私は薬草
セイリアの側に居残った薬草です。
「あー暑い。あともう少し、あともう一歩だけあの木立の側に寄せてくれないかなー。花弁も葉も茎も日焼けしちゃうじゃない」
私は薬草。旦那様のジェッソン薬草園に植えられていたのだが、どういう訳かこんなところへ連れて来られるハメとなった。
私の一族は陽を浴びるのが好きな薬草だ。一日陽を浴び続けて葉に栄養を蓄える。皆は
「育った葉を刈られるくらいに成長して早く旦那様の役に立ちたい」
と言うが、私は全くそう思わない。私は役に立つ薬草になんかなりたくない。せっかく花を咲かせる植物に育ったのだもの。私は観賞用の鉢植えになりたいのだ。
そうね。可愛い女の子が良いわ。陽の当たり過ぎない窓辺に置かれて、女の子がお茶をしながら私に話しかけるの。恋の悩みなんかを打ち明けちゃったりする彼女に、私の華奢な茎や葉と可憐な花弁で癒すの。
そんな私は、ぐんぐん成長するやる気満々な仲間たちの間に隠れるように、なるべく陽も浴びないようにしていた結果、背も低くヒョロヒョロの望み通りのスタイルに成長した。
「あとは、誰かに見初められて薬草園から出るだけね」
そう思っていたある日、事件が起きた。成長が認められた仲間の葉が収穫されてしまったのだ。そう、足元の葉を残してバッサリと。次の収穫に向けて更にやる気を出して大喜びの仲間たちだったか、私はすっかりどこからもでも丸見えの状態となってしまった。陽も浴び放題だ。しかも、あろうことか、私を見つけた旦那様が、私を病気だと勘違いしたのだ。
早速、私は旦那様によって植えられていた土から根っこごとゴッソリと掘り出され鉢に植えられた。そして、旦那様の一人息子に抱えられ、此処へ連れて来られたという訳だ。
此処では古い井戸の横にそびえる重鎮の木の足元に置かれた。同じ薬草園から来た月夜草の貴婦人方に囲まれたのは不満では無いが、月夜草は夜に優雅に歌い踊るが昼間はうつらうつらとしているので暇をもて余した。
時々やってくる男の子は朝昼晩と熱心に私を観察して、優しく葉を撫でながら具合を聞いてくれるが、どうも話が合わない。だって、話しかけてくるのは
「元気なったか?」
とか
「早く仲間のところに帰してやるからな」
くらいなんだもの。可愛く飾ってくれるとか、花弁を褒めてくれるとか、私はそういうのを望んでいるのに。挙げ句に「肉厚な葉や茎になるように」と朝晩にすぐそこにある古い井戸から汲んだ水をダバダバとかけられて、毎回、私は溺死寸前。
「お前は薬草殺しか!」
お世話の恩を忘れて、いっそ自分の成分を毒に変えてやりたい気分になる。この男子は乙女に気持ちを全く分かっていない。
今日は朝から特に暑く、日陰にいるのに鉢の中の水が熱湯になり根を溶かしてしまいそうだ。鉢ギリギリの日陰の線も、あと少しで動いたら私の根元まで炎天下の光が届いてしまう。
「このレディを日焼けの危険に晒すなんて。あともう一歩だけあの木立の側に寄せてくれれば良いのに」
薄い黄色から、ややオレンジ色に花弁の色を変えて、プリプリと膨れた。
その時、建物の方から欠伸をしながら一人の女の子がやってきた。背は高くも低くもないが胸はまだぺったんこ。お尻も小さく体全体的に細め。表情も呆気なさが残っている。
「まだ成人前かしらね。まあまあ可愛いじゃない。」
花弁を薄い黄色に戻し興味津々でセイリアを見た。
「あ~、やっぱりお爺の足元は涼しい」
女の子は井戸の横にそびえる重鎮の樹の足元にバサーッとテーブルクロスよりも一回り大きな薄い布を広げた。そして、布の被ってしまった薄い黄色の花を付けたヒョロヒョロの薬草を「お爺」と呼ばれた重鎮の樹に一番近い所へ移動し、薬草のどいたところへ足を投げ出し布の上にゴロンと横になった。
「あら、あなた、意外と気が利くじゃない」
「ねえ、あなたお名前は?」
「いつもの男の子はあなたとどんな関係の方なのかしら」
私はご機嫌に何度か話しかけてみたが、聞こえているのか、いないのか、女の子は私に答えることは無かった。そして、しっかり昼寝をして夕方前に目覚めた女の子は、日が落ちてかけているのに気が付くと慌てて庭の植物たちにザバザバと井戸の水をかけて回り、一応、萎れたり病気の子がいないか遠目から確認し、「あ~」と伸びをすると建物に戻って行く。
「なんだったのかしら、あの子」
あんなに話かけた私に見向きもしてくれなかったことを私は不満だった。花弁の根元を捻り女の子の背中を見送った次の朝、
「あの子、昨日仕事サボって昼寝していたわよ。」
私はいつもの男の子に告げ口してやった。「意地悪しちゃった」とは思ったが、やっぱり話しかけたのに答えてくれなかったのは気分が悪かったのだ。薬草園の人たちだって、会話が出来る訳では無いが、なんとなく話しかけてくれたり、気にかけてくれたりするのだ。自分が望んでやってきた訳では無いが「私のお世話をするのが、この家の仕事でしょ」と思うと、ますますイライラしてきた。
それから数日後、私は女の子のことを少しずつ忘れ始めていた。そんな私をいつもの男の子の手で建物の地下室へ運んだ。茎が少々太く葉にも厚みが出てしまった私に男の子は
「うんうん、元気になって良かったな。良く頑張って良い子だ。」
と褒めてくれた。「私、健康美なんて目指していなんですけど。やっぱりこの家は私に合わないわ」と思ったが、あの女の子のことを思い出し、「お世話してくれたことへの感謝は大事よね」と考えを改めた。
「ありがとう存じます。」
私の返答を聞くと男の子はニコニコして私を抱えて階段を地下へ下りて行った。
「おい、見習いめ、仕事はどうした。」
地下の広い部屋に着くと男の子は大きな台に突っ伏している女の子に話しかけた。
「お兄ちゃんこそ、お日様が出ているうちに素材を選んで運んでおいてよねー。」
ダラダラした姿勢のまま答えた女の子の足元近くに私は置かれた。この女の子はこの間、「お爺」という重鎮の樹の足元に寝ていたあの子だ。女の子はその後も「熱い」だの「面倒くさい」だの言って、いつまでも仕事を始めようとしない。
「陽の当たらないところでゆっくり過ごすのが好きなら、私と話が合うかもしれないわね。ふーん。仕事は、すぐにサボろうとするのはどうかと思うけれど、やればできるのね。陽に当たるのが好きじゃないところだけは私と話が合うけど、私に見合うか、もう少し観察が必要ね。」
ちょっと上から目線でそんなことを考えた。その日の夜に鉢の根元に白い石を置かれ土の状態まで完璧に仕上げられた私にまた事件が起きた。いつもの男の子に「明日、お迎えが来たら帰れる」と言われてしまったのだ。さっきまではあの女の子に少々腹を立てていたし「まだ此処にいてあげる代わりにあの子をもう少し観察してやろう」と考えていたが、「帰れる」と言われると急にあの女の子の存在が惜しく感じ始めた。薬草園には旦那様の奥様以外に女性はいないし、薬草園に女性が訪れた記憶は無い。このまま薬草園に帰ってしまっては、次はいつ女の子に出会えるか分からないではないか。
「えー!!せっかくこれから、あの女の子が私のご主人様として適しているか見定めようと思ったのに!嫌だ、嫌だ、嫌ぁーーー!!!今はまだ帰りたくない!」
朝日が昇るまで私は叫び続けた。「これから面白くなりそうだったのにー」」とすっかり力が抜けてしまった私の花弁は青くなったり紫色になったりしながら葉はダラントと力無く垂れ下がってしまった。日が昇ると、昨夜は元気だった私がそんな姿になってしまっているものだから、男の子は大慌てで矢継ぎ早に私に話しかけてきた。
「どうした?何があった?変な水でもかけられたか?虫でも来たか?」
真剣に私の花弁と萎れた葉を見つめ、私が答えを待ってくれる。「勝手に水やり陽を当ていた癖に今更なによ」とは捻くれた思いも浮かんだが、私が答えるまで男の子は私から目を離す気が無いようだ。
「帰りたくないのです。あの女の子の側にもう少しいたい。」
仕方なくボソッと答えた。いつもの男の子「うん、うん」と聞いてくれた。女の子に会えて嬉しかったことは言えなかったが、何度も「もう少し女の子の側にいたい」と訴えると。迎えに来た旦那様の一人息子から預かり延期の許可をもらってくれた。
それから私のお世話を始めた女の子だったが、結局、私の話を聞いてくれなかったので、我慢の限界を迎えた私は一週間後に感情爆発して女の子と喧嘩をしたが、その喧嘩を機に私たちは意外に気が合うことが分かり、今はすっかり仲良くなった。
「セイリアは私のご主人で、妹で、親友なのです」
ちょっと後のこと、王子様へ紹介された私は自信満々に言うらしいわ。
自分が植物である自覚が薄いようです。




