魔石担当様
セイリアがポレストに変わり魔石を納品するようになります。
レディサンから見るとセイリアは相変わらずのんびりしているが、長老が度々「セイリアのペースで」というので、レディサンも小言の回数を減らすことにした。すると、意外とセイリアも一応やるべきことは何も言わなくても自分でやることが分かった。食後の休憩がやや長い気がしたり、魔石作りにやや集中できていない気がする時もあるが、一応、自分で動く努力はしているようだと、レディサンは理解した。ただ、時々ボーっとしている様子が見えるので、それが少し心配ではあった。
実は、セイリアは新しい魔石作りをどうしたものかと悩んでいた。いつも誰かに相談したり、助けを求めていたが、これからはそれではいけないような気がした。だから、今回は少し一人で考えてみようと、なんとか考えを巡らせていたのだ。だが、どうにも何も浮かばない。地下を掘る作業も、新しく出来る地下王国も想像がつかない。どん詰まりだ。そして、切り替えて気持ちを日常に戻す。リューグが出発してから、セイリアはその繰り返しだった。いつか、自分に出来ることが見つかるのかと考えると、今をどうにも出来ない自分が嫌になり、どんどん自信が減っていく。
「さ、切り替えて、と。」
セイリアはレディサンを抱えて調合室へ向かった。蒼色魔石も水色魔石もだいぶ在庫が増えていた。ポレストが出発してから誰も王宮へ魔石を納めにいかないので溜まる一方なのだ。王宮からの注文には無いが、一度だけ、夜に庭に出て白色魔石を作ってみたりもした。教わっていなかったのでちゃんと出来上がるか不安はあったが、やり方は基本は同じなので、やり始めてしまえば、すぐにコツは掴めた。月に手を伸ばし力を込める。しばらくすると手の中に白色の魔石が出来上がっていた。初めてということもあり注意深く作業をしたので、申し分ない高い精度の魔石に出来上がった。
「うーん。作るのは良いんだけど、そろそろ王宮への納め方を誰かに相談したほうが良さそうね。」
セイリアは完成した魔石の箱が積まれた場所の前に腕組みして仁王立ちした。
「ジェッソン様に相談すべきでしょうね。王宮へも出入りしているし。」
そんな訳で、長老からジェッソンへ相談内容を伝えて、王宮からの対処の指示を伝達してもらうことになった。
「ジェッソン様は感心していましたぞ。若いのにしっかりしていると。明日、王宮へ行くので聞いてきてくれるそうです。」
長老がジェッソン薬草園から戻ると嬉しそうに言った。そして、更に
「セイリア嬢はもう私の孫同然ですからな。鼻が高い。」
と言ってご機嫌に庭に戻って行った。
次の日の夕方、セイリアが台所で夕食の支度をしていると、ジェッソンと見知らぬ貴族が庭から家に向かって歩いて来るのが見えた。二人が玄関に到着したのが見えたので、セイリアが玄関のドアを開けると、やたらと疲れた様子のジェッソンと貴族が息を切らして立っていた。
「ようこそ、ジェッソンさん。其方はどなた?それに、なぜそんなにお疲れなのでしょう。」
セイリアはこの庭には立ち入り制限の守りがかけられていることを忘れていた。
「昼に一度来たが、いつまで経っても此処に辿り着けなくてな。挙句にはいつの間にか入り口に戻っていた。」
ジェッソンが苦い顔で少し笑った。
「守りがかかっているのでは無いかと思い、王宮へ戻ったところ、その通りだった。ハインリッツ様の許可を得て、今後は私たちもこの庭に入れることになった。」
見知らぬ貴族が続けて言った。黒髪のベビーフェイス、歳はとても若そうだ。がっしりした体つきで、騎士のようで腰には剣が揺れている。顔はとても可愛いのに、なんとなく偉そうな態度に感じる話しぶりと立ち姿で、セイリアは好感が持てなかった。
「待ってください。私も入れてください。」
後ろからもう一人騎士のような男がやってきた。
「オットー遅いぞ。」
此方は深緑の髪の美青年、黒髪のベビーフェイスよりも少し年上で、ヤンに似たどこかいたずらっ子のような表情で黒髪のベビーフェイスと向き合っている。
「そんなことよりも、自己紹介は済んだのですか?グレコリウス様。」
セイリアは「深緑の美青年様は黒髪のベビーフェイス様よりも偉いのか」と、二人の貴族をの関係性はなんとなく把握できた気がした。
「そんなこんなで、王宮と此処の往復でな、ちょっと疲れましたね。」
ようやく落ち着いたジェッソンが、セイリアと貴族二人に次々と目を合わせて言った。
「あー。まあ、たいしたことは無い。」
黒髪ベビーフェイスはまたも偉そうな口調だ。
「で、お二人はどなたなのですか?」
セイリアは痺れを切らして言った。普通、初めて会ったら、他の話の前に名乗るべきではないか。貴族は平民相手なら、そういう常識は必要ないのか。この黒髪ベビーフェイス様に少々好感が持てないから八つ当たりの気持ち、では無い、とセイリアは心の中で言い訳した。
「失礼して申し訳ない。こちらはグレコリウス様、私はオットーと言います。これからは時々此方にお邪魔しますので、よろしくお願いいたします。」
深緑の美青年のオットーが胸の前で腕を組み、重々しくお辞儀をした。黒髪ベビーフェイス様はオットーのあいさつに合わせコクリと頷いたが、何か言うでもお辞儀をするでも無く立っている。
「グレコリウス様、こういう時はきちんとご挨拶するものですよ。自分で名乗りお辞儀をしてください。」
オットーが促すと
「おお、それは失礼した。私はグレコリウスだ。よろしく頼む。」
黒髪ベビーフェイス様がセイリアに向かってお辞儀した。すると、深緑の美青年のオットーが突然ガハハと笑った。玄関に合流した長老も含め全員で驚くと、オットーは黒髪ベビーフェイスのグレコリウスの背中を叩き更にガハハと笑った。
「グレコリウス様、緊張しすぎです。相手が貴族でも初対面の相手に名乗るのは同じですよ。セイリア嬢は私たちを貴族と分かっているようだし、此処で敢えてそんなに偉そうにしなくても。」
そう言われた黒髪ベビーフェイスのグレコリウスは苦い顔をしたが、特に何も言わず、何か次の段取りへ進むよう促しているようだ。
「セイリア嬢が知っている通り、この庭には入れる人を制限する守りがかかっています。これまでも、ハインリッツ様の指示で入れる者がいましたが、いろいろと状況が変わってしまったので、これからこの庭に入れるのは、私たち二人とジェッソン、その長老殿、それと王宮で預かっているリューグだけということになる。」
オットーが急にまじめな顔になると、突然説明を始めたのでセイリアは驚き慌てた。
「あの、自己紹介していただいたので中にどうぞ。」
セイリアが大きくドアを開けると、「かたじけない」と言いサササと黒髪ベビーフェイス様が一番に入って来た。
「なんだ偉そうなヤツ」
セイリアはまたまた不満に思ったが、なんとか口に出さずに耐えきった。
台所へ案内すると今度は大きく戸惑った様子でグレコリウスは明らかに黙ったままオットーへ助けを求めている。助けを求められたオットーは不安げな表情を向けるグレコリウスの様子がおかしくてたまらないらしく、声を出さず、肩を震わせて、でも、表情は隠さずに笑っている。
「グレコリウス様、これは平民のダイニングでキッチンでリビングです。」
「なんと!」
ジェッソンが説明するとグレコリウスは驚きを隠さず、部屋をぐるりと見まわした。
「狭くて粗末ですみませんね。」
セイリアはつい口をついて言ってしまった。
「これこれ、セイリア嬢、そのような物言いは。」
さすがに慌てた長老がセイリアの横に寄って行った。
「気にすることは無い。」
グレコリウスはそう言いながらもまだ部屋を眺めまわしている。長老に促され全員が席についた後もグレコリウスは部屋の隅々まで、観察が止まらない様子だった。
「セイリア嬢、先ほどの続きなのだが」
オットーが続きの話を始めた。皆の視線がオットーに集まった。
「これまでは迎えをやるか、ジェッソンに頼んでポレストに来てもらっていたが、知っての通り、地下王国建設の為、平民だけでなく貴族も地下を掘る作業に人を割いている。その為、地上の管理をする貴族の人手が少々不足している。ポレストならば、馬車を持たせて自ら登城させることも考えたが、成人していない女性のセイリア嬢へそれを求めるのはいかがなものか、ということになり、私たちが此方へ通うことにした。」
セイリアは話を聞きながら水差しから井戸の水をコップへ注ぎ、それぞれの前に置いていく。
「魔石も此方が取りに来るので、調合室へ置いておいてもらって良い。何か相談があれば、いつでも声をかけてくれ。私たちが此方に来るのは三日に一度だ。状況によって多少変わることもあるが、その際は此方の事情を優先していただく。」
セイリアは畏まって自分の席についた。
「セイリア嬢は基本的は出かけないと聞いているが、間違いないか。」
ここで黒髪ベビーフェイスのグレコリウスが口を開いた。
「その通りです。出かける用事がありませんから。」
「ここには食料が無いようだが、それはどうしているのだ。通いの側仕えがいる様子でも無いし。」
「今までは父さんかリューグが、今はジェッソンさんと長老さまが補充してくれていますから困っていません。」
ふーん、とグレコリウスはうなり、一応、納得したようだ。
「では、急に相談したいことが出来た時はどうしているのだ。ここにはポレストとリューグと其方の三人暮らしと聞いていたが、まさか、この歳で一人暮らしではあるまいな。」
「裏に長老さまは引っ越してきてくれたので、この家には一人ですが、何かあれば長老さまか、ジェッソンさんへお願いしています。今回の通り。」
ふーん、とまたグレコリウスがうなり、
「今、困っていないならば良いが、此方も其方の今後の暮らしについて考えておこう。」
と言った。「其方の今後の暮らし」って何なのだ、とセイリアは思った。魔石回収に来るだけの貴族が私の生活に何の関りがあるのか、あまり知らない人と接したく無いんだよな、仕事以外のことは放っておいてくれないかな、とも思った。
何か知らないが、とりあえず、魔石の納品の為に重い箱を運ばすに済むことと、お貴族様が取りに来てくれることは分かった。そして、黒髪ベビーフェイスのグレコリウス様とやらは、何故かセイリアを心配して帰って行ったことも分かった。心配された理由は不明だが。
今回はいつもよりも若干長くなりました。




