであり、受動と能動は一つになる。何故なら存在者のすべてによる一つの能動行為は全ての部分的行為の撤廃と同じであり、それゆえ全ての――その部分的行為の限界性にのみ根差した――能動行為感覚は、受動と似たものにならざるを得ない。
根源語〈我‐汝〉は、存在者のすべてをもってのみ語られ得る。存在者全体への回帰と一体化は決して私を介して起こり得ることではないが、決して私の存在なしで起こり得ることでもない。私は〈汝〉に接して〈我〉となる。〈我〉となることで、私は〈汝〉に語りかけるのである。
すべて真の生とは出会いである。




