初めての魔石開発依頼
地下王国建設を前に必要な物が少しづつ出てきて、魔石の開発を頼まれるセイリア。
黒髪ベビーフェイスのグレコリウスと深緑の美青年のオットーは、それから、きっちり3日ごとにやってきた。セイリアも3日ごとに魔石を納める為、嫌でも規則正しい生活になった。レディサンも小言の種が減り、穏やかな毎日だ。
オットーの話では、招集組は今、分担ごとに作業の準備中とのことで、本格的な作業が始まる前、近いうちに順番で里帰りをするそうだ。ただ、その準備の最中に既に問題が発生していた。
これまで、王宮の裏には、他の町の担当となっていた貴族が下町へ移住してきて、王族の用意した長屋に暮らしていた。長屋は裏の北側にあり、裏庭の三分の一を占領していた。貴族の出入りは王宮の北にある、かつては貴族通りの言われた北の通りに面している正門だ。平民が出入りを許されている中央通りの門とは別にあるのだ。
そして、長屋の貴族はそれぞれの家に井戸からの水を引いているが、それは長屋が出来た時に新しく掘った井戸からの水だ。
対して、招集組が集められたのは中央通りの門から一番近い建物、屋内訓練場だ。屋内訓練場は王宮の裏庭の南側にあり、王宮から2階くらいの高さにかかっている渡り廊下で繋がっている。その、渡り廊下の真下、屋内訓練場の入口前にも井戸があるが、その井戸が問題の原因だった。
その井戸は黄金のドラゴンの紋章のある井戸だったのだ。
平民でも招集されているのは成人だ。井戸を覆う屋根の上にある、光り輝く黄金のドラゴンを見れば、普通の井戸で無いことくらい分かる。しかも、ヤンとリューグから「井戸の水には特別な力がある」と聞き、一堂に面食らった。だからこそ、平民一同から「そんな大それた井戸の水など使えない」と取りまとめの貴族へ伝えた。
そこで更に良くなかったのは、それを聞いた貴族が長屋の貴族の若い騎士で、井戸についての知識がまだ浅かった。たかが平民ごときに、自分たちの長屋に引いている井戸と違い、特別な井戸の水を与えるとは、と相当温度高めに貴族の招集組へ不満を持ち帰ってしまった。それを聞いた歳も経験も若い騎士たちは、当然、平民よりも貴族を軽んじたと王族へ訴え出て、地下を掘る作業への協力を拒むと伝えたのだった。
「大変じゃないですか。では、これから先、貴族の若い方たちは協力してくれないのですか?」
セイリアは調合室で蒼色魔石の箱を調合室から台所へ移動しながら、同じように箱を持ち階段を上がるオットーの背中に問いかけた。
「いや、ベテランの騎士たちが、今は自宅から通っているが近々若い騎士たちも屋内訓練場を集められること、その後の井戸の管理は貴族ですることを説明し、事態は落ち着いている。」
「じゃあ、問題ないじゃないですか。」
セイリアの頭の中にはハテナしか浮かばない。若い騎士の事が解決しているならば、何なのか。
「井戸がそれしかないので、平民も貴族と同じように、その井戸を使うことも納得してくれた。問題は平民の方なのだ。」
オットーは眉を下げ、本当に困り果てているようだ。
「既に掘り始めている班もあるし、道具を運ぶ班も精力的に動いてくれるだけに。」
更に低く小さい声で言い、はあ、とため息をつくと同時に魔石の箱をダイニングテーブルへ置き、急に振り返り、セイリアの下に力強く両手を置いた。そして、凄く力を込めた目でセイリアと目を合わせて言った。
「貴族でなくても使える水色魔石を作っては貰えないだろうか。」
「なんですか?それは。」
セイリアは肩に置かれた手を放し、大きく三歩くらい後ずさった。
「平民たちには王子自ら説明したのだ、平民も貴族と同じようにドラゴンの井戸を使うように、と。平民たちにも必要な水だと。それなのに、平民たちは頑なに井戸を使ってくれない。近くにいる貴族に水色魔石から水を出して欲しいと頼んでいる。」
「なるほど、平民は井戸水を使わないので、水に困っているのですね。」
「そうではないのだ。平民は大人しく列を成し、水色魔石からの水を受け取り、飲み水に困ってはいない。困っているのは貴族なのだ。平民に水を与える為、自分の担当の作業をせずに魔石から水を出し続けている。これでは貴族の担当の仕事が全く進まない上、仕事をする前に魔石の負担で倒れてしまう。」
「あー。」
なるほど。魔石から少しの物を出すには大した負担は無いが、魔石作りと同じように、魔石を使うには力を使うのだ。大量に水を作っているならば、その後は騎士とは言え、グッタリだろう。
「それと、そろそろ臭いが・・・」
「あー。」
平民が汗だくになって働いているのだから、それは汗臭いだろう。招集からかれこれ十日くらいは経っているのだ。その間、水浴びすらしていないならば、臭いは相当なものだろう。
「それで一回里帰りさせるのですか?」
「それもある・・・。」
オットーは小さく舌を出して笑った。
「里帰り後は貴族も屋内訓練場に入るので、汲み溜めた井戸水を浴びさせることは可能だろうが、平民自ら汲み、使ってくれないならば、貴族のかかる手間は同じだ。ただ、平民が貴族の物を使うのを躊躇う気持ちも分かる。だから、魔石でなんとかならないかねぇ。」
「当たり前ですよ。王族の皆さんは、平民が貴族の物を使えないと言い出すのを予測できなかったのですか?分かっていれば、父さんの知恵も借りられたのに。」
セイリアは呆れてしまった。王族は民の長なのに、平民の立場や扱われ方がどんな物なのか知らないのだろう。そりゃあそうだろう。だけど、其方が集めておいてこれでは、随分と意識が甘いのではないか。
「まあ、予想はしていたんだが、使っていいよ、と言えば、ありがとう、となるかな、と。」
オットーはまた、ニヤッと笑った。
「もう、これを準備したのはオットー様なのですね。甘いですよ、準備が。大勢の平民を集めるなら、それ相応の調査と準備をしてからでしょう。」
セイリアは腰に手を当て、眉を吊り上げてオットーを睨んだ。
「そんな怖い顔をしては、可愛いお顔が台無しですよ、魔石職人さん。」
都合が悪くなってきたので、オットーはそそくさと調合室へ戻っていった。そして、魔石の箱の運び出しを再開した。
セイリアはダイニングテーブルに運び終わっている水色魔石の箱から一つ魔石を取り出して、窓から差し込んでくる光に魔石を透かして見た。曇りもヒビも遺物も無く、綺麗に透き通る水色の魔石。セイリアは作ることも使うことも出来る。平民なのに。リューグも、ポレストも、きっと母のアンも。平民がこれを使うにはどうすれば良いのだろうか。セイリア来た初めての依頼だ。
セイリアが悩む間も、オットーはせっせと箱を運んでいる。そう言えば、一緒に来たはずの黒髪ベビーフェイスのグレコリウス様の姿を見ないが、オットー一人に働かせておいて、アイツは一体どこにいるのだろうか。
オットーが残る箱は後二つと言うので、セイリアも調合室へ戻ると、黒髪ベビーフェイスのアイツが呑気に天井を眺めていた。
「ちょっと、グレコリウス様。オットー様一人に魔石を運ばせて、一体何をしているのですか。」
セイリアは強めの口調でグレコリウスに言った。グレコリウスは尚も天井を興味深気に眺め、光る魔石モドキに手を伸ばした。
「あっ」
セイリアが止める前にグレコリウスが魔石モドキを掴むと、魔石モドキの嵌め込んでいる長い板が天井からガタンと落ちてきた。すると、魔石モドキは光を失い、途端に調合室は真っ暗になった。
「もう、グレコリウス様。人様のお家の物を勝手に触ってはいけないと学びませんでしたか?」
セイリアが手探りで板が落ちた辺りを探すと、板の端を見つけた。そこから板を辿り、魔石モドキを一つ見つけ、板から取り出すと、今度は調合台伝いに汲み置きの井戸水の水瓶に辿り着いた。セイリアが魔石モドキをザブッと井戸水に潜らせると、魔石モドキは光を取り戻し、水瓶の中で光をユラユラと躍らせた。
「これは白色の魔石に見えますが、魔石モドキで、私たちは灯の魔石と言っています。」
水瓶からほんのり漏れる光を頼りにセイリアは魔石モドキの設置された板を調合台の上に回収した。
「魔石モドキ、灯の魔石と言ったが、これはどのようになっているのだ。」
グレコリウスがまた板に手を伸ばしたが、セイリアがパシンとグレコリウスの手を叩いた。
「グレコリウス様、だから、勝手に触らないでください。分かることは説明しますから。」
「分かること?」
「そうです。これは父さんしか作ったことの無いものなので、私は作り方を知りません。魔石ならなんとか予想はつくでしょうが、これは全く分かりません。」
セイリアは魔石モドキが上になるように板の向きを変えると、水瓶に入れていた魔石モドキを定位置へ設置した。
「これは、時々、朝から次の朝まで外の光に当てないと光が弱ってしまいます。それと、井戸の水に触れていないと光りません。」
セイリアはその板を持ち調合台に上がると、その薄い光が消えてしまう前にと、天井へ戻そうと急いだ。板の両脇を天井からぶら下がる針金のようなものにかける。即座に調合台から駆け下り、調合室入口にある紐を引くと、板がガタンと天井に密着し、全ての魔石モドキの光が戻った。
「この板の上の天井裏には井戸水を流してあって、天井に開けたとても小さな穴から漏れ出す井戸水に触れると魔石モドキが光るのです。水はほんの少しで足りるので、下に滴ることはありません。」
グレコリウスはセイリアの説明を真面目な顔で天井を見つめながら聞いていた。そして、いきなり、
「これは良い。増産せよ。」
と言った。
「あのさ、聞いてた?私は作り方を知らないって言ったでしょ。それに、さっき、オットーさまから別の依頼を受けたから、今は無理です。」
セイリアはきっぱり断った。仕事は受注した順だ。いくら貴族でも順番が守ってもらわなくては。
「グレコリウス様、先に水の問題を解決しなくては。」
横からオットーの助け舟が来た。そうだ、お互い貴族同士なんだから、順番問題は貴族同士で何とかしてほしい。
「いや、すぐに必要だ。同時進行で進めるように。」
グレコリウスはそれだけ言うと、さっさと何も持たずに上がってしまった。まだ、運び終わっていない魔石の箱が二つあるのに。
セイリアとオットーは顔を見合わせたが、オットーは何も言わずに箱を二つ重ねて持つと
「案外いける」
と言って上がって行った。
ダイニングテーブルから門前に待たせた荷馬車へ魔石の箱を運ぶのも主にオットー、少しだけセイリアだった。グレコリウスはその間、庭をウロウロ、時に長老を何やら話していたが、荷を積み終わる頃に馬車へやってきて、
「ご苦労」
とさっさと乗り込んでしまった。オットーは馬車へ乗る間際、
「大変だと思うが頑張ってみて欲しい」
とセイリアの肩を力強く掴み、更に「頼んだよ」素晴らしく輝く笑顔を送ってきた。美青年の笑顔はある意味、破壊的だ。セイリアには少々キラキラが過ぎたのでクラッとしてしまった。そうだ、これはレディサンへ報告しなくては。
それにしても、どこの貴族かは知らないけれど、魔石を作るのも、考えるのも、今は私一人しかいないということをちゃんと認識できているのだろうか。
ともあれ、こうして、セイリアはいきなり二つの魔石開発依頼を受けることになってしまったのだった。
また、少し長くなってしまいました。




