交易検疫所へようこそ
セイリア初めての交易検閲所です。
ジェッソン薬草園でたくさんの薬草を乗せた馬車は緑の街道から中央通りを左折し、下町の出口にある大きな門へ真っすぐ向かう。出口の外に広がる砂地から、白くキメの細かいサラサラとした砂が吹き込んでいる。石畳の道は砂で滑りやすい為、馬車は歩く速度で注意深く徐行している。
今日は他の品物の権益もあるのか、中央通りに入ると道は検疫所へ向かう多くの馬車で渋滞していた。
「ヤベ。出遅れたか。ちょっと時間かかりそうだ。」
「本当だな。すごい馬車の数だ。」
失敗したと苦い顔のヤンの横でキョロキョロと辺りを見回す。薬草園の馬車は布の幌を張った荷台だが、他には幌は無く空の荷台のものや金の装飾のある豪華な馬車など、いろいろな種類の馬車があり、商店や農家など乗っている人の業種も様々だ。
「いつもはこんなに早い時間に一気に向かうことは無いのに、どうしたっていうんだよ。」
今日はいつもと様子が違うらしく、ヤンが不思議そうに言った。
「夕方のミスト散布までに帰りたいんじゃないかな。」
荷台からセイリアが声をかけた。そうだ、今日の夕方は初めてミストを王宮から風に乗せて下町中へ散布するのだ。上手くいけば、朝と夕方の一日二回の散布を毎日行うらしいが、今日はお試しだ。日頃の暑さに参っている人々は、多少でも涼しくなるかもしれない、このミスト散布に大きな期待を寄せているのだ。
「なるほど。この様子じゃあ俺たちも夕方までに門の内側に戻れるのか怪しいけど、終わったら一緒に見ような。」
馬車はカトレーリカの商人が泊まっていた宿屋の辺りからは更にノロノロと歩くよりも遅い速度になりつつ、徐々に検疫所へ近づいていく。
「そういえば、セイリアが新しい魔石を作ろうと頑張っているらしいな。どうだ、調子は。」
ヤンは真後ろを向いてセイリアに話しかけてきた。
「ちょっと、そんなに後ろむいちゃって危ないじゃない。」
「大丈夫だよ、進むときは前向くし。それより、どうだ、何か出来たのか?」
「全然ダメ。二つ作ったけど、今は使えそうに無い魔石だった。」
「あ~、そういえば、一つはこの間の黄色い魔石だよな。てことは、その後にも一つ出来たってことか。やり始めてすぐに成果出すとはスゲーじゃん」
ヤンは大盛り上がりで話を続けてくれるが、セイリアは俯いて答えた。
「使えないんじゃ成果出したとは言えないじゃない。それに、使い道の無い魔石なんか作っても仕方ないわ。なんだか、もう、次を作る気が起きなくなっちゃった。」
はぁ、とため息をついたセイリアに、ヤンは今度は怒った声で言った。
「おい!早えよ、心折れるの。たった二つしか作ってないんだろ?失敗して誰かに怒られたとかでも無いんだろ?ただ、今は出来た魔石の使い道が無いだけなんだろ?作っても作っても使える魔石が出来ないっていうんなだ落ち込むのも分かるけど、まだ、落ち込むには早えだろ。」
「作っても作っても、じゃん。二つ作って二つともだよ。」
セイリアも張り合って大きな声で反論した。
「作っても作っても、っていうのはな、何百何千と作ったヤツの言うセリフだ。たった二つなんて、そんなんには入らねえよ。」
吐き捨てるように言うと、ヤンは前を向いて少し馬車を前進させた。
「だって、作ったのに、せっかく作ったのに、何にも使えないんじゃやる気になれないじゃん。」
セイリアは涙目になりヤンの背中に反論する。振り返ってみれば、ポレストに魔石作りを教わる前から仕事の見学でやり方を見ていた為、セイリアは魔石作りに失敗したことが無かった。しかも、セイリアの作る魔石は国王様からお墨付きを戴くほど純度が高い魔石だ。魔石作りで試行錯誤などしたことが無かった。魔石作りだけではない。子供教室では、行きたくければサボり、宿題はやりたくなければやらず、努力や忍耐とは縁の無い人生を送ってきたのだ。そんなセイリアにとって、やること一つが上手くいかないということ自体、初めての体験で、あり得ないことだったのだ。
「おまえ、そもそも、何にも使えないっていうけど、何を作ろうとしたんだよ。黄色い魔石の時は思い付きで目的無く作り出しただろ。あれは偶然の産物と言えるよな。次の魔石は何に役立てたかったんだよ。」
「何にって。そんなの無いわよ。」
「じゃあ、二回目の魔石も目的無く偶然できた魔石だってことだよな。」
セイリアはヤンの言葉に驚いた。確かに、魔石を作るという目的はあるが、特定の効果の注文は無かったので、出来上がる効果は毒以外なら何でも良いと思って作っていた。なので、セイリアの作業は間違いでは無いが、セイリア自信が「使える魔石を作りたい」と思っているなら、その作り方では間違っているのかもしれない。
「セイリア、どういう魔石が作りたいのか、良く考えてみたらどうだ。あと、たくさん作ることだぞ。修業とは失敗のたくさんすることなんだぞ。」
前を向いたまま、ヤンは最後の言葉だけは優しく言った。
馬車はノロノロと進んでいるが、まだ、検疫所までは一区画以上ある。セイリアは荷台の鉢の隙間にゴロンと仰向けに寝転んで考えてみる。どんな魔石が作りたいのか。考えてみたこと無かったなー。今日は作業に支障があるといけないのでレディサンはお留守番だ。帰ってから相談してみようか、いや、これは自分で考えないといけないか・・・。セイリア目を閉じてツラツラと思考を広げて行った。
と、思っていたが、セイリアはいつの間にかグッスリと眠ってしまっていた。
「おい。せっかく、ちゃんと考えてるんだなって、感心していたのに寝ていただけかよ。」
いつの間にか馬車は下町の門をくぐり『シュリンピア交易検疫所』に着いていた。『シュリンピア交易検疫所』は、元々はカレトナなどの各国境の町に設置してあったもので、国内外への人と物の出入りを管理している所だ。大地が干上がり砂漠化し国境の町も砂漠地帯は貴族の見回りが毎日目を光らせてはいるが、町を結ぶ街道があった時と違い、いつも人の目がある訳では無いので、国内と言えども砂漠地帯は危険が多く潜んでいる。
そんな砂漠を荷を乗せた馬車で進むことは不可能。一時期はラクダを利用していたが一度に積める荷の量に限りがあるので、最近は貴族崩れの商人が、騎士崩れの用心棒を引き連れて空の便で荷を運んでいる。運ぶ乗り物は、人の背丈ほど高さのある大きな木製の荷箱に、木箱の前後に繋がっている箒に元貴族の商人が乗り、空を運ぶ。その周囲を元騎士の用心棒が囲うように守りながらの往復だ。しかも、平民は箒に乗れないとは言え、何も無い砂漠の空に大きな箱が浮かんでいるのだ。遠くからでも良く分かるほどに良く目立つ。だからこそ、十分に警戒して進むのだが、輸出する品も輸入した品も、目的地でそれを手にするということは道中の数多の盗賊に勝利したに証なのだ。
ヤンは『シュリンピア交易検疫所』に出入りし始めた頃にジェッソン薬草園の庭師の先輩に教えてもらったのはそんな話だった。そんな話を聞いたセイリアとリューグは「砂漠へは一歩足りとも出ないぞ」と密かに心に誓った。あ~なんて怖いところなんだ。
セイリアの目が覚めてからも少し馬車内で待たされた後、ようやく、ジェッソン薬草園の順番が回ってきた。まずは輸出用の薬草の鉢を全て降し、恐らく貴族であろう検疫官に品物と数を確認してもらう。その後、今度は引き取る品を検疫官から受け取り、今度はヤンとリューグで品物と数に間違いが無いかを確認する。今回、引き取るのは薬草の種なので、種の入った麻袋を受け取った後、ヤンが種を確認してからリューグが麻袋の重さを計った。間違いが無かったので、それをセイリアが受け取り仕事は官僚だ。それでは馬車へ戻ろう、としたところで、先ほどに検閲官が馬車に近づいてきた。
「ヤン、この間、カトレーリカの商人に薬草を売ったと言っていたが、その後、その者たちはどうしたか知っているか。」
此方は検閲官の名前は知らないのだが、検閲官はヤンの名前を知っていた。「やっぱり貴族なんだろうな」とセイリアとリューグは思った。
「いえ、ご注文が無いのでお会いしていません。何故ですか?」
「荷を運んで来た者たちが気になることを話していたのだ。カトレーリカの町という町に人が一人も居なかったというのだ。城下町もさることながら、城にも人気が無かったと。どこかに移住でもしたのかと思ってな。少し前にカトレーリカの国王様の具合が悪いとかハインリッツ様が心配されているそうだ。今日はその件でジェッソンとレカルスが王宮に上がり、カトレーリカへ送る薬の打合せをしているとも聞いたので、ヤンも知っているのかと。」
「いいえ。ジェッソンは私の父ではありますが、私は修行中の見習い開けたばかりの庭師なので、そのような大事な話は・・・。検閲官様に教えていただいたお話は父へ報告しておきますが、私はお役に立てずに申し訳ありません。」
「いやいや良いのだ。もし、何かあれば知らせてくれ。」
「かしこまりました。」
ヤンが何も知らないと分かると検閲官は踵を返して持ち場へ戻って行った。
「ヤン、この間の商人たち、カトレーリカへ帰ったのかな。人が居ないって、知ってるのかな。もし、知らないで帰ったらビックリだろうな。」
帰り道、宿屋の二階に目を向けたが、窓は閉まったまま。人気は無かった。
カトレーリカはどうなっているのでしょうか




