薬草との喧嘩
預かった薬草を熱心にお世話するセイリアに薬草は何というのか。
昼食を終えたリューグとセイリアは調合室の薬草の鉢植えの前にいた。調合台に乗せられた薬草は大きな葉としっかりした茎で、てっぺんで広げている花弁は薄い黄色で肉厚だ。30センチほどの高さのなので小ぶり薬草だ。棘は無いが葉の表面にある産毛が肌に触れるとチクチクする。
「お兄ちゃん、この子、私の何が気に入ったのかな。」
「それは知らないけど、一昨日まで元気だったから返そうと思って元気チームに入れて置いたら今朝萎れていたんだよ。おかしいと思って見てたら、帰りたくないって言うからさ。」
「ふーん。でも、私、この子のお世話はしたことないわよ。あ、まさか・・・」
「そう。昼寝してたって教えてくれたのはコイツ。」
届いた時はもう再生不可能かと思うほど萎れて茎も傷んでいたので、数日、庭の中央の井戸の横の集中治療チームに置かれていた。井戸の周りは大きな木があり木陰はとても涼しくて気持ちが良い。ある時、暑さでげんなりしたセイリアがその木陰で薬草に囲まれながら昼寝をしてサボっていたのだが、セイリアの横にあったのが子の薬草鉢だったのだ。
「えー、告げ口する薬草とは仲良くできないんですけどー。」
途端にセイリアがムスッと頬を膨らませた。すると花がなんとなくシャキッとした気がした。
「あー!なんか今、この子にお姉さん面されたんですけど。ますます仲良くできませーん。」
ますます膨れて今度は鼻の穴まで膨らませている。
「気持ちは分からないでもないけど、コイツは預かっている薬草で大切にお世話して元気な状態で返さないといけないんだ。預かりの延長をお願いしておきながら、逆に元気がなくなりました、とは言えないだろ。俺も手伝うから少し付き合ってやれよ。植物の言葉を聞き取り切れないお前の修行にもなるんじゃないか?」
薬草の都合で、仲良くなれる気がしない薬草のお世話をするのは納得がいかないが、薬草の言い分を聞いて預かりを延長してもらったのだから、具合悪くして返す訳にいかない。セイリアは渋々薬草を側に置きお世話もすることを了承した。
薬草のお世話は毎日定時に水やりと日光浴をさせて、その合間に葉や茎や花を観察して異常が無いか確認する。具合が悪そうなときは土の具合や時には鉢から出した根の状態を確認することもある。植物の声を聴きとれるようになってからは、鉢から取り出して根を見ようとすると植物たちから悪態三昧浴びることになるので、ここまで具合が悪くなってしまった物のお世話は大変骨が折れる。リューグは最近破廉恥扱いされ落ち込んだことさえある。
ルーティンな作業が苦手なセイリアは定時に水やりと日光浴をさせるのが一番気の重い仕事だ。ついついダラダラと布団のゴロついて水やりの時間を過ぎてしまったり、日光浴のお迎えの時間を忘れてしまい気が付いたら夜になっていたりと、これまで、どちらも完ぺきに出来た日など一日も無い。その点、定時の作業は少ない魔石作りの方が楽だとセイリアは思っている。
「コイツは寒さにも暑さにも弱いから、日の出とともに日光浴をさせて、気温の上がる朝食前にはお迎えに。曇りや雨で日の浴びる時間が短い時は夕方涼しくなってから少し浴びさせる。それと、良く水を吸い乾燥に弱いヤツだから、水やりは朝晩にたっぷりと。機嫌が具合に出やすいから、気を付けてしっかりお世話しろよ。」
「じゃあ、朝はお兄ちゃんにお任せするわ。」
日の出とともに活動開始と聞いたセイリアは早速「お兄ちゃん、おねがい」と甘えた顔を向けたが、
「手伝うのは本当に困った時だけ。」
とリューグに一蹴されてしまったのだった。
翌朝、鶏が鳴き始めた明け方の暗いうちから支度を始めたセイリアは、日が出ると、即、玄関前に薬草を置き、水やり用の水を汲みに行った。戻ってパンと目玉焼き程度の簡単な朝食の支度をすると次は薬草を台所の自分の席の横に置き、朝食。
朝食後は調合室で水やりをしてから蒼色魔石作り。うっかり、薬草を蒸気の側に置いたままで作業をしてしまい、昼食前に萎れかけた姿に気も冷やし氷水を鉢に置き手当。夕方、もう30分程玄関前に出している間に夕方の水やり。終わった後はまた、台所の自分の席の横に置いて夕食や片付けをして、就寝時は地下の調合室の隣の自室に置いて、また、朝に備える。
ダラダラ生活14年のセイリアは急に忙しくなってしまった。しかも、蒼色魔石の依頼は相変わらず大量に頻繁に来るので、魔石作りに追われながらの慣れない薬草のお世話だ。魔石作りの合間になんとか薬草の具合チェックまでこなしはしたが、タイムスケジュールに追われての作業なので薬草の話を聞くどころではない。セイリアと薬草はすっかり会話の無い倦怠期夫婦のような義務の関係となってしまった。
セイリアが薬草の世話を始めて1週間が過ぎた頃だ。
「お兄ちゃん、ヤバい。なんか花の色が変わってきた気がする。この花、こんなにオレンジ色じゃなかったよね。」
夜明け前で同じように植物の世話の準備を始めていたリューグの部屋に薬草の鉢を抱えたセイリアがドカドカと入って来た。
「あれ、本当だ。薄い黄色の筈なのにどうした?うーん、葉や茎は異状ない。土も問題なさそう。花弁も肉厚で・・・熱っ!」
「え?!」
「え?!じゃない。触ってみろよ。すげぇ熱いぞ、この花弁。なんでだ?」
セイリアも花弁に指を近づけてみると触るまでもない。花弁に近くに寄せるだけで熱気が伝わってくる。
「嫌だ、なんで?私、ちゃんとお世話してるのに。もう、なんでよ!私を困らせようとワザとしてるとしか思えない!」
セイリアがプンプン怒り始めると、大人の女性の声が聞こえてきた。
「私を困らせているのはあなたじゃない。」
「誰?!」
「私です、あなたのお世話になっている、あなたに抱えられている、わ・た・し。あなたの側のもう少しいたいと希望したのは私ですけど、もう結構です。あなたはもっと面白い人だと思ったのに。毎日、同じ魔石魔石魔石・・・挙句に、私がもう少し寝ていたと言っているのに朝早くから連れ出すし。もうお腹一杯って言っているの水やってくるし。女子同士楽しい話が出来ると思ったのに全く私の話を聞いてくれないし。こんなにつまらないなら残らなきゃ良かった」
声の主はセイリアの腕の中の薬草だった。薬草は思った生活と違う毎日で、ガールズトークを楽しみにしていたのに声を聴いてもくれないことに大変ご立腹だ。
「え?あー話ね。このところ父さんが山盛りの依頼を持って帰ってくるから忙しくて。そんな暇無かったのよ。でも、私、ちゃんとお世話していたじゃない?そんなに怒らなくても・・・」
「あなた、私がこんなに怒っているのに、ごめんなさいの一言も言えないの?そんなんだから不良見習いから卒業できないんだわ。私はそもそも、そんなに熱心にお世話されたいとは思っていないのよ。朝はゆっくりダラダラと、水は飲みたいときに飲みたいだけ。夜はガールズトークに花を咲かせて夜更かし。ダラダラしてるあなたならその夢が叶うと思ったの、とんだ見込み違いだったわ」
薬草の花弁は今度は黄緑色になった。
「えーあー、期待に応えられなくてごめんなさいね。うーんと、そしたら、あなたは私が必死にお世話していたのが希望通りでないと怒っているのね。あんなに頑張ったのに少々納得いきませんけど」
「あーほら、そういうところ。自分自分自分・・・。同じ名前の薬草なら全員同じことを望んでいると決めつけるところも。薬草とはいえ個人個人の好みや特徴があるんですぅ!十羽一絡げなお世話なんて御免です。」
「それはごめんなさいね。でも、自分のことばっかり言ってるのはあなたもじゃない。」
「わたしはずっと話しかけていましたよ。あなたが最初から話を聞いてくれていたら、残った理由も話せたし、ここまで怒ることも無かったのよ。」
またまたオレンジ色になった花弁は、セイリアにはもう自分を睨んで怒っているように見えてきた。
「じゃあ、どうすれば良いの?」
ほとほと困ったセイリアは花弁を見つめると、花弁は
「今日はお寝坊して、夜はガールズトーク」
と花弁の色を薄い黄色に変えた。
「なんか、役に立てなくて悪かったけど、解決したみたいで良かったな。悪いけど俺はお世話を待っているヤツらのとこに行くから、もう、良いかな。」
薬草とセイリアの喧嘩を眺めていたリューグが支度を再開した。そして、セイリアたちが部屋を出ようとしたところにもう一言。
「朝食までにはちゃんと起きるんだぞ、不良コンビ。」
セイリアが薬草の声が聴けるようになって、また一歩成長しました。




