王命
国民へ地下王国建設計画が伝えられます。
ミスト散布が終わると、周囲にいた庭師たちは家族と分かれ、各担当のリーダーの元へと集まって行った。庭師と分かれた家族たちはそれぞれの家に戻っていく。大半は北の下町方面へ帰って行くが、結構な数の女性と子供たちがジェッソン屋敷の裏へ帰って行くところを見る。ジェッソンがそれだけ多くの住み込みの庭師を抱えているということだ。先ほどのお爺さんはリーダーの元へ行ったので、どうやら現役の庭師のようだ。
セイリアとリューグが薬草園に集まった庭師の様子を物珍しそうに眺めていると、ジェッソンがやってきた。
「リューグ、セイリア、今日は交易検閲所までの手伝いご苦労だったね。夕食を食べて行くと良い。ポレストが今夜は帰れないと言っていたし。」
「ありがとうございます。」
リューグが丁寧にお辞儀をしてお礼を伝えた。
「王宮でポレストに会ったのだが、ミスト散布の指揮を執っていて忙しいようだった。今夜はミスト散布の効果を調べなければならないので帰れないそうだ。」
ポレストが最近忙しかったのはミスト散布の準備もあったようだ。
「それと」
ジェッソンが続ける。
「うちの者たちには先ほど伝えたが、ポレストがいつ帰るのか分からないのでリューグとセイリアにも伝えておく。王命が出た。」
セイリアとリューグには察しが付いたが、静かに続きに耳を傾けた。
「この酷い干ばつで国の存続が危ぶまれる状況だ。他国では空に国を浮かせる計画など手を打ち始めるそうだ。そこで、わが国では王宮の地下を堀り、新しく出来た地下王国に国民全員で移住する計画を立ち上げることになった。」
セイリアとリューグの隣にいるヤンも静か聞いている様子から、ヤンもある程度の情報を知っているようだ。ただ、セイリアとリューグがポレストから聞いたのはこの辺りまでだ。
「そこでだ。誰がその地下の王国を作るのか、それが今回の王命の大事なところだ。シュリンピアもこの干ばつで多くの国民を失っているので、私たち平民だけでは無く、貴族にも私たちと同じように招集がかかっている。だから、自分たちだけ大変な思いをするとは思ってはいけない。」
ジェッソンは厳しい表情でセイリアとリューグとヤンの三人を見つめる。三人はその目線に圧倒され、ゴクンと唾を飲みひるんでしまった。だが、自分の国のことだ。三人は一度目を合わせたが、その後はしっかりとジェッソンの目を見て話しの続きを待った。
「まず、選考基準だが、平民は基本的には一家に一名の労働力を出すように言われている。ただ、両親と子供の家族もいれば、何代もが一緒に暮らす家族もいる。体の弱い者も年をとった者、子供、労働力としては出せない環境の者もいる。そこで、各協会ごとにそれに見合った人数を出すことになった。その割合に合わせて、うちの薬草園からは五十名以上のスタッフを出す」
「50名以上って。」
「ヤン、うちの薬草園は国内で最大の薬草園だ。スタッフの数くらいお前も知っているだろう。それを考えれば五十名程度は妥当な人数だ。その穴を埋めるべく働かなければならない残される者たちも、同じように大変な日々になる。地下王国を作ることも、この薬草園を保つのも、どちらも同じように国の為の仕事だ。」
「そうだけど。」
ヤンは納得しがたい顔で俯いた。庭師が50名以上も急にいなくなることも、その50名以上の庭師がこれからする仕事のことも、なんとなくモヤモヤと受け入れがたい気持ちだった。国の為と言われても、今はこうして暮らしていけているので、国からの命であっても自分の希望では無い仕事をさせられることには反感さえ湧いてくる。
「ヤンは地下へ行け。」
ジェッソンが低い声で言った。顔をあげたヤンは頬を引きつらせ目を大きく開けてジェッソンを見た。ヤンは、見習い程度の庭師など、この状況ではジェッソン薬草園にはいらない、と言われたように受け取った。
「なんでだよ!俺はまだ庭師の修行中だぞ。今離れたら、もう、庭師の仕事なんてできなくなるかもしれないじゃないか。そうなったら、誰がこの薬草園を継ぐんだよ。」
ヤンは涙目で訴える。リューグとセイリアが周囲を見回すと、いくつもに分かれた庭師の各集団でもヤンのように涙目で訴えたり、怒声を発していたり、皆、すぐに納得のできるものでは無かった。場合よっては長い間家族と離れなければならないかもしれないのだ。そうそう簡単に承諾出来ることでは無い。
「ヤン、地下王国にも薬草園は必要なのだ。建国時にどれだけキチンとした薬草園を作るかで将来の暮らしが全く違う。お前は、新しい国に新しい薬草園を作るチームのリーダーだ。お前を外す訳にはいかない。この農園は地下へ移れば不要になる。この薬草園を地下王国へ移住させるのが、お前の役目だ。」
ジェッソンは、未熟なヤンを見捨てたのではなく、新しい薬草園の建設という大きな役目を与えたのだった。ヤンは見捨てられたのでは無いことが分かったのは良かったが、新しい薬草園も何も修行中の身なので、それはそれで荷が重く、気分が重いことには変わりは無かった。
「次に、セイリアとリューグだが。」
ジェッソンはセイリアとリューグの方へ体の向きを変えた。自分たちには何を言われるのか、ここまでの話の流れから良い想像が出来ず、またもや二人はゴクンと唾を飲みこんだ。
「リューグが地下へ行く。」
やっぱり、と二人はため息をついた。だいたいの想像はついていた。ポレストは城、セイリアは魔石、と変わりのいない仕事をしている二人と違い、リューグは魔石も作ることは出来るが通常業務は庭の植物の世話だ。ジェッソン薬草園の庭師ならリューグの代わりくらい出来るだろう。となれば、リューグが抜けてもセイリアたちは困ることは無い。
「庭の植物の世話とセイリアのことは、うちの庭師が引き受けることになっている。」
やっぱり。リューグはぐうの音も出ない程に状況に納得してしまった。ただ、セイリアの世話とは。
「ジェッソンさん、私の世話って何ですか?毎日、父さんが帰って来るので特に困ることはありませんけど。」
セイリアもリューグと同じ疑問を感じていた。
「ポレストは別の仕事が出来たのだ。帰ってきたら聞いてみなさい。」
二人は首を傾げたが、ジェッソンはそれ以上は何も言うつもりは無いようで、伝えるべきことは伝えた、と言うと屋敷に向かって行ってしまった。
「いよいよ始まるのね。」
「セイリア、魔石作りものんびりしていられなくなるぞ。父さんも手伝えないようだし。」
「俺はなんかスッキリしないから気が乗らないけど、リューグと一緒だからな。ま、仕方ないか。」
いつの間にか辺りはすっかり日が暮れて暗くなっていた。昼間と違い、下町の外からは冷たい風が砂と共に吹き込んで来る。いまだにジェッソン薬草園の入り口に停めた馬車の前に立つ三人は、それぞれにこの王命を心に留めようとしていた。
なかなかテンポよく書けませんが、がんばります。




