第二十話:メーキャップは大腸菌の-2
ビール瓶……成人向けドラッグ。
来客はヤエイと名乗った。王立騎士団の団長をしているとも。一体どこの王立か? とムライが訊くと、彼女はしばらく黙り込み、三分後に答えた。
「よくわからない」
それはもっともな感想であり、実はおれたちもいままでなにがなんだかわからないままこの世を生き延びて来たんだ、とムライは語り、そういう共通点を見いだせたわけだから、彼のヤエイに対する第一印象はめずらしく上々であった。
「二週間前、こちらの村にドラゴンが飛んできただろう」
彼女はいう。
「かなり巨大で、ベリスト級の……」
「え、なんだって?」
耳慣れない言葉が耳に入ったため、耳が拒否反応を起こし体から乖離しかけたムライが慌てていった。
「あ、すまない。馴染みのない言葉だったな……」
「ベリストというのは、クリーチャーの脅威を示す階級の名称だ。下から、ニュート、バズ、ハイ、スト、ベリスト、ストスト、となっている」
「じゃああれは、上から二番目……」
マリアは自分を食いかけたドラゴンの巨体を仔細に思い出すことが出来た。トラウマにもなりかねない記憶であるはずだったが、なぜか嫌悪なく思い出すことが出来た。それもこれも、目の前にいるこの神父が、ふざけた調子ではありながらも、一瞬で自分を助けてくれたからにほかならないからだと彼女は思った。
「それって強いの?」
ムライがヤエイに訊ねた。
「強いなんてものじゃないぞ……」
ヤエイも二週間前の夜の平原で見たそれを思い出した。彼女は十分トラウマを抱えていた。
「われわれ王立騎士団が全力を尽くして戦ったが、まったく歯が立たなかった。あのときどっかからか飛んできたビール瓶がなければ、いまごろ……」
「え? ビール瓶?」
ムライはまた耳が飛び出ないように押さえなければならなかった。
「それもなにかの用語?」
「いや、ただのビール瓶だ」
「ああそう」
耳は収まった。
「よかった」
「とにかく、その取り逃がしたドラゴンは西の方角へ向かった。地図を見るとそこにはただ荒れた高原があるだけだったが、一応、こうして確認しに来た……」
ヤエイは目をつぶり、なにもないはずの場所に村を発見した衝撃、またその入口にかかっている門のあまりの汚らしさに目を見張ったことを思い出した。
「……こうしてあなた方の村を発見したというわけだ。まったく、地図の精度もまだまだなのだな」
「いや、作った人を責めるのはよくないぞ」
普段はめったに他人を擁護することなどしないムライが、珍しく助け舟を出港させた。どう見てもそれは泥で作られたものであったけれど。
「ちゃんとこの村があることはわかってたんだ。無駄に大きいからな。ただ、地図に示して記録するほどの価値はないだろうって判断したのさ」
「どうしてそんなことをしたんだ?」
ヤエイが納得しかねるといった様子。
「だって、地図を作るような人は賢いんだろうしな」
ムライは肩をすくめて見せる。
「賢いやつは、こんな村にかかずらおうって気は起こさんよ」
一瞬、沈黙が流れた。それって流れるものなのか。しかし、この村よりは流れやすいのだろう。だって神が本当にいるのなら、こんな村、秒で天罰を食らうだろうから。
「……まあ、それでな」
調子を取り戻そうと咳払いをしてから、ヤエイ。
「ドラゴンの行方を追っているのだ。棲家がわかると一番いいのだが」
「ああ、残念ですね。それならもう永遠にわからなくなっちゃいましたよ」
ムライはしまったというふうにいった。
「なに、どういうことだ?」
「あのドラゴンはねえ……わたしが殺してしまいました」
「はあ?」
「でもムライさん」
驚きながらもマリアが、
「あのときはムライさんが放った閃光を浴びて気絶したけれども、ドラゴンはまだ生きていて、明後日へ逃げ出したように見えましたけれど」
「なに、攻撃したのか? この人が?」
ヤエイはムライをまじまじと見つめる。
「まあちょっと、よんどころないアレがあって……とにかく、もう死んじまいましたでしょう」
ムライは頬をかいていった。
「二週間経ったし……」
「え? 二週間?」
「あの光はそういう光なんだよ」
「どういう光?」
「だから、浴びて二週間経つと死ぬ光」
「……はあ?」
これはヤエイ、マリア、そのどちらかのセリフであるが、まあどちらが発言したところで、さして意味合いに変わりはないだろう。
「なんでそんなまわりくどいことを?」
これはマリア。
「家の前で死なれると困るだろ……死体は腐るし」
とムライ。
「なんかこの村、いろんなものの腐敗のスピードが異常に早い気もするし……」
「ウジみたいな人が多いからでしょうね……」
いままで黙って話を聞いていたカナモスがそう語った。あまりにも真実味のある言葉であったため、一瞬だれもが彼の顔を見た。
「あ、おれのことじゃないですよ」
「……にわかには信じがたい」
ヤエイはそういった。
「おれも信じがたい」
ムライも、
「そんなにすごいやつだったのかあれ?」
ヤエイは首をふって――これはいまのムライの言葉を否定するものではなく、その前に発された言葉を否定するものであったことは言うまでもないが――ぶつぶつとつぶやく。ありえない……神父がなにかをしたと村人には聞いたが……神父……神父だぞ?……<奇跡>を行えるのだろうか……いやでも、普通は治療とか解呪程度のものであるはず……それを……ドラゴンに……?
「兄貴の目の前で悩むより」
カナモスが放ったこの一言により、ムライは今日も退屈せずに済むこととなった。
「じっさいに試してみてはどうです?」




