ミストと虹
ミスト散布に間に合ったセイリアたちはジェッソン薬草園でミストを待ちます。
夕食の支度の始まる前くらいの時間、セイリアとリューグはヤンの馬車から降りてジェッソン薬草園の門前にいた。
「ギリギリセーフ。ミスト散布前に帰って来られたな。」
ヤンは満足気だ。
ヤンが馬車を停めたジェッソン薬草園を出たところには、薬草園の若い庭師やその家族たちがワイワイと集まっている。薬草園の奥を見ると、大きな建物の前の開けたところに屈強なおじさんたちが大勢集まっている。薬草園の庭師の各担当リーダーとリーダーたちを纏める親方たちが集まっているのだそうだ。そのおじさんたちに集団の中心あたりにジェッソンがいるようだが、人が多すぎてセイリアたちからは見つけることが出来なかった。
ジェッソン薬草園はポレストと同じように建国当時から王宮と繋がりのある平民で、国王様の命で請け負う仕事もある。今日も国王様に呼ばれてジェッソンと何人かの弟子たちが王宮に上がっていたらしい。
ただ、ポレストと違うのは、ジェッソンは弟子や庭師など多くのスタッフを抱えているところだ。今いる薬草園はジェッソン屋敷の一部に作られたちょっとした薬草園だ。一番大きいものでも大人の背丈を少し超える程度高さで、種類は草花に限られている。他の植物はジャングルを模した薬草園や庭園のような薬草園など、いつくかの場所に分かれている。以前は下町の外にもあったが、今は砂地になってしまっているそうだ。
それだけの大きな薬草園なので、スタッフの数も大変な数だ。下町の中で(王宮を除けば)一番大きな職場だ。北の下町から通う者、他国から修行に来る者、親元を離れて自立を目指す者、と様々なので、
ジェッソン屋敷の中は寮のようになっている。また、お屋敷の裏には長屋が立ち並び、家族で暮らしている者たちもいる。それを全て取り纏めているのだから、ジェッソンの器の大きさを伺える。
「今日はここじゃない薬草園の担当も全員集まっているから、すごい人数だろ。」
「本当ね。下町中の人が集まっているのかと思ったわ。」
「セイリア、それは言い過ぎだ。」
ヤンは笑いながら、集団毎に、どんな薬草を担当しているのか、どの辺りのある薬草園の者たちなのかを丁寧に教えてくれた。普段、せいぜい多くて3人くらいしか会わないセイリアは、クラクラと人酔いしかけており、それどころではなかったが。
「おい、セイリア、大丈夫か?」
「うん・・・ちょっと人が多くて圧倒されただけ。大丈夫。」
リューグが心配気にセイリアの顔を覗く。
「それにしても、ジェッソンは凄いね。たくさんの薬草を育てているだけじゃなくて、たくさんの人を束ねているなんて。いずれ、ヤンもそうなるのよね。」
「まあな。でも、ずっと先の事だから今はあんまり関係ないよ。家に入るまでは、親父の事を旦那様って呼ばなきゃいけないしさ、家でも仕事の話はほとんどしないよ。まあ、仕事中は、俺は旦那様に話しかけて良い立場じゃないから、旦那様って呼んだことは一度も無いけどね。」
ヤンはイヒヒと黒い肌から白い歯を見せて笑った。
ヤンは昨年、リューグと同じように15歳の誕生日を境に成人として見習いから正式に修行を始めている。スタッフの一番若手のヤンは、まだ見習いに毛が生えたような仕事しか与えられていないが、馬車を出していろいろなところへ行くのは楽しい仕事だと思っている。
「へぇ。旦那様ね。私たちは父さんのことをそんな風に呼んだことは無いわね。」
「そもそも弟子すらいないからな。」
「昔は弟子がいたって、親父が言っていたぞ。」
「えっ!!」
ヤンの爆弾発言に目を大きく開き同じ顔で驚くリューグとセイリアにヤンは指をさして笑った。
「お前ら、同じ顔して・・・。」
「セイリアは妹だからな。あんまり言われたことは無いが、似ていても仕方ない。」
「おい、お兄様、似ていても仕方が無いとは失礼な・・・。」
セイリアが、テイっと手をリューグに向けてツッコミを入れたところで、突然、リューグが真面目な顔で言った。
「そういえば、昔、家に誰かいたような・・・。でも、良く覚えてないな。」
「私、知らない。」
「そうそう。リューグの母ちゃんが亡くなった頃に破門されたって。」
「うーん、破門・・・父さんはそんな話、全くしないよな。」
「しないわね。」
「そうか。じゃ、話さないほうが良かったのかな。悪い、忘れて。」
ヤンは困った顔をして謝った。そうは言われても気になる話だ。機会があったらきいてみよう、と思う兄妹だった。
「あ、そろそろ始まりますよ、坊ちゃん。」
優しそうな庭師のお爺さんが声をかけに来てくれた。
「ミストは王宮から流れてくるので、そちらを見るのも良いですが、王宮の東側にも目を向けていると良いものが見られるかもしれませんよ。ふふふ。」
庭師のお爺さんは腰の後ろに手を組みニコニコしながら元の集団に戻って行った。お父さんらしい筋肉隆々な男性に抱き上げられた小さな女の子。恰幅良くカラカラと良く笑う女性はその女の子のお母さんだろう。その輪の中にヒョコヒョコと歩く笑顔のお爺さん。きっと代々、ジェッソン薬草園を支えている家族なのだろう、お爺さんと女性と小さな女の子の笑顔はそっくりだ。
ヤンとリューグとセイリアは、お爺さんが教えてくれた王宮の東側に注目してミストが流れてくるのを待った。もう夕方なのに、一日の熱を溜め込んだ地面の熱と未だギラギラを光るお日様の光で、人々は四方八方から暑さの攻撃を受け続けている。それが、ミストの効果でどれくらい楽になるのだろうか。
しばらくすると、どうやら、ミスト散布が始まったようだ。王宮に近い貴族区域辺りからどよめきが聞こえてきた。どよめきは次第に大きく聞こえるようになり、ミストが近づいてきていることが分かる。時々、女性の歓声のような声も混じっている。
セイリアたちは王宮の方に目だけ送っては、改めて東側を注目する。
「あ!」
セイリアが王宮を指さした。王宮の中にある城の東側に重なるように薄い虹が見える。
「綺麗ね。」
城から右側に半円の虹を出しているように見える。そして、少しすると、もう少しだけ手前の東側にもう一つ虹が出来た。
「おー。」
「お、おー。」
セイリアとリューグは周囲にいる庭師たちのドスの聞いた感嘆の声の方に驚いてしまった。
そして、更に手前に、そして、更に手前にもう一つ。ミストが薬草園に届くころには虹は四重になっていた。
「すごい!ねえ、おにいちゃん、ヤン、素敵ね。レディサンにも見せてあげたかったな。」
「本当だな。次の散布の時には見せてやろうな。」
「薬草って虹、見えるのか?」
三人がそんな会話をしていると、今度は涼しい風がやってきた。頬や服から出ている肌という肌に涼しい風が触れ、空気が爽やかになったようだ。
「気持ち良いな」
「涼しいな」
周囲の庭師たちが喜んでいるのが聞こえる。
「私たちが作った魔石の効果」
セイリアは初めて自分の仕事が誰かの役に立っていることを感じた。
「わー冷たい」
先ほどの小さな女の子が空に手を伸ばしている。セイリアも大の字に腕を広げ、風を一杯に受ける。リューグはただ目を閉じて風を感じている。
「ほんと。涼しい風に中に少し冷たい空気の粒を感じるわね。これがミストなのかした。」
「そうかもな。」
「ちょっと、ヤン。何しているの?」
気持ち良く風を受けている二人の足元でヤンが靴を脱ぎ始めていた。
「こうやるんだよ。」
そういうと、ヤンは地べたに座り、足の裏を王宮側の上の方へ向けて上げた。
「ほら、やっぱり。足が滅茶苦茶涼しくて気持ち良いぞ。」
ヤンは大満足な顔で目を閉じ、足の裏で風を受けている。ただ、良く考えて欲しい。ここはジェッソン薬草園を「出たところ」、外なのだ。それに、今日は町中人々が通りでミスト散布を待っていのだ。
そんな恰好で風を受けている人はあなただけです。その姿、薬草園だけでなく町中の人に見られています。ヤン、ジェッソン薬草園の跡取り息子なのに・・・。
ミストの涼しい風は30分ほどで終了になり、終わるころには虹もすっかり消えていた。町中の日知たちが喜んでいたようだったので、ミスト散布は成功だ。今頃は国王様もポレストはホッとしているところだろう。初めて仕事の成果を実感したセイリアもとても充実した気分だ。
ただ・・・。
「風がなくなると、ムーっとして、やっぱり熱いな。」
ヤンが脱いだ足の裏を手で仰ぎながら言った。そうなのだ。先ほどまでの涼しい風と比較してしまい、いつもの暑さがちょっとだけ辛いのだった。
ポレストの弟子が気になります。




