見送る者と見送られる者
王宮へ向かう者と残る者それぞれに不安を抱えながらの見送りの時間。
王宮への招集日。空は出発にふさわしく爽やかな晴天でやや涼しい風が吹いている。シュリンピア中が早朝から忙しなく、下町の平民たちはそれぞれの集合場所へ集まり始めていた。平民の招集組は徒歩か職場ごとにまとまって馬車で登城する。
リューグはヤンたちジェッソン薬草園の招集組と共に馬車で王宮へ向かうことになっていた。リューグはいつも通り朝一番の仕事を終えて、簡単な朝食摂るとジェッソン薬草園へ向かった。特に持参する物の指示が無い為、リューグは背中に数日分の着替え程度の少ない荷物を背負っている。そのリューグが歩く後ろをセイリアと長老が続く。
リューグは家を出る前にレディサンにセイリアの事を頼んだが、この期に及んでも心配は尽きない。昨日の様子ではリューグが出発すると、セイリアはすぐにぐうたらな生活になるだろう。魔石作り以外のことは見てくれると長老は言ってくれたが、甘え癖が抜けないセイリアがどの程度しっかりできるのか。自分のこれからの日々への不安もあるが、リューグには一人残される妹のことがいつまでも思考の大半を占領しており、出発の気分にはなれなかった。
リューグはそんなことをツラツラ思いめぐらせていたが、ジェッソン薬草園は家から目と鼻の先。あっという間に到着してしまった。
「お兄ちゃん、王宮にはお貴族様がいっぱいいるんだから、態度と言葉遣いには気を付けてよ。」
「お前には言われたくないな。お前は父さんの代わりに、そのお貴族様に魔石を納めに王宮へ上がるんだぞ。穴堀りの俺たちよりも大役だろうが。昨日みたいに気の抜いた仕事をすれば、即、命も納めることになるぞ。」
リューグが目を吊り上げてセイリアに小言を返す。すると、
「まあまあ、出発前に兄妹喧嘩は良くありませんな。お互いに心配なのは一緒。穏やかな気持ちで。それに、ハインリッツ様はセイリア嬢の命など取り上げませんよ」
長老がいつも通りウォホホと笑った。そして、腰の後ろで腕を組み庭師の一段へ見てから
「私も家族のところへ寄ってくるかな。リューグ坊ちゃんが馬車に乗る前には戻りますのでな。では、しばし失礼。」
と、丁寧にお辞儀をして、家族の方へゆっくりと歩いて行った。
ジェッソン薬草園の門前には馬車が何台も連なって停車していた。まだ、誰も乗ってはおらず、御者を任されたらしい庭師が数名馬車の近くで話をしている。門の中には大勢の庭師とその家族がいて、ミストの風を見に来た時と同じように幾つかの集団に分かれて、それぞれに出発を惜しんでいる。奥様方や小さな子供の中には泣いている者もいる。
「確かに。これでもう会えないってことは無いと思いたいけれど、喧嘩分かれは後が良くないわね。」
セイリアが静かに言った。リューグを見ずに地面を見ている。
「セイリア、心配が過ぎた。長老の言うことを聞いて、それでも困ったらジェッソンさんや奥様に相談するんだぞ。」
リューグもセイリアの目が見れず、セイリアの後ろに見える集団に目をやりながら言った。庭師の集団の更に奥、お屋敷の前辺りにジェッソン家族が見える。ヤンは此方に背を向けているので表情は見えないが、奥様のストファニは涙を拭うようなしぐさが見える。王族がある程度準備をしているとは思うが、地下王国の建設の為に地下を掘る作業が安全とは思えない。地崩れや思いもよらないことが起こることもあるだろう。送り出す方は心配で仕方が無いのだ。
そして、家族と離れる側もまた、心配と不安で一杯だ。家族に何か困ったことがあっても助けることが出来ないし、家族が困っているかさえ、知ることが出来るのか分からない。行き当たりばったりの新しい魔石作りの事も考えると、地下を掘る作業もまた、行き当たりばったりの感が強い。リューグも大きな不安を抱えていた。また、成人していないセイリア一人を置いていかざるを得ないことについては、それを回避する手を打ってくれなかった父ポレストと、リューグを出せばセイリア一人になることが理解していたであろう王族への不満も、あると言えばある。王族相手に言って良いならば「どういうつもりだ」と強めに言ってやりたい。
出発する側も見送る側も皆、気持ちを伝えたいが、この期に及んでは伝えてはいけないような、苦しい時間だった。
セイリアとリューグは想いの中の何を話せば良いのか、選択し切れず、結局、目も合わせず黙ったまま門前に立ち尽くしていた。どれ位その時間があったのか、二人がとても長い沈黙に感じていると、長老と共にジェッソンとヤンが近づいてきた。黙ってお互いにあらぬ方向を見ている二人に、ジェッソンとヤンが顔を見合わせ首を傾げる。
「まだ、喧嘩しているのですか。仕方がないですのお。」
長老が微笑ましいという様子で二人の間に入った。
「ほらほら、いよいよ馬車に乗る時間ですぞ。セイリア嬢、リューグ坊ちゃんにいってらっしゃいを。」
長老がセイリアの右手をリューグの方へ引っ張った。
「じゃ、リューグも」
ヤンがリューグに近づき右手をセイリアの方へ引っ張った。
「もう喧嘩はしてないよ。何を話せば良いか分からなくなっただけだよ。」
リューグは不機嫌そうに答えたが、引っ張られた右手でセイリアの右手を握り
「行って来るよ」
と言った。
「うん、気を付けてね。ちゃんと帰って来てね。」
「当たり前だろ。帰る頃にはセイリアは魔石職人として一人前になっているだろうな。」
「当たり前よ。私はやればできる子ですから。じゃ、お兄ちゃん、行っていらっしゃい。」
セイリアもリューグの右手を握り返した。
「セイリア、リューグの事は心配すんな。俺と庭師の先輩たちが面倒みるからな。お前は新しい魔石をたくさん作れよ。俺たちの為にな。」
ヤンがセイリアにニヒヒと笑う。
「ヤンたちの為じゃなくて、新しい地下王国の為に、よ。」
「そうツンツンすんなよ。俺も出発するんだ。喧嘩はダメだろ。ほら、ちゃんと可愛く見送れよ。」
ヤンが更にニヤニヤしながら言った。
「はいはい。ヤンもいってらっしゃい。」
セイリアがそう返すと、ヤンとリューグは先頭の馬車に乗り込んで行った。
バラバラと薬草園から招集組が出てきては馬車に乗ると、ジェッソンの点呼が終わった馬車から出発して行った。リューグとヤンは出発する時に荷台に立ち上がりセイリアたちへ手を振っていたが、危ないからか、直後に先輩庭師に頭を叩かれ座らされていた。
「もう、お兄ちゃんもヤンも。あんなんで大丈夫なのかしら。」
セイリアはため息をついたが、そんなことを言われたのを知ったらため息をつきたいのはリューグたちの方だっただろう。長老はセイリアの横でニコニコと見守っていた。
馬車は次々と出発し、ジェッソン薬草園の中も門前は寂しくなっていった。見送りが終わった人々はそれぞれに仕事や家に戻っていく。
リューグたちの馬車の走り去った先を、セイリアは黙って眺め続けていた。門前の緑街道は、まだまだ、次々と出発する人々の馬車が途切れずに中央通り方面へ走っていき、徒歩の人たちも急ぎ足で王宮の方へ向かって行く。それも次第に数が減っていく。お日様がてっぺんに上がる頃にはいつもの緑の街道の様子に戻って行った。
「さ、そろそろ戻りましょうか。」
「そうね。レディサンも待っているし。」
そしてまた、黙ったまま、セイリアと長老は家へと戻って行った。
更新の感覚が空いてしまっていますが、根気よく上げていきたいと思います。




