漁師の村の老人
漁師の村の長に会いに行きます。
衝撃の王命伝達を受けたジェッソン薬草園はその夜は遅くまで庭師たちの話し合いは続いた。お屋敷の客間や納屋など、各担当に分かれた話し合いが行われ、アチコチから説明や説得を求められ、ジェッソンとヤンの母のストファニもほぼ徹夜で話し合いに参加していた。
夕食に招かれたセイリアとリューグだったが、そんな状況なのでヤンと三人で静かに食事を済ませると闇が深くならないうちに徒歩で家に帰宅した。
家に着くと、午後からずっと一階の窓辺に置かれたままだったレディサンの愚痴が待っていた。だが、セイリアとリューグは一日の疲れがドッと出て今にも目が閉じてしまいそうだったので、二人とも早々に部屋へ戻り、即、夢の世界へ落ちて行った。
次の朝、朝食を摂る時間にヤンが庭にやってきた。レディサンは起きた瞬間からずっと昨日の愚痴を言い続けている。セイリアとリューグはこれからの事を思うとレディサンの陽の浴び過ぎなど大した問題では無いので、適当にあしらっているが。
「昨日の話だけど、一か月後には王宮に入らないといけないそうだよ。」
ヤンがダイニングテーブルの端の席に座りかけながら言った。
「一ヶ月が、すぐだな。それまでに何を準備すれば良いんだろう。」
「持ち物はいらないって。ただ、しばらくは帰れないだろうってさ。」
「だろうな。」
リューグとヤンの空気は重い。
「下町の他の人たちや貴族へも昨日話が伝えられているそうだよ。中央通り辺りは、今日は情報交換会で人が多そうだな。」
「北の下町とか薬草園には他国から来てる人もいるけど、その人たちはどうするんだろう。」
「リューグ、良い質問だ。他国への道が砂地になったせいで帰れない人たちがいるんだ。その人たちはシュリンピアの国民になることを認められれば地下へ行けるんだって。でもさ、誰が望んで地下へ行くんだろうな。その発想がわかんねぇや。」
ヤンはまだ地下へ行くことが納得いかないようだ。でも、いずれ地下へ移住する際に、国民になっておかなければ、自国へも帰れない者たちはそのまま地上の置き去りにされてしまうかもしれない。だとすれば、望んで地下へ行く者もいるのではないだろうか。
「それとさ、漁師の村って知ってるか?」
「知らない。」
セイリアとリューグは声を揃えて答えた。
「だよな。俺も庭師の先輩から聞いたことはあるけど、どこにあるのかと知らなかったんだ。南の下町を出たところにあるんだって。」
「え、シュリンピアの国民って全員下町に集められたんじゃないの?」
セイリアは子供教室でもポレストの話からもそのように聞いていた。まだ、下町に入らずに生活している人がいるとは驚きだ。
「一度は北の下町に用意された長屋に暮らしてみたらしいんだけど、漁師の仕事って海に出て魚とかを捕るらしくて、北の下町からだと海が遠くてダメだったんだと。かといって、南と東は薬草園とかの農地があって土地を譲れないし。で、結局、元いた村に戻ったんだと。」
「なるほど。」
確かに家から職場へ通えないのは困ったことだ。それに、村で生活していて支障が無いなら特段問題にすることでは無いだろう。
「で、今回の王命だけど、下町に協会に伝達されたものが俺たちに回ってる。けど、漁師は下町じゃないし漁師協会は無いから、まだ、王命が伝わってない。」
「ふむふむ。それが?」
二人が頷きながら次を促す。
「で、俺たちが伝達係になった。」
「なんで!成人したての俺たちが、こんな大きなことを漁師の長に伝えろって言うのか?」
リューグもさすがにこれは納得がいかなかった。16歳で成人したてとはいっても、仕事をすれば子ども扱いされるひよっこだ。こんなことを伝えて文句を言われても対処のしようが無い。
「でも、大丈夫。今日は伝えるだけだ。いつもは親父が伝達役なんだけど、今日はアレだ、ほら、薬草園やら中央協会やらの人たちとの話し合いがあるからさ。後のことは親父が対応するって伝えれば大丈夫らしい。」
ヤンは椅子から垂らした足をブラブラ揺らしている。そして、いつもよりも子供っぽい顔で言った。
「海も見も見れるし、とりあえず、一緒にお使い行こうな」
今度はウキウキした顔でヤンが聞いてくる。
ヤンの号令で、今日はレディサンを含めた四人は海を目当てに漁師の村へ出発した。
南の下町の出口は緑の街道を馬車で走らせると、あっという間に着いてしまう。ジェッソン薬草園から中央通りへ出るまでの道のり半分程度の距離だ。出口には門番らしい騎士が二名立っていて、出入りする者を管理している。普段は漁師が荷揚げした魚を売る為にに出入りするだけなので、騎士たちの腰には剣が刺さってはいるが、緊張感の欠片も感じられない。馬車のヤンたちのこともにこやかに迎えてくれた。
「見ない顔だが、漁師の村に何か用事かな。」
自分たちと同じくらいの若い騎士だ。鎧も身に着けていて話し方も上品、貴族だが、平民にも丁寧な扱いをしてくれるのがシュリンピアの貴族の良いところだ。
「はい。父のジェッソンの指示で漁師の村に王命を伝えに行きます。」
「君たちがかい?」
「はい、私たちも荷が重いと思っているところです。」
ヤンはため息交じりに騎士たちに答えると
「だろうな。」
若い騎士たちは、気の重い伝達に同情の顔だ。
「今日は伝えるだけで、何かあれば中央通りの中央協会か父のジェッソンのところに長が来るそうなので、すぐに戻れると思います。」
「そうか。今日はもう漁師は海から帰って来ていて港にいるようだから、其方に行ってみると良い。」
ヤンが門番の騎士たちとやり取りを終えると、馬車は緩やかに走り出した。南の下町の出口から港までは真っすぐの一本道だ。少し下り坂になっている土の剥き出しになっている馬車道の先には海が見える。真っ青で空との境が分からないくらいだ。しばらく走ると、風が変わり湿っぽい空気が混ざるようになる。感じたことの無い風の匂いがする。
「なんか変な匂いね。」
「海の匂いってヤツだろ。知らないのか、セイリア。」
「そういうヤンも知らないでしょ。」
ヤンはイヒヒと笑って返した。
馬車は漁師の家が立ち並ぶ一体を通り過ぎ、突き当りまで進む。そこは石垣が積まれて土が崩れないように整備された護岸で、漁師の家があった辺りから地面にはいくつもの石の一角が見えるので、この辺り道は積まれた石の上に土を敷いた道のあるようだ。
そした、海に面して左の方に開けたところに船着き場があり、漁師たちがたくさん集まっていた。
「お前たち、見ない顔だな。」
馬車から降りると、ポレスト位の歳の漁師が近づいてきた。真っ黒に日焼けしているのは薬草園の者たちと似ているが、まくられた袖から見えるも腕は薬草園の皆よりも黒光りして艶があった。二の腕の筋肉も繊維が見えるかのように鍛え上げられている。
「ジェッソンの使いで来ました。私はジェッソンの息子のヤンです。」
「ふーん、お前がヤンか。想像していたよりも細いな。顔は似ている気がするが」
黒光りしている男はそう言いながら、船の側にある掘っ立て小屋へ三人と一鉢を案内した。掘っ立ては四角い建物は三面だけに壁があり、もう一面は壁もドアも窓も何も無い。この時間、小屋の中は丁度日陰になっており、海から吹き込んでくる風で涼しく気持ちが良い。
小屋の一番奥に背もたれのある木製の椅子に誰か座っている。頭の白髪からそのまま顎へ続く白く短い髭の老人。木製の長い杖を支えにようやく座っている様子で、あまり具合が良いようには思えないが、次々と若い漁師が支持をもらいにやってくる。明らかにこの中で一番偉い人だ。
「長、ジェッソンの息子だ。使いに来た。」
黒光りする男はヤンを長へ紹介すると、すぐに漁師の集団の中へ戻って行った。
「はじめまして、ジェッソンの息子のヤンです。こちらはポレストの息子のリューグとその妹のセイリアです。」
「ほうほう。ジェッソンの自慢の息子か。庭師の癖に細いのう。」
老人は杖を支えに此方に身を乗り出し、ヤンの姿をジロジロと見る。
「其方は魔石職人の息子と娘か。」
リューグとセイリアのこともジロジロと眺めまわしたが、最後には優しい目をニコリとさせて言った。
「使いだったな。」
「はい、王命を伝えに来ました。地下に王国を作り移住することになりました。国民全員です。まず、地下王国建設のために労働力を提供するように、地下に入ることになった者は一ヶ月後に王宮に集合するようにとのことです。」
ヤンは一気に伝達事項を伝えた。息継ぎもせずに喋ったせいで、言い切った今、ゼェゼェしながら呼吸を整えている。
「ちょっと、ヤン。緊張してるんじゃないでしょうね。」
ヤンの背後からセイリアが小声で話しかけた。ヤンは一瞬振り返り、ハの字にした困り眉を見せた。向かいに座る老人は難しい顔で静かに話を聞いてくれている。
「ヤンと私も地下へ入ります。」
今度はリューグが言う。
「ふむ。跡取り二人が地下へな。ハインリッツ様は本気で移住を決行しようと言うのだな。ならば、ウチからも何人か出そう。」
とても低い声で老人は言い、そして、
「私たちがどうして下町の暮らしをやめて此処に戻ってきたか知っているか?」
老人は寂しそうな目で三人を見た。
「船に乗るのに北の下町が遠すぎたからですか?」
「魔石職人の息子、ハインリッツ様は私たちに下町で暮らせるようにと仕事も考えてくださった。だが、お前さんは今の仕事を捨てて新しい仕事へすんなり鞍替え出来るか?私たちの捕る魚は国民の貴重な食糧でもあるのだ。私たちが捕らなければ、国民はますます食に困るのだ。」
「その通りです。今は輸入に食料も多くはアテに出来ませんから。」
「魔石職人の息子は良く物を知っているな。」
老人は顎髭を軽く撫でた。目はまだ寂しそうだ。
「なあ、若者たち、地下の王国へ移住したら魚は捕れるのかのぉ。漁師の仕事は続けられるのだろうのう。」
なるほど。地上には大きな海があるが、地下にも海があるのだろうか。それに、その海に出て魚を捕ることが出来るのだろうか。リューグもセイリアもポレストから聞いた行き当たりばったりの計画を思い出した。地下を掘ることだけでなく、今後の国民の生活自体が大きく変わることなる。シュリンピアの国民たちはその変化に順応することが出来るのだろうか。大きな不安が襲ってきた。
「分かっているのだよ。もう、この乾いた世界では人が暮らしていけないのだね。だが、私たちは漁師だからね。魚が捕れない、魚を食べさせてやれないのは寂しいね。」
リューグもセイリアもヤンも、何も答えることが出来なかった。暑くならないうちに早く帰りなさい、と老人に促され、三人は下町への帰途に着いたが、帰り道はレディサンも三人も一言も喋らず、聞こえるのはガシャガシャと馬車の走る音だけだった。
地下でも漁師が漁出来ると良いです。




