第十七話:狂気と妹の親和性の高さについて-1
粉……最近は誰?
見れば見るほど、病的である。
眼窩は落ちくぼみ、からだは痩せ、髪は千年捨て置かれた灰のよう。姉たるハームフルのいつも汚れている服の袖につかまって、こちらを見やっている。
「こ、こんにちは……」
予想通りの声色。いかにも病弱って感じの。
「この子はね、ハドラクっていうのよ」
ハームフルが背後の妹を前へ突き出しながらそういう。
「前に紹介したかな?」
「されていないと思うし、されていたって忘れているだろう」
ムライは正直に感想を述べた。いや、それは真実ではない。本当のところ、彼はまったくこの眼の前の青白い顔の少女を紹介されたこともないし、見たこともないと確信していたのだ。
「この子はね、ジャンキーなのよ」
衝撃の告白。
「いつもクスリをやってるの」
「お前みたいなのが姉じゃあな。そりゃ、現実逃避のひとつでも試みたくなるってもんだ」
「なに? わたしはべつに……自分で作ったものは、自分で飲むようにしてるよ」
付け加えて一言。
「お父さんもお母さんも死んじゃったし……」
「ひえぇ、人殺し!」
カナモスは怯える。オーバーなリアクションだとムライは思ったがその迫真性に鑑みて演技ではないと断定せざるを得ない。
「いやあ、悪気はなかったのよ?」
ありもしない発疹を求め頭をかくハームフル。
「ただね、ちょっと副作用にまで頭がまわらなかったってだけで……」
普通の姉妹なら絶縁状を叩きつける嚆矢ともなろうこのエピソードも、ハドラクは平然とした顔のまま(そのひどい青白さが彼女の平然だとすればだが)、黙って聞いていた。既知の事実であるらしい。
ここで、ムライは決定的な、そして最重要なるファクターの提示の啓示を頭に受ける。彼はまったく神は信じていなかったが、べつにそういう人間にだってインスピレーションが訪れるということは、数多くの偉人たちの先例を見れば明らかである。
「なにしに来たんだお前?」
来訪者に告げるべき一言とはそれである。
「ハドラクにね、あなたの話をしたら」
「許可なくおれの話をするな」
「ぜひ会いたいっていうのよ」
「おれに?」
「ええ」
ムライは改めてハドラクの顔をまじまじと見る。見れば見るほど血色が悪いまるでそう欠食が続いているかのように……こういうやからはオートミールの代わりに土をこねて食っているのだそうだ間違いない。じっさい水をかけてしまえば、両者の違いはほとんど誤差だ。だからといっておれはやらないが……いくら食うものに困ってたってなあ? それは最終手段というやつで、おれはその最終手段の段階すらとっくに越してしまっているのだ。
「おれになにか用があるのかい?」
一応、相手は見るからに年端のいかない少女であったため、優しげな声を出すよう努めてみる。
「依存症を治したいとか? 残念だが、それにはお前の肝臓三十個ぶんくらいの金が必要なんだ」
「ええ? そんな料金体系ありましたか」
マリアが素っ頓狂に声をあげ。
「うるさい! いま決めたんだ!」
ムライはどなる。
「今夜もスライムを食いたいのか? ここらへんで食える魔物っつったらスライムしかないもんな」
「霞でも食ってたほうがマシですよ、あれは」
カナモスがぼやく。
「昨日なんかまだ生きていて、おれは窒息しかけたんですよ」
「あれは惜しかったな」
ムライはうなずく。
「次はもっと活きのいいやつを……」
「ねえ!」
じれったそうにハームフル。
「ハドラクの話を聞いてあげてよ」
「さっきからずっとそうしようとしてるだろが」
ムライは不機嫌にうなる。
「でも、ちっとも喋らないぞその子。どうしたんだろう?」
「きっと賢いんですよ……」
マリアはささやく。
「賢い人はムライさんたちみたいな人としゃべってはいけないってこと、直感で先天的に理解しているもんなんですよね」
「納得」
ムライ。
「とでも言うと思ったか」
「いやあ?」
「……ね」
「シーッ! 沈黙はいま破られたり!」
「普通にしゃべれねえのかお前」
「お前って……だれに向かって言ってんだ?」
「そもそもお前がだれだよ」
「いいから黙って!」
これはハームフルだ。
「ハドラクがなにか言いたいみたい」
裾を引きずって(言い忘れていたが、ハドラクは裾が地面を愛撫するほど長い衣服をまとっていた)、病人面少女はしずしずとムライのもとへ、いや、マリア? 用があるのは彼女だろうか。しかし、ハームフルはたしかにハドラクはムライに会いたいと言ったと言ったはずである。これはどうしたことだろう。わからないが、しかし、どうして働かなきゃ食っていけないのか、その理由を考えるよりは若干容易い設問であることは確かだ。難易度が低目な代わりに、配点だって低い。たったの二点である。ちなみにこの試験における満点とは2百点であるから、まあ、軽視はできないね……
「これ、あげる」
ずっと閉じていた手を開き、中身をマリアに見せた。
「これは……?」
粉であった。
「合法? 違法?」
この世の粉にはその二種類しかなく、しかし効能は似たようなもので、つまり「フレーバー」である。そのことを彼は――カナモスは――十分理解していたので、マリアに対し(ハドラクに対してかもしれないが)このように質問したのだ。
「いほー」
「やっぱりな」
カナモスは納得したようにうなずく。
「手に隠して持つような粉ってのは、たいてい違法なものなんだよ」
「やけに詳しいな……よっ、粉マイスター」
煽る神父。
「ちょっと、やめてくださいよ!」
カナモスはあわてて口に人差し指。こんな世界においてだって、このジェスチャーは健在なのか。
「また捕まっちまいます」
「またって……え?」
「へい、恥ずかしながら……」
カナモスは赤くなって頭をかく。
「前科がありやして」
「お前らお前らなにやってんだおいおいおいおいおい」
ここで衛兵のご登場である。いつもは寝ているくせに、都合の悪いときばかり出没するというのは、この作品の主要登場人物たちの運の悪さをこれ以上ないほど明瞭にあらわすものであるらしい。
「げっ、衛兵だあ!」
予期せぬときに予期せぬ人物が現れたため、カナモスは予期せぬほどの大声を上げてしまう。その声はあんまり大きかったため、普段なら姉が自室で核実験でもやってんのかってくらいの轟音を立てても意にも介さぬハドラク、流石にびっくりしてバラ撒いた。
「きゃっ……」
粉をな。




