第十八話:狂気と妹の親和性の高さについて-2
宇宙……薬局より遠い場所にある薬局より体に悪い場所。
眼前で飛び散る赤白青緑黒茶紫黄橙……いや、むしろ目の裏での出来事だったのかもしれない。もしいま目をつぶっていたのだとすれば、その仮定は正しいことになる。試してみるか? ほら。……仮定の誤りだ。
ムライは桃源郷にエリュシオンを突っ込んでコキュートスで煮立て、ユートピアで組み立てられたような場所にいた。そんなふうに形容される場所だから、もちろん彼が望むものはなんでもかんでもあった。例えばページの減らない本とか、切り身の減らない魚とかである。
「夢じゃないかこれは!」
ムライはそう叫びかけてから、あわてて口を押さえた。こういう素晴らしい情景は、やはりおおかた夢なのだ。それは知っている……ただ、重要なのはそれを決して自覚してはならないということ。それについて一切考えてはならず、自分がいまどこでなにをしているのか、それに意味があるのかというような疑問を、まったく抱かないでいること。そうでなくては、たちまちおれは呼吸の方法を思い出し、その法則が支配する三次元へ放逐されてしまうことだろう。
だからムライは口を押さえたまま、必死に目の前のことだけに意識を集中した。ピンクの雲。いや、蜘蛛だなこれは。しかし足が一本しかないぞ。おれは……五本足以上の生き物がダメなんだったっけかな。じゃ、これはセーフなのか……? よくわからない。もっと面白いものを見せろ。すると緑のドラゴンが出てきた。色こそ違うが、よく見ればあの一話目に登場したものとおんなじであった……ああ、懐かしいな。懐かしいつったって、あれはせいぜい二週間くらい前の出来事に過ぎないのだが……
ムライはふわふわのアスファルトの上を歩き、乞食が店主をやっているブティックのウィンドウに並ぶ骨董的痰壷を眺めた。どれもこれも、淵までいっぱいに黄金が詰まっている。へえ……あれは黄金の原料となりうる価値を秘めていたのか。今度からは大事にとっておくとするか。しかし、おおかたの末路として嚥下してしまうという事実に思い至り、諦めて首を振る。やっぱダメだ。めんどくせえ。
飛行船の上からは村を一望することができた。かつてはとんでもないやつらしか住んでいなかったこの村も、いまではすっかり常識人の住処となった。常識人たる住民は、常識人たる目的意識に則って、かつての隔離されるべき住人たちの住居を撤去し、成層圏すら貫くビルを建設する……おい、おい! そこはおれが住んでる教会なんだぞ! 勝手に壊されるいわれはねえしあるとしても示談金が先だろが! てめえ、早くそのパワーショベルを……クソっ!
ムライはいま神であり、であるからして稲妻をどこか任意の一点へ落とすことなど容易だった。このスキルの効果範囲は運営の想定外であるから、明日には修正されることとなっており、しかもバクの不正利用というわけで、もれなくムライはBANされるのだが、ま、いまは関係のないことだった。
無事にシチューを作り終えると、なんだろう、なにかが足りない……あっ! 塩だ! そうそう、こういうドロドロした料理には、いつだってあのしょっぱいしょっぱいお塩が欠かせない。塩はどこで手に入るのだろう? 手元の攻略本にはなにも書かれていない……ああ、この落丁の出来損ないめ。山にはゴブリンしか住んでないっていうが、ニーズヘッグもいたぞ。序盤に訪れてはならない、まずは東の平原の穴場で豚を奪い合って暮らせって、ちゃあんとそう書いておくべきだろう……
ムライの誕生日ケーキについて……
砂糖……838
ローソク……9284
クリーム……238392
スポンジ……28383388
いちご……2
「いちごが安すぎないか」
「今年は豊作なんですよ……」
「じゃあ、去年は?」
「はい」
店主は、
「スイカでした」
おれは、スイカはきらいだった。どうしてきらいなのかというと、一度もそれを食ったことがないからだ。まだおれがそれを好きかきらいか、判断する資格すらあたえられていない……
だからきらいなのだ。
こんなものを作るために日々をやりすごしているのだろうか。教会の窓から見て右側にムライは立ち。こんなものを見るために日々を生き抜く? 最低最悪のジョークってやつだ……もはや窓すら見えない空。空ははるか宇宙に接続され、宇宙ってなに? ……そこからはお前の家の窓すら見えない。でもさ、この世界では……ああ。そうだな。だが、お前のいるのはそこではないだろう?
「ご注文は?」
「水」
「一杯?」
「いっぱい」
「かしこまりました……」
するとすぐ大河の予感。間一髪、配布メニューの裏側に身を隠して生存するムライ。この教会をふさぐ大扉のようなラメ入りがなけりゃ、押し流されてしまっていただろう……まったく、おれは滑舌を改善させなきゃならないのかもな。一杯といっぱいを間違えるなんてえ……
「そろそろいいだろ」
パッと目が覚め、覗き込んでたカナモスにヘッドアタック。このときの内出血のせいで、カナモスのいまから数十年後における死に様は、ちょっとだけ凄絶なものになるのだった。
「衛兵は?」
目覚めて気になるのはそればかり。
「帰りましたよ」
ガスマスクをつけたマリアがいう。
「こんなやつらといられるかって」




