第十九話:メーキャップは大腸菌の-1
留守……お前とは会いたくない。
村民は、みな村長に対し税金を支払っていた。
また村長は領主に対して税金を支払っていた。
すると領主が引き換えに、「それなり」の腕をした衛兵を送ってよこしてくれるのだ。が、「それなり」という形容詞において常なることとして、彼らはあんまり頼れるような存在ではなかった。むしろ、昼から酒を飲み、しょっちゅうトラブルを巻き起こすので、いなくなってくれたほうが喜ぶ者は多かっただろう。
二週間前にドラゴンが飛来したときも、彼らは村の中心にある兵舎の中で眠っていた。それはしかたのないことであり、なぜそうなのかと言えば、その昨晩、夜通しでトランプに興じていたからである。
賭け金として用いられていたのはビールの瓶であった。この、「瓶」というところがくせもので、必ずしも中身入りだとはだれも明言しないままゲームは始まってしまったのだ。
夜半過ぎ、ようやく勝負が一段落したところ、勝どきをあげて近所の住民の安眠を侵した勝者。さあおめえら早く約束のものを渡せ……ああ、わかったよほら……ったく、何度やってもお前の勝ちだな……ほーんと、だからやりたくないっつったんだよ……いいから早く出せ……
勝者の男、戦利品の瓶を喉奥に傾けてびっくり。そこからはなにも出てこなかったのだ。
「オイ! なにも飲めねえぜ?」
「なんだお前……酔いすぎだぞ。ビールの飲み方も忘れたかこの酩酊者」
赤ら顔した敗者がいった。
「説明書がなくたってなあ、それくらい……それくらい出来ねば。そんなんじゃ、とっても衛兵なんてやってられねえだろうが」
青い顔した敗者も。
てめえらふざけんじゃねえ舐めてんのかこら殴るぞ蹴るぞ刺すぞ殺すぞ、とどなり、錯乱して、手当り次第瓶を――それらはみな空っぽであった――辺り構わず投げつけた。
おかげで兵舎の壁はチンアナゴが異常発生した海域の海底の砂のようになったが、投げつけられたすべての瓶がこの壁に当たって砕けてその短く無意味な生涯を終えたというわけでもなかった。それというのも、彼らはいつも窓を開けていたからである。
窓から飛んだ瓶は神にすら想定しえぬルートを辿り、東の平原で王立騎士団と戦っているドラゴンに到達し、当たった。
「いたい」
とドラゴンは思った。かれこれ戦闘開始から二十分は経っていたが、そんな感想を抱いたのはこれが初めてのことだった。王立騎士団はカスみたいな装備品で有名だった。
自分のご自慢のウロコ――それもとくに手入れのしにくい背中の上の方の――に傷がつけられたと悟ったドラゴンは怒り、こんなことしている場合じゃない、一刻も早くこれをやらかした犯人を見つけ出し、この頭脳が生み出せる限り残虐な方法でもって処刑しなければと固く誓った。
以上のことすべてを盛大な独り言で曝露したドラゴンであったが、それを聞いていた王立騎士団どもにとっては、
「ギェゲゲイゲイガイオガエゲウゲゲイゲゲ」
としか聞こえず、しかもそれはとてつもない爆音で、王立騎士団はその日から二週間無音の日々を過ごしたのだった。
この<コマンド>なるちんけな村に、ファンタジー世界の主役たるドラゴンが飛来したてんまつは、以上のようなものであった。一見関係のなさそうに見える出来事、まるで突飛がないように思われる出来事にも、なにかしら因果があるという事実、これはいままでに千人の学者が求め、そのだれもが入手に失敗してきたものである。
ちなみにこれを最初に手に入れたのはあるゴリラだった。彼はバナナの効率的な栽培法を発明したとして、ゴリラの世界では知らぬゴリラのいないほど有名なゴリラだった。ただ残念なことに、先日交通事故にあって死んでしまった。大きなバナナがこちらに向かってくると喜び駆けつけたら、それはパワーショベルだった。
ともかくそんな因果が裏に流れていたから、その流れにカヌーを浮かべて、またひとり、彼(というのはもちろんムライのこと)の言うところの「厄介者」があのオンボロ教会の戸を叩くのだった。
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「ムライさん」
「なに」
「来客です」
「留守だって言ってくれ」
「留守だそうです」
「なんだと……」
表から困惑したような声が漏れ聞こえた。女性のものであるらしかった。
「じゃあ、伝言してくれ。『あのドラゴンについてなにか知らないか』と」
「はい」
マリアは振り返って、
「あのドラゴンについてなにか知らないか」
「知らん」
「だ、そうです。残念ですがお引取りください、さっきも述べ伝えたごとく、いまはちょっと留守ってことになってるもんですから……」
「そうか……」
いくぶん意気消沈って感じに戸の前に立つ人はいう。
「お礼がしたかったのだが」
「おい、なにやってんだ。早くお客様をお出迎えしろ」
マリアは戸を開けた。
ムライは朝の光の中に立つ、凛とした顔で貧相な装備をまとったその人を見た。
「あれっ、留守じゃないのか?」
その人がいう。
「いま帰ってきたんですよ」
ムライはそういって、息切れの演技のひとつも見せる。
「ご存知ですか? 平均的教会には一戸につきひとつ、裏口というものが備え付けられているんですよ。おれが思うに……」
ムライはまっすぐに彼女の顔を見ようとした。が、久々に見た光のせいで目がくらみ涙が出たので結局失敗した。
「……こういうチャンスを逃さないために」




