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ビーシュリンピア  作者: クラウンデイジー
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重鎮の木とドラゴンの井戸

セイリアは魔石開発を始めたばかりですが、なかなか進まない様子です。

長老とセイリアは黙々と仕事に励む日々となった。


長老は今までも勿論黙々と仕事をしていた訳だが、いちいち愚痴を言いダラダラするセイリアを見守り、それに対していちいち小言を言うレディサンの事も見守り、時には話をしたり聞いたりと、なかなか庭の植物だけに没頭することが出来ない状況だった。だが、貴族の二人がセイリアに課題を出したことにより、新しい魔石開発に夢中で楽しそうなセイリアとレディサンを遠くから見守るだけで良くなった。


「何をされているのか分からないが、随分と楽しそうで生き生きされているのぉ」


長老は庭の真ん中に立つ重鎮の木の幹を優しくさすりながら高く茂る葉を見上げながら話かけた。


重鎮の木はそよそよと葉を風に揺らし、とても優しい音を立てている。


「そうよのぉ。セイリア嬢は、今はこの庭の主だが、長い間、多くを見守ってきた御樹にとっては可愛い孫のようなもの。ほれほれ、あんなに楽しそうにされて。私たちも嬉しいねぇ。」


長老は汗を拭き、どっこいしょ、と重鎮の木の根元に座った。この庭はジェッソン薬草園とはまた違った特別な感じのする庭だが、特に、この重鎮の木は格別だ。木の周囲だけとても涼しい風が吹き、この世を干からびさせている熱をほとんど感じない。お日様の光はしっかり浴びているが、葉が日に焼けることも無く濃い緑がぎっしりと生え、まるで、木や庭を守らんばかりに枝を大きく広げている。長く庭師をしている長老でも、不思議に感じることがあったりと、長老もまた、このところ、楽しくて仕方が無いのだった。


「ドラゴンの紋章の井戸の水が特別に命の力が強いのはジェッソン薬草園と同じだが、土も違うのかのぉ。この庭の植物はどうしてだか、ジェッソン薬草園よりも栄養状態が良い気がするんじゃ。のぉ、御樹よ。不思議じゃのぉ。」


長老は重鎮の木の陰でしばし休憩をすると、仕事へ戻って行った。


セイリアも今日はレディサンを連れて庭に居た。


「暑い、暑いわ。なんなのよ、毎日毎日のこの暑さは。」


「セイリア、もうすぐ午前のミストの時間よ。少しは涼しくなるでしょう。」


「まあね。でも、お貴族様たちも大変ね。一日二回、下町中にミストを撒いて、王宮の庭では地下へ掘り進む準備、それと、「平民に水を配っているのよね。」


「本当ですね。残された平民たちも抜けた人の分の穴埋めをしながらの仕事で大変だと思いますけど、お貴族様は数も減っていますものね。」


シュリンピアの国内が平穏だったこともあり、数代前の国王の頃から、貴族が平民と結婚することが許されたり、身分を捨ててまで平民の仕事に就いたりと、貴族地位や名前を返上する者が増えた。建国直後、隣国と争っていた時代には、国を守る騎士が国民の憧れであり、貴族は平民を束ね守ることにプライドを持っていた。だが、隣国との友好関係が築けて以降、貴族は平民を見守ることが仕事の主になり、地方を任された貴族ほど平民との心の距離が近くなっていった。そうなれば、貴族と平民との様々な出会いが生まれる訳で、恋をする者、人生の師を見つける者が出て来る。歴代の国王はそういった地方貴族の悩みに、


「平民を貴族にする訳にはいかないが、身分を返上するのであれば、未来の選択肢は本人の意思に任せる」


と応えた。


「築いてきた、貴族と平民の信頼関係を一番大切にするように。立場や身分は人の価値を計る手段では無い。国民一人一人の価値は全て同等。国王であっても同等である。」


この思いを歴代のシュリンピア国王は紡ぎ繋げて来たのだ。


しかし、干ばつが問題となると、これが国王の悩みの一つとなってしまった。干ばつ対策で魔石を使い地方を守ろうとしたところ、地方貴族の数が思った以上に減っていたのだ。魔石は貴族しか使う事が出来ない為、たくさんの水色魔石を地方へ送っても水を配ることが出来なかったのだ。少ない貴族が寝ずに水を出し続けても、魔石を使う力にも限界がある。貴族の力が尽きれば魔石はあっても水を出すことは出来ない。


こうして、地方の土地はだんだんに干上がり、急遽、国民を下町と王宮へ集めようとしたが、下町への移動中、砂漠化した土地を越えられず、平民たちと共に貴族も倒れて行ったのだ。


「最後の最後まで町を守りたいと頑張っていたカレトナの人々だけ、強制的に下町へ連れて来られたから、貴族も平民も亡くなった方が少し少ないそうだけど、王宮の騎士総出で迎えに行ったら、既に町は砂漠に飲まれていて、砂の上で生活していたそうよ。」


「そうなの。じゃあ、シュリンピアの中にいる私の仲間は、ジェッソン薬草園とこの庭、中央広場、王宮、これくらいしか生きられる場所が無いのね。」


「それは私たちも同じよ。下町と王宮、それと漁師の村に少しいるだけだもの。あ、そろそろ時間かしら。」


セイリアがレディサンを抱えて王宮の方を向くと、やや涼しい風が吹いてきた。


「ミストの風」


レディサンが気持ちよさそうに葉を大きく広げる。セイリアは目を閉じて風の中にある小さな水の粒を感じようとしている。顔や首、腕や足、肌の出ているところ全てにミストの風が優しく触ると周囲の空気も涼しくなり、不思議と心も落ち着いて来る。


「不思議な風ね。」


「セイリア、そりゃあそうでしょうとも。この水はこの庭のドラゴンの井戸で出来た魔石から撒かれた水なのですよ。国中にドラゴンの井戸の水を撒いているのと同じ。そりゃあ、特別な力を感じる訳よね。」


「確かに。」


セイリアはポンと拳で自分の掌を打った。


ミストの風が終わった丁度その時、庭の前に馬車が停まった。グレコリウスとオットーの馬車だ。三日に一度の魔石回収日は昨日で、今日は用事が無いはずだ。セイリアはレディサンを抱えながら井戸と家の中間辺りから降りて来る貴族様子を伺った。


オットーが降りてから御者に何か伝え、次に馬車の中に何か言うと、馬車の中からグレコリウスが降りてきた。オットーは貴婦人をフォローするかのようににこやかにグレコリウスへ手を差し伸べ、グレコリウスがとても苦い顔をして右手でその手を払った。その後もグレコリウスの後ろを歩くオットーが何を話しかけてはグレコリウスが振り返り、嫌な顔をして何かを言い返している。


「まるでいたずらなお兄様と嫌がる弟」


挨拶の前にセイリアからかなり寒い目で言われた二人はちょっと恥ずかしそうに目を合わせた。


「ハズレてはいませんね。なかなかな観察力ですよ、セイリア嬢。」


オットーはすぐに体勢を立て直したようだ。


「グレコリウス様は私の上司であり、私の弟、といったところですかね。」


「そのような話はどうでも良い」


楽しそうなオットーをグレコリウスがバッサリ。門からここまでの短い道のりでグレコリウスはかなり機嫌が悪くなっているのではないだろうか。セイリアはまだ何の話もしていないのに、なんだか疲れてしまった。


「それで、本日のご用はなんですか?昨日の今日では魔石は納められる魔石はありませんけれど。」


セイリアはレディサンを抱えながらオットーへ尋ねた。グレコリウスは不機嫌そうなので出来れば関らずに終わりたい。


「実は今日は相談があって来たのだ。長老も呼んでもらえるかな。」


「手身近にお願いしますね。魔石開発をしないといけないので。」


「わかっておりますよ。」


本当は忙しく帰って欲しいのに、オットーのキラキラ笑顔で言われて、セイリアもレディサンも「仕方ないなー」と長老を呼びに行った。


長老の提案で重鎮の木の下でお茶を飲みながら話を聞くことになった。長老は庭師の仕事道具を乗せたワゴンから敷布を出して重鎮の木の下へ広げた。いつぞや、セイリアが昼寝をした時の布と違い、大人四人座っても十分余裕がある大きな布で、端の方は重鎮の木の陰からはみ出て、お日様にギラギラと照らされている。四人と一鉢は出来るだけ根元に近いところに集まった。


「長老、その井戸は」


「ドラゴンの井戸ですが。オットー様ほどの方がご存じないとは。」


「いやいや、そうではなく、紋章が見えないので」


「それは・・・これでしょうか・・・」


セイリアは井戸の側面に苔だらけになっている小さな凸凹した部分を指さした。


「あ~これは・・・」


オットーの笑顔が引きつった。


「セイリア嬢、これは綺麗にしましょう。ドラゴンはシュリンピアの守り神ですよ。学校で学びませんでしたか?」


「オットー様、私も気が付いていながら、そのままにしていたのです。申し訳ございません。来た時には既にこの状態だったもので、ポレスト様のお考えがあってのことかと」


「では、いつからこのような状態なのか・・・」


「アン様がご存命の頃は綺麗にされていたのを覚えています。その後からかと・・・」


長老の説明に一同静かになった。オットーもグレコリウスも、ポレストとアンを知っている、そして、ゾルタンのことも、きっと。


セイリアは三人の事でオットーたちが知っていること、ポレストがサーモラスへ行った理由がそれと関係があるのか、質問攻めにしたい気分になったが、一息ついて「今はその時ではない」と自分に言い聞かせた。今、セイリアがしなくてはならないのは魔石作りだ。リューグたちが頑張っている地下王国を作り上げ、国民みんなを地下王国へ移住を成功させて、ポレストことはそれからだ。


「父さんの事はあんまり思い出したくないな。」


セイリアが小さく呟くと、レディサンが「大丈夫よ」と言うように花弁をピンクに染め、長老が背中を優しく擦ってくれた。


その後、四人で井戸の周りの苔を落とし、紋章を磨き、金色に輝くドラゴンが復活したのだった。


コロナ渦ですが、身内の一回忌を迎えます。みんなで故人を語り合うのが供養になると教わってきましたが、それも叶わず我慢の年です。みんなで集まれるようになるまで、見守りながら待っていて欲しいです。

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